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イイね!
2016年10月17日
【紹介記事】『 「親日の在日」 として 』より
おはようございます。

雨が酷かったですが、安全運転でお願いしますね!



で、今朝はケントギルバードさんが紹介していたものを、まんま引用転載させて

頂きました。

在日韓国人の方が如何に洗脳されていたか、それを何時何処で気づき改めたか

そして今や親日家として帰化申請に至った呉さんの、よく分かるエピソード部分を

読んでもらえれば、この問題の真実が見えると同時に呉さんの様に自ら開眼する

困難さも分かるかと思います。



私は日本人として親日になるのなら応援しますし、逆に日本人なのに反日で

反国家な人たちよりも数倍、下手すると普段意識していない日本人やとにかく

嫌韓な人よりかはマトモな人の様に感じました。



少し長めですが、要点が凝縮されているイイ記事だと思うのでお時間あれば

読んでみて下さいませ。





ではまた。






___

呉亮錫『「親日の在日」として』

(株式会社LUFTメディアコミュニケーション)より引用



第二章 お互いを称えあえる歴史認識を探して

  ── 東アジアの「自虐史観」を乗り越えるために



1 「君が代」にさえ耳をふさいだ高校時代

 いま思い返せば、私ほど、いわゆる「自虐史観」に染まっていた高校生も

珍しかったのではないでしょうか。在日という立場からすれば、正確には

「自虐史観」ではなく、「日本悪玉史観」と言う方が正しいのかもしれませ

んが、昔の私はとにかく、日本という国が大嫌いでした。どれほど大嫌いだ

ったのか、十八歳の当時を思い出しながら、少し紹介してみます。



 当時の私は、戦前の日本というのは、世界征服のために戦争をはじめ、朝

鮮半島をアジア侵略の土台とするために植民地化し、各国でおびただしい虐

殺を行った極悪の国だと、本気で信じていました。日本は朝鮮半島で、朝鮮

の人々の言葉であるハングルを奪い、朝鮮名を日本式の名前に改める「創氏

改名」を強制し、文化を根絶やしにすることで朝鮮民族を抹殺しようとした

のだと、思っていました。どこで学んだのか、「三光作戦」という言葉も知

っていて、日本軍が実際に「殺しつくす、焼きつくす、奪いつくす」作戦を、

各地で実践したのだと思い込んでいました。



 高校三年生の時に、先生から、一年生の英語の授業で「在日」としての自

分の出自についてスピーチしてほしいと頼まれた時には、「在日は日本に強

制連行されてきた人々の子孫だ」と、真面目に話したこともあります。民放

で終戦の日を前に放送していた特別ドラマを、録画して何回も繰り返し見て

は、「みんな、殺し合いをやるために生まれてきたはずじゃなかったのに」

と、そのたびに涙を流していたこともあります。



 プロ野球の開幕戦を友人と見に行った時には、スタジアムに「君が代」が

流れるのを聞いて、起立しないどころか、耳を塞いで、メロディーが通りす

ぎるのをじっと待ったことすらありました。卒業を間近に控えたころ、学校

行事で日の丸を掲げ、君が代を歌うことを国が“強制”することに反対する

運動に参加していた学校職員の紹介で、地元紙の取材に答えたこともありま

す。



 政治経済の授業では、「私の愛読書は『日本国憲法』です」と宣言する先

生の言葉に、深くうなずいたものでした。そして実際に「日本国憲法」を何

度も読み返しては、その響きと“崇高な理想”に、酔いしれたものでした。

ある芸人が「憲法九条を世界遺産に」とテレビで発言している のを見て、

「やはりこの理想を世界に広げていかなければ」と心に誓う自分がいました。

高校生向けの合宿型セミナーイベントで、講演された国連の元要職者の方に、

「日本は憲法九条を守ってきたが、最近では憲法改正を訴える人がいて平和

主義をないがしろにしているが、どうしたらいいと思うか」という趣旨の質

問をしたこともあります。



 防衛力を少しでも強化することは、「戦争への道」「いつか来た道」だと

思っていました。自衛隊も当然、憲法違反だと思っていました。日本に戦争

を仕掛けてくる国はないし、そうした国があれば、侵略を許さない国際社会

が黙っていないと信じていました。



 一九六〇年には、日米安保条約の改定に反対する「安保闘争」という大規

模なデモ活動がありました。これについては、これこそが、若者のあるべき

姿だと思っていました。そして、「現代の若者は、もっと理想に燃え、覇気

を出さねばならない、と考えていました。



 日本の首相が、A級戦犯の合祀されている靖国神社に参拝することは、取

り返しのつかない苦しみを与えたアジアのみなさんへの侮辱以外の何物でも

ないと思っていました。在任中に毎年、靖国参拝を欠かさなかった小泉純一

郎首相のことは、危険な軍国主義者だと思っていました。そして、元軍人や

その遺族の票が欲しいだけの、偽善者だとも。



 二〇〇五年のいわゆる「郵政選挙」では、密かに岡田克也・代表の民主党

への政権交代を願っていて、「日本を、あきらめない」という同党のフレー

ズを自分でもよく繰り返していたものです。日本は、中国や韓国への謝罪と

賠償を拒み続ける、人道にもとる国だと思っていて、小泉首相の後任には、

親中派の福田康夫氏が登板して、中国や韓国との関係修復を図らなければな

らないと思っていました。日本の政治家が戦争責任を認めず、「アジア」へ

の謝罪を拒否するのであれば、日本に住んでいる者として、私だけでも心か

ら謝りたいと思っていました。



 皇室を国費で養っているのは「生活保護」に他ならないのだから、「天皇

制」は国民の血税の浪費でしかなく、日本は共和国になるべきだと思ってい

ました。自国民とアジアにこれだけの損害を与えながら、「天皇制」がいま

だに存続していることに、疑問を感じていて、皇室のニュースは、見る気が

しませんでした。



 当時を思えば、いまこうして「親日の在日」という本を書いている自分自

身が、不思議に思えるほどです。しかし、ここまで挙げたのが、「親日の在

日」となる前の私の姿です。念のため、断っておきますが、ここまでのこと

はすべて実話です。私は、「日本人は朝鮮を植民地にして、多くの朝鮮人を

殺した」という話を、ときどき父親から聞きながら育ちました。



 また、自分なりに日本の「戦争犯罪」について調べてみることもありまし

た。そして、日本に生まれながらも日本人ではなく、韓国の血を引きながら

韓国人ではないという自分の境遇について、考えながら育ちました。本来な

ら韓国人のはずなのに、日本で暮らしているこの自分とは、一体どのような

存在なのだろう。そうして考えていくと、「日本人が朝鮮人を虐げ、強制的

に日本に連れてきた」と考えるのは、とても自然なことに思えたのです。





責め続けて、幸せになれるのか?

 しかし、どれだけ日本が嫌いだと思っていても、そして、表向きは日本が

嫌いなように時折、振る舞っていても、私の心の中には、ずっと、どうして

も解けない、一つの「もやもや」がありました。それは、在日や本国の韓国

人が「日本は悪人の国だ」と、何代にも何十代にもわたって恨みの心を伝え

続けたとして、そして日本政府に謝罪と賠償を求め続けたとして、それによ

って在日自身は、韓国人自身は、幸せになるのだろうかということでした。

日本をいくら憎んでいるとはいっても、この私自身は、周りの日本人の友達

や大人から差別を受けたことはありません。



 それどころか、日本は優しく穏やかな人が多く、快適で暮らしやすい国で

あることは、実体験を通してよく知っていました。それでも私は、あくまで

植民地支配の「被害者」の子孫として、「加害者」の国である日本のことを、

いつまでも恨まなければならないのでしょうか。



 いつからか私は、こうしたアンビバレントな思いを抱えていましたが、考

えても、考えても、答えが出ることはありませんでした。



 私は、日本学校に通っている在日の学生向けに、朝鮮学校が主催していた

サマーキャンプに、何度か参加した経験があります。朝鮮学校は在日の子供

たちが自身の民族性を育むことができるように設置された学校ですが、運営

している朝鮮総連を通じて、北朝鮮が関与していることが知られています。

「在日」という同じ境遇を持つ同じ世代の学生が集まって交流を深めるこの

イベントには、日本に帰化した人も、そうではない人もいました。私が参加

していた時の主な内容は、歌やキャンプファイアー、BBQといった、万国

共通のキャンプという感じでした。



 しかし、ある年には、朝鮮大学校の先生という人がゲストで呼ばれて、在

日や朝鮮半島の現代史について講義したことがありました。内容は詳らかに

は覚えていないのですが、「われわれは日本人から残酷な仕打ちを受けた朝

鮮人の子孫である。こうした歴史を胸に留め、語り継がなければならない」

といった要旨だったことは、記憶しています。そうした結論を聞きながら、

私には何とも片手落ちな講義に思えてなりませんでした。歴史を記憶に留め、

語り継ぐことは大切かもしれない。でも、それで、何になるのだろう。日本

の「加害の歴史」を語り継いだ私たちは、私たち「被害者」の子孫は、どう

生きればいいのだろう──。講義の後には、十人ほどの学生でグループ・デ

ィスカッションがありました。それぞれに講義の感想を交換し合いながら、

私は、「語り継ぐのはいいとして、それでどうすればいいというのだろう」

という率直な疑問を投げかけたのを覚えています。それに対して、グループ

リーダーの大学生は「いや、語り継ぐことそのものが大事なのだ」という答

えで、結局、要領を得ませんでした。



 こうした「もやもや」が徐々に解消していったのは、高校を卒業して、ア

メリカに留学するという経験を通じてのことでした。それまでの自分は海外

で暮らしたことがありませんでしたが、アメリカと日本という二つの国を比

較する機会を得るとともに、日本が置かれている国際環境や、日本と朝鮮半

島との関係を遠くから眺めることができたことが、とてもよい経験になりま

した。



 また、専攻として外交と安全保障を選んだことで、国家がどのような原理

に則って国際社会で動いているのかを、浅学なりに学べたことも大きかった

と言えるでしょう。そして、自分なりに勉強していくうちに、歴史を見る際

には、一面的な捉え方だけではなく、様々な見方があり得るということを知

りました。特に、東京裁判で堂々と日本の無実を主張したインド人のラダ・

ビノード・パル判事のエピソードや、前述のマッカーサー元帥の証言につい

て知ったことなどが、大いに参考になりました。



 「もやもや」が氷解した今になって断言できるのは、「被害者、加害者」

という図式にとらわれて、過去の祖先の行いを裁くような歴史の見方は、誤

りであるということです。そして、誤りどころか、そうした歴史観にとらわ

れていては、現代に生きる私たち自身が、身を滅ぼすことにもなりかねませ

ん。このことは、在日、韓国人、日本人のそれぞれに当てはまります。そし

て、このことは逆に言えば、在日、韓国人、日本人の三者が「被害者、加害

者」という前提を超えて、それぞれの祖先が行った業績を称えあえるような

歴史観を構築できた時に、歴史的なわだかまりも解けていくのではないかと

いうことです。



 ここで私は、歴史を公平に見て、諸外国との建設的な関係を築いていく上

での前提となる考え方を二つ提示したいと思います。一つ目には、現代に完

璧な人も社会も存在しないように、過去においても完璧と言える人も社会も

存在しなかったということ。「勝てば官軍」は国際社会でも通用する概念の

ようで、「戦勝国のしたことはすべてが善で、敗戦国のしたことがすべて悪

かった」という見方をされがちです。しかし、誤りを犯さない個人もいなけ

れば、誤りを犯さない国もありません。それを天秤にかけて、フェアに見て

いくことが重要だということです。



 そして、それぞれの国や民族には、それぞれの祖先を敬う権利があり、そ

れを他の国や民族が侵害してはいけないということです。たとえば、アメリ

カ人にはアメリカ人の祖先を敬う権利があります。アメリカ人が、「第二次

世界大戦で、自由と民主主義を守るという旗を掲げて戦ってくれた」と、祖

先を敬うのは彼らの権利です。しかし、「日本は悪人の国だったから、私た

ちの祖先が解放してあげた」とまで言ってしまえば、これは言い過ぎです。

それは、日本人が自分たちの祖先を敬う権利を侵害しているからです。アメ

リカ人が自分たちの戦いに大義があったと主張するのは分かりますが、そう

であれば日本についても大義がありました。それを事実としてお互いに認め

合う必要があります。



 これは、日本にとっても同様です。「日本人は第二次世界大戦において、

アジア各国の植民地解放を後押しし、手助けした」と言うことはできます。

しかし、「アジア各国を日本が解放してあげた」とすべてを押し付けがまし

く言ってしまっては、今度は現地の国民が祖先を敬う権利をないがしろにし

てしまう可能性があります。歴史的な出来事の功罪両面を認めて、それぞれ

の祖先の行ったことを、お互いに認め合うというという姿勢があって初めて、

国際関係も良好なものになると言えるのではないでしょうか。



 そうした観点から、ここからは、在日、韓国人、日本人それぞれの「自虐

史観」について見ていきたいと思います。





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2、在日の自虐史観「強制的に連れてこられた」呉亮錫「親日の在日」として

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続きです。

___



2 在日の自虐史観 「強制的に連れてこられた」

 まず、在日についてです。

 一九一〇年に朝鮮半島が日本の領土の一部となると、貧しかった朝鮮から

は、多くの人々が日本に渡ってくるようになりました。渡航を希望する人が

押し寄せてきたため、当局は渡航制限を課すなどしましたが、密航などの手

段を使って日本に来る人は後を絶たず、内地では取り締まりに苦慮しました。



 日中戦争の激化によって内地での労働力の需要が高まると、日本政府は一

九三九年に、企業による朝鮮人労働者の自由募集を認めるようになり、一九

四二年には「官斡旋」という制度に移行します。戦争によって不足する国内

の労働力を補うために、朝鮮から移住してもらおうと考えたのです。一九四

四年には、「国民徴用令」が朝鮮にも適用され、朝鮮人も日本人と同様に工

場などに動員する制度ができました。一九三九年から終戦までに日本で労働

者を働かせたことを、一般に「戦時動員」と言います。朝鮮人労働者は鉱山

や工事現場など、危険な仕事に従事しました。



 こうして、終戦の頃には「在日」は二〇〇万人の規模に達しています。し

かし、終戦後に大量に帰国したために六十万人ほどとなり、近年では約五〇

万人となっています。日本が朝鮮を治めていた間は、朝鮮人も日本国民とい

うことになっていましたが、敗戦によって日本は朝鮮半島を失います。一九

五二年にサンフランシスコ平和条約が結ばれると、在日は正式に外国人とい

う扱いになり、日本国籍を失うことになりました。



 そもそも、在日はなぜ日本に来たのでしょうか。在日については、朝鮮大

学校の朴慶植氏が一九五六年に書いた『朝鮮人強制連行の記録』という著書

などによって、「戦時中に日本に強制連行されてきた被害者やその子孫」と

いうイメージがつきまとっています。このイメージは現在でも消えておらず、

要職にある政治家の口からも、こうした発言が飛び出すことがあります。



 二〇〇〇年には、当時の野中広務・自民党幹事長が記者会見の中で、「か

つてわが国が三十六年間植民地支配をした時代に、朝鮮半島から(強制)連

行してきた人たちが、今七十万人といわれる在日を構成している」と発言し

ています。



 在日社会には現在でも、民団が進める外国人参政権の獲得など、さらなる

権利獲得を求める動きがありますが、その底流には「われわれは日本帝国主

義の被害者だ」という意識が流れています。それを強烈に象徴しているのが、

「朝鮮人は日本に強制連行されてきた」という説なのです。



 しかし、「在日は強制連行の被害者だ」という説は、事実とは異なります。

それはなぜかというと、戦時動員で渡日した人々のほとんどはすでに朝鮮半

島に帰ってしまっていることが一点。そして、そもそも、戦時中の状況は

「強制連行」と呼ぶにふさわしいものではなかったからです。



 それぞれについて説明する前に、まず注意しなければいけないのは、言葉

の使い方です。「強制連行」という言葉は、使う人によって意味がバラバラ

です。厳密に言おうとすれば、政府が法的に強制して労働者を連れてきたと

いう意味で国民徴用令による「徴用」が行われた期間だけが、“強制連行”

ということになります。しかし、「募集」や「官斡旋」の期間であっても、

募集のやり方が強制的だったとか、仕事の現場が過酷だったといった理由で、

この期間までを含めて強制連行と表現する人もいます。ちなみに、日本内地

では一九三九年に導入された国民徴用令ですが、しかし、朝鮮については適

用が猶予され、同地で導入されたのは一九四四年九月のことでした。



 終戦の約一年前のことです。しかも、一九四五年三月には下関と釜山を結

んでいた航路の運航が、戦況の悪化によって断絶してしまったため、朝鮮の

労働者が内地に徴用されたのは半年だけ。必然的に、その労働者の数は少な

くなります。ですから、「強制連行」を問題にする場合には、厳密な「徴用」

ではなく、戦時動員の時期に日本に労務者として渡ってきた人々のことを主

に指すことになります。



 それでは、まずは現在の在日が戦時動員で日本に来た人々なのかという論

点から見ていきます。



 前述のとおり、朝鮮人労働力の日本への移送は、まず企業による募集とい

う形態を取り、それから「官斡旋」「徴用」へと移行していきます。しかし、

終戦の後に、日本政府が用意した帰国用の船で、希望する者はすでに帰国し

てしまっており、その際には、戦時動員によって渡日した人々が優先的に帰

国しました。つまり、それぞれの家族にそれぞれの事情はあったでしょうが、

現在、日本に住んでいる在日の人々は、基本的には、希望して日本に留まっ

たということになります。



 現在、日本に住んでいる在日のほとんどが、強制連行の被害者やその子孫

ではないという事実は、在日の互助団体の調査でも明らかになっています。

在日本大韓民国青年会は一九八八年、戦前戦中に渡日した在日一世、四二〇

五人を対象に、渡航の理由や当時の生活などについて聞き取り調査を行い、

その結果を『アボジ聞かせて あの日のことを』というタイトルの報告書に

まとめました(有効回答数は一一〇六人)。それによると、日本に渡ってき

た理由として一番多かったのは経済的理由で、三九・六%。次に結婚・親族

との同居が十七・三%、徴兵・徴用が十三・三% 、留学が九・五%と続き、

「その他の理由」が二十・二%となっています。



 この調査で注目されるのは、「強制連行」にあたると考えられる徴兵・徴

用が、一割ほどに過ぎないという点です。しかも、この調査は聞き取りによ

るものであり、「徴兵・徴用」と答えた人の中で、実際に強制にあたる事例

がどの程度なのかを当時に戻って確かめる術はありません。実際は、これよ

りも少ない数字だと考えるのが自然ではないでしょうか。また、「徴兵・徴

用」が行われていないはずの時期に渡日したと答えているにもかかわらず、

渡航の理由を「徴兵・徴用」と答えているケースもあります。



 外務省の調査でも、在日のほとんどが「強制連行」の被害者の子孫とは言

えないということが明らかにされています。同省が一九五九年に発表した

「在日朝鮮人の渡来および引揚げに関する経緯、とくに、戦時中の徴用労務

者について」という資料です。この資料では、一九三九年から終戦の間に内

地の朝鮮人が約百万人増加したことに触れ、そのうち約七十万人は出稼ぎの

ための渡航と、人口増加によるものだったとしています。残りの約三十万人

に関しては、「大部分は工鉱業、土木事業等による募集に応じて自由契約に

もとづき内地に渡来したものであり、国民徴用令により導入されたいわゆる

徴用労務者の数はごく少部分である」と表現しています。



 同資料はまた、戦時中の半年間しかなかった「徴用」によって日本に渡り、

資料の時点で日本国内に残っていたのは二四五人だけだったとして、次のよ

うに述べています。



 終戦後、日本政府としては帰国を希望する朝鮮人には常時帰国の途を開き、

現に帰国した者が多数ある次第であつて、現在日本に居住している者は、前

記二四五人を含みみな自分の自由意志によつて日本に留まつた者また日本生

れのものである。したがつて現在日本政府が本人の意志に反して日本に留め

ているような朝鮮人は犯罪者を除き一名もない。



 こうした点を見ていけば、「われわれの祖先は日本に強制連行された」と

いう主張が、誤りであることが分かります。



 また、これに加えて、朝鮮人の戦時動員が「強制連行」と呼ぶべき性質の

ものかどうかという議論があります。「強制連行」と言えば、日本人に比べ

て朝鮮人だけが極めて不当な差別を受け、奴隷的な扱いを受けたかのように

聞こえます。しかし、ここで注意したいのは、当時の朝鮮は外国ではなく日

本の領土の一部だったということであり、日本は戦争に勝利すべく国の資源

を総動員していたということです。「国民徴用令」に限ってみれば、日本内

地のほうが朝鮮よりも早くに適用されていました。工場などに動員されて労

働を強いられるということでは、朝鮮人だけではなく、日本人も同じだった

のです。それを考えれば、「強制連行」の恨みを今日まで引きずるのは、公

平とは言えないのではないでしょうか。



 確かに、戦時動員で朝鮮人の労働者が向かった先は、過酷な労働現場であ

ったことは確かでしょう。日本人との間に、賃金の格差があったことも確か

でしょう。しかし、見落とせないのは、どれだけ内地での暮らしが厳しいも

のだったとしても、朝鮮から渡航しようとする人々が後を絶たなかったこと

です。つまり、たとえ内地での暮らしにハンデがあったとしても、半島に留

まっているよりはいい暮らしをするチャンスがあったからこそ、朝鮮の人々

は内地を目指して海を渡ったのだということです。





「ジャパニーズ・ドリーム」を誇ってはどうか?

 こうしたことを踏まえて、私は、「在日の祖先は強制連行の被害者だ」と

いう主張は、正しくないと考えます。このことは、決して、日本に渡ってき

た在日に対する差別や、あるいは当時の人々の苦労を否定するものではあり

ません。むしろ私は、当時、海を越えて馴染みのない土地に渡り、そこで苦

しい思いもしながら、日々の暮らしを築いていった在日の祖先の努力を、敬

いたいと思います。世界中、どこの国に行っても、移民の暮らしは苦しいも

のです。差別や時には憎悪の目が向けられる中で、身を立て、家族を養って

いかなければなりません。今日、私を含め、在日が日本で生きているのは、

祖先が苦労してこの国での生活を立ち上げていったからであり、その努力に

ついて敬意を持つことは、人間としての自然な感情だと思います。



 しかし、そこに「強制連行」を持ち込んで、被害者であることをことさら

に主張する必要はないのです。「強制連行されて働かされた」と言えば、ま

るで無力な人々が目立った抵抗もできずに捕えられ、支配者の言うがままに、

言われた通りの仕事を奴隷のようにやらされたかのようなイメージが、独り

歩きします。ところが、在日の実情はそうだったでしょうか。実際の在日一

世は、日本政府の渡航制限に対しても諦めることなく、中には密航というリ

スクさえ冒して、内地でのより良い生活を求めて、海を渡ったのではなかっ

たでしょうか(密航という手段そのものを肯定するわけではありませんが)。

そして、新たな土地で生活の基盤を築いていったのではなかったでしょうか。



 アメリカでは一旗揚げようと渡ってきた移民が、自ら道を開いて成功して

いくことが、「アメリカン・ドリーム」として称賛されています。その例に

ならえば、自力で懸命に努力して道を開いた在日は、いわば「ジャパニーズ・

ドリーム」の体現者だったと表現することもできます。その意味では、在日

が祖先を「強制連行の被害者だった」と言い続けることは、他ならぬ自分た

ちの祖先の努力に泥を塗ることにもなりかねません。「在日は強制連行の被

害者の子孫」というストーリーは、在日にとっての自虐史観そのものです。



 そして、この自虐史観を引きずっている限り、在日は自らの生い立ちにつ

いての健全な自尊心を持つことができず、幸福に生きていくことはできない

と言えるでしょう。まずは「被害者」という意識を捨てて、純粋に祖先の努

力を称えること。そして、在日が道を開く舞台となったこの日本という国に、

感謝することから始めるべきではないでしょうか。



 さらに言葉を足して言えば、「強制連行された子孫」という立場を維持し

ていくということは、在日がこの日本の社会で健全に生きていく上での障害

ともなります。前提として認識する必要があるのは、日本で暮らしてきた在

日は、今後も日本の社会で生きていく身なのだということです。



 すなわち、在日の運命は日本の社会の運命と一蓮托生の関係にあるのです

から、日本が国際社会で安全を維持し、より豊かで暮らしやすくなっていく

ことは、在日にとっても良いことだということです。そしてそのことに、在

日として生まれた私のような人々も、貢献していく必要があるのだというこ

とです。「私たちは被害者だ。だから権利を要求する」という主張を続ける

のは、 その妨げにしかなりません。



 たとえば、最近では民団が進めている外国人参政権の問題と、朝鮮総連の

運営する朝鮮学校が高校無償化の対象とされるかどうかという論点がありま

す。在日についての政治問題といえば、この二点が主にメディアの報道に登

場するため、これらの問題をめぐる論争が起きていることを、ご存知の方も

多いのではないでしょうか。これらの問題は、外国籍を維持したまま権利の

拡大を求める在日の運動が、もはや限界にきているのを明らかにしていると

思います。



 まず、外国人参政権について議論する場合には、政治に参加するというこ

とが、何を意味するかを考えなくてはなりません。ある国の政治に参加する

権利を持つということは、その国にもしものことがあれば、国のために戦う

という国防の責任と切っても切れない関係にあります。これは、在日がいく

ら税金を払おうとも、変わらないことです。もし外国籍であっても選挙権を

持てるのだとすれば、外国政府が日本で選挙権を持っている国民を通して、

日本の政治を意のままに操ろうとすることも、十分、想像できます。たとえ

地方参政権だとしても、自治体を乗っ取られるリスクがあるという意味では

同じです。特に、日本に対して敵意をむき出しにしている国々が周辺に存在

している状況では、参政権をめぐる議論はセンシティブなものにならざるを

得ません。



 中には、在日は大日本帝国時代の「旧植民地」の住民だったという意味で、

特別に参政権を認めるべきだという議論もあるのかもしれません。しかし、

外国籍のまま政治に参加する在日の中に、韓国政府や北朝鮮政府の意を受け

た人がいないとも限りません。特に、北朝鮮はスパイの訓練として日本人を

拉致するような犯罪国家であり、韓国は同盟国ながらも日本をほとんど敵国

同然に扱っています。たとえ、在日が日本に暮らしているのには歴史的な経

緯があったとしても、これらの国の国籍を維持したまま日本の政治に参加す

るということは、防衛上のリスクがあるという認識が必要でしょう。



 参政権の問題は、在日にとっては自らの権利の問題かもしれませんが、日

本の社会にとっては国防と密接にかかわる問題なのです。こうした日本社会

の立場を顧みずに、ただ自らの権利の拡大を訴えるのであれば、在日と日本

の社会とのあつれきが深まるのは、ある意味で当然のことと言えるのではな

いでしょうか。「選挙権を得たいのであれば、日本に帰化するのが道理であ

る」という考え方は、維持しなければならないと思います。



 また、朝鮮学校の高校無償化について言えば、朝鮮学校に拠出する補助金

が問題となるのは、そのお金が北朝鮮に流れる恐れがあるからです。核ミサ

イル開発を続けて日本を恫喝し、あろうことか日本人を国家ぐるみで拉致す

るような国に、日本人の税金が流れる恐れがあるならば、朝鮮学校に補助金

が出ないのは、日本の立場からすれば自然なことではないでしょうか。



 この問題に関しては、「大人の政治の問題で子供の教育を受ける権利を奪

ってはならない」という主張も聞こえます。しかし、そもそも問題を創り出

しているのは、周辺国に脅威を与えている北朝鮮の政府の方です。日本政府

に補助金を出すように訴えるよりも、北朝鮮に対してその冒険主義的な対外

政策を止め、とらわれている拉致被害者をただちに帰国させるように訴える

ことが先ではないでしょうか。そして、子供たちに健全な教育を受けさせた

いと本当に願っているのであれば、「主体思想」などという身勝手な思想を

通じて国民を洗脳し、虐げているような国が関与する学校に子供を通わせて

いて、本当にいいのでしょうか。すべての子供に教育を受ける権利があるこ

とは、間違いのないことです。しかし、教育を受ける権利を隠れ蓑に、危険

な思想を持つ国家にお金が流れるのであれば、日本社会の立場としては、こ

れを無条件に看過するわけにはいかないのです。



 このように、在日が外国籍を維持したままで権利拡大の運動を続けていく

ことには、限界があることが分かります。在日も日本の社会に暮らす一員だ

とするならば、日本という国の立場も考慮に入れて物事を考えていく必要が

あるのではないでしょうか。そして、「自分たちは被害者だ」という意識を

いつまでも持ち続けることは、在日の一人ひとりにとっても、社会で暮らし

ていく上での真っ当な公民意識や遵法精神を持つ上での妨げになってしまい

ます。



 人間が真面目に社会生活を送っていくために重要なのは、自由と責任の自

覚です。自由があるからには、社会に対するそれなりの責任が生じます。韓

国籍の在日は最近まで、どこの国の国政選挙にも投票できない立場にありま

した。韓国での法改正によって、二〇一二年の議会選からようやく投票が可

能になりましたが、それまではどこの国の政治にも参加することができなか

ったのです。



 また、本国の韓国人とは違って、徴兵についても猶予されています。つま

り、在日は政治参加と国を守る責任という二つについて、これまで義務や責

任と向き合う必要のない立場にあったと言えるのではないでしょうか。そし

て、そうでありながら、「外国籍のわれわれにも、日本人と同様の権利を認

めるべきだ」という主張を展開してきたということになります。



 これは他ならない在日一人ひとりの精神にとって、不健全なことなのでは

ないでしょうか。それを考えれば、やはり日本に帰化して、この社会のフル

メンバーとして生きていくのが、真っ当な道ではないかと思えてきます。私

も帰化の申請を進めていますが、日本国籍を取るということは、国民として

日本という国民国家の一員となり、政治や社会への責任に向き合うというこ

とを意味します。



 そして、そうであってこそ、在日の不健全な状態は解消されると言えるで

しょう。「被害者」という意識を克服して、日本の社会に正当なかたちで参

加することは、一人ひとりにとって重要なことなのです。

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呉亮錫『「親日の在日」として』(株式会社LUFTメディアコミュニケーション)

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Posted at 2016/10/17 08:18:51

イイね!0件



この記事へのコメント
2016/10/17 13:37:20

長ったらしいだけで、

結局何が言いたいのかねえ。

基本、原則として、呉氏は先祖が

日本に強制連行されたと言うのなら

何故現時点で国に帰らないのか?

後段の話では、正確に欠ける年と内容

数値のあやふやさが意識的に記載され

て居るようで、自身の在日としての

存在理由を正当化しようと思える。

なんせ、半島を日本国が仕方なしに

併合したのち、人間らしい生き物に

半島人を育てた事を述べていないし

戦前戦後の15年程の間の記述に

密航の事実記載が無く、戦後に日本国民

( 日本国籍に変更していない )で在っ

ても朝鮮籍の人は、日本国籍を奪われた

との記載は誤りであり、このあやふやな

表現は意識的な書き方であろう、と。


本当に、強制連行された方々の子孫なら

早急に半島にお帰りになられてくださいね。

故郷に帰りたいでしょう。
コメントへの返答
2016/10/17 16:26:34
こちらにもありがとうございます。

呉氏の記述で、

>現在、日本に住んでいる在日の
>ほとんどが、強制連行の被害者やその
>子孫ではないという事実は、在日の
>互助団体の調査でも明らかになって
>います。

>在日本大韓民国青年会は一九八八年、
>戦前戦中に渡日した在日一世、四二
>〇五人を対象に、渡航の理由や当時
>の生活などについて聞き取り調査を
>行い、その結果を『アボジ聞かせて 
>あの日のことを』というタイトルの
>報告書にまとめました
>(有効回答数は一一〇六人)。

>それによると、日本に渡ってきた理由
>として一番多かったのは経済的理由
>で、三九・六%。
>次に結婚・親族との同居が十七・三%、
>徴兵・徴用が十三・三% 、
>留学が九・五%と続き、
>「その他の理由」が二十・二%と
>なっています。

で、徴兵や徴用と答えた数値に関しても

眉唾もので信じられないと書いています

から、先ずはそういう事実が無かったと

いう括りなのだと思いますよ。


また、帰化申請中なので故郷に帰る気は

ないでしょうし。


それよりも問題なのは、野中広務氏や

河野洋平氏、加藤紘一氏などの面々が

相手の嘘を見破れずに安易に認めて

しまい、彼らの言いなりになってしまった

事ではないでしょうか。

そして、いま現在でも同じ様な事を恥し

気もなく反日な言動を繰り返す人々や

同調したり、逆に面倒臭がって放置して

無関心な人たち。

結局、残念ながら政治家を選ぶのも

大衆なのですから、誰が悪いというより

これからどうするかという方向で、

建設的な話し合いをしつつ、かといって

虐げるのではなく、帰化しないなら

帰国しないと辻褄が合わないという

部分を粛々と意見して行きながら、

粛清ではなく同意のもとで進めて行く

しかないのかなと考えます。


と云うか、どのみち有耶無耶には

もうここまで来ると出来ませんし、

だからと云って出て行けとだけ云い放つ

のもまた揉める元になりますので、

難しいとは思いますが、自らが変わって

日本人として生きて行く気持ちがあるか

ないかを先ずは聞き、嫌ならお帰りに

なって下さいねという話ですね。


ま、結局そこが終点ですけども・・・
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