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2012年05月29日
スパイ中国書記官、玄葉外相「思い出せない」
ミンスの配慮かw
警視庁、中国書記官に出頭要請 外登証悪用し口座開設
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012052901001327.html
在日中国大使館の1等書記官(45)が外国人登録証明書を悪用して銀行口座を開設し、ウィーン条約で禁じられた商業活動をしていた疑いがあるとして、警視庁公安部が外務省を通じ、中国側に出頭させるよう要請していたことが29日、捜査関係者などへの取材で分かった。書記官は出頭を拒否、既に帰国した。
書記官は中国の情報機関の出身とされ、公安部は、書記官が日本の政財界の要人に接触するなどしていたとみて実態解明を目指す。外国人登録法違反容疑などでの立件も検討する。
警察当局によると、書記官が開いた口座には、日本企業などから定期的に「顧問料」として振り込みがあった。
(共同)
中国書記官:外国人登録証を不正更新 警視庁が書類送検へ
http://mainichi.jp/select/news/20120529k0000e040159000c.html
在日中国大使館の1等書記官(45)が外国人登録証を不正に更新していたとして、警視庁公安部が今月中旬、外務省を通じ中国大使館に出頭要請していたことが捜査関係者への取材で分かった。中国大使館は出頭要請を拒否し、書記官は23日に出国している。警視庁は書記官を外国人登録法違反(虚偽申告)容疑で書類送検する。中国の外交官が日本の国内法に抵触して立件対象となるのは初めて。
捜査当局によると、書記官は中国人民解放軍の情報機関「総参謀部」出身とされ、日本での活動実態を調べている。
書記官は08年4月、外交官にもかかわらず、研究員と身分を偽って虚偽の住所などを記載した申請書を東京都内の葛飾区役所に提出し、外国人登録証を不正更新した疑いが持たれている。
書記官は08年1月ごろ、外交官の身分を隠し、以前、東京大学の研究員だった際に取得した外国人登録証を用いて銀行口座を開設。口座には中国に進出しようとしていた都内の健康食品販売会社から顧問料名目で毎月10万円前後が振り込まれていたほか、書記官の周辺には複数の企業から数百万円が流れた形跡があるという。
ウィーン条約42条は外交官が個人の利得を目的に商業活動をすることを禁じており、警視庁公安部は書記官が顧問料などを隠すために身分を偽ったとみて調べている。
中国大使館の楊宇報道官は「スパイ行為をしたという報道は荒唐無稽(むけい)だ」とコメントした。
玄葉光一郎外相は29日午前、外務省が在京中国大使館に出頭を要請したことは認めた。書記官は松下政経塾に一時在籍し、玄葉氏の「後輩」にあたるが、玄葉氏は「率直に言って、顔も名前も思い出せない」と述べた。
中国書記官:日本語堪能、要人と接触 松下政経塾にも在籍
http://mainichi.jp/select/news/20120529k0000e040196000c.html
「日本語がうまく勉強熱心だった」。警視庁の捜査で明らかになった在日中国大使館の1等書記官による外国人登録法違反事件。書記官は大学で研究員として勉強を続けながら松下政経塾にも在籍するなど、政財界への人脈作りは多岐にわたっていた。書記官の本当の目的は何だったのか。公安部は実態解明を進める。
捜査関係者によると、書記官が松下政経塾に海外インターンとして在籍していたのは99年4月からの半年間。当時一緒に学んだという民主党の森岡洋一郎・衆院議員は29日、「塾を卒業してからはほとんど付き合いはない。在籍当時はおとなしい印象があるだけ」と述べた。
同塾に在籍中に、書記官と交流があった福岡県春日市の元参院議員秘書、平山喜基さん(37)は「冗談をよく言うような明るい人。法律に反することをするようなタイプには見えなかった」と驚きの表情。日本語は堪能で酒を飲みながら議論したという。「靖国問題や太平洋戦争などについて話し合ったが、決して中国側の意見を押しつけることはなかった。日本の立場を理解しており、柔軟にものを考えられる印象だった」と振り返る。「政経塾ではOBの国会議員や政府関係者との接触も多く、人脈を広げていたのかもしれない」と話す。
書記官は経済分野を専門としており、日中間の経済活動についても各地で講演していた。6月上旬に書記官や国内の弁護士らを招いた経済セミナーを企画していた東京都内のコンサルティング会社は「セミナーは中止にした」としている。
捜査関係者によると、書記官は93年5月に福島県須賀川市の友好都市である中国・洛陽市職員の肩書で国際交流員として来日。95年4月?97年3月には福島大大学院で行政問題について学んだ。
帰国すると人民解放軍の総参謀部とつながりがあるとされる中国の調査研究機関「中国社会科学院」で日本研究所副主任を務めた。99年に再来日し、松下政経塾のインターンを終えると、03?07年まで東京大の付属機関「東洋文化研究所」や「公共政策大学院」に研究員として在籍していた。
【中国書記官スパイ疑惑】玄葉外相、松下政経塾在籍「顔も名前も思い出せ…
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120529/plc12052911170008-n1.htm
玄葉光一郎外相は29日の記者会見で、警視庁公安部が外務省を通じて在日中国大使館の1等書記官の出頭を要請して拒否された問題について「今朝(省内の)関係課から聞いた。背景、事実関係はまだ承知していないので、軽々にコメントすることはできない」と述べた。
報道されるまで自身に報告がなかったことには「どういう事態、状況なのか私自身十分な捜査情報を持っているわけではない。ことと次第によっては、ということではないか」とだけ語った。
また、1等書記官が玄葉氏と同じく松下政経塾に在籍したことに関しては「どんな人なのか聞いたが、顔も名前も思い出せない。後輩が10人ぐらいで訪ねてきてその中にいたことがあるのかどうか、それすら分からない」と述べた。
【中国書記官スパイ疑惑】藤村官房長官「個別の案件には答えない」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120529/plc12052911000006-n1.htm
藤村修官房長官は29日の記者会見で、在日中国大使館の1等書記官がウィーン条約で禁じられた商業活動をしていた疑いで警視庁から出頭要請を受けていたことについて、「個別の捜査の案件なので、お答えは控える」と直接のコメントを避けた。今後の日中関係に与える影響についても、「さまざま政府としての考えを進めているが、個別の捜査の内容には一切答えない」と述べた。
スパイ中国書記官、玄葉外相「思い出せない」
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120529-OYT1T00544.htm
警視庁公安部がウィーン条約で禁じられた商業活動をしていたとされる在日中国大使館の1等書記官に出頭要請した問題は、政界に波紋を広げた。
松原国家公安委員長は29日の閣議後の記者会見で、「捜査内容については答えを差し控える」としながらも、「中国の対日工作には重大な関心を払っていて、情報収集、分析に努めるとともに、違法行為については厳正な取り締まりを行う」と述べた。
玄葉外相も記者会見で、「今朝新聞で知り、(関係課から)事情を聞いている。警視庁からの要請を受けて、外務省の職員が在京中国大使館に対応したと認識している」と明らかにした。
ただ、日中関係への影響については「なんとも言いようがない。状況把握してから言いたい」と述べるにとどめた。自身が通った松下政経塾に1等書記官が一時在籍していたことについても、「顔も名前も思い出せない。(自分とは)一回りくらい違うので、訪ねてきたことがあるのかどうかすら分からない」と話した。
(2012年5月29日11時51分 読売新聞)
中国書記官スパイ?松下政経塾にも…政官に人脈
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120529-OYT1T00176.htm
警視庁公安部が出頭要請した在日中国大使館の1等書記官(45)は、中国を代表する情報機関である人民解放軍総参謀部の出身で、公安当局は着任当初からスパイとみて、動向を警戒していた。
母国語のように日本語を操り、松下政経塾にも在籍していた“日本通”の書記官。人民解放軍所属という経歴を隠し、国内で独自の人脈を築いていた。
警察当局によると、書記官は1989年6月に人民解放軍傘下の外国語学校を卒業後、軍総参謀部に所属。93年5月、福島県須賀川市の友好都市である中国・洛陽市の職員を名乗り、「須賀川市日中友好協会」の国際交流員として来日した。約4年間、福島県内に滞在し、95年4月~97年3月、福島大学大学院に通い、日中関係に関する論文を執筆していたという。
いったん帰国し、総参謀部と関係が深いとされる中国の調査研究機関「中国社会科学院」で日本研究所副主任を務めた後、99年4月に再来日した。
この時には、松下政経塾に海外インターンとして入塾。同期生には、後の民主党国会議員もおり、政界への接点を得た。関係者によると、書記官は総参謀部との関係については明らかにせず、「中国社会科学院」で日本の研究をしていると説明。財界にも幅広い人脈を広げていったという。
(2012年5月29日07時45分 読売新聞)
Posted at 2012/05/29 18:48:27 |
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ブツブツと独り言
2012年05月29日
ロケットの残骸、民家を直撃 中国、高圧線切断で停電
ロケットの残骸、民家を直撃 中国、高圧線切断で停電
http://www.asahi.com/international/update/0528/TKY201205280498.html
中国湖南省綏寧県で27日未明、通信放送衛星を搭載して打ち上げられたロケット「長征3号」の残骸が落下し、民家を直撃した。けが人はなかった。中国メディアによると、同県の別の場所では約30キロの残骸が高圧電線を切断し、辺り一帯が停電したという。
ロケットは同県から1千キロ余り離れた四川省南西部から打ち上げられ、衛星は順調に軌道に乗った。地元当局は住民に自宅から出ないよう言っていたという。(上海=奥寺淳)
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流石中国ロケットの残骸も降ってくるとはw
国民への安全重視てな考えは無いようでww
Posted at 2012/05/29 13:56:26 |
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読みっぱなし
2012年05月29日
酒気帯び無免許男、職質避け逃走・民家に衝突
酒気帯び無免許男、職質避け逃走・民家に衝突
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120529-OYT1T00451.htm
大阪府豊中南署は28日、大阪市淀川区加島、無職坂本修一容疑者(44)を道交法違反(無免許運転)の疑いで現行犯逮捕した。
発表によると坂本容疑者は28日未明、豊中市内で乗用車を無免許で運転した疑い。坂本容疑者の呼気から酒気帯び運転の基準値を超えるアルコール分が検出されており、「無免許と飲酒がばれると思って逃げた」と容疑を認めている。
同日午前1時45分頃、豊中市庄本町の路上で、車を運転中、府警第2方面本部隊員から職務質問されそうになり、逃走。約2キロ先の同市三和町で民家の門扉に衝突して止まった。けが人はなかった。
(2012年5月29日12時54分 読売新聞)
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これも「自動車運転過失」なのでしょうか?
無免許+飲酒運転の何処が過失に当るのか詳しく説明していただきたい。
「危険運転ナンチャラ」てのは無免許飲酒酒気帯び運転を認めてる事になるわけですがボチボチ無免許飲酒酒気帯びに無車検無自賠責車両運転を「殺人罪」の適応にしてはいただけないでしょうか?
Posted at 2012/05/29 13:49:55 |
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ブツブツと独り言
2012年05月29日
本日の御昼御飯
粉っぽさは感じられず。
といって特別美味いわけでも無くw
コロッケは私好みでしたが次は多分ありませんw
Posted at 2012/05/29 12:47:55 |
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ネギ畑の出来事
2012年05月29日
証人喚問は何時頃にw
noコメントで
【主張】国会事故調 目に余る菅氏の責任逃れ 解明に証人喚問が不可欠だ
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120529/plc12052903220003-n1.htm
「原子力ムラは戦前の軍部と同じ」-。東京電力福島第1原子力発電所事故当時の政府最高責任者として菅直人前首相が国会事故調査委員会(国会事故調)の参考人聴取にこう語った。菅氏は政府や東電などによる原子力行政を「戦前の軍部」に例えて全面解体を求めるなど、国家エネルギー政策を担う責任はみじんも感じられず、唖然(あぜん)とせざるを得ない。
菅氏は事故直後の強引な現場視察を「直接見ることで状況が把握できると考えた」と正当化した。事態を悪化させたとされる海水注入問題でも自らの責任を全面否定するなど「政府の対応を混乱させた」とする海江田万里経済産業相(当時)らの証言と食い違い、国民に重大な疑問を残した。
≪不作為の責任も追及を≫
国会事故調は菅氏の証人喚問など与えられた国政調査権を活用して事実関係を究明し、責任を徹底追及すべきだ。
また今回の聴取で、安全保障会議開催や災害緊急事態布告など首相として当然なすべき対応を取らなかった「不作為の責任」を解明しなかったのはおかしい。事故の再発を防ぐためにも、その究明は国会の責務である。
今回、注目されたのは、2月末に公表された独立検証委員会(民間事故調)の報告で、視察の際に「俺の質問にだけ答えろ」と菅氏が班目(まだらめ)春樹原子力安全委員会委員長を一喝したとされる問題や、昨年末の政府事故調査・検証委員会(政府事故調)の中間報告で政府の情報集約・伝達・公開の不備が指摘されたことへの対応だ。
菅氏は国の責任者として事故を止められなかったことを国民にわびたものの、これらの問題では責任を認めなかった。現場視察では「現場責任者の顔と名前が一致したのは大きかった」と正当化し、東電の勝俣恒久会長が「首相の質問で時間を取られるのは芳しくない」と視察を批判したのとは正反対だった。
1号機の海水注入問題でも「官邸に詰めていた東電の武黒一郎フェローが注水を止めさせた。なぜ止めろと言ったのか全く理解できない」と名指しで批判、自らの責任を否定した。こうした矛盾の解明には、証人喚問が不可欠だ。
そもそも政府事故調が「政府に甘い」との批判を受け、昨年12月に設置されたのが国会事故調である。それゆえに独立性と強い調査権限を持たせ、省庁などに内部資料を強制的に提出させられる。政治家らを証人喚問し、嘘をつけば偽証罪に問うことも可能だ。
事故の原因究明に世界が注目している。枝野幸男経済産業相(当時官房長官)も聴取で「記憶にない」の発言を繰り返した。最終報告書では首相の責任を明確にし、再発防止策を提言すべきだ。
≪再発防止の提言が肝要≫
一連の参考人招致を通じ、菅内閣の原発事故対応をめぐる体制の問題点も改めて浮かんだ。法の運用の問題に加え、法体系そのものに不備がある。必要な見直しにつなげなければ、事故が再び起きた場合に混乱を繰り返すだけだ。
今回の聴取で取り上げるべきだったのは、菅氏が政府の司令塔でありながら事故後に安全保障会議や中央防災会議を開催しなかったことだ。現行法の下でも「オールジャパン」の体制を構築できるのにその仕組みを使わなかった。
政府内の情報共有を図ることで官僚組織に能力を発揮させ、関係業界への協力要請も迅速に行うなど、国の総力を挙げて取り組むことがなぜできなかったのか。
一方で、菅氏は法律に基づかない対応を相次いでとった。事故4日後の3月15日、東電本店に政府と東電の「対策統合本部」を設置したのは代表例だ。菅氏は「私のアイデア」と認め、統合本部により事故現場の情報共有が強化されたなどと有効性を主張したが、原子力災害対策特別措置法に基づく対策本部と別に、もう一つの本部が並立されたことで、一元的対応に支障があったのが現実だ。
特別措置法が大地震、大津波との複合災害など過酷事故を想定していない点は菅氏も認めた。その改正が必要だ。併せて災害対策法制全体の見直しを行わなければならない。中心となるのは災害対策基本法だ。国会閉会中などを想定した災害緊急事態の布告を発動しやすくし、被災者の生命・安全を守るため必要な物資確保などの措置をとることができるようにすべきだ。事故調の責任は大きい。
【菅前首相聴取】真相解明どこまで 現場介入・緊急事態宣言遅れ…
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120528/plc12052823270033-n1.htm
首相のリーダーシップは事故にどう影響したのか-。これまでに報告書をまとめた他の事故調では、評価に差異がみられ、政府、東電の各事故調では明確な言及を避ける一方、民間事故調は「混乱や摩擦の原因になった」と資質に疑問を突きつけた。今回、初めて菅前首相を聴取した国会事故調。来月まとめる報告書では、聴取結果をどう受け止め、真相に迫るのか注目される。(原子力取材班)
現場視察に強い批判
事故直後の官邸のやりとりは最大の焦点だ。政府事故調は「官邸内の連携が不十分だった」と記述するにとどめたが、民間事故調は「稚拙で泥縄的な危機管理」と酷評した。こうした危うさを抱えたまま強行されたのが、昨年3月12日早朝の菅氏の福島第1原発視察だ。民間事故調が「現場関与が深まっていく原動力になった」と指摘するように、作業現場への"政治主導"が強まる。
この状況について、政府事故調は、視察が現場の復旧作業の負担になった可能性を示唆した。民間事故調も「絶対に後から批判される」と枝野幸男官房長官(当時)が反対するシーンを描いた。
一方、東電事故調は「視察により、ベント実施作業が遅れたということはない」と、菅氏に"配慮"した記述となっている。
菅氏の視察をはじめとする官邸の現場介入には批判が強い。だが、菅氏が主導した3月15日の政府・東電対策統合本部の設置は一定の評価を得ている。
菅氏は15日早朝に東電本店に乗り込み、統合本部を設置した。民間事故調は「官邸の介入に有効事例が少ないなか、一定の効果があった」とし、政府事故調も統合本部設置以降は「政府と東電の連携が図りやすくなったと評価する者もいる」と理解を示す。
遅れた理由は?
他の事故調で深い言及はないが、国会事故調が着目するのは、政府の原子力緊急事態宣言の遅れだ。
東電が1、2号機の注水機能喪失を伝える、原子力災害対策特別措置法(原災法)15条に基づく通報を行ったのは3月11日午後4時45分。同法は、15条通報があった場合、首相は「直ちに」緊急事態を宣言し、原子力災害対策本部を設置することを定めている。だが、実際の宣言は午後7時3分と2時間以上遅れた。
政府事故調では菅氏が午後6時12分から開催された与野党党首会談に出席するため「上申手続きは一時中断した」としている。民間事故調も政府事故調の内容を引用するのみだ。
東電の解析では、1号機の炉心損傷開始は午後6時50分ごろとされ、宣言に手間取る間も、原子炉の状況の悪化は進んだ。今月17日の国会事故調で、当時経産相の海江田万里氏は「首相の理解を得るのに時間がかかった」と証言。
これに対し菅氏は28日の聴取で「意図的に引き延ばしたわけではない。(宣言の遅れによる)支障はなかった」と主張した。国民の安全に重大な影響を及ぼすだけに、今回の聴取が報告書の評価にどう反映されるか注目されるところだ。
【菅前首相聴取】自己正当化、記憶にない…「人災の元凶」に反省なし
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120528/plc12052823240032-n1.htm
責任転嫁、自己正当化、そして「記憶にない」。国会の東電福島原発事故調査委員会による菅直人前首相の参考人聴取は、事故対応で采配を振るった最高責任者(原子力対策本部長)の無反省さを改めて見せつけた。事故拡大を防げなかったことも、付近住民に適切な避難指示を出せなかったこともどこか人ごと。自らが「人災の元凶」だったとの自覚はない。
「私が知りうる限りのこと、考えたことについてできる限り率直に答えたい」
菅氏は冒頭こそ神妙な面持ちだったが、その後はのらりくらりと質問をかわし、2時間50分間の質疑の大半をいかに責任逃れするかに費やした。
事故調委員は、菅氏が法的根拠と責任の所在が曖昧な指示を繰り返したことを問題視したが、菅氏は「記憶にない」と強弁し、いったんは事務方に責任をなすりつけた。
「原子力事故にあたってどのような権限が首相、本部長としてあるのか、詳しい説明を聞いたことは覚えている限りない」
ところが、委員が平成22年10月に中部電力浜岡原発事故を想定した防災訓練に首相として出席したことを指摘すると豹変(ひょうへん)。「もっと早くからしっかりとした説明を受けて知っておいた方がよかった」と釈明した。
一事が万事この調子だった。菅氏は答弁用のメモを周到に準備していた。27日の国会事故調での枝野幸男官房長官(当時)の参考人聴取などをインターネット放送で視聴し、理論武装に励んだことは想像に難くない。
〈再臨界ない「知っていた」海水注入中止指示で〉
だが、物事は「隠すより現る」。言葉の端々から不誠実な態度がのぞく。
緊急事態宣言発令の遅れについては「特に支障はなかった。理由があって引き延ばした気持ちはない」。第1原発1号機への海水注入に懸念を示した自らの言動が東電に「官邸の意向」として伝わっても「全く理解できない」-。
事故直後、無資格(後に内閣官房参与)で官邸に招き入れた情報処理の専門家である日比野靖氏が第1原発に電話で「極めて初歩的な質問」(委員)を行い「仕事の邪魔」をしたと追及されるとこうごまかした。
「やや抽象的なお尋ねで答えに困る。内容的にはっきりしないので答えようがない…」
もともと原発事故が起きるまで菅氏に原子力政策への定見はなかった。若いころは原発に懐疑的だったというが、昨年1月の施政方針演説では「私自らベトナムの首相に働きかけた結果、原発施設の海外進出が初めて実現します」と原発ビジネス推進の旗を振った。
事故発生直後に「自分はものすごく原子力に強い」と自慢したかと思うと、昨年8月の福島復興再生協議会では「放射能をどう考えてよいのかなかなか理解できない」と言い放った。
そして事故調では日本だけでなく世界に向かって「脱原発」を高らかに訴えた。脱原発論者さえもこう受け止めたに違いない。「お前が言うな!」と。
言っていることはブレ続けても「反省のなさ」だけは首尾一貫している。哲学者、ニーチェはそんな菅氏の人間像をずばりと言い当てている。
「『それは私がしたことだ』と私の記憶は言う。『それを私がしたはずがない』-と私の矜持(きょうじ)は言い、しかも頑として譲らない。結局-記憶が譲歩する」
自らの過ちを認めようとしない人ほどたびたび過ちを犯す。そんな菅氏を民主党最高顧問(新エネルギー政策担当)に任じた野田佳彦首相も人ごとでは済まされない。(阿比留瑠比)
〈再臨界ない「知っていた」海水注入中止指示で〉
【菅前首相聴取】 再臨界ない「知っていた」 海水注入中止指示で
菅直人前首相は28日、国会の東京電力福島原発事故調査委員会(国会事故調)に参考人として出席し、昨年3月12日の第1原発1号機への海水注入をめぐり自らが中止を指示したことはないと改めて強調し、「淡水から海水に変えても再臨界が起きることはない。それは私もよくわかっていた」と述べた。
また、第1原発に「官邸の意向」として中止を伝えたのは、官邸に連絡役として常駐していた東電の武黒一郎フェローだったと説明し「原子力のプロ中のプロがなぜ注水を止めろと言ったのか、率直に言って理解できない」と批判した。
原発事故については「事故は国策として続けられた原発によって引き起こされた。最大の責任は国にある。発生時の責任者として事故を止められなかったことを改めておわび申し上げる」と謝罪。事故後、速やかに原子力緊急事態宣言を出せなかったことについて「特に支障はなかった」と強弁した。
事故発生翌日に枝野幸男官房長官の反対を振り切って第1原発の視察を強行したことについても「現場の責任者と話すことで状況が把握できると考えた。極めて大きなことであった」と意義を強調。米国からの技術支援の申し出を断ったことについては「大きな反省材料である」と述べた。
最後に「戦前の軍部に似た原子力村を解体することが改革の第一歩だ。事故を経験して最も安全なのは、原発に依存しないこと、脱原発の実現だと確信した」と強調した。
【菅前首相聴取】枝野氏が、東電が、保安院が…責任転嫁を連発
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120528/plc12052823300034-n1.htm
国会の東京電力福島原発事故調査委員会に出席した菅直人前首相は、事故対応への一定の責任を認めながらも自らの言動の正当性を訴え、東京電力、経済産業省原子力安全・保安院、そして枝野幸男官房長官(事故当時)に責任転嫁した。だが、周囲の意見に耳を傾けなかった菅氏の独走はやはり隠しようがない。(坂本一之)
「国民に知らせる担当は官房長官」
昨年3月11日午後10時44分ごろ、原子力安全・保安院は、2号機の燃料溶融の可能性を示す分析結果を官邸に伝えていた。最初に爆発を起こしたのは1号機だったが、菅氏らはその時点で炉心溶融の可能性を把握していたわけだ。
だが、これらが直ちに公表されることはなかった。近隣住民への避難指示を拡大させる際も、枝野氏は「念のため」と強調していた。
菅氏は「事実をしっかり公表することは枝野氏と思いは共有していた」と弁明する一方、保安院の分析結果は「事実として確定したのでなく解析結果。予測を説明するのは必ずしも適切だとは言えない」とはぐらかし、最後は「国民に知らせる担当は官房長官にお願いしていた」と枝野氏に責任を押しつけた。
枝野氏の制止を振り切って強行した第1原発視察までも「(当時の吉田昌郎所長らの)顔と名前が一致したことは極めて大きなことだった」と強調した。
「夫婦げんかより小さな声…」
3月12日夕、官邸内で議論された1号機への海水注入については、菅氏が官邸で原子力安全委員会の班目春樹委員長に海水注入による再臨界の可能性を聞き、班目氏が「可能性はゼロではない」と答えたとするやりとりが混乱を生んだ。
菅氏はこれを完全否定するどころか、東電の武黒一郎フェローを「官邸の意向」として現場に伝えた"犯人"と断じた。武黒氏を皮肉を込めて「原子力のプロ中のプロ」と言い、その行動を「率直に言って理解できない」と批判した。
昨年3月15日早朝、菅氏は東電本店に乗り込み「撤退したら東電はつぶれる」などと社員らを怒鳴り散らした。その様子は海江田万里元経済産業相も「初めて菅氏の発言を聞く方は違和感を覚えて当然だ」と証言しているが、菅氏は「叱責という気持ちは全くない。頑張ってもらいたいと強く言った」と開き直った。
しかも、菅氏の怒声は本店のモニターを通じて第1原発にも響き渡っていた。
委員が「命懸けでやっている現場の人のことも考えて発言したのか」と諭すように聞くと「現場にも流れていたことは後で分かった」と釈明。「私の夫婦げんかより小さな声でしゃべったつもりだが、叱ったつもりはない」と付け加えた。ジョークで場を和ませようと思ったのかもしれないが、会場は凍てついた。
「手の打ちようがない怖さ感じた」
原子力災害対策特別措置法に基づく事故対応での首相権限について問われると、菅氏は「首相の権限が弱かったとは思っていない」と答えたが、それでは収まらず急に保安院批判を始めた。
「原子力災害対策本部の事務局を務める保安院がきちっとした状況把握や対策を提示できるようでなければならない!」
さらにまるで保安院が一切の情報を提供しなかったかのようにこう言い放った。「保安院から(事故状況の)予測やどうしたらいいかという話があがってこなかった。これでは手の打ちようがないという怖さは感じた…」
そのくせ政府の機関である原子力委員会の近藤駿介委員長らの助言を求めなかったことには「内閣府の提案がなかった」。菅氏の友人らを次々とセカンドオピニオンとして内閣官房参与に起用するちぐはぐな対応についても反省の弁はなかった。
【菅前首相聴取】海水注入「私の発言と違う」 声あらげこぶし振る
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120528/plc12052821570027-n1.htm
菅直人前首相が28日、国会の東京電力福島原発事故調査委員会の公開聴取に応じた。「レベル7」という最悪の原発事故に直面した政府首脳の対応は適切だったのか。国民が注視する中、当時の"最高指揮官"は「情報が上がってこなかった」「事故は日本の病根を照らした」などと、自己弁護や持論の展開に終始した。
会場となった東京・永田町の参議院議員会館講堂には、報道陣と一般傍聴合わせ約230人が詰めかけた。
菅氏は濃紺のスーツに白いシャツ、ストライプのネクタイ姿で開始時刻より1分早く会場に登場。一斉にフラッシュがたかれると口を真一文字に結び緊張した表情で参考人席へ。
冒頭、委員から「当時のことを聞くので『菅総理』と呼ばせていただきたい」と聞かれると、笑みを浮かべながら断る余裕の表情を浮かべた。
だが、事故直後の状況について、現地視察の是非や避難区域の設定など細部に質問が及ぶと、穏やかな表情は一変し、用意した資料に視線を落としながら説明した。
菅氏が最も声を荒らげたのが、菅氏による海水注入停止指示があったかとの質問の時だった。「私の発言とは違う。そこだけははっきりとしてほしい」と、左手でこぶしを振りながら語気を強めて気色ばんだ。
聴取は予定時間の2時間を50分も超えた。最後に発言を求められた菅氏は、「批判を封じてきた」と産官学の"原子力ムラ"を戦時中の軍部になぞらえて批判。「脱原発」を訴える一方で、多くの疑問を残したまま退席した。
【菅前首相聴取】「事実と違う」「なぜ嘘つく」 東電からも不満の声
国会事故調の参考人として呼ばれた菅直人前首相は、自身の対応の問題点を指摘されると「東京電力や保安院からの情報がなかった…」と責任転嫁を繰り返した。だが、当時を知る関係者は「事実と違う」と証言。「しょせん、首相の器ではなかったということ」との声も漏れた。
「なぜあんな嘘をつくのか。あの時は誰が見ても冷静さを欠いていた」。東電幹部が"あの時"と語るのは、昨年3月15日早朝。菅氏が東電本店に乗り込み、「撤退はあり得ない」と怒鳴り散らしたとされる日だ。国会事故調で菅氏はこのことを「命がけで頑張ってもらいたい気持ちで話した。叱責のつもりはまったくない」と弁明した。
しかし、東電幹部によると、菅氏は血相を変えて本店2階の緊急時対策本部に現れると、周りにいた東電社員に対し「お前は技術屋か!」「説明するのはお前か!」と、手当たり次第に迫った。マイクを手にすると脅迫するように「撤退なんかあり得ない。撤退したら東電はつぶれる」と大声で叫んだといい、その声は部屋の外にまで響いた。
緊急時対策本部は、福島第1原発ともテレビカメラでつながっていた。この幹部は「現場は命懸けで作業していた最中。菅さんの当時の発言はあまりに失礼なものだ」と憤った。
菅氏に「情報がまったくあがってこなかった」と一刀両断された保安院の幹部も「われわれも情報を必死で集めていた。なのに、あの言い方はひどい」と悔しさをにじませた。(原子力取材班)
【菅前首相聴取】「直感依存で判断に偏り」 東大・谷口教授
谷口武俊・東京大政策ビジョン研究センター教授(リスク管理)の話 今回の事故では、法律に定めのないその場しのぎの対応がさまざまな局面で見られた。首相の仕事は本来、法の限界の対応策を官僚に洗い出させ、全体の基本方針を定めて関係者に共有させることだ。菅直人氏がチェルノブイリ事故などを念頭に思い描いた状況に合わせて、部下からの報告を解釈していることがうかがわれる。直感に強く依存して偏った判断があったのではないか。危機的な状況下でも、トップが質の高い意思決定をできるような仕組みを考えるべきだ。
【菅前首相聴取】「言い訳ばかり…」 被災者は怒り心頭
「言い訳ばかりしている」。東京電力福島第1原発事故による避難生活が続く福島市の仮設住宅では、菅直人前首相の証言に対し、改めて憤りの声が上がった。
「菅さんは言い訳する暇があったら賠償とかを考えてもらいたい」。仮設住宅団地の集会所で知人と談笑していた福島県浪江町の浪江定美さん(80)はそう話した。
同じ仮設住宅の団地に住む大浦嘉章さん(74)は自室で事故調の録画映像を視聴。「部下から情報がなかったとか責任逃れが多い」と憤った。
菅前首相が言いよどむ場面に接すると、「本当は自分に責任があると感じているんじゃないか。人の批判ばかりで説明が長いのは自信がない証拠」。菅前首相は最後まで言い訳をしているようにしか見えなかった。
【菅前首相聴取】「当事者意識に欠ける」 やくみつる氏
漫画家、やくみつる氏の話「当時の居丈高な様子はすっかり影を潜め、冷静に質問に答えているように見えたが、当事者意識に欠ける姿勢は相変わらずだった。原発事故は安全性の検証もないまま事なかれ主義の果てに起きたとする趣旨の発言などは、喜び勇んで首相に就任したはいいものの、運悪く原発事故に当たってしまったとも受け取れるほど、責任転嫁している」
【菅前首相聴取】「納得のいく説明なし」 阪大・宮崎名誉教授
宮崎慶次大阪大名誉教授(原子力工学)の話「なぜ福島第1原発を視察したかについて、『情報が上がってこないので、現状を理解するためだった』という理由は分からなくもないが、当時の現場は極限状態の真っ最中。混乱を与えたことに、納得のいく説明はなかった。また、『理系総理』として、『(原発について)何でも知っている』という気負いが、言葉の端々に感じられた」
クローズアップ2012:国会事故調、菅氏聴取 東電批判と自己弁護/情報伝達の混乱露呈(その1)
http://mainichi.jp/opinion/news/20120529ddm003040117000c.html
菅直人前首相は28日、国会事故調の参考人招致に応じ、福島第1原発事故への対応について説明した。聴取で目立ったのは、政府とともに事故の収束作業にあたった東京電力、経済産業省原子力安全・保安院を「原子力ムラ」と指弾する強い不信と、自身の判断や言動の釈明だった。【田中成之、笈田直樹】
◆「全面撤退」打診
◇「とんでもないことだ」
東電は福島第1原発からの全面撤退を政府に打診したのか、それともしていないのか。
菅氏は全面撤退の打診だったと受け止めていたことを明らかにし、当時の経産相、海江田万里氏と官房長官だった枝野幸男経産相と同じ見解を示した。一方、東電側はこれを真っ向から否定。原発事故に直面していた当時の政府中枢と東電との意思疎通に問題があったことを改めて印象づけた。
菅氏によると、昨年3月15日午前3時ごろ、海江田氏から「東電から撤退したい、との話が来ている」と伝えられた。菅氏は当時の心境を「第1と第2原発の原子炉と使用済み燃料プールの破壊が起きたら、チェルノブイリの何百倍の放射性物質が出る。『見えない敵と命がけで戦わないといけない』と考えていたため、まず『とんでもないことだ』と思った」と振り返った。
その後、東電の清水正孝社長(当時)を首相官邸に呼び出し、菅氏が「撤退はありませんよ」とくぎを刺すと、清水氏は「はい、分かりました」と答えたという。菅氏は「『そんなこと言ってない』とかの反論は一切なかった」と説明した。
菅氏はこの後、東電本店に乗り込み、「政府・東電事故対策統合本部」を設置。首相補佐官だった細野豪志原発事故担当相を常駐させた。菅氏は「撤退問題があったから(設置を)言えた。民間企業に政府が乗り込むことは普通はないが、東電と政府の意思決定を統一しておかなければ大変なことになる、という思いだった。早く作れれば良かった」と語った。
だが東電側は全面撤退の打診はしていないと説明してきた。国会事故調がどう認定するかが焦点となる。
◆海水注入中断指示
◇「私の意向と全く違う」
「東電から官邸に派遣された人が自分の判断で言ったことについて、官邸の意向、まして私の意向とは全く違うので、きちんと区別して検証してほしい」
菅氏は昨年3月12日夜の福島第1原発1号機への海水注入をめぐる現場への「中断」指示について、東電側が「官邸の意向」と主張していることに強く反論した。
当時、第1原発の吉田昌郎所長に伝えられた中断指示は東電の武黒一郎フェローの判断だったとし、注水継続の判断を含めて「私が分かったのはずっと後だ」と述べた。海江田氏も「白熱した議論をしている場所から武黒フェローが抜け出て本店に電話した。東電側の事情だ」と述べ、官邸側の認識は一致している。
一方、東電の勝俣恒久会長は14日の国会事故調での聴取で菅氏の意向だったとの認識を示し、主張は真っ向から対立している。
東電が海水注入の開始を原子力安全・保安院に報告したとされる点について、菅氏は東電の説明が二転三転したことに不信感を示し、「武黒フェローが認識したなら、私に直接なり、経産相なりに伝えるのが当然だった」と批判した。
菅氏が海水注入によって再臨界が起きることを懸念したため遅れたとされた点に関しては「淡水がなくなった場合、海水注入が必要という点で関係者は一致していた」とした。12日午後6時からの会議で、海水注入の準備に「1時間半から2時間かかる」との説明があり、当初起きないとされた1号機の水素爆発が起きた直後だったため、「いくつかの事象について、時間があるなら聞いておいた方がいいという認識で議題になった」と述べ、再臨界が起きる一般的な可能性について議論していたと主張した。
◆現場への過剰介入
◇「叱責のつもりなかった」
委員=大島賢三・元国連大使▽桜井正史・元名古屋高検検事長▽田中耕一・島津製作所フェロー(ノーベル化学賞受賞者)▽石橋克彦・神戸大名誉教授(地震学)▽蜂須賀礼子・福島県大熊町商工会長▽田中三彦(科学ライター)▽崎山比早子・元放射線医学総合研究所主任研究官(腫瘍細胞生物学)▽横山禎徳・元マッキンゼー・アンド・カンパニー東京支社長▽野村修也・中央大法科大学院教授(会社法)
クローズアップ2012:国会事故調、菅氏聴取(その2止) 情報伝達の混乱、露呈
http://mainichi.jp/opinion/news/20120529ddm002040121000c.html
◇保安院経由が障害に
国会事故調による菅直人前首相の聴取では、原子力事故発生時の緊急対応体制も取り上げられた。事故の教訓を生かした組織づくりが急務だが、原子力規制庁をめぐる国会審議が29日からようやく始まるのみで、政府の対応の遅れが目立つ。
「通常、官僚組織からくるべき情報がほとんどなかった。保安院の(事故拡大)予測とかがなく、手の打ちようのない怖さを感じた」。菅氏は事故後の政府内状況について、こう釈明した。
原子力災害対策特別措置法では、事業者とのやりとりは経済産業省原子力安全・保安院を経由して行うと規定している。福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)などによると、菅氏は「原子力に詳しい」と自任。計器を動かすために必要な蓄電池の大きさを担当者に電話で確かめるなど、細部に口を出した。事故当時、官邸で事故対応に当たった官僚は「首相の執務室からは時折怒声が聞こえ、誰も近寄りたがらなかった」と振り返る。民間事故調は「トップが現場介入することのリスクを教訓とすべきだ」と結論づけた。
事故を受け、政府は環境省の外局として規制庁を設置する法案を今国会に提出。自民、公明両党は、政府案では規制庁の独立性が不十分として、環境省所管の独立機関「原子力規制委員会」を設け、この下に規制庁を置くとの対案を決定した。
原発の立地数が世界1、2位の米仏は委員会方式を採用。米原子力規制委員会(NRC)のマグウッド委員は「事故現場は事業者、住民の避難は州知事が一義的な責任を負い、NRCはそれを支援する。ホワイトハウスが意思決定に関与することは期待されていない」と話す。
諸葛宗男・東京大特任教授(原子力法制度)は「首相の介入は望ましくないが、事故への備えをしてこなかった表れだ。政府と事業者の役割分担を明確にし、事業者が対応能力を高めるよう政府は日常的に監督する必要がある」と助言する。【岡田英、西川拓】
クローズアップ2012:国会事故調、菅氏聴取 全体統括、意識乏しく??中西寛・京都大教授(国際政治学)
http://mainichi.jp/opinion/news/20120529ddm003040125000c.html
安全保障や危機管理に詳しい中西寛京都大教授(国際政治学)に聞いた。
◇
国会事故調のやり取りで感じたのは、菅直人前首相が未曽有の複合災害に振り回され、後追いを続けたということだ。早い段階で情報収集と指揮命令の系統を確立すべきだったのに、菅氏の発言からはそうした意識はうかがえなかった。
菅氏は、東京電力や経済産業省原子力安全・保安院、内閣府原子力安全委員会の幹部から「原子力ムラ」の雰囲気を感じたようだ。その猜疑心(さいぎ )から、菅氏は個人的な助言者を次々に求めた。多くのアドバイザーを得ようと考えたのだろうが、さまざまな意見が錯綜(さくそう)し、かえって官邸内の方針が混乱している印象を与えた。菅氏は今になっても、こうした行動のマイナス面に思いが至っていないようだ。活動家として先頭に立った経験はあっても、全体を統括する経験は乏しく、その能力に問題があった。
また、菅氏は1号機の海水注入中断指示をめぐる混乱について「東電の武黒一郎フェローがやめさせた。全く理解できない」と批判していたが、菅氏と東電首脳部の信頼関係の欠如を改めて印象づけた。
触れられなかった重要事項も多かった。例えば首相官邸に米国の原子力専門家を常駐させることを、菅政権が断った事案について、ルース駐日米大使との連絡を含め丁寧に検証する必要がある。核燃料プールを冷却するために消防隊、自衛隊などを投入した判断についても聞きたかった。【聞き手・中川佳昭】
社説:国会原発事故調 焦点が散漫ではないか
http://mainichi.jp/opinion/news/20120529k0000m070118000c.html
国会に設置された福島第1原発事故の調査委員会(国会事故調)が、事故当時首相だった菅直人氏と官房長官だった枝野幸男経済産業相を相次いで聴取した。国の危機管理や国民への情報提供の要だった2人だ。
事故の原因究明や対応については政府の事故調も検証を進めている。民間の独立検証委員会(民間事故調)も報告をまとめた。両者とも2人に話を聞いているが、ヒアリングは非公開で行われている。
今回の聴取は公開で行われネット上でライブ中継もされた。英語の同時通訳もある。国内外に彼らの生の言葉が伝わった意味はあるだろう。
2人の話には可能な限りのことはやったという弁明が目立った。だが、危機的状況に対する政府や東京電力の当事者能力の欠如が改めて見えてきたというべきだろう。
事故の原因解明と責任の追及はもちろん、ここから何を学びとり、今後の危機管理体制作りにどう生かしていくか。それが事故検証の焦点のはずだ。強い権限を持ち、政府からも独立した組織である国会事故調に課せられた役割は大きい。
事故当時、官邸に判断材料を提供する役割を担っていたのは経産省の原子力安全・保安院と内閣府の原子力安全委員会、東電だった。しかし、菅氏によるといずれも機能しなかった。枝野氏も「情報を政府として集約し、それに基づく予想、想定ができなかった」と述べている。
また、菅氏によると情報が集約されるようになったのは、政府と東電の統合対策本部が設置されてからだという。現行の原子力災害対策特別措置法には織り込まれていない組織であり、危機管理体制のあり方として教訓のひとつとすべきだろう。
事故の検証では当然、官邸自身の責任も問われる。事故の悪化を防ぎ、国民の命と健康を守るために、何がなされ、何がなされなかったか。その原因は何か。いまだに解明できていない点がある。
菅氏の現場訪問は事故対応に本当に影響はなかったのか。放射能の拡散予測システム「SPEEDI」の情報隠しは意図的ではなかったか。官邸における炉心溶融の認識と国民への情報提供の間にズレがあったことについても、より具体的に検証し情報発信のあり方を改める必要がある。
東電の「全面撤退」問題のように、事故から1年2カ月を経ていまだに真相がわからないこともある。関係者に記録を提出させるなど、国会事故調は強い権限を生かすべきだ。
国会事故調の聴取には何を解明しようとしているのか焦点がよく見えないやり取りも多い。6月中に報告書をまとめる予定というが、散漫にならないための工夫も必要だ。
国会事故調:野党、政治介入を批判 与党は菅前首相擁護論
http://mainichi.jp/select/news/20120529k0000m010072000c.html
参考人として出席した菅直人前首相(右端)に質問する国会の東京電力福島原発事故調査委員(奥の一列)=参院議員会館で2012年5月28日午後2時23分、武市公孝撮影
国会の東京電力福島原発事故調査委員会(黒川清委員長)が28日、菅直人前首相から参考人聴取したのを受け、自民、公明両党は「中途半端な知識と介入で現場の混乱を招いた『菅リスク』が明らかになった」(自民党幹部)と、菅氏の事故対応への政治介入批判を強めた。一方、政府・与党からは擁護の声が上がった。新たに設置を目指す原子力規制組織について、政治介入を排除し独立性を高めたい自公両党と、政治家の関与を残したい政府・与党のそれぞれの思惑がにじんだ。
自民党の田野瀬良太郎幹事長代行は28日、菅氏の事故対応について、毎日新聞の取材に「菅氏が(理系出身で)下手に技術屋だったことで深く関わりすぎ、大混乱を起こした。細かいことは報告を受けるだけで、プロに任せれば良かった」と非難した。菅氏が事故発生翌日に現地視察したことなどを指したものとみられる。
国会事故調設置を提唱した同党の塩崎恭久元官房長官は「菅氏は『きちんとした判断ができる規制組織をつくるべきだ』と言ったが、菅氏自身が『菅リスク』を認めたということだ」と、独立性の高い規制組織を設置する自公両党の対案の成立を図るべきだとの考えを示した。
参考人として出席した菅直人前首相(右端)に質問する国会の東京電力福島原発事故調査委員(奥の一列)=参院議員会館で2012年5月28日午後2時23分、武市公孝撮影
同党の大島理森副総裁は「『俺がやっていない』との言い訳が強すぎる」と、東電や原子力安全・保安院などの不手際を強調した菅氏を批判した。
公明党も同様で、同党幹部は「菅氏は事故翌日のヘリでの現場視察を正当化したが、現場を混乱させた誤った判断だった」と強調。その上で「規制組織は、政治家の判断ミスによるリスクを排除するため、一定の独立性を高めた組織にすべきだ」と主張した。
自公両党以外の野党からは、野田政権が原発再稼働に積極的なことに対し「原発事故の教訓が生かされていない」(共産党の市田忠義書記局長)との批判が出た。みんなの党の浅尾慶一郎政調会長は、菅氏が聴取で「脱原発」を改めて強調したことに「原発再稼働に前向きな野田政権の方針と食い違っており、政党としてどうなっているのか」と追及した。
参考人として出席した菅直人前首相(右端)に質問する国会の東京電力福島原発事故調査委員(奥の一列)=参院議員会館で2012年5月28日午後2時23分、武市公孝撮影
野党の批判に対し、政府・民主党からは菅氏の対応に理解を示す声が上がった。民主党の輿石東幹事長は28日の記者会見で、菅氏が東電などの不手際を強調したことについて「批判とは思わない。首相時代の実際のことを述べた」と語った。菅政権と対立した小沢一郎元代表に近い中堅議員も「菅政権は事故をなんとか食い止めようとした」と擁護。一方で、民主党の原発政策に関わる議員は「今の原子力災害対策特別措置法で複合的な重大事故に対応できない状況は震災当時と変わらず、新たな規制組織もできていない」と懸念を示した。【佐藤丈一、光田宗義】
国会事故調:「今さら謝られても」福島の避難者、冷めた目
菅直人前首相が参考人招致された国会の東京電力福島原発事故調査委員会を傍聴する福島県双葉町の井戸川克隆町長(中央)=参院議員会館で2012年5月28日午後2時48分、武市公孝撮影
「原発は国策。責任は国にある」??。国会の東京電力福島原発事故調査委員会で28日、菅直人前首相はこう謝罪した。福島県の避難者たちは「それなら早く補償と除染を」などと政府の対応を批判。傍聴した双葉町の井戸川克隆町長(66)は、菅氏が経済産業省原子力安全・保安院職員らの力量不足を初動対応のまずさの一因としたことに「それで終わりにされたら、何の解決にもつながらない。町民のことを思うと悔しくて涙が出た」と話した。【泉谷由梨子、合田月美】
町全域が原発から20キロ圏内の警戒区域にあり、役場ごと埼玉県加須市の旧県立騎西高校に避難した双葉町。今も約240人が校舎で生活し、井戸川町長もここで起居している。
「今さら反省されたり謝ったりされても。もうどうでもいい」。夫、義父と3人で避難生活を続けている女性(54)は、玄関脇の藤棚の枝を刈り込みながら吐き捨てるように言った。「先が見えないストレスを抱えてみんなギリギリ。とにかく早く町に帰りたい。願うのはそれだけ」
菅直人前首相が参考人招致された国会の東京電力福島原発事故調査委員会を傍聴する福島県双葉町の井戸川克隆町長(中央)=参院議員会館で2012年5月28日午後2時48分、武市公孝撮影
福島県内でも不満が渦巻いた。全域が警戒区域と計画的避難区域に指定されている浪江町の馬場有(たもつ)町長は、菅氏の「事故の想定が不十分だった」とする説明に対し、「官邸の危機感が希薄だったということだ」と批判。また、脱原発の必要性を強調したことに、エム牧場浪江農場(同町)の農場長、吉沢正己さん(58)は「野田(佳彦)首相が大飯原発を再稼働しようとしているようでは意味がない」と冷ややかに話した。
一方、放射線量が高いために当面は国の除染計画対象外となっている同県飯舘村長泥地区の鴫原(しぎはら)良友区長(61)は「菅前首相個人の資質をどうこう言っても仕方ない。村民は帰れるのか、除染はしてくれるのか、家は大丈夫か、補償は出るのか。それが心配だ」と語った。
◇「精いっぱい」を強調…菅氏
菅直人前首相はこの日、神妙な表情で「事故を止められなかったことを率直におわびしたい」と述べた。短気さから「イラ菅」とも呼ばれた菅氏。その「本領」を発揮する場面はなかったが、時折手ぶりをまじえて「精いっぱいやったつもり」と強調した。
菅直人前首相が参考人招致された国会の東京電力福島原発事故調査委員会を傍聴する福島県双葉町の井戸川克隆町長(中央)=参院議員会館で2012年5月28日午後2時48分、武市公孝撮影
午後2時、東京・永田町の参院議員会館に濃紺の地味なスーツ姿で現れた菅氏は「できる限り率直にお話ししたい」と硬い表情で切り出した。
だが、昨年3月15日未明、清水正孝社長(当時)が原発からの全面撤退を打診したとされる問題ではやや興奮気味。東電本社に乗り込み、幹部を叱りつけたとされるが「叱責する気持ちは全くなかった」と6回も否定し「夫婦げんかの時より小さな声でしゃべったつもり」と冗談を繰り出した。
トップの判断について厳しい質問が飛ぶと、右手でマイクを握ったまま左手を大きく動かして持論を展開し、眉間(みけん)にしわを寄せて「上がってくるべきものが上がってこなかった」と東電や保安院などの情報提供不足を批判。2時間50分の間、飲み物を口にせず、最後はしわがれ声で応戦した。【青島顕】
「原発事故に責任」菅氏謝罪 国会事故調 東電批判も
http://www.asahi.com/politics/update/0528/TKY201205280524.html
東京電力福島第一原発事故を検証する「国会事故調査委員会」(黒川清委員長)が28日、菅直人前首相を参考人招致した。菅氏は事故の責任が国にあることを明確にし、「責任者として事故を止められなかったことを心からおわび申し上げる」と陳謝した。
事故の責任を認めながらも、3時間近くに及んだ質疑では自身の判断の正当性を強調。さらに東電や電気事業連合会を「原子力ムラ」と断じ、原子力安全・保安院とともに厳しい批判を随所で展開した。
これまでの国会事故調では、菅氏が事故直後、現場に過剰介入したことに対する疑問が示されていた。菅氏は、福島第一原発の吉田昌郎所長(当時)に「電話で話したのは2度」と反論。「的確な情報が上がっていれば必要性は少なかった」と述べ、事故直後に福島第一原発の視察を強行したことの意義を強調した。
国会事故調 「藪の中」で終わらすな
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012052902000107.html
原発事故で官邸の対応が後手後手に回ったのはなぜか。国会の事故調査委員会で、菅直人前首相らの説明には納得がいかない。非常時に何があったか、「藪(やぶ)の中」で終わらせぬ真相解明が必要だ。
「総理に十分な説明ができない原子力安全・保安院が問題だ」と菅氏は強調した。原子炉への海水注入をめぐる混乱も、東京電力側の人物の問題だと批判した。一方、自分の言動については、反省の言葉はさっぱりない…。これが菅氏の姿勢だった。
だが、原発の炉心溶融(メルトダウン)についてはどうか。東電が事実を認めたのは二カ月も遅れた。過酷事故を示す最も重要な情報だ。枝野幸男前官房長官は「炉心が溶けていることは大前提だった」と述べた。
確かに水素爆発の翌日に、メルトダウンの可能性を記者会見で触れたが、「メルトダウンに至る状況が続いているわけではない」とも当時は語っていた。政権中枢は事実を把握しながら、あいまいな公表を続けてきたことにならないか。重大な背信行為である。
放射能の拡散予測システム(SPEEDI)についてもそうだ。担当者が試算をしたのに、長く公表されなかった。枝野氏は「公表しろと指示した」と言うが、なぜ実行されなかったのか。速やかに緊急事態宣言を出さなかった点も、菅氏は「支障はなかった」と言う。菅氏や枝野氏の発言は、どこか言い逃れに聞こえる。
そもそも東電や保安院などに「発表するなら同時に官邸にも報告してくれ」と官邸側が要請していた。非常事態の状況は刻一刻と変化するものだ。事前に官邸に報告することは、公表について官邸の了解を得ることと同義だ。むしろ、最新情報の発表のタイミングがその分、遅れることになる。
情報管理を重んじた官邸の判断は、被災者や一般国民にとっては情報が適切に届かない事態を招くわけだ。情報開示の問題は、厳しく指弾されるべきである。
東電が事故直後に職員の「全員撤退」を政府に打診した点は、言い分が全く食い違う。
菅氏や枝野氏が「打診があった」と言うのに、東電側は「事実はない」と主張する。撤退していれば、想像を超える爆発が起きた可能性もある。
民間事故調などと異なり、国会事故調は国政調査権を持つ。その強い権限をフルに活用して、六月中にまとめる報告に向け、徹底的に検証してほしい。
菅氏、視察の意義は「顔と名前が一致したこと」
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120528-OYT1T00821.htm
〈福島原発〉
東京電力の福島第一原子力発電所事故を検証する国会の「事故調査委員会」(黒川清委員長)は28日、菅前首相を参考人招致し、公開で意見聴取した。
菅氏は、事故発生に関する国の責任を認め陳謝した一方で、事故対応に万全を期したとの認識を強調し、情報提供の遅れなど東電の対応を批判した。事故調が6月中にまとめる報告書で、責任の所在がどう結論づけられるかが今後の焦点となる。
委員会の冒頭、菅氏は「最大の責任は国にある。国の責任者として、事故を止められなかったことについておわび申し上げたい」と陳謝した。「原子力の平和利用は40年以上前から、積極的な政治家らで推し進められてきたが、安全性への備えが不十分だった」として、国の原発政策に問題があったとの認識も示した。
菅氏は、東日本大震災の翌日に第一原発の視察に踏み切ったことが「現場を混乱させた」と批判されている。この点に関しては、「(情報が)上がってこなかった。手の打ちようがない怖さを感じた」などと東電や経済産業省原子力安全・保安院を批判し、視察は必要だったと主張した。「現場の皆さんの考え方を知るのは極めて大きなことだった。そこで顔と名前が一致したことは極めて大きかった」と視察の意義も訴えた。
第一原発の吉田昌郎(まさお)所長の携帯電話に繰り返し電話したとして非難を浴びた点については、通話記録などから電話したのは2回だけだったことを明らかにした。
また、首相官邸から原子炉への海水注入の中断の指示があったとされる問題に関し、「(首相官邸に派遣されていた)東電の武黒一郎フェローが判断して、(注水を)止めろと言った。まったく理解できない」と述べ、武黒氏の独断だったとした。
事故検証の焦点の一つである、東電が第一原発からの「全面撤退」を政府に申し出たかどうかについて、菅氏は「(撤退は)とんでもないことだと感じた。東電の清水正孝社長の方から『撤退はない』と言ったわけではない」と語り、東電が全面撤退を主張したとの認識を示した。
(2012年5月29日07時16分 読売新聞)
菅氏の怒声「私の夫婦げんかより小さな声だ」
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120529-OYT1T00179.htm
〈福島原発〉
菅前首相を参考人として招致した28日の国会事故調査委員会では、東京電力の清水正孝社長(当時)が東電福島第一原子力発電所事故直後に同原発から作業員を全面撤退させる意向を政府に伝えたとされる問題で、昨年3月15日未明の両氏のやりとりも論点となった。
全面撤退問題を巡っては、14日の国会事故調で、東電の勝俣恒久会長は「(全面撤退の要請は)全く事実ではない」と否定している。
これに対し、菅氏はこの日の聴取で、全面撤退と受け止めた経緯について、「(昨年3月)15日の午前3時頃、海江田経済産業相から『東電が撤退したいと言ってきている』という連絡があった」と明言。「何としても抑え込まないといけない。命を懸けてもやらざるを得ないとの認識を持っており、撤退ということを聞いてとんでもないことだと感じた」と語った。
菅氏は同日午前4時17分、首相官邸に清水社長を呼び、「撤退はあり得ませんよ」と通告した際に、「清水社長は『わかりました』と言っただけ。『そんなこと言っていない』とかいう反論は一切なかった」とも述べ、官邸の反発を受けて、東電側が全面撤退の主張を撤回したとの認識を強調した。
事故直後からの東電の対応について、菅氏は「東電から(官邸に)派遣された技術担当の武黒一郎フェローから色々話を聞いたが、原子炉の状況はどうだとか、こういう形で対策を打つべきだとか、そういう話は残念ながら一切なかった」と証言し、不信感を強めていたことを明らかにした。
菅氏は事故調で、撤退問題をきっかけに政府と東電による「事故対策統合本部」を東電本店に設置することを決意したことや、東電本店に出向いた時に幹部を前に「現場から撤退しても、放射能はどんどん広がっていく。撤退しても逃げ切れない」と呼びかけたことなどを次々と説明した。
ただ、こうした菅氏の言動について、委員からは「撤退しないことはわかっていたはずなのに、首相が東電本店に乗り込んで来て『何で撤退するんだ』と、どなる姿は反省すべきではないか」との批判もあった。菅氏は「どなった」とされた点に関しては、「不快に受け止められたとしたら申し訳ない」と陳謝したが、「私の夫婦げんかよりは小さな声でしゃべったつもりだが、はっきりものを言うために多少声が大きくなった」などと釈明した。東電本店に当時いた職員らはどなったと受け止めており、菅氏が批判を受ける可能性もある。
(2012年5月29日07時55分 読売新聞)
菅氏の危機意識「薄っぺら」…地元首長深く失望
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120528-OYT1T01727.htm
〈福島原発〉
原発周辺自治体の首長や避難住民らを深く失望させる発言ばかりだった。
東京電力福島第一原発事故から1年2か月余、国会事故調による菅直人前首相の参考人聴取が28日にようやく実現したが、ある町長は、最高指揮官が示した危機意識を「薄っぺら」と痛烈に批判した。
全域が警戒区域と計画的避難区域となっている福島県浪江町の馬場有(たもつ)町長は、菅前首相が福島第一原発をヘリコプターで視察した成果を強調したことに対し、「事故全体を大局的に見るべき立場の責任者としてふさわしくない」と批判。原子力緊急事態宣言の発令が遅れたことを結果的に支障はなかった、とした点については、「薄っぺらな危機管理しかしていなかったことの表れ。本当に支障はなかったのか」と憤った。
大半が警戒区域に指定された楢葉町の松本幸英町長は、「原発事故に対応するための管理態勢がなっていなかったのだと改めて感じた」と話した。
(2012年5月29日08時20分 読売新聞)
Posted at 2012/05/29 10:45:34 |
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