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2012年05月29日

ロケットの残骸、民家を直撃 中国、高圧線切断で停電
http://www.asahi.com/international/update/0528/TKY201205280498.html
中国湖南省綏寧県で27日未明、通信放送衛星を搭載して打ち上げられたロケット「長征3号」の残骸が落下し、民家を直撃した。けが人はなかった。中国メディアによると、同県の別の場所では約30キロの残骸が高圧電線を切断し、辺り一帯が停電したという。
ロケットは同県から1千キロ余り離れた四川省南西部から打ち上げられ、衛星は順調に軌道に乗った。地元当局は住民に自宅から出ないよう言っていたという。(上海=奥寺淳)
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流石中国ロケットの残骸も降ってくるとはw
国民への安全重視てな考えは無いようでww
Posted at 2012/05/29 13:56:26 | コメント(3) | トラックバック(0) | 読みっぱなし
2012年05月29日
noコメントで

【主張】国会事故調 目に余る菅氏の責任逃れ 解明に証人喚問が不可欠だ
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120529/plc12052903220003-n1.htm
「原子力ムラは戦前の軍部と同じ」-。東京電力福島第1原子力発電所事故当時の政府最高責任者として菅直人前首相が国会事故調査委員会(国会事故調)の参考人聴取にこう語った。菅氏は政府や東電などによる原子力行政を「戦前の軍部」に例えて全面解体を求めるなど、国家エネルギー政策を担う責任はみじんも感じられず、唖然(あぜん)とせざるを得ない。
菅氏は事故直後の強引な現場視察を「直接見ることで状況が把握できると考えた」と正当化した。事態を悪化させたとされる海水注入問題でも自らの責任を全面否定するなど「政府の対応を混乱させた」とする海江田万里経済産業相(当時)らの証言と食い違い、国民に重大な疑問を残した。
≪不作為の責任も追及を≫
国会事故調は菅氏の証人喚問など与えられた国政調査権を活用して事実関係を究明し、責任を徹底追及すべきだ。
また今回の聴取で、安全保障会議開催や災害緊急事態布告など首相として当然なすべき対応を取らなかった「不作為の責任」を解明しなかったのはおかしい。事故の再発を防ぐためにも、その究明は国会の責務である。
今回、注目されたのは、2月末に公表された独立検証委員会(民間事故調)の報告で、視察の際に「俺の質問にだけ答えろ」と菅氏が班目(まだらめ)春樹原子力安全委員会委員長を一喝したとされる問題や、昨年末の政府事故調査・検証委員会(政府事故調)の中間報告で政府の情報集約・伝達・公開の不備が指摘されたことへの対応だ。
菅氏は国の責任者として事故を止められなかったことを国民にわびたものの、これらの問題では責任を認めなかった。現場視察では「現場責任者の顔と名前が一致したのは大きかった」と正当化し、東電の勝俣恒久会長が「首相の質問で時間を取られるのは芳しくない」と視察を批判したのとは正反対だった。
1号機の海水注入問題でも「官邸に詰めていた東電の武黒一郎フェローが注水を止めさせた。なぜ止めろと言ったのか全く理解できない」と名指しで批判、自らの責任を否定した。こうした矛盾の解明には、証人喚問が不可欠だ。
そもそも政府事故調が「政府に甘い」との批判を受け、昨年12月に設置されたのが国会事故調である。それゆえに独立性と強い調査権限を持たせ、省庁などに内部資料を強制的に提出させられる。政治家らを証人喚問し、嘘をつけば偽証罪に問うことも可能だ。
事故の原因究明に世界が注目している。枝野幸男経済産業相(当時官房長官)も聴取で「記憶にない」の発言を繰り返した。最終報告書では首相の責任を明確にし、再発防止策を提言すべきだ。
≪再発防止の提言が肝要≫
一連の参考人招致を通じ、菅内閣の原発事故対応をめぐる体制の問題点も改めて浮かんだ。法の運用の問題に加え、法体系そのものに不備がある。必要な見直しにつなげなければ、事故が再び起きた場合に混乱を繰り返すだけだ。
今回の聴取で取り上げるべきだったのは、菅氏が政府の司令塔でありながら事故後に安全保障会議や中央防災会議を開催しなかったことだ。現行法の下でも「オールジャパン」の体制を構築できるのにその仕組みを使わなかった。
政府内の情報共有を図ることで官僚組織に能力を発揮させ、関係業界への協力要請も迅速に行うなど、国の総力を挙げて取り組むことがなぜできなかったのか。
一方で、菅氏は法律に基づかない対応を相次いでとった。事故4日後の3月15日、東電本店に政府と東電の「対策統合本部」を設置したのは代表例だ。菅氏は「私のアイデア」と認め、統合本部により事故現場の情報共有が強化されたなどと有効性を主張したが、原子力災害対策特別措置法に基づく対策本部と別に、もう一つの本部が並立されたことで、一元的対応に支障があったのが現実だ。
特別措置法が大地震、大津波との複合災害など過酷事故を想定していない点は菅氏も認めた。その改正が必要だ。併せて災害対策法制全体の見直しを行わなければならない。中心となるのは災害対策基本法だ。国会閉会中などを想定した災害緊急事態の布告を発動しやすくし、被災者の生命・安全を守るため必要な物資確保などの措置をとることができるようにすべきだ。事故調の責任は大きい。
【菅前首相聴取】真相解明どこまで 現場介入・緊急事態宣言遅れ…
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120528/plc12052823270033-n1.htm
首相のリーダーシップは事故にどう影響したのか-。これまでに報告書をまとめた他の事故調では、評価に差異がみられ、政府、東電の各事故調では明確な言及を避ける一方、民間事故調は「混乱や摩擦の原因になった」と資質に疑問を突きつけた。今回、初めて菅前首相を聴取した国会事故調。来月まとめる報告書では、聴取結果をどう受け止め、真相に迫るのか注目される。(原子力取材班)
現場視察に強い批判
事故直後の官邸のやりとりは最大の焦点だ。政府事故調は「官邸内の連携が不十分だった」と記述するにとどめたが、民間事故調は「稚拙で泥縄的な危機管理」と酷評した。こうした危うさを抱えたまま強行されたのが、昨年3月12日早朝の菅氏の福島第1原発視察だ。民間事故調が「現場関与が深まっていく原動力になった」と指摘するように、作業現場への"政治主導"が強まる。
この状況について、政府事故調は、視察が現場の復旧作業の負担になった可能性を示唆した。民間事故調も「絶対に後から批判される」と枝野幸男官房長官(当時)が反対するシーンを描いた。
一方、東電事故調は「視察により、ベント実施作業が遅れたということはない」と、菅氏に"配慮"した記述となっている。
菅氏の視察をはじめとする官邸の現場介入には批判が強い。だが、菅氏が主導した3月15日の政府・東電対策統合本部の設置は一定の評価を得ている。
菅氏は15日早朝に東電本店に乗り込み、統合本部を設置した。民間事故調は「官邸の介入に有効事例が少ないなか、一定の効果があった」とし、政府事故調も統合本部設置以降は「政府と東電の連携が図りやすくなったと評価する者もいる」と理解を示す。
遅れた理由は?
他の事故調で深い言及はないが、国会事故調が着目するのは、政府の原子力緊急事態宣言の遅れだ。
東電が1、2号機の注水機能喪失を伝える、原子力災害対策特別措置法(原災法)15条に基づく通報を行ったのは3月11日午後4時45分。同法は、15条通報があった場合、首相は「直ちに」緊急事態を宣言し、原子力災害対策本部を設置することを定めている。だが、実際の宣言は午後7時3分と2時間以上遅れた。
政府事故調では菅氏が午後6時12分から開催された与野党党首会談に出席するため「上申手続きは一時中断した」としている。民間事故調も政府事故調の内容を引用するのみだ。
東電の解析では、1号機の炉心損傷開始は午後6時50分ごろとされ、宣言に手間取る間も、原子炉の状況の悪化は進んだ。今月17日の国会事故調で、当時経産相の海江田万里氏は「首相の理解を得るのに時間がかかった」と証言。
これに対し菅氏は28日の聴取で「意図的に引き延ばしたわけではない。(宣言の遅れによる)支障はなかった」と主張した。国民の安全に重大な影響を及ぼすだけに、今回の聴取が報告書の評価にどう反映されるか注目されるところだ。

【菅前首相聴取】自己正当化、記憶にない…「人災の元凶」に反省なし
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120528/plc12052823240032-n1.htm
責任転嫁、自己正当化、そして「記憶にない」。国会の東電福島原発事故調査委員会による菅直人前首相の参考人聴取は、事故対応で采配を振るった最高責任者(原子力対策本部長)の無反省さを改めて見せつけた。事故拡大を防げなかったことも、付近住民に適切な避難指示を出せなかったこともどこか人ごと。自らが「人災の元凶」だったとの自覚はない。
「私が知りうる限りのこと、考えたことについてできる限り率直に答えたい」
菅氏は冒頭こそ神妙な面持ちだったが、その後はのらりくらりと質問をかわし、2時間50分間の質疑の大半をいかに責任逃れするかに費やした。
事故調委員は、菅氏が法的根拠と責任の所在が曖昧な指示を繰り返したことを問題視したが、菅氏は「記憶にない」と強弁し、いったんは事務方に責任をなすりつけた。
「原子力事故にあたってどのような権限が首相、本部長としてあるのか、詳しい説明を聞いたことは覚えている限りない」
ところが、委員が平成22年10月に中部電力浜岡原発事故を想定した防災訓練に首相として出席したことを指摘すると豹変(ひょうへん)。「もっと早くからしっかりとした説明を受けて知っておいた方がよかった」と釈明した。
一事が万事この調子だった。菅氏は答弁用のメモを周到に準備していた。27日の国会事故調での枝野幸男官房長官(当時)の参考人聴取などをインターネット放送で視聴し、理論武装に励んだことは想像に難くない。
〈再臨界ない「知っていた」海水注入中止指示で〉
だが、物事は「隠すより現る」。言葉の端々から不誠実な態度がのぞく。
緊急事態宣言発令の遅れについては「特に支障はなかった。理由があって引き延ばした気持ちはない」。第1原発1号機への海水注入に懸念を示した自らの言動が東電に「官邸の意向」として伝わっても「全く理解できない」-。
事故直後、無資格(後に内閣官房参与)で官邸に招き入れた情報処理の専門家である日比野靖氏が第1原発に電話で「極めて初歩的な質問」(委員)を行い「仕事の邪魔」をしたと追及されるとこうごまかした。
「やや抽象的なお尋ねで答えに困る。内容的にはっきりしないので答えようがない…」
もともと原発事故が起きるまで菅氏に原子力政策への定見はなかった。若いころは原発に懐疑的だったというが、昨年1月の施政方針演説では「私自らベトナムの首相に働きかけた結果、原発施設の海外進出が初めて実現します」と原発ビジネス推進の旗を振った。
事故発生直後に「自分はものすごく原子力に強い」と自慢したかと思うと、昨年8月の福島復興再生協議会では「放射能をどう考えてよいのかなかなか理解できない」と言い放った。
そして事故調では日本だけでなく世界に向かって「脱原発」を高らかに訴えた。脱原発論者さえもこう受け止めたに違いない。「お前が言うな!」と。
言っていることはブレ続けても「反省のなさ」だけは首尾一貫している。哲学者、ニーチェはそんな菅氏の人間像をずばりと言い当てている。
「『それは私がしたことだ』と私の記憶は言う。『それを私がしたはずがない』-と私の矜持(きょうじ)は言い、しかも頑として譲らない。結局-記憶が譲歩する」
自らの過ちを認めようとしない人ほどたびたび過ちを犯す。そんな菅氏を民主党最高顧問(新エネルギー政策担当)に任じた野田佳彦首相も人ごとでは済まされない。(阿比留瑠比)
〈再臨界ない「知っていた」海水注入中止指示で〉

【菅前首相聴取】 再臨界ない「知っていた」 海水注入中止指示で
菅直人前首相は28日、国会の東京電力福島原発事故調査委員会(国会事故調)に参考人として出席し、昨年3月12日の第1原発1号機への海水注入をめぐり自らが中止を指示したことはないと改めて強調し、「淡水から海水に変えても再臨界が起きることはない。それは私もよくわかっていた」と述べた。
また、第1原発に「官邸の意向」として中止を伝えたのは、官邸に連絡役として常駐していた東電の武黒一郎フェローだったと説明し「原子力のプロ中のプロがなぜ注水を止めろと言ったのか、率直に言って理解できない」と批判した。
原発事故については「事故は国策として続けられた原発によって引き起こされた。最大の責任は国にある。発生時の責任者として事故を止められなかったことを改めておわび申し上げる」と謝罪。事故後、速やかに原子力緊急事態宣言を出せなかったことについて「特に支障はなかった」と強弁した。
事故発生翌日に枝野幸男官房長官の反対を振り切って第1原発の視察を強行したことについても「現場の責任者と話すことで状況が把握できると考えた。極めて大きなことであった」と意義を強調。米国からの技術支援の申し出を断ったことについては「大きな反省材料である」と述べた。
最後に「戦前の軍部に似た原子力村を解体することが改革の第一歩だ。事故を経験して最も安全なのは、原発に依存しないこと、脱原発の実現だと確信した」と強調した。

【菅前首相聴取】枝野氏が、東電が、保安院が…責任転嫁を連発
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120528/plc12052823300034-n1.htm
国会の東京電力福島原発事故調査委員会に出席した菅直人前首相は、事故対応への一定の責任を認めながらも自らの言動の正当性を訴え、東京電力、経済産業省原子力安全・保安院、そして枝野幸男官房長官(事故当時)に責任転嫁した。だが、周囲の意見に耳を傾けなかった菅氏の独走はやはり隠しようがない。(坂本一之)
「国民に知らせる担当は官房長官」
昨年3月11日午後10時44分ごろ、原子力安全・保安院は、2号機の燃料溶融の可能性を示す分析結果を官邸に伝えていた。最初に爆発を起こしたのは1号機だったが、菅氏らはその時点で炉心溶融の可能性を把握していたわけだ。
だが、これらが直ちに公表されることはなかった。近隣住民への避難指示を拡大させる際も、枝野氏は「念のため」と強調していた。
菅氏は「事実をしっかり公表することは枝野氏と思いは共有していた」と弁明する一方、保安院の分析結果は「事実として確定したのでなく解析結果。予測を説明するのは必ずしも適切だとは言えない」とはぐらかし、最後は「国民に知らせる担当は官房長官にお願いしていた」と枝野氏に責任を押しつけた。
枝野氏の制止を振り切って強行した第1原発視察までも「(当時の吉田昌郎所長らの)顔と名前が一致したことは極めて大きなことだった」と強調した。
「夫婦げんかより小さな声…」
3月12日夕、官邸内で議論された1号機への海水注入については、菅氏が官邸で原子力安全委員会の班目春樹委員長に海水注入による再臨界の可能性を聞き、班目氏が「可能性はゼロではない」と答えたとするやりとりが混乱を生んだ。
菅氏はこれを完全否定するどころか、東電の武黒一郎フェローを「官邸の意向」として現場に伝えた"犯人"と断じた。武黒氏を皮肉を込めて「原子力のプロ中のプロ」と言い、その行動を「率直に言って理解できない」と批判した。
昨年3月15日早朝、菅氏は東電本店に乗り込み「撤退したら東電はつぶれる」などと社員らを怒鳴り散らした。その様子は海江田万里元経済産業相も「初めて菅氏の発言を聞く方は違和感を覚えて当然だ」と証言しているが、菅氏は「叱責という気持ちは全くない。頑張ってもらいたいと強く言った」と開き直った。
しかも、菅氏の怒声は本店のモニターを通じて第1原発にも響き渡っていた。
委員が「命懸けでやっている現場の人のことも考えて発言したのか」と諭すように聞くと「現場にも流れていたことは後で分かった」と釈明。「私の夫婦げんかより小さな声でしゃべったつもりだが、叱ったつもりはない」と付け加えた。ジョークで場を和ませようと思ったのかもしれないが、会場は凍てついた。
「手の打ちようがない怖さ感じた」
原子力災害対策特別措置法に基づく事故対応での首相権限について問われると、菅氏は「首相の権限が弱かったとは思っていない」と答えたが、それでは収まらず急に保安院批判を始めた。
「原子力災害対策本部の事務局を務める保安院がきちっとした状況把握や対策を提示できるようでなければならない!」
さらにまるで保安院が一切の情報を提供しなかったかのようにこう言い放った。「保安院から(事故状況の)予測やどうしたらいいかという話があがってこなかった。これでは手の打ちようがないという怖さは感じた…」
そのくせ政府の機関である原子力委員会の近藤駿介委員長らの助言を求めなかったことには「内閣府の提案がなかった」。菅氏の友人らを次々とセカンドオピニオンとして内閣官房参与に起用するちぐはぐな対応についても反省の弁はなかった。

【菅前首相聴取】海水注入「私の発言と違う」 声あらげこぶし振る
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120528/plc12052821570027-n1.htm
菅直人前首相が28日、国会の東京電力福島原発事故調査委員会の公開聴取に応じた。「レベル7」という最悪の原発事故に直面した政府首脳の対応は適切だったのか。国民が注視する中、当時の"最高指揮官"は「情報が上がってこなかった」「事故は日本の病根を照らした」などと、自己弁護や持論の展開に終始した。
会場となった東京・永田町の参議院議員会館講堂には、報道陣と一般傍聴合わせ約230人が詰めかけた。
菅氏は濃紺のスーツに白いシャツ、ストライプのネクタイ姿で開始時刻より1分早く会場に登場。一斉にフラッシュがたかれると口を真一文字に結び緊張した表情で参考人席へ。
冒頭、委員から「当時のことを聞くので『菅総理』と呼ばせていただきたい」と聞かれると、笑みを浮かべながら断る余裕の表情を浮かべた。
だが、事故直後の状況について、現地視察の是非や避難区域の設定など細部に質問が及ぶと、穏やかな表情は一変し、用意した資料に視線を落としながら説明した。
菅氏が最も声を荒らげたのが、菅氏による海水注入停止指示があったかとの質問の時だった。「私の発言とは違う。そこだけははっきりとしてほしい」と、左手でこぶしを振りながら語気を強めて気色ばんだ。
聴取は予定時間の2時間を50分も超えた。最後に発言を求められた菅氏は、「批判を封じてきた」と産官学の"原子力ムラ"を戦時中の軍部になぞらえて批判。「脱原発」を訴える一方で、多くの疑問を残したまま退席した。

【菅前首相聴取】「事実と違う」「なぜ嘘つく」 東電からも不満の声
国会事故調の参考人として呼ばれた菅直人前首相は、自身の対応の問題点を指摘されると「東京電力や保安院からの情報がなかった…」と責任転嫁を繰り返した。だが、当時を知る関係者は「事実と違う」と証言。「しょせん、首相の器ではなかったということ」との声も漏れた。
「なぜあんな嘘をつくのか。あの時は誰が見ても冷静さを欠いていた」。東電幹部が"あの時"と語るのは、昨年3月15日早朝。菅氏が東電本店に乗り込み、「撤退はあり得ない」と怒鳴り散らしたとされる日だ。国会事故調で菅氏はこのことを「命がけで頑張ってもらいたい気持ちで話した。叱責のつもりはまったくない」と弁明した。
しかし、東電幹部によると、菅氏は血相を変えて本店2階の緊急時対策本部に現れると、周りにいた東電社員に対し「お前は技術屋か!」「説明するのはお前か!」と、手当たり次第に迫った。マイクを手にすると脅迫するように「撤退なんかあり得ない。撤退したら東電はつぶれる」と大声で叫んだといい、その声は部屋の外にまで響いた。
緊急時対策本部は、福島第1原発ともテレビカメラでつながっていた。この幹部は「現場は命懸けで作業していた最中。菅さんの当時の発言はあまりに失礼なものだ」と憤った。
菅氏に「情報がまったくあがってこなかった」と一刀両断された保安院の幹部も「われわれも情報を必死で集めていた。なのに、あの言い方はひどい」と悔しさをにじませた。(原子力取材班)




【菅前首相聴取】「直感依存で判断に偏り」 東大・谷口教授
谷口武俊・東京大政策ビジョン研究センター教授(リスク管理)の話 今回の事故では、法律に定めのないその場しのぎの対応がさまざまな局面で見られた。首相の仕事は本来、法の限界の対応策を官僚に洗い出させ、全体の基本方針を定めて関係者に共有させることだ。菅直人氏がチェルノブイリ事故などを念頭に思い描いた状況に合わせて、部下からの報告を解釈していることがうかがわれる。直感に強く依存して偏った判断があったのではないか。危機的な状況下でも、トップが質の高い意思決定をできるような仕組みを考えるべきだ。

【菅前首相聴取】「言い訳ばかり…」 被災者は怒り心頭
「言い訳ばかりしている」。東京電力福島第1原発事故による避難生活が続く福島市の仮設住宅では、菅直人前首相の証言に対し、改めて憤りの声が上がった。
「菅さんは言い訳する暇があったら賠償とかを考えてもらいたい」。仮設住宅団地の集会所で知人と談笑していた福島県浪江町の浪江定美さん(80)はそう話した。
同じ仮設住宅の団地に住む大浦嘉章さん(74)は自室で事故調の録画映像を視聴。「部下から情報がなかったとか責任逃れが多い」と憤った。
菅前首相が言いよどむ場面に接すると、「本当は自分に責任があると感じているんじゃないか。人の批判ばかりで説明が長いのは自信がない証拠」。菅前首相は最後まで言い訳をしているようにしか見えなかった。


【菅前首相聴取】「当事者意識に欠ける」 やくみつる氏
漫画家、やくみつる氏の話「当時の居丈高な様子はすっかり影を潜め、冷静に質問に答えているように見えたが、当事者意識に欠ける姿勢は相変わらずだった。原発事故は安全性の検証もないまま事なかれ主義の果てに起きたとする趣旨の発言などは、喜び勇んで首相に就任したはいいものの、運悪く原発事故に当たってしまったとも受け取れるほど、責任転嫁している」
【菅前首相聴取】「納得のいく説明なし」 阪大・宮崎名誉教授
宮崎慶次大阪大名誉教授(原子力工学)の話「なぜ福島第1原発を視察したかについて、『情報が上がってこないので、現状を理解するためだった』という理由は分からなくもないが、当時の現場は極限状態の真っ最中。混乱を与えたことに、納得のいく説明はなかった。また、『理系総理』として、『(原発について)何でも知っている』という気負いが、言葉の端々に感じられた」

クローズアップ2012:国会事故調、菅氏聴取 東電批判と自己弁護/情報伝達の混乱露呈(その1)
http://mainichi.jp/opinion/news/20120529ddm003040117000c.html
菅直人前首相は28日、国会事故調の参考人招致に応じ、福島第1原発事故への対応について説明した。聴取で目立ったのは、政府とともに事故の収束作業にあたった東京電力、経済産業省原子力安全・保安院を「原子力ムラ」と指弾する強い不信と、自身の判断や言動の釈明だった。【田中成之、笈田直樹】
◆「全面撤退」打診
◇「とんでもないことだ」
東電は福島第1原発からの全面撤退を政府に打診したのか、それともしていないのか。
菅氏は全面撤退の打診だったと受け止めていたことを明らかにし、当時の経産相、海江田万里氏と官房長官だった枝野幸男経産相と同じ見解を示した。一方、東電側はこれを真っ向から否定。原発事故に直面していた当時の政府中枢と東電との意思疎通に問題があったことを改めて印象づけた。
菅氏によると、昨年3月15日午前3時ごろ、海江田氏から「東電から撤退したい、との話が来ている」と伝えられた。菅氏は当時の心境を「第1と第2原発の原子炉と使用済み燃料プールの破壊が起きたら、チェルノブイリの何百倍の放射性物質が出る。『見えない敵と命がけで戦わないといけない』と考えていたため、まず『とんでもないことだ』と思った」と振り返った。
その後、東電の清水正孝社長(当時)を首相官邸に呼び出し、菅氏が「撤退はありませんよ」とくぎを刺すと、清水氏は「はい、分かりました」と答えたという。菅氏は「『そんなこと言ってない』とかの反論は一切なかった」と説明した。
菅氏はこの後、東電本店に乗り込み、「政府・東電事故対策統合本部」を設置。首相補佐官だった細野豪志原発事故担当相を常駐させた。菅氏は「撤退問題があったから(設置を)言えた。民間企業に政府が乗り込むことは普通はないが、東電と政府の意思決定を統一しておかなければ大変なことになる、という思いだった。早く作れれば良かった」と語った。
だが東電側は全面撤退の打診はしていないと説明してきた。国会事故調がどう認定するかが焦点となる。
◆海水注入中断指示
◇「私の意向と全く違う」
「東電から官邸に派遣された人が自分の判断で言ったことについて、官邸の意向、まして私の意向とは全く違うので、きちんと区別して検証してほしい」
菅氏は昨年3月12日夜の福島第1原発1号機への海水注入をめぐる現場への「中断」指示について、東電側が「官邸の意向」と主張していることに強く反論した。
当時、第1原発の吉田昌郎所長に伝えられた中断指示は東電の武黒一郎フェローの判断だったとし、注水継続の判断を含めて「私が分かったのはずっと後だ」と述べた。海江田氏も「白熱した議論をしている場所から武黒フェローが抜け出て本店に電話した。東電側の事情だ」と述べ、官邸側の認識は一致している。
一方、東電の勝俣恒久会長は14日の国会事故調での聴取で菅氏の意向だったとの認識を示し、主張は真っ向から対立している。
東電が海水注入の開始を原子力安全・保安院に報告したとされる点について、菅氏は東電の説明が二転三転したことに不信感を示し、「武黒フェローが認識したなら、私に直接なり、経産相なりに伝えるのが当然だった」と批判した。
菅氏が海水注入によって再臨界が起きることを懸念したため遅れたとされた点に関しては「淡水がなくなった場合、海水注入が必要という点で関係者は一致していた」とした。12日午後6時からの会議で、海水注入の準備に「1時間半から2時間かかる」との説明があり、当初起きないとされた1号機の水素爆発が起きた直後だったため、「いくつかの事象について、時間があるなら聞いておいた方がいいという認識で議題になった」と述べ、再臨界が起きる一般的な可能性について議論していたと主張した。
◆現場への過剰介入
◇「叱責のつもりなかった」
委員=大島賢三・元国連大使▽桜井正史・元名古屋高検検事長▽田中耕一・島津製作所フェロー(ノーベル化学賞受賞者)▽石橋克彦・神戸大名誉教授(地震学)▽蜂須賀礼子・福島県大熊町商工会長▽田中三彦(科学ライター)▽崎山比早子・元放射線医学総合研究所主任研究官(腫瘍細胞生物学)▽横山禎徳・元マッキンゼー・アンド・カンパニー東京支社長▽野村修也・中央大法科大学院教授(会社法)

クローズアップ2012:国会事故調、菅氏聴取(その2止) 情報伝達の混乱、露呈
http://mainichi.jp/opinion/news/20120529ddm002040121000c.html
◇保安院経由が障害に
国会事故調による菅直人前首相の聴取では、原子力事故発生時の緊急対応体制も取り上げられた。事故の教訓を生かした組織づくりが急務だが、原子力規制庁をめぐる国会審議が29日からようやく始まるのみで、政府の対応の遅れが目立つ。
「通常、官僚組織からくるべき情報がほとんどなかった。保安院の(事故拡大)予測とかがなく、手の打ちようのない怖さを感じた」。菅氏は事故後の政府内状況について、こう釈明した。
原子力災害対策特別措置法では、事業者とのやりとりは経済産業省原子力安全・保安院を経由して行うと規定している。福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)などによると、菅氏は「原子力に詳しい」と自任。計器を動かすために必要な蓄電池の大きさを担当者に電話で確かめるなど、細部に口を出した。事故当時、官邸で事故対応に当たった官僚は「首相の執務室からは時折怒声が聞こえ、誰も近寄りたがらなかった」と振り返る。民間事故調は「トップが現場介入することのリスクを教訓とすべきだ」と結論づけた。
事故を受け、政府は環境省の外局として規制庁を設置する法案を今国会に提出。自民、公明両党は、政府案では規制庁の独立性が不十分として、環境省所管の独立機関「原子力規制委員会」を設け、この下に規制庁を置くとの対案を決定した。
原発の立地数が世界1、2位の米仏は委員会方式を採用。米原子力規制委員会(NRC)のマグウッド委員は「事故現場は事業者、住民の避難は州知事が一義的な責任を負い、NRCはそれを支援する。ホワイトハウスが意思決定に関与することは期待されていない」と話す。
諸葛宗男・東京大特任教授(原子力法制度)は「首相の介入は望ましくないが、事故への備えをしてこなかった表れだ。政府と事業者の役割分担を明確にし、事業者が対応能力を高めるよう政府は日常的に監督する必要がある」と助言する。【岡田英、西川拓】

クローズアップ2012:国会事故調、菅氏聴取 全体統括、意識乏しく??中西寛・京都大教授(国際政治学)
http://mainichi.jp/opinion/news/20120529ddm003040125000c.html
安全保障や危機管理に詳しい中西寛京都大教授(国際政治学)に聞いた。

国会事故調のやり取りで感じたのは、菅直人前首相が未曽有の複合災害に振り回され、後追いを続けたということだ。早い段階で情報収集と指揮命令の系統を確立すべきだったのに、菅氏の発言からはそうした意識はうかがえなかった。
菅氏は、東京電力や経済産業省原子力安全・保安院、内閣府原子力安全委員会の幹部から「原子力ムラ」の雰囲気を感じたようだ。その猜疑心(さいぎ )から、菅氏は個人的な助言者を次々に求めた。多くのアドバイザーを得ようと考えたのだろうが、さまざまな意見が錯綜(さくそう)し、かえって官邸内の方針が混乱している印象を与えた。菅氏は今になっても、こうした行動のマイナス面に思いが至っていないようだ。活動家として先頭に立った経験はあっても、全体を統括する経験は乏しく、その能力に問題があった。
また、菅氏は1号機の海水注入中断指示をめぐる混乱について「東電の武黒一郎フェローがやめさせた。全く理解できない」と批判していたが、菅氏と東電首脳部の信頼関係の欠如を改めて印象づけた。
触れられなかった重要事項も多かった。例えば首相官邸に米国の原子力専門家を常駐させることを、菅政権が断った事案について、ルース駐日米大使との連絡を含め丁寧に検証する必要がある。核燃料プールを冷却するために消防隊、自衛隊などを投入した判断についても聞きたかった。【聞き手・中川佳昭】

社説:国会原発事故調 焦点が散漫ではないか
http://mainichi.jp/opinion/news/20120529k0000m070118000c.html
国会に設置された福島第1原発事故の調査委員会(国会事故調)が、事故当時首相だった菅直人氏と官房長官だった枝野幸男経済産業相を相次いで聴取した。国の危機管理や国民への情報提供の要だった2人だ。
事故の原因究明や対応については政府の事故調も検証を進めている。民間の独立検証委員会(民間事故調)も報告をまとめた。両者とも2人に話を聞いているが、ヒアリングは非公開で行われている。
今回の聴取は公開で行われネット上でライブ中継もされた。英語の同時通訳もある。国内外に彼らの生の言葉が伝わった意味はあるだろう。
2人の話には可能な限りのことはやったという弁明が目立った。だが、危機的状況に対する政府や東京電力の当事者能力の欠如が改めて見えてきたというべきだろう。
事故の原因解明と責任の追及はもちろん、ここから何を学びとり、今後の危機管理体制作りにどう生かしていくか。それが事故検証の焦点のはずだ。強い権限を持ち、政府からも独立した組織である国会事故調に課せられた役割は大きい。
事故当時、官邸に判断材料を提供する役割を担っていたのは経産省の原子力安全・保安院と内閣府の原子力安全委員会、東電だった。しかし、菅氏によるといずれも機能しなかった。枝野氏も「情報を政府として集約し、それに基づく予想、想定ができなかった」と述べている。
また、菅氏によると情報が集約されるようになったのは、政府と東電の統合対策本部が設置されてからだという。現行の原子力災害対策特別措置法には織り込まれていない組織であり、危機管理体制のあり方として教訓のひとつとすべきだろう。
事故の検証では当然、官邸自身の責任も問われる。事故の悪化を防ぎ、国民の命と健康を守るために、何がなされ、何がなされなかったか。その原因は何か。いまだに解明できていない点がある。
菅氏の現場訪問は事故対応に本当に影響はなかったのか。放射能の拡散予測システム「SPEEDI」の情報隠しは意図的ではなかったか。官邸における炉心溶融の認識と国民への情報提供の間にズレがあったことについても、より具体的に検証し情報発信のあり方を改める必要がある。
東電の「全面撤退」問題のように、事故から1年2カ月を経ていまだに真相がわからないこともある。関係者に記録を提出させるなど、国会事故調は強い権限を生かすべきだ。
国会事故調の聴取には何を解明しようとしているのか焦点がよく見えないやり取りも多い。6月中に報告書をまとめる予定というが、散漫にならないための工夫も必要だ。

国会事故調:野党、政治介入を批判 与党は菅前首相擁護論
http://mainichi.jp/select/news/20120529k0000m010072000c.html
参考人として出席した菅直人前首相(右端)に質問する国会の東京電力福島原発事故調査委員(奥の一列)=参院議員会館で2012年5月28日午後2時23分、武市公孝撮影
国会の東京電力福島原発事故調査委員会(黒川清委員長)が28日、菅直人前首相から参考人聴取したのを受け、自民、公明両党は「中途半端な知識と介入で現場の混乱を招いた『菅リスク』が明らかになった」(自民党幹部)と、菅氏の事故対応への政治介入批判を強めた。一方、政府・与党からは擁護の声が上がった。新たに設置を目指す原子力規制組織について、政治介入を排除し独立性を高めたい自公両党と、政治家の関与を残したい政府・与党のそれぞれの思惑がにじんだ。
自民党の田野瀬良太郎幹事長代行は28日、菅氏の事故対応について、毎日新聞の取材に「菅氏が(理系出身で)下手に技術屋だったことで深く関わりすぎ、大混乱を起こした。細かいことは報告を受けるだけで、プロに任せれば良かった」と非難した。菅氏が事故発生翌日に現地視察したことなどを指したものとみられる。
国会事故調設置を提唱した同党の塩崎恭久元官房長官は「菅氏は『きちんとした判断ができる規制組織をつくるべきだ』と言ったが、菅氏自身が『菅リスク』を認めたということだ」と、独立性の高い規制組織を設置する自公両党の対案の成立を図るべきだとの考えを示した。
参考人として出席した菅直人前首相(右端)に質問する国会の東京電力福島原発事故調査委員(奥の一列)=参院議員会館で2012年5月28日午後2時23分、武市公孝撮影
同党の大島理森副総裁は「『俺がやっていない』との言い訳が強すぎる」と、東電や原子力安全・保安院などの不手際を強調した菅氏を批判した。
公明党も同様で、同党幹部は「菅氏は事故翌日のヘリでの現場視察を正当化したが、現場を混乱させた誤った判断だった」と強調。その上で「規制組織は、政治家の判断ミスによるリスクを排除するため、一定の独立性を高めた組織にすべきだ」と主張した。
自公両党以外の野党からは、野田政権が原発再稼働に積極的なことに対し「原発事故の教訓が生かされていない」(共産党の市田忠義書記局長)との批判が出た。みんなの党の浅尾慶一郎政調会長は、菅氏が聴取で「脱原発」を改めて強調したことに「原発再稼働に前向きな野田政権の方針と食い違っており、政党としてどうなっているのか」と追及した。
参考人として出席した菅直人前首相(右端)に質問する国会の東京電力福島原発事故調査委員(奥の一列)=参院議員会館で2012年5月28日午後2時23分、武市公孝撮影
野党の批判に対し、政府・民主党からは菅氏の対応に理解を示す声が上がった。民主党の輿石東幹事長は28日の記者会見で、菅氏が東電などの不手際を強調したことについて「批判とは思わない。首相時代の実際のことを述べた」と語った。菅政権と対立した小沢一郎元代表に近い中堅議員も「菅政権は事故をなんとか食い止めようとした」と擁護。一方で、民主党の原発政策に関わる議員は「今の原子力災害対策特別措置法で複合的な重大事故に対応できない状況は震災当時と変わらず、新たな規制組織もできていない」と懸念を示した。【佐藤丈一、光田宗義】

国会事故調:「今さら謝られても」福島の避難者、冷めた目
菅直人前首相が参考人招致された国会の東京電力福島原発事故調査委員会を傍聴する福島県双葉町の井戸川克隆町長(中央)=参院議員会館で2012年5月28日午後2時48分、武市公孝撮影
「原発は国策。責任は国にある」??。国会の東京電力福島原発事故調査委員会で28日、菅直人前首相はこう謝罪した。福島県の避難者たちは「それなら早く補償と除染を」などと政府の対応を批判。傍聴した双葉町の井戸川克隆町長(66)は、菅氏が経済産業省原子力安全・保安院職員らの力量不足を初動対応のまずさの一因としたことに「それで終わりにされたら、何の解決にもつながらない。町民のことを思うと悔しくて涙が出た」と話した。【泉谷由梨子、合田月美】
町全域が原発から20キロ圏内の警戒区域にあり、役場ごと埼玉県加須市の旧県立騎西高校に避難した双葉町。今も約240人が校舎で生活し、井戸川町長もここで起居している。
「今さら反省されたり謝ったりされても。もうどうでもいい」。夫、義父と3人で避難生活を続けている女性(54)は、玄関脇の藤棚の枝を刈り込みながら吐き捨てるように言った。「先が見えないストレスを抱えてみんなギリギリ。とにかく早く町に帰りたい。願うのはそれだけ」
菅直人前首相が参考人招致された国会の東京電力福島原発事故調査委員会を傍聴する福島県双葉町の井戸川克隆町長(中央)=参院議員会館で2012年5月28日午後2時48分、武市公孝撮影
福島県内でも不満が渦巻いた。全域が警戒区域と計画的避難区域に指定されている浪江町の馬場有(たもつ)町長は、菅氏の「事故の想定が不十分だった」とする説明に対し、「官邸の危機感が希薄だったということだ」と批判。また、脱原発の必要性を強調したことに、エム牧場浪江農場(同町)の農場長、吉沢正己さん(58)は「野田(佳彦)首相が大飯原発を再稼働しようとしているようでは意味がない」と冷ややかに話した。
一方、放射線量が高いために当面は国の除染計画対象外となっている同県飯舘村長泥地区の鴫原(しぎはら)良友区長(61)は「菅前首相個人の資質をどうこう言っても仕方ない。村民は帰れるのか、除染はしてくれるのか、家は大丈夫か、補償は出るのか。それが心配だ」と語った。
◇「精いっぱい」を強調…菅氏
菅直人前首相はこの日、神妙な表情で「事故を止められなかったことを率直におわびしたい」と述べた。短気さから「イラ菅」とも呼ばれた菅氏。その「本領」を発揮する場面はなかったが、時折手ぶりをまじえて「精いっぱいやったつもり」と強調した。
菅直人前首相が参考人招致された国会の東京電力福島原発事故調査委員会を傍聴する福島県双葉町の井戸川克隆町長(中央)=参院議員会館で2012年5月28日午後2時48分、武市公孝撮影
午後2時、東京・永田町の参院議員会館に濃紺の地味なスーツ姿で現れた菅氏は「できる限り率直にお話ししたい」と硬い表情で切り出した。
だが、昨年3月15日未明、清水正孝社長(当時)が原発からの全面撤退を打診したとされる問題ではやや興奮気味。東電本社に乗り込み、幹部を叱りつけたとされるが「叱責する気持ちは全くなかった」と6回も否定し「夫婦げんかの時より小さな声でしゃべったつもり」と冗談を繰り出した。
トップの判断について厳しい質問が飛ぶと、右手でマイクを握ったまま左手を大きく動かして持論を展開し、眉間(みけん)にしわを寄せて「上がってくるべきものが上がってこなかった」と東電や保安院などの情報提供不足を批判。2時間50分の間、飲み物を口にせず、最後はしわがれ声で応戦した。【青島顕】

「原発事故に責任」菅氏謝罪 国会事故調 東電批判も
http://www.asahi.com/politics/update/0528/TKY201205280524.html
東京電力福島第一原発事故を検証する「国会事故調査委員会」(黒川清委員長)が28日、菅直人前首相を参考人招致した。菅氏は事故の責任が国にあることを明確にし、「責任者として事故を止められなかったことを心からおわび申し上げる」と陳謝した。
事故の責任を認めながらも、3時間近くに及んだ質疑では自身の判断の正当性を強調。さらに東電や電気事業連合会を「原子力ムラ」と断じ、原子力安全・保安院とともに厳しい批判を随所で展開した。
これまでの国会事故調では、菅氏が事故直後、現場に過剰介入したことに対する疑問が示されていた。菅氏は、福島第一原発の吉田昌郎所長(当時)に「電話で話したのは2度」と反論。「的確な情報が上がっていれば必要性は少なかった」と述べ、事故直後に福島第一原発の視察を強行したことの意義を強調した。
国会事故調 「藪の中」で終わらすな
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012052902000107.html
原発事故で官邸の対応が後手後手に回ったのはなぜか。国会の事故調査委員会で、菅直人前首相らの説明には納得がいかない。非常時に何があったか、「藪(やぶ)の中」で終わらせぬ真相解明が必要だ。
「総理に十分な説明ができない原子力安全・保安院が問題だ」と菅氏は強調した。原子炉への海水注入をめぐる混乱も、東京電力側の人物の問題だと批判した。一方、自分の言動については、反省の言葉はさっぱりない…。これが菅氏の姿勢だった。
だが、原発の炉心溶融(メルトダウン)についてはどうか。東電が事実を認めたのは二カ月も遅れた。過酷事故を示す最も重要な情報だ。枝野幸男前官房長官は「炉心が溶けていることは大前提だった」と述べた。
確かに水素爆発の翌日に、メルトダウンの可能性を記者会見で触れたが、「メルトダウンに至る状況が続いているわけではない」とも当時は語っていた。政権中枢は事実を把握しながら、あいまいな公表を続けてきたことにならないか。重大な背信行為である。
放射能の拡散予測システム(SPEEDI)についてもそうだ。担当者が試算をしたのに、長く公表されなかった。枝野氏は「公表しろと指示した」と言うが、なぜ実行されなかったのか。速やかに緊急事態宣言を出さなかった点も、菅氏は「支障はなかった」と言う。菅氏や枝野氏の発言は、どこか言い逃れに聞こえる。
そもそも東電や保安院などに「発表するなら同時に官邸にも報告してくれ」と官邸側が要請していた。非常事態の状況は刻一刻と変化するものだ。事前に官邸に報告することは、公表について官邸の了解を得ることと同義だ。むしろ、最新情報の発表のタイミングがその分、遅れることになる。
情報管理を重んじた官邸の判断は、被災者や一般国民にとっては情報が適切に届かない事態を招くわけだ。情報開示の問題は、厳しく指弾されるべきである。
東電が事故直後に職員の「全員撤退」を政府に打診した点は、言い分が全く食い違う。
菅氏や枝野氏が「打診があった」と言うのに、東電側は「事実はない」と主張する。撤退していれば、想像を超える爆発が起きた可能性もある。
民間事故調などと異なり、国会事故調は国政調査権を持つ。その強い権限をフルに活用して、六月中にまとめる報告に向け、徹底的に検証してほしい。


菅氏、視察の意義は「顔と名前が一致したこと」
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120528-OYT1T00821.htm
〈福島原発〉
 東京電力の福島第一原子力発電所事故を検証する国会の「事故調査委員会」(黒川清委員長)は28日、菅前首相を参考人招致し、公開で意見聴取した。
菅氏は、事故発生に関する国の責任を認め陳謝した一方で、事故対応に万全を期したとの認識を強調し、情報提供の遅れなど東電の対応を批判した。事故調が6月中にまとめる報告書で、責任の所在がどう結論づけられるかが今後の焦点となる。
委員会の冒頭、菅氏は「最大の責任は国にある。国の責任者として、事故を止められなかったことについておわび申し上げたい」と陳謝した。「原子力の平和利用は40年以上前から、積極的な政治家らで推し進められてきたが、安全性への備えが不十分だった」として、国の原発政策に問題があったとの認識も示した。
菅氏は、東日本大震災の翌日に第一原発の視察に踏み切ったことが「現場を混乱させた」と批判されている。この点に関しては、「(情報が)上がってこなかった。手の打ちようがない怖さを感じた」などと東電や経済産業省原子力安全・保安院を批判し、視察は必要だったと主張した。「現場の皆さんの考え方を知るのは極めて大きなことだった。そこで顔と名前が一致したことは極めて大きかった」と視察の意義も訴えた。
第一原発の吉田昌郎(まさお)所長の携帯電話に繰り返し電話したとして非難を浴びた点については、通話記録などから電話したのは2回だけだったことを明らかにした。
また、首相官邸から原子炉への海水注入の中断の指示があったとされる問題に関し、「(首相官邸に派遣されていた)東電の武黒一郎フェローが判断して、(注水を)止めろと言った。まったく理解できない」と述べ、武黒氏の独断だったとした。
事故検証の焦点の一つである、東電が第一原発からの「全面撤退」を政府に申し出たかどうかについて、菅氏は「(撤退は)とんでもないことだと感じた。東電の清水正孝社長の方から『撤退はない』と言ったわけではない」と語り、東電が全面撤退を主張したとの認識を示した。
(2012年5月29日07時16分 読売新聞)
菅氏の怒声「私の夫婦げんかより小さな声だ」
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120529-OYT1T00179.htm
〈福島原発〉
 菅前首相を参考人として招致した28日の国会事故調査委員会では、東京電力の清水正孝社長(当時)が東電福島第一原子力発電所事故直後に同原発から作業員を全面撤退させる意向を政府に伝えたとされる問題で、昨年3月15日未明の両氏のやりとりも論点となった。
全面撤退問題を巡っては、14日の国会事故調で、東電の勝俣恒久会長は「(全面撤退の要請は)全く事実ではない」と否定している。
これに対し、菅氏はこの日の聴取で、全面撤退と受け止めた経緯について、「(昨年3月)15日の午前3時頃、海江田経済産業相から『東電が撤退したいと言ってきている』という連絡があった」と明言。「何としても抑え込まないといけない。命を懸けてもやらざるを得ないとの認識を持っており、撤退ということを聞いてとんでもないことだと感じた」と語った。
菅氏は同日午前4時17分、首相官邸に清水社長を呼び、「撤退はあり得ませんよ」と通告した際に、「清水社長は『わかりました』と言っただけ。『そんなこと言っていない』とかいう反論は一切なかった」とも述べ、官邸の反発を受けて、東電側が全面撤退の主張を撤回したとの認識を強調した。
事故直後からの東電の対応について、菅氏は「東電から(官邸に)派遣された技術担当の武黒一郎フェローから色々話を聞いたが、原子炉の状況はどうだとか、こういう形で対策を打つべきだとか、そういう話は残念ながら一切なかった」と証言し、不信感を強めていたことを明らかにした。
菅氏は事故調で、撤退問題をきっかけに政府と東電による「事故対策統合本部」を東電本店に設置することを決意したことや、東電本店に出向いた時に幹部を前に「現場から撤退しても、放射能はどんどん広がっていく。撤退しても逃げ切れない」と呼びかけたことなどを次々と説明した。
ただ、こうした菅氏の言動について、委員からは「撤退しないことはわかっていたはずなのに、首相が東電本店に乗り込んで来て『何で撤退するんだ』と、どなる姿は反省すべきではないか」との批判もあった。菅氏は「どなった」とされた点に関しては、「不快に受け止められたとしたら申し訳ない」と陳謝したが、「私の夫婦げんかよりは小さな声でしゃべったつもりだが、はっきりものを言うために多少声が大きくなった」などと釈明した。東電本店に当時いた職員らはどなったと受け止めており、菅氏が批判を受ける可能性もある。
(2012年5月29日07時55分 読売新聞)
菅氏の危機意識「薄っぺら」…地元首長深く失望
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120528-OYT1T01727.htm
〈福島原発〉
 原発周辺自治体の首長や避難住民らを深く失望させる発言ばかりだった。
東京電力福島第一原発事故から1年2か月余、国会事故調による菅直人前首相の参考人聴取が28日にようやく実現したが、ある町長は、最高指揮官が示した危機意識を「薄っぺら」と痛烈に批判した。
全域が警戒区域と計画的避難区域となっている福島県浪江町の馬場有(たもつ)町長は、菅前首相が福島第一原発をヘリコプターで視察した成果を強調したことに対し、「事故全体を大局的に見るべき立場の責任者としてふさわしくない」と批判。原子力緊急事態宣言の発令が遅れたことを結果的に支障はなかった、とした点については、「薄っぺらな危機管理しかしていなかったことの表れ。本当に支障はなかったのか」と憤った。
大半が警戒区域に指定された楢葉町の松本幸英町長は、「原発事故に対応するための管理態勢がなっていなかったのだと改めて感じた」と話した。
(2012年5月29日08時20分 読売新聞)
Posted at 2012/05/29 10:45:34 | コメント(1) | トラックバック(0) | 読みっぱなし
2012年05月28日
増税された分消費が落ち込みおかげで税収減と考えるのが普通なのでは?
だったら景気回復させて消費活動を盛んにして税収増なのでは?
3%から5%になった頃からズウウウウウウウウウウウウウウと景気悪いんだし。
今までと逆の事すりゃ景気快復するのではと考えますがww
新報道2001 世論調査(1)政党支持(5月17日調査)
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120520/plc12052021260005-n1.htm
【問】次の衆院選でどの党に投票?
民主党14.2%
自民党22.8%
公明党3.6%
共産党1.6%
社民党0.8%
国民新党0.0%
新党日本0.0%
みんなの党5.4%
たちあがれ日本0.8%
新党改革0.0%
新党きづな0.0%
新党大地・真民主0.2%
無所属・他3.6%
棄権する2.8%
未定44.2%
   *   *   *
【名言か迷言か】小沢氏の強気発言と「負けの美学」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120526/plc12052618000016-n1.htm
野田佳彦首相が「命を懸ける」消費税増税関連法案の行方を左右する、小沢一郎民主党元代表との会談。29日にも行われる予定だが、小沢氏は早くも首相を牽制しており、折れる様子はない。とはいえ、小沢軍団がそろって採決で造反し離党を余儀なくされたところで展望はない。それでいて首相は解散も辞さない構えで採決に邁進(まいしん)する可能性は高い。小沢氏のこれまでの強気の言動を読み解くと、「負けの美学」が見えてくる。
小沢氏の70歳の誕生日にあたる24日の「新しい政策研究会」(小沢会長)の定例会。小沢氏はこの会合で首相との会談に言及したが、その内容は「数の力」を信奉する実に小沢氏らしいものだった。
「私の考え方は変わっていないので、議論が平行線になるかもしれないが、輿石東幹事長がそれでも話をしようということであれば、幹事長にお任せしますと申し上げた」
小沢氏の発言からは「首相と会っても意味がないが、輿石氏の顔を立てるために会う」との本音がにじむ。小沢系には会談決裂を機に首相が「小沢切り」に走り、自民党と手を組むのではとの警戒感がある。このため、小沢氏が会談を応諾したことに疑問を投げかける声は少なくない。小沢氏はこのことを承知していたからこそ、こうした発言をした可能性は高い。
さらに小沢氏は「国民生活を安泰たらしめるような政権づくりをしなくてはならない」と倒閣をにおわせ、「今後、お互いに力を合わせて行動しなくてはならないことが起きる」と予告している。グループの結束を呼びかけたわけだ。
小沢氏の過去の言動を振り返ると、このグループ結束の維持、強化を最優先に据えていることが多い。これこそ小沢氏の「政界遊泳術」にほかならない。
平成22年6月4日の民主党代表選。菅直人元首相の対抗馬として小沢系が事実上擁立したのは樽床伸二幹事長代行だった。だが、そこに至るまでの経緯は散々だった。小沢氏は田中真紀子元外相に出馬を打診したが断られた。自らの側近を通じて海江田万里元経産相、原口一博元総務相にも打診したが快諾は得られなかった。
小沢グループは迷走した。それでも小沢氏は擁立をあきらめることなかった。グループの結束を保つためだった。
さすがに小沢氏に近くない樽床氏の擁立にグループ内からは異論が噴出し、自主投票となったが、代表選が行われたその夜、小沢氏は側近らと会食し「よく頑張った。ちゃんとやっていれば(樽床氏は)過半数にいけた」と漏らしている。自主投票とはいえ小沢氏が「わがグループの候補者は樽床氏」と認定していたのは間違いない。
小沢氏は、20世紀初頭の米大統領、セオドア・ルーズベルトの言葉をこよなく愛している。
その言葉とは「たとえ、敗れる時であっても、敢然として戦いつつ敗れます。だからそういう男を、勝利も敗北も経験しない無感動で臆病な連中と、断じて、同列に並べるべきではありません」。
これが小沢氏の「美学」といえば響きは良いが、要は「敗北」が濃厚であっても、戦うことで結束を強化することができる。それをバネに次の戦いにつなげる。小沢氏のそんな思考回路をうかがわせる。今も同じ発想かもしれない。
消費税法案の採決で造反し、除籍処分を余儀なくされた後に、新党を結成しても、民主、自民両党が手を握れば影響力は発揮しにくい。小沢氏が連携を模索する、「大阪維新の会」率いる橋下徹市長が振り向くかも極めて不透明だ。
しかも造反の末、法案が否決され解散となった暁には、選挙基盤が確立されていない1年生議員が多くを占める小沢グループは壊滅の危機に直面しかねない。
このため、小沢氏は最終的に欠席戦術でお茶を濁して党にかろうじてとどまり、首相は小沢氏を「飼い殺し」にする可能性がある。仮にそうなっても小沢氏は戦闘ポーズを取り続け、主導権奪還に向け虎視眈々(たんたん)と「その時」が来るのを待ち続けるに違いない。(坂井広志)
◇…先週の永田町語録…◇
(21日)
▽いい姿勢
城島光力民主党国対委員長 何とか、擦れ違いではなく、かみ合わせていこうという姿勢が感じられた。いいことではないか。(衆院社会保障と税の一体改革特別委員会での自民党の質問について記者団に)
▽準備不足
茂木敏充自民党政調会長 日食グラスがなく、見られなかった。準備はちゃんとしなければいけない。日ごろの民主党みたいなことをやってしまった。(金環日食について静岡市の講演で)
(22日)
▽ピンチの時に
野田佳彦首相 消費税は社会保障に使途が特定される。社会保障は病気になったり、年を取ったり、ピンチになったりした時に必要なサービスだ。(社会保障と税の一体改革の意義について衆院特別委員会で)
▽腹話術作戦
渡辺喜美みんなの党代表 腹話術作戦が進行している。最低保障年金や給付付き税額控除など官僚に都合の悪い政権の方針は、野党の口から廃止要求させるという芸当だ。(党会合で)
(23日)
▽鬼のように
野田佳彦首相 消費税引き上げのためだけに鬼のようになっているのではない。社会保障を充実、安定化させるために必要だと訴えている。(社会保障と税の一体改革について衆院特別委員会で)
▽今言うと…
大島理森自民党副総裁 (次期衆院選は)健闘できるかもしれない。ただ、「今やれば勝つ」と私が言っちゃうと民主党がますます選挙をしたくなくなるからあまり言えない。(都内の講演で)
(24日)
▽段取り
輿石東民主党幹事長 野田佳彦首相から小沢一郎元代表に会いたいので環境整備をと命じられて段取りをしている。それ以上でもそれ以下でもない。(首相と小沢氏の会談に同席する自身の役割について記者会見で)
▽会議は踊る
麻生太郎元首相 審議は開かれて事が進んでいるが、単に会議が踊っているだけでは意味がない。(衆院社会保障と税の一体改革特別委員会について、自民党の派閥総会のあいさつで)
(25日)
▽つまみ食い
岡田克也副総理 報道は一定の力を持つので、つまみ食いされないよう発言する慎重さが求められる。ただあまり慎重になりすぎると議論が成り立たない。(国会答弁について記者会見で)
▽重すぎて軽い
古賀誠自民党元幹事長 重過ぎて、聞く方は軽いという印象を受けるかもしれない。重い言葉を言うと、逆に軽く聞こえる。(消費税増税関連法案成立に「命を懸ける」と公言する野田首相についてBS朝日番組で)
   *   *
【防衛オフレコ放談】でしゃばる政策ロボ 岡田副総理は外交の地雷
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120527/plc12052707010005-n1.htm
野田佳彦首相が改造の目玉として「三顧の礼」で迎えた岡田克也副総理の起用が完全に裏目に出ている。社会保障と税の一体改革で存在感を発揮できないばかりでなく、外交・安全保障面でもブレーキとなっているからだ。かつて外相として米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題を迷走させた「前科」もあり、米政府は岡田氏を起用した野田首相に疑心暗鬼になっている。岡田氏の存在は日米同盟の障害にもなりかねない。
■普天間迷走で煮え湯
「ミスター・オカダは官邸でどんな役回りなんだ」
今春訪米した政府高官はキャンベル国務次官補(東アジア・太平洋担当)ら米政府関係者と会談した際、岡田氏のことをよく聞かれたと振り返る。
とりわけ、キャンベル氏は岡田氏に敵意すら抱いていると感じた。
鳩山由紀夫政権で岡田氏は外相を務めた。普天間問題を迷走させた元凶は「県外移設」を掲げた鳩山氏だが、岡田氏の罪も重い。
岡田氏は同県名護市辺野古への移設計画の代替案として米軍嘉手納基地(同県嘉手納町など)への統合案を唱えたからだ。
過去に何度も浮かんでは消えた嘉手納統合案は米側に抵抗感が強い。キャンベル氏はこのとき煮え湯をのまされたとの思いがいまも強いという。
岡田氏は今年1月の副総理就任直後、「外交にはタッチしない」と周囲に公言していた。ところが実体は違う。別の政府高官が証言する。
「首相に上げる報告はすべて私にも回すように。副総理なんだから、と」
「原理主義者」「政策ロボット」と揶揄される岡田氏が報告を聞くだけで気が済むはずがない。口も挟んでくる。
それを象徴するのが、イランの核問題をめぐる対処方針だ。
首相官邸では対イラン圧力強化策として「演習」名目で海上自衛隊の掃海艇を中東に派遣し、イランが示唆しているホルムズ海峡封鎖を牽制する案を検討してきた。野田首相もその重要性を認めたが、岡田氏が強硬に異を唱え、掃海艇派遣案を葬り去ったという。
■実行力に「難あり」
「ノダが日米同盟を基軸にしていることは評価できる。しかし、実行力に難ありだ」
別の政府高官によると、日米同盟に精通する米国人識者は、野田首相にそんな評価と懸念を同時に示したという。
この懸念は、野田首相が環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への交渉参加を明言せず、ただ時間だけを浪費していることが念頭にある。首相は民主党内の意見集約に自ら乗り出そうとせず、5月中旬の主要国(G8)首脳会議(サミット)でも明言の機会をみすみす逸した。
実は、対米外交でTPPでの体たらくを帳消しにするための「秘策」と位置づけていたのが掃海艇派遣だった。だが、それも岡田氏の反対でついえた。
野田首相の実行力には疑問符がつき、発信力も低下する一方となれば弊害も出てくる。
すでに予兆はある。
4月末の日米首脳会談で野田首相は米国から日本への液化天然ガス(LNG)の輸出拡大に協力を求めたが、オバマ米大統領は「引き続き協議していきたい」とにべもなかった。
それだけではない。発表された共同声明では、当初の声明案にあった「LNG協力」の項目はばっさり削除された。ある外務省幹部は「米側の強い意向で削られた」と証言する。
日本国内では原発停止で火力発電の燃料となるLNGの輸入が増加。貿易収支の赤字をふくらませる要因になっている。
米政府がLNG協力に背を向ける理由は定かでないが、いつまでも「トモダチ作戦」の余韻に浸っている場合ではないことだけは確か。野田首相はそのためにまず、外交が鬼門の岡田氏の介入を封じることが急務といえる。(半沢尚久)
   *   *
【古典個展】立命館大教授・加地伸行 コンテストで政策募集せよ
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120527/plc12052703060003-n1.htm
近ごろ世は老人いじめである。老人の年金額が多すぎる、医療保険費がかさみすぎる。優待乗車証を持っている…と老人批判が続く。老人は恵まれすぎているのがいけないという論法だ。
それはおかしい。老人とて年金の掛け金を若いときからそれなりに払ってきた。老人になれば病気が増え医者の世話になるのは当たり前。すき好んで医院に行くわけではない。優待乗車証がなければ家に籠(こ)もるばかりでかえって病気になり、医療費は増える。優待乗車証があれば街に出て元気になるし、うどんの一杯も食べるだろうから、ささやかながらも内需に寄与するではないか。
老人への悪口を言う前に、それでは老人に金銭を使わせ、どう老人を活(い)かすかを論ずるべきであろう。
例(たと)えば、私ならこう提案する。65歳以上の老人は小学校に再入学させる、と。ピカピカの1年生ではなく、シワシワの1年生。すでに義務教育は了(お)えているから、給食費はもちろん、授業料を取る。仮に授業料が月額5000円、50人クラスなら、月給25万円の若い教員1人分の雇用が生まれるではないか。
老人生徒は、ボランティアで植木の手入れ、一般生徒の登下校時の指導、担任の雑用の引き受け、教育関係データの収集…をしよう。学校の運営費の節約大となる。
1年生の授業は楽しいだろうなあ。授業内容は全部分かる。先生の質問に対して、ハイハイ、ハイハイと全員が挙手して、しかもマンテーン。先生が若い女性だったら、男子老人生徒はみんながんばって皆勤賞。老人医療費は大きく下がる。往年の野球少年たちは喜々として投げて打って走ってダルやイチローを目指す。先生がイケメンだったら、女子老人生徒はAKB48そこのけで活気に溢(あふ)れて大騒ぎ。あとは二流ホテルで豪快に食事。元気百倍、内需拡大。というような老人政策の一つも出してみよ。自民党よ、政権奪還をめざすならば、アッと驚くような、しかも楽しい、そして現実的な政策を出さないかぎり、明日はない。
しかし、自民党からは、極立(きわだ)ったものがなにも見えない。頭の硬化した人が多く、そういう人々があつまっても愚痴をこぼすだけであって、アイデアや新政策などとても出てきはしない。
とすれば、方法は一つ。すなわち、全国民を対象に新政策立案コンテストを開催することだ。独創的で鮮烈な、希望に溢れていてしかも現実性のある提案を募集せよ。賞金は借金してでも景気よく張り込め。最優秀賞は1億円、優秀賞3点は各3000万円、佳作10点は各1000万円というふうに。これで国民の心をつかめるのならば安いものだ。
それに、コンテストによる政策募集は、政権担当の与党では面子(メンツ)があってできない。しかし野党ならできる。自民党にとって野党の利点を生かせる絶好のチャンス。この機会を逃しては、上昇は困難であろう。
全国民へのコンテスト呼びかけとは、教えを乞(こ)うということだ。目上の人でも目下の者に「下問を恥じず」(『論語』公冶長(こうやちょう)篇)だ。
ここは謙虚に国民に教えを乞い、学ぶことである。『論語』子張(しちょう)篇に曰(いわ)く、「君子は、学びて以(もっ)て其(そ)の道を致(いた)す」と。(かじ のぶゆき)
   *   *   *
【from Editor】安値にかけた創業者の思い
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/120526/biz12052608020036-n1.htm
経済報道に携わっていると、個性的な経営者と出会う機会も多い。平成19年に亡くなった家電量販店コジマの創業者、小島勝平氏もそのひとりだ。コジマがビックカメラに買収されるというニュースに接したとき、かつて売上高日本一を達成していたころの意気軒高な小島氏を思い出した。
宇都宮市の本社で小島氏をインタビューしたのは11年。その際に聞いた創業時の話は、戦後まもなく事業を起こして急成長した起業家のバイタリティーを感じさせた。コジマの創業は昭和30年。最初のころは東京・秋葉原でラジオの部品などを買っては、宇都宮で売っていた。買い付けは週1回程度で、往復の列車ではいろんな人との出会いがあったという。
例えば農家からコメを買い、東京に持ち込んで売りさばく「担ぎ屋」のおばさんたち。当時、担ぎ屋商売は禁じられていた。だが、重い荷物を抱えたおばさんたちを放っておけずに荷物運びを手伝うこともあったそうで、「今だから言えますが、一緒に警察に追われることもありましたよ」と懐かしそうに教えてくれた。おばさんたちと仲良くなると、今度は秋葉原からの帰路に小島氏を手伝ってくれる。そんな人との濃密なつながりがコジマの原点だった。
コジマはその後、全国を席巻。平成9年度に業界首位になり、10年秋には東証1部に上場した。原動力は安値へのこだわりで、キャッチフレーズの「安値日本一への挑戦」を「世界一」に変えたのもこのころだ。「安さを訴えれば日本一は続くはずだ」と断言した語り口は自信にあふれていた。
そんな姿を思い出すと、時代の移ろいの激しさを感じる。大型店化に乗り遅れたコジマは13年度決算で隣県・群馬のライバル、ヤマダ電機に日本一の座を奪われた後、今では7位にすぎない。テレビなどの価格下落は激しく、量販店の戦いは消耗戦の様相だ。安い製品は顧客にはありがたいが、売る側や製造するメーカーを苦しめるデフレ時代の象徴でもある。
ビックカメラへの身売りは安値競争に欠かせない規模拡大が狙いだ。実際、大量の商品を共同で仕入れられれば、メーカーに値下げを求めやすい。小島氏の長男の小島章利会長は買収案に反対したが、経営の現状は単独での生き残りを許さなかった。「安さ追求の姿勢だけは守っている」と語った創業者。コジマが再び飛躍できるかどうかは、そんな思いを受け継げるかどうかにもかかっている。(経済本部部長 長谷川秀行)
   *   *
デフレ・円高脱出への提言が… 日経は妙案を自らお蔵入りにするな
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/120528/fnc12052809100002-n1.htm
デフレ・円高から脱出するためには、政府・日銀が一体となって貨幣(マネー)を増やす政策が欠かせない。拙論は以前からそう主張してきたが、メディア、とりわけ日経新聞は同調してこなかった。ところが22日の日経朝刊を見て驚いた。日経と米戦略国際問題研究所(CSIS)の共同研究組織「日経・CSISバーチャル・シンクタンク」が50兆円超の外国為替市場介入基金を政府・日銀一体で設立せよと、提言したのだ。(〈フジサンケイビジネスアイ〉)
この構想は、日本経済研究センター理事長の岩田一政氏の国家戦略会議での提案(2011年10月)に沿っている。日銀が50兆円の資金を発行し、その資金で円売り市場介入し、米国債やユーロ債など外債を買う。すると、円相場は下がると同時に、円札を増刷する「量的緩和」効果で市場にインフレ期待が生まれ、2%程度の物価上昇が見込まれるようになり、デフレから脱出できる、というわけである。
ここで参考のために、拙論案を紹介する。政府が保有する米国債など100兆円の外貨資産を日銀の「資産の部」に移す。日銀は100兆円の資金を発行して政府に提供する。その日銀資金を基金として、脱デフレ・円高是正および日本再生に使うという内容で、10年1月、当時の鳩山由紀夫首相に提案した。拙論案と岩田案とはやり方、規模こそ違うが、日銀資金と外準の組み合わせによる脱デフレ・円高阻止という点で共通する。
両案の実現に立ちはだかるのが財務・日銀官僚である。1998年までは財務省が日銀資金で外為市場に介入してきたが、財務省は99年から政府短期証券(FB)の一種である外国為替資金証券発行により外為市場介入資金を市場から調達し、米国債などを購入する仕組みに変えた。国民が貯めたカネを吸い上げ、外為市場介入するが、円高は止まらず、40兆円もの為替差損を被っている。なのに財務省は現行方式を変えようとしない。
外為証券の発行残高は11年末で121兆4000億円に上り、外資系金融機関はそのディーリングで巨額の収益を挙げている。他方で財務省の国際金融局は膨れ上がった外準を利用して財務省の権益を拡張する。日銀官僚はそんな財務省官僚の縄張りに巻き込まれたくない。
注目すべきは、米超党派の安全保障提言機関であるCSISが岩田案に賛同した点だ。日本の貯蓄マネーをドルや米金融市場の安定に使うことは米国の基本戦略だが、貯蓄でなくても日銀がお札を刷って米国債を買っても構わないと同意したのも同然である。CSISとしては、中国の超大国化とは逆に弱体化する日本に歯止めをかけることが優先する。
ところが、CSISパートナーの日経のほうは、財務省と日銀の意向に逆らいそうにない。米も賛同したせっかくの妙案をみずからお蔵入りにするようでは情けないではないか。(産経新聞編集委員・田村秀男)

Posted at 2012/05/28 17:24:12 | コメント(2) | トラックバック(0) | 読みっぱなし
2012年05月28日
脇がアマイからスルスルと抜かれるしつけ込まれ押し込まれ盗まれる。

まして特アが絡めばミンスを初めとして国毒連中が売国に励むし(怒
【ドラマ・企業攻防】鉄の芸術品「方向性電磁鋼板」極秘技術はなぜ流出し…
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/120526/biz12052618000040-n1.htm
付加価値の高い鋼材の生産技術が盗まれたとして、新日本製鉄が韓国の鉄鋼大手、ポスコと同社日本法人、新日鉄元社員などを提訴した。昭和40年代に開発し、門外不出としてきた技術だけに、新日鉄の怒りは強い。ポスコに対し、1千億円の損害賠償などを求めている。ポスコは争う構えだが、敗訴すれば高収益な同事業分野からの撤退は避けられない。産業スパイの代償の大きさを知らしめる裁判となるか。
「やはりそうだったのか」
韓国内でポスコが起こした裁判での証言の一つから、ある新日鉄幹部は、それまでのポスコへの疑念が、明確な不正だと確信。昨年末、証拠保全手続きを申し立て、裁判所が元社員の保有していた"動かぬ証拠"を押さえた。
新日鉄は、「時効の懸念もあり、早期に提訴が必要」(幹部)と判断。4月に不正競争防止法(営業秘密の不正取得行為)違反で、ポスコなどを東京地裁に提訴した。日本企業が、不正な技術流出で外国企業を訴える事例としては最大規模だ。
訴訟対象の「方向性電磁鋼板」は、新日鉄の八幡と広畑の両製鉄所だけで製造されている。工場勤務の長かった幹部でも、「生産工程は見たことがない」という秘中の秘の技術だ。
変圧器などに用いられる特殊な鋼板で、電圧変更時のロスなど従来製品の課題をことごとく解消。鉄の結晶がきれいに整列する様子から、業界では「鉄の芸術品」とも呼ばれている。
もともとは米国の技術だったが、昭和43年に新日鉄の開発チームが性能を飛躍的に高める製造技術を確立。以降、同社は方向性磁性鋼板のトップメーカーとなり、多大な利益を得ている。
しかし、平成16年ごろからその地位を脅かすライバルが現れた。ポスコだ。ポスコは以前から類似の鋼材を手がけていたが、「急激に品質がよくなった」(新日鉄幹部)。価格も安く、次々に顧客をつかんでいった。シェア約3割の新日鉄に対し、ポスコも2割程度と一気に差を縮めた。
一方で、業界内にはある噂が広がった。「新日鉄の技術がポスコに流出したのではないか」-。
新日鉄はポスコ側に真偽を問い合わせたが、独自技術と言い張るばかり。「何十年もかけ、数百億円を投じてきた技術が、なぜこんなに早く追いつかれたのか」(宗岡正二社長)。疑念は募っていった。
平成19年、ポスコが韓国で起こした裁判をきっかけに事態は急転した。ポスコは、同社の元社員が方向性電磁鋼板の技術を中国の鉄鋼メーカーに売り渡したとして提訴。しかし、裁判で元社員は「渡したのは(ポスコの技術でなく)新日鉄の技術」と証言した。これを受け、新日鉄が調査を開始。同社元社員の証拠差し押さえを経て今回の提訴に至った。
事情を知る業界関係者は、「ポスコ側に情報を漏らしたのは1人ではなく、グループだ」と指摘する。1990年代に新日鉄を退社した開発担当者を含む数人が関与したらしい。新日鉄が提訴したのはグループのリーダー格とみられる。
新日鉄は、方向性電磁鋼板の製造方法は特許出願していない。秘中の秘の技術は表に出さず、隠すのが通例。ただ、関連特許は数多く、元社員とは秘密保持契約を結んでいた。
元社員はどのように取り込まれたのか。ポスコに限らず、日本企業の退職者を積極的に雇用する外資は多い。多額の報酬が提示されることもある。「エージェントを通じて慎重に接触し、籠(ろう)絡(らく)する」(事情通)ケースもある。
技術を流した側と受け取った側の関係を立証するのは難しい。裁判は長期化が予想されるが、新日鉄側は「明らかな形で情報が流出した証拠をつかんでいる」として勝訴に自信を見せる。
元社員はなぜ技術を漏らしたのか。「結局は金だろう」。新日鉄幹部らはそう吐き捨てる。
新日鉄が勝訴した場合、ポスコにとっては大打撃だ。韓国や中国の鉄鋼メーカーの成長はめざましく、今年10月に予定される新日鉄と住友金属工業の合併の契機ともなったが、収益の柱は品質要求の低い建設向けが中心。ポスコとしては企業ブランドを高める意味でも方向性電磁鋼板は欠かせない領域だ。「この事業から撤退を余儀なくされれば、成長戦略に狂いが生じる」(業界関係者)。
中・韓メーカーは、最終的に日本メーカーの牙城である自動車向けの薄板分野に手を広げようしている。特許侵害も辞さない強引な手法が目立つが、新日鉄が勝訴すれば、「彼らも態度を変えざるをえない」(同)。日本メーカーの巻き返しにつながる可能性もある。(高山豊司)
〈「日本に負ける気がしない」挑発する中国企業〉
   *   *   *   
【特許ウォーズⅢ ~中国からの挑戦状(上)】「日本に負ける気がしない」挑発する中国企業(1/3ページ) - MSN産経west
http://sankei.jp.msn.com/west/west_economy/news/120525/wec12052510000000-n1.htm
2012.5.25 10:00
(1/3ページ)[〈特許・商標・著作権〉]
今年3月、日本と中国の間の「逆転劇」が世界の注目を集めた。
 世界知的所有権機関(WIPO)が2011年の国際特許登録の出願件数を発表し、企業別で前年首位のパナソニックを抜いて、中国の通信機器大手、中興通訊(ZTE、中国語読み・ゾンシントンシン)が1位に躍り出たのだ。
 中国で特許法が成立したのは、1984年。明治18(1885)年に同法が施行された日本とはおよそ1世紀の開きががある。それにもかかわらず、2011年に中国の特許庁が受理した特許出願件数は10年比34%増の約52万6千件と日本(約34万2千件)、米国(約50万3千件)を抜き去った。中国は今、有名ブランドなどの模倣品があふれる“パクリ天国”から“特許大国”へと変貌を遂げつつある。
 「特許紛争で日本に負ける気がしない」。中国ZTEの幹部はこう挑発する。
 同社は独自技術を早く市場に広めるため、特許取得とほぼ同時に、その特許を活用した製品を完成する戦略を敷く。これに対し、日本では特許取得から製品化までに10年以上も要する企業が目立つ。特許庁国際課の担当者は「海外企業のように特許にかかわる社員が幹部に出世するケースが日本企業では少なく、特許戦略強化の足かせになっている」と指摘する。
 特許の活用には複数の手法がある。自社の特許を使った製品を流通させ、他社に同様の製品を作らせることを防いだり、一方で特許を他社に販売することで収益をあげることも可能になる。しかし、特許を持つだけでは、何の利益も価値も得ることはできない。
「日本には特許を数多く取得すればいいと勘違いしている人が多い。特許を活用しないと世界で生き残れないのに不思議だ」。ZTE日本法人の大和敏彦副社長(57)はあきれた表情で話す。
  □  □

特許活用に“不慣れ”な日本の姿が浮き彫りになったデータがここにある。
 特許庁が昨年12月にまとめた、2010年の知財関連の年間訴訟件数が中国は5785件に対し、日本は146件。特許に関して日本はもめず、紳士的な国ともいえるが、言い換えれば十分に活用しきれていない表れでもある。逆に中国の訴訟攻撃の標的にされる例も多く、一方で中国の模倣品に悩まされている日本企業も少なくない。
 ソニー知的財産センターの内山信幸・パテント部担当部長(50)は「訴えられても、中国訴訟に強くなるための学ぶ機会とも考える」と割り切る。中国企業などに特許関連で提訴されるたびに、中国のどの地域の裁判所で戦えば、有利に進行するかなどを研究してきた。さらに「防衛」のための特許取得にも力を入れ、昨年の中国での特許出願件数は外国企業で首位の2430件にのぼる。
  □  □

「今の中国は“特許バブル”。特許を取得しないとビジネスの世界で生きていけない」。ある中国企業の経営者は打ち明ける。
 中国での特許件数が増加した背景には、国策として掲げる「報奨金制度」がある。日本の特許庁によると、北京市の一部の特区では海外の特許を1つ取得するだけで、自治体から10万元(約130万円)が支払われ、法人税も40%近くカットされるという。
特許はもうかる-。こう気付いた中国企業、中国人は日本企業の特許情報などが検索できるホームページに連日アクセス。特許庁の外郭団体が毎年開催する日本の特許制度を紹介する講座には中国の国会議員が参加するなど日本の特許システムを貪欲に研究している。
 特許戦略で教師の立場だった日本は、アジアで急成長した“生徒”に追い越されようとしている。


第1部、第2部では、世界企業や大学を舞台に特許競争の実態を紹介した。第3部では、特許戦略や商標権の登録を“加速”させる中国に翻弄される日本企業の現状に焦点を当てる。
 《次回は26日に掲載します》
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Posted at 2012/05/28 12:49:55 | コメント(0) | トラックバック(0) | 読みっぱなし
2012年05月25日
東北の復興でもミンスがやらかしてたんですよね。
誰が考えたって違いの裏には力がww
  ・  ・
朝日新聞デジタル:復興交付金、初回の配分額固まる 宮城は1520億円 - 政治
http://www.asahi.com/politics/update/0229/TKY201202290272.html
野田政権は29日、東日本大震災の復興交付金(事業費ベースで1兆9千億円)の第1回配分額を固めた。宮城県が1520億円、岩手県960億円、福島県600億円で、茨城、青森など4県も加えた総額は3140億円となった。
復興庁の出先機関である復興局を通じ、3月2日に各市町村に通知する。1月末に締め切った第1次要望の総額は事業費ベースで約5千億円だった。
政権は今回、生活再建に欠かせない事業に重点配分する方針で、災害公営住宅の整備に1350億円、水産・漁港関連施設に270億円、高台などへの防災集団移転事業に550億円を配分する。一方、防災拠点基地の整備や運動・文化施設、地域の再生とは直接関連しない道路や学校、下水道などのインフラ整備への交付は、今回は見送った。その結果、岩手県が要望額の9割を超す交付を受けるのに比べ、宮城と福島は要望額の5~6割と、ばらつきが出た。
〈復興へ「IT特区」県と17自治体が申請宮城〉
〈仙台IT特区に復興庁「待った」大都市集中を懸念〉
〈復興交付金230億円、第2次申請へ仙台市〉
関連記事
〈復興交付税の配分先決定野田政権、総額8134億円〉(3/23)
〈復興交付金1次配分額を公表計3053億円〉(3/2)
〈震災復旧予算、半分手つかずインフラは8割未執行〉(2/23)
〈地方交付税17.5兆円5年連続増来年度予算案〉(12/22)
〈復興庁、2月上旬に発足被災5県に窓口設置〉(12/22)
   *   
復興交付金、7県59市町村に2509億円配分 : ニュース : ジョブサーチ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/job/news/20120302-OYT8T00869.htm
政府は2日、東日本大震災で被災した地方自治体に配分する復興交付金の第1回交付額を発表した。防災集団移転(高台移転)や液状化対策など緊急度の高い事業を対象に、岩手、宮城、福島など7県と、これらの県内の59市町村に計2509億円を配分した。
 このうち、市街地の液状化対策として千葉県などの6市町村に調査費を盛り込んだ。
 復興交付金は被災地が社会基盤整備などに使える資金で、2011、12年度の事業が対象だ。今年1月末時点で7県78市町村から3899億円の申請があったが、第1回で決定したのは約6割だった。
 市町村分を含めた県別では宮城1161億円、岩手797億円、福島505億円、茨城21億円、青森15億円、栃木6億円、千葉1億円が配分された。事業別では水産・漁港関連施設整備(21市町村)、災害公営住宅整備(32市町村)、防災集団移転促進(12市町村)、市街地液状化対策(6市町村)などが優先的に認められた。地方負担分も含めた事業費ベースでは総額3053億円となるが、政府が特別な交付税で穴埋めして地方負担をゼロにする。
(2012年3月5日 読売新聞)
   *   
東日本大震災:復興交付金で知事抗議 初回配分額、申請の57% 調整力不足の声も /宮城- 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20120304ddlk04040047000c.html
毎日新聞 2012年03月04日 地方版
村井嘉浩知事は3日、仙台市内で開かれた会合で同席した郡和子内閣府政務官(宮城復興局担当)に対し、東日本大震災の復興に向けた「復興交付金」の県への初回配分額が申請額の57%にとどまったことに抗議した。配分額が決まった2日以降、政府への怒りが収まらない村井知事だが、被災市町の関係者からは申請段階での県と市町の調整不足が背景にあるとの声も上がっている。
「あまりにもひどい。これだと県も市町村もまったく何もできない」。被災者の「二重ローン問題」に対応する政府の東日本大震災事業者再生支援機構の発足式終了後、知事はその場で郡氏と数分間立ち話をし、強く抗議。郡氏は「重く受け止めたい」と述べるにとどめた。知事は6日、平野達男復興相に正式に抗議する考えだ。
県への配分額が申請額の6割に満たなかったことについて政府は「十分中身が練られていない申請もあった」(平野氏)と理由を説明している。県内の自治体別では石巻市の交付率がわずか31%にとどまる一方、岩手県への配分額は約95%の798億円で、満額に近かった。
南三陸町の職員は「とりまとめ役の県があまり力を発揮していない。問い合わせをしても県庁内をたらい回しにされることがある。復興庁からも『県と連携してるんですか』と言われた」と県の調整力不足を指摘している。【影山哲也】
   *   
復興交付金が思わぬ少額、浦安市長「あきれた」 : 巨大地震 : 特集 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866918/news/20120303-OYT1T00011.htm
東日本大震災で被災した自治体に配分する復興交付金の第1回交付額が2日発表され、千葉県内で申請した浦安、香取、山武の3市には計1億4000万円の配分が決まった。
しかし、申請を下回る配分に、各市からは不満の声も聞かれた。
浦安市は道路や宅地、下水道、学校の液状化対策で、最適な工法を検討・調査する費用などを申請したが、認定は一部道路・宅地での7000万円だけ。申請額(非公表)とは「かなりの差があった」(市担当者)という。松崎秀樹市長は「あきれた。国は東北3県で頭がいっぱい。復興に対するやる気が感じられない。国の意識を変えるため、陳情を続けたい」と話した。
香取市は液状化対策などで6億3800万円を申請したが、認められたのは住宅地の約5250万円のみ。水田で地中の用水管を入れ替える事業などは採択されなかった。宇井成一市長は「水田の事業は再び申請する」としている。
山武市は、申請していた2事業のうち、復興まちづくり計画策定事業の約1647万円が認められた。椎名千収市長は「国の決定に感謝している」と話した。
(2012年3月3日07時34分 読売新聞)


   (5月25日午後3時追加)
「査定庁」返上?復興交付金、2回目は超満額
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120525-OYT1T00408.htm
〈巨大地震〉
 復興庁は25日、東日本大震災の被災自治体に配分する2回目の復興交付金が2612億円になると発表した。同交付金を巡っては1回目の査定が厳しく、認定率が6割にとどまったことから、被災地からは「復興庁ではなく査定庁だ」などと反発が相次いだが、今回は当初申請額1696億円の1・5倍を交付する「超満額回答」となった。
1回目は被災自治体から3899億円の申請があったが、復興庁は今年3月、「計画が甘い」などとして6割の2509億円しか認めなかった。
今回は「市町村ごとの復興計画が具体的になった」として、高台移転や災害公営住宅建設など被災者の生活再建に密着した事業については、当初申請額を満額で認めるとともに、来年度分の事業費まで前倒しで認めるなどした。7県と71市町村に対して遅くとも1か月以内に交付される。
(2012年5月25日13時32分 読売新聞)
   ・   
東日本大震災:復興交付金第2回配分は2612億円
http://mainichi.jp/select/news/20120525k0000e040229000c.html
復興庁は25日、東日本大震災の「復興交付金」の第2回配分として、約2612億円を、岩手、宮城、福島など7県と71市町村に交付することを決めた。申請額(約1696億円)の1・5倍にあたる。1次配分では自治体側の申請額の6割にとどまったが、今回は防災集団移転促進事業などで申請額に加え、実施めどがついたと判断した事業費分も前倒しして配分したため増加した。
対象は12年度分の復興事業で、▽水産・漁港関連施設整備事業(約111億円)▽住宅の高台移転など防災集団移転促進事業(約1129億円)▽災害公営住宅整備事業(約367億円)??などに重点配分した。
申請額を大幅に上回ったのは、防災集団移転促進事業や災害公営住宅整備事業など4事業で早期実施が見込まれるものは費用を前倒しで配分したため。加えて、市街地の再生を加速させるための事業にも一定額を一括配分した。
復興交付金を巡っては、1次配分で申請額の57%にとどまった宮城県が復興庁を「査定庁」と批判していた。第3回の事業申請は6月末に受け付ける。【岡崎大輔】
   ・   
震災復興交付金、申請の1.5倍に 第2回配分額決定
http://www.asahi.com/politics/update/0525/TKY201205250118.html
平野達男復興相は25日の閣議後の記者会見で、東日本大震災の復興交付金(事業費ベースで1兆9千億円)の第2回配分額を発表した。前回の配分は申請額の6割程度だったが、今回は総額は約3166億円で、申請額約2139億円の1.5倍となった。
交付金の対象は、宮城県に約1704億円、岩手県に約981億円、福島県に約371億円など8県71市町村。主な事業は、高台移転に絡んだ防災集団移転促進(約1288億円)や災害公営住宅整備(約417億円)のほか、水産・漁港関連施設整備(約153億円)など。
申請額を大きく上回ったのは、防災集団移転などで2012年度分だけだった申請を、13年度も認めるなどしたためだ。申請額を下回った今年3月の第1回配分では、被災自治体から「復興庁ではなく査定庁だ」(村井嘉浩・宮城県知事)との批判が出ていた。
Posted at 2012/05/25 13:41:27 | コメント(1) | トラックバック(0) | 読みっぱなし
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