"震災から3ヶ月・・・被災地はまだまだ復興に向けて休むことなく前進している。
子供のころから無類のラグビー好きの父の影響で私もラグビーが好きだったが、特に【北の鉄人】と言われて、前人未到の日本選手権7連覇の偉業を成し遂げた、新日鉄釜石が大好きで、当時のプレイングマネージャーの松尾雄治氏引退のときにサインまで頂いた。
一番好きだった選手は・・・・何といっても森重隆氏。(写真は現在の森さん!)
トレードマークのヒゲと切れた凧のような動き、そして何よりユーモアのある熱い人柄・・・彼は九州の出身ながらこの北の釜石にやってきて
引退まで4連覇を成し遂げている。
引退後は故郷の福岡に帰り家業のガラス店を継ぎ社長業とともに
母校・福岡高校ラグビー部の監督を務め昨年、28年ぶりに花園へ母校を返り咲きさせた。
昨日、NHKで、釜石ラグビーに関しての放送があったので録画しておいた。
そして、先ほどその録画を観たら・・・なんと、その森が4連覇を達成するまでの釜石ラグビードキュメンタリー番組の再放送。
【ノーサイドの笛は鳴った】、当時、この番組をビデオに録画して
何度、観たことか!!!
数々の場面や台詞も憶えていた。
懐かしい!!!!!!!
当時は森が30歳、松尾が27,8歳ぐらいで、観ていた私は20歳に満たないぐらい。ずいぶん、おじさんに見えていたが、今や私はそのときの
森の年齢を遥かに遥かに超えている。
あまりに懐かしすぎて見入ってしまった。
洞口、石山、金野、氏家、千田、高橋、坂下、谷藤、和田、金子、永岡(慶応出身!)、瀬川・・・・・・
森、松尾以外はほとんどが地元東北の高校出身の無名の選手たち。
朝から夕方まで製鉄所で勤務してその後、練習・・・
そんな寡黙な鉄の男たち・・・が、当時1月15日に開催されていた
日本選手権!
私の知ってる限り必ずこの日は釜石が戦っていた。決勝に釜石が出るのが
当然のように思えるほど強かった。
スタンドには釜石からの大応援団は大漁旗を振り、成人式の帰りの振袖姿の女の子がたくさんいた。
こんな風景が当たり前の1月15日だった。
7連覇・・・釜石が8連覇を目指したときに負けてしまった相手が
神戸製鋼。大八木、平尾の伏見工業~同志社大のコンビが活躍していたころ。
その神戸製鋼が釜石に並ぶ7連覇をやってのけるが、ほとんどが大学時代からの有名選手が多かった神戸製鋼だったので私としては
釜石は凄い!!!!!!!と思う。
そんな釜石は今、市民立ち上げの新チーム
【釜石シーウェイヴス】として震災後もボランティアをしながら
練習に励んでいる。
マイミクのともさんをはじめ、メンバーのみなさんも無事で
復興のために日夜頑張っておられます。
その昔の再放送のあとに現在の釜石シーウェイヴスのことが少しだけ紹介
されていました。
釜石は、やっぱりラグビーの町なんだな・・・そう思いました。
釜石が元気になるのはシーウェイヴスが強くなること・・・
懐かしい映像を観つつ、これからの釜石のラグビーの復興を切に願います。
シーウェイヴスがトップリーグ昇格出来ますように!!!
釜石シーウェイヴスのコミュです! ↓
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Posted at 2011/06/21 11:48:07 |
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