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nigomaru GTのブログ一覧

2017年03月15日 イイね!

2017新春乗り鉄旅④

2017新春乗り鉄旅④回を重ねる毎に更新のペースが落ちてゆく…orz
とうとう3月、それも中旬だというのに。

だけど、いくら時間が掛かってもこの旅行記は最後まで完結させます。
どうか気長にお付き合いください。
今回は、いよいよメインともいえる三江線に乗車です。




第3日目・1月3日
Part1 【霧の中の三江線とUターンラッシュの芸備線】


【第9ランナー】
三江線 423D 普通 江津6:00→三次9:21

編成…キハ120 321+キハ120 307(いずれも米ハタ) →三次


この旅のもう一つのメインである三江線。
2013年の豪雨災害で不通となり、10億円以上も掛けて翌年には復旧したのだが、それも束の間、昨年9月にはついに廃線が決まってしまった。同じJR西管内では可部線の可部以北が廃線(※つい先日、廃線区間のごく一部である可部~あき亀山間が復活)となっているだけに、全線通して輸送量の少ない三江線こそ、いつ廃線になってもおかしくない状況だった。なので先述の豪雨災害も、よくぞ復旧にこぎ着けたものだと思う。
鉄道ファンとしては、また一つローカル線が消えるのは残念ではあるが、輸送密度58(2015年)という利用客の少なさではとても鉄道として維持が可能な数値ではなく、受け入れざるを得ないというのが正直な処だ。

その三江線に乗るために『サンライズ出雲』と絡めて企画した今回の旅行。廃止が決まったから乗りに行く事に対して否定的な意見を持つ者も少なくないのだが、コレばっかりは勘弁して頂きたい。なくなると思えば思う程乗りたくなるというのが鉄道ファンの性なので…。そして、未乗路線ならなおさら優先して乗らなければならないという事情もある。

というワケで、予定よりちょっと早いAM4時20分位に起床後、身支度を済ませてホテルを後にし、夜明け前の江津駅へ向かった。駅前にタクシーが1台客待ちをしている他にはまだ誰もいないが、駅舎は灯が点いた状態で解放されている。




江津駅の発車時刻表。右の山陰線と比べると三江線の少なさが際立つ。



誰もいない改札口を抜けて跨線橋を渡り、三江線ホームの3番線へ。



跨線橋の壁には三江線フォトコンテストの入賞作品が飾られている。右写真は今はなきキハ58系ジョイフルトレインの『ほのぼのSUN-IN』。



ホームにも当然誰もいなかったが、2番線には昨日当駅まで乗車してきた『アクアライナー』のキハ126-13と1013のコンビが夜間滞泊で留置されていた。浜田到着後当駅まで380Dで戻ってきたらしい。
(運転時間外だし、どうせ誰もいないのでフラッシュ撮影)



早朝とはいえ、三江線の数少ない全線直通列車だけにどれ位から乗車待ちしているかわからなかったので早めに来たつもりだったが、あまりにも早くて結局1番乗りで待つ事になった。
30分位待った5:25頃、浜田方からキハ120型2連による423Dの車両が回送で到着した。廃線決定と前後して、増える乗り鉄需要に対応してこの423Dと三次からの折り返し424D→426Dは増結運用されているそうだ。




到着からしばらくしてドアが開く。若い運転士が「おはようございます!」と挨拶してくれたのでコチラも返す。なかなか感じの良い方だ。
一番乗りをいい事に、今回はしっかりとボックス席を確保。キハ120は1両あたりボックス席が4区画しかなくて貴重なのだ。3セク鉄道で用いられる『NDC』(軽快気動車)と同様の造りなのでキハ126と比べるとシートピッチがかなり狭く感じるが、座り心地自体はそれ程悪くない。



5時半頃から乗り鉄客が続々と乗り込んできたが、早朝という事もあってすべての座席が埋まる程ではなく、数少ないボックス席も1~2人が座る程度。私のボックス席も他に誰も座ってこなかったので1人で独占できた。



2両合わせて30数人の『乗り鉄』を乗せて江津を6:00に出発。昨夜『アクアライナー』から降りて同じホテルに投宿した3人もやはり乗っていた。
山陰線と別れて右にカーブすると江の川が左に見えてくるが、まだ闇の中で道路橋の灯だけがやたら明るい。
余談だが、窓ガラス(外側)があまりにも汚くて視界が良好とはいえず、我慢できなかったので発車前にウェットティッシュで拭いてしまった。せめて運用前に洗車はして頂きたいものだ。



途中、沿線で最も大きなマチといえる石見川本。江津を出て既に1時間余りが経過している。
通学列車のため2両編成である浜原発の420Dと交換するが、正月という事もあって乗客の姿はほとんど見えなかった。



時間は7時をとうに過ぎており、ようやく夜が明けて周囲が明るくなってきたのだが、残念な事に濃い霧がかかっており江の川の流れはあまり見る事ができない…。



石見川本の2つ先にある、その名も「竹」という漢字一文字だけの駅。線内にはもう一つ漢字一文字の「潮」という駅もある。



その次の乙原(おんばら)。駅前に1本だけ掲げられている「さあ 三江線に乗ろう」ののぼりがむなしい…。




相変わらず江の川は霧の中。



この三江線、浜原までの区間は大部分が江の川の流れに沿うようになっており、戦前に簡易線規格で建設されたために線路や路盤は脆弱だ。やはり前日に乗った木次線などと同様、保守の省力化の一環として30㎞/h前後の速度制限区間も多い。



三江線の中枢ともいえる浜原(といっても無人駅だが…)で三次発の一番列車である422Dと交換する。コチラは全線直通という事もあってそこそこの乗客が乗っていた。おそらくほとんどが乗り鉄と思われる。



浜原~口羽間は鉄建公団が建設し、1975年に開業した比較的新しい区間。従って直線区間が多く、路盤もしっかりしており枕木もPC(コンクリート)枕木を使用している。従って最高速度も85㎞/hに上がるため、乗っていて先程とは全くスピード感が違う。



その新しい開業区間に存在する宇都井(うづい)。地上20mの高架橋上にホームがあり、辿り着くまで116段もの階段を延々と上っていかないとならない特異な構造で知られている。ここでまとまった数の乗車があり、私がいるボックス席にも男女2人(おそらく母と息子)が座ってきた。この人達を含め、おそらく三次発の一番列車422Dで来て折り返し乗車するものと思われる。




1975年に三江線が全通する以前は三江南線の終着駅だった口羽。当駅からは再び浜原までの区間と同様の低規格路線となり、速度もガクンと落ちる。



口羽からは再び江の川の流れに沿うようになる。レールが敷かれているのは島根県だが、川が県境となっており、対岸は広島県(三次市)だ。作木口は駅付近に橋が掛けられており、広島県側の集落のために設けられた島根県の駅という事になる。香淀から先は線路も広島県内に入る。




江の川はこのように護岸されていない川本来の姿を眺める事もできる。しかし相変わらず霧の中で視界が開けないのが惜しい…。



江津を出て3時間余りが経過した。
いわゆる『秘境駅』である長谷。停車する列車はこの423Dを含めて下り2本、上り3本のみ。元々は仮乗降場だった当駅、小中学校への通学の便を考慮して設置されたのだが、現在は利用客がほとんどいない。




最後の途中停車駅・尾関山まで来ると三次の市街地に入る。三江線の旅もいよいよフィナーレだ。




結局、三江線の旅は霧の中に終始した。『乗り鉄専用列車』423Dは三次駅3番ホームに到着。この旅の中で完乗路線は伯備線、木次線に次いで三江線が3つ目となった。
有人駅なので運転士は運賃授受をしないのだが、降りていく乗客に一人ひとり「ありがとうございました」と声を掛けていた。我がJR北海道にはそのような運転士は見当たらない…。
全ての乗客が降りた後、折り返し石見川本行きの424Dとなるため入れ替わりにその乗車客が乗り込んでいった。




【第10ランナー】
芸備線 5861D 快速みよしライナー 三次10:03→広島11:30

編成…キハ47 2021+キハ47 1065(いずれも広セキ) →広島


『霧の町』で『小京都』としても知られる三次市。
その玄関口の三次駅は最近になって駅舎が新築された。先代の駅舎は1978年と比較的近年の建築だったが、駅周辺の再開発による整備事業で建て替えられた。駅舎内にはセブンイレブン(キヨスクの業態転換)が入っている。



三江線423Dの到着時点で、既に『みよしライナー』の改札が始まっていたのだが(今時にしては珍しく改札開始が早い)、一旦改札を出て駅舎横にあるトイレに行っている間にホームには結構な人数が乗車待ちの列を成していた。私が並んだ後にもさらに列が続いていく。3日となると正月休みも後半なので、多くはUターン客であろう。広島発の普通1852Dの折り返し運転となるため、到着する9:53まで待たねばならない。



1852Dは霧のため数分遅れて到着。車両は国鉄色キハ47の2連で、昨日山陰線で乗ったタイプと同型。少ない乗客を降ろした後広島方面への乗客が一気に乗り込んでいく。



程なくして座席は満席となり、座れなかった乗客は運転台側の立席スペースに陣取るしかない。幸い私は通路側ながら座る事が出来たのだが、この画像のように網棚の上には空調の機械(?)がデンと構えていたためキャリーバッグを載せる事が出来ず、やむなく通路に置かせてもらう。



各車両に約100人程度の乗客を乗せて三次を出発。私と同様に423Dから乗り換えた『乗り鉄』の姿は少なく、これぞ鉄道本来の姿というべきか。同じ芸備線でも、昨日乗った備後落合以東とはエラい違いだ。
発車からしばらくして、ようやく霧も晴れて青空が見えるようになったのだが、さすがに隣の客がいるのに通路側の席から窓の外をずっと眺めているワケにもいかず、また宮脇俊三の『最長距離切符の旅』を読みながら過ごしていたのだが、途中駅で乗客は増える一方。広島の近郊区間で各駅停車となる下深川から先は一層混雑が酷くなり、通路にも乗客が流れ込むようになったので流石にいつまでもキャリーバッグを置いておくワケにもいかず、ついに膝の上に抱きかかえざるを得なくなってしまった…。通常期なら2両で十分なのだろうが、『みよしライナー』は都市間輸送列車なのだから多客期は増結して頂きたい。


三次から約1時間半、これまた霧のため所定より2分程遅れて、中国地方最大のターミナル・広島に到着。通勤ラッシュ並みの混雑から解放された客がドッと降りる。




こうして芸備線の旅が終わったのだが、今回は中間部の備後落合~三次間が未乗となったのでまた別の機会に乗る事にしたい。これまた同区間も本数が少なくて『乗り鉄泣かせ』の路線である。それでも備中神代~備後落合間よりは多いのだが、列車が運転される時間帯が偏っていてむしろ三江線や木次線より攻めにくいかもしれない。宮脇俊三のお言葉をお借りするなら「乗れるものなら乗ってみろ」なのである。




【第11ランナー】
山陽新幹線 128A のぞみ128号 広島11:49→岡山12:27

(固定編成に付き編成表は省略)N700(A)系JR東海所属X3編成⑥786-2003(幹トウ

日本国民として決して忘れてはならない1945年8月6日の原爆投下。その被爆都市である広島に降り立った。あくまでも今回は『乗り鉄旅』の中継地点ではあるが、原爆ドームや平和資料館も生きているウチに一度は見に行かねばと思っている。

ここから四国へ渡るために岡山へ向かうのだが、その足として不本意ながら新幹線のお世話になる。本当は呉線経由でのんびり廻りたい処だが、厳しいスケジュールだとそうもいかない。
新幹線は東北・北海道新幹線のE5系なら幾度も乗ってきたが、今回ようやくそれ以外の新幹線に乗る事になる。今さらではあるが、初『のぞみ』なのだ。
今回乗車するのは広島発東京行きの128号。先程乗った『みよしライナー』から乗り継ぐのにとても好都合だ。



使用車両は車号の横にオレンジのJRマークが入ったJR東海所属車両。N700系の中でも初期製造のX3編成で、改造によりN700A化されたためロゴマークの右側に小さく『A』の文字が入っている。




広島のビル街を眺めながら出発。
JR東海車だけに車内放送のチャイムはTOKIOの『AMBITIOUS JAPAN!』が流れる。『のぞみ』の山陽区間の最高速度は300㎞/hで『はやぶさ』の320㎞/hにはかなわないが、それでもなかなかのスピード感。



この『のぞみ128号』、前後を走る『のぞみ』『みずほ』が軒並み満席もしくはそれに近いという混み具合なのに対し、広島始発という事もあって乗車率は5~6割程度。『みよしライナー』とは打って変わってUターンラッシュに巻き込まれずに済んだ。



思えば遠くへ来たもんだ。しかしそこには『ニトリ』の看板が。
道産子の私としては、北海道発祥のチェーン店の看板を見ると何だかホッとする。



岡山電車区が見えてくると岡山はすぐそこだ。留置されている電車は黄色1色ばかりになってしまったが…。



38分と短い乗車時間だったが、最初の停車駅・岡山で下車。広告看板の「桃太郎の勝因は、出会いでした」がいかにも岡山らしい。
私を降ろした『のぞみ128号』は多くのUターン客を乗せ、一路東京を目指す。



『のぞみ128号』乗車中、ついに一筆書き乗車券である1枚目の効力を使い果たし、2枚目(画像下の券)の出番となった。倉敷自体は新幹線で通過しないのだが、新幹線区間の乗車券は一部の例外を除いて在来線経由の運賃計算となっているため、『サンライズ出雲』で一度通過した倉敷で分割となるワケだ。通常ではなかなか出ない経路なので発行にはかなりの時間を要し、最寄り駅には大変迷惑を掛けた。
この後、2枚目乗車券の行き先である大歩危を目指して『南風11号』に乗り込む。



今回はここまで。次回はいよいよ(伊予の国には行かないが…)、四国篇です。

~つづく~

Posted at 2017/03/15 22:42:59 | コメント(0) | トラックバック(0) | 鉄&バスネタ | 旅行/地域
2017年02月28日 イイね!

2017新春乗り鉄旅③

2017新春乗り鉄旅③もう2月も終わりだというのに、まだ正月の乗り鉄ブログが完結しないというじれったさ。それでも気長にお付き合い頂けると幸いです。
またまた長文ではございますが、第3弾をお送りします。







第2日目・1月2日
Part2 【特急やくも&一畑電車で出雲大社参拝、そして江津へ】

【第7ランナー】
伯備・山陰線 1017M 特急やくも17号 新見16:10→出雲市18:13

~編成表~
⑦クハ381-136⑥モハ381-77⑤モハ380-77④クモハ381-501③モハ380-78②サハ381-230①クロ381-130 →出雲市


新見からはわずか10分と絶妙な乗り換え時間で、国鉄型特急電車のみを用いた唯一の特急となった特急『やくも』で再び出雲市へ戻る。
再び伯備線の旅となり、先程の444Dでも通った新見~備中神代間は都合3回乗る事となる。


その『やくも17号』を待っている間、隣のホームには岡山から来た115系2連新見行き853Mが到着した。短編成化のためパンタグラフ付き中間電動車を改造したクモハ114型1000番台が先頭だが、『食パン電車』然とした切妻スタイルだと一見115系とはわからない。



コチラはオリジナル先頭車のクモハ115型1000番台。せっかくの国鉄型も、JR西の他の国鉄型車両と同様、塗装工程の簡略化の一環で1色(115系の場合は黄色5号)に塗りつぶされてしまった。




そして、これから乗車する『やくも17号』が到着した。先頭車はパノラマグリーン車ではなく、オリジナル先頭車のクハ381型100番台をグリーン車化改造したクロ381-130だ。
やくも用381系の塗色は何度か変更されているが、車体形状は国鉄時代から基本的には変わっておらず逆三角形の『特急マーク』も残されている。


(側面の行先表示はLED式に改造されている)



この『やくも17号』は普通車の指定席に乗車する。車内は大幅にリニューアルされており、『ゆったりやくも』化でシートピッチが拡大されたため座席と側窓の間隔が合わず、ピラーに被って眺望に難ありの席も少なくないのだが、ラッキーな事に私の席は窓とドンピシャだった。しかし、日没も近かったため景色が見られたのは僅かな時間だったが…。
年末年始なので基本4両に対して3両増結されているが、帰省とUターンの狭間なので乗車率は全体を通して4割程度。




乗ってみれば振り子式車両特有の揺れを絶えず感じる。しかもJR化以後に開発された車両とは異なり、制御付きではないのでカーブでは非常に良く揺れる。ただ私自身は列車に乗り慣れているせいか、乗り物酔いする程不快というワケではなかった。
この381系、かつては乗り物酔いする乗客のために各座席にはエチケット袋が装備されていた。現在は洗面所に備え付けられている。
(画像中央の下がエチケット袋)




中間の4号車に連結されていた貫通型先頭車クモハ381-501の貫通扉。元々中間車だったものを先頭車に改造したため、オリジナルの先頭車(『しなの』用の0番台車)とは異なり開き戸となっている。このような改造車は特急列車の短編成化のために国鉄末期に多数登場した。
この『やくも』もエル特急の称号をやめて普通の特急として時刻表などで案内されているが、国鉄時代から使われ続けているトレインマークには『L』のロゴマークが残っている。




出雲市から再び出雲市へ戻るルートの乗車券類。
『宍道→出雲市』の乗車券が通常運賃で、左の乗車券『出雲市→宍道』は木次線~芸備線~伯備線経由で1周するのに使用したもの。なお、宍道~出雲市間も都合3回乗車する事となる。




18:13、終着の出雲市に到着。松江までの間に大半の乗客は降りてしまい、私の乗車していた6号車もわずか数名しか残っていなかった。
トレインマークは既に『回送』表示となっていた。





~番外篇~【一畑電車で出雲大社参拝】


一畑電車北松江線 電鉄出雲市18:39→川跡18:47
(一畑電車の項は列車番号不詳に付き未表記)
編成…クハ1101+デハ1001 →川跡

今回の旅はあくまでも『乗り鉄』なので観光目的ではないのだが、せっかく出雲の国に来たならば、初詣として『縁結びの神様』を祀る(あくまでも、『良い事に縁がありますように』という意味でね!)出雲大社に参拝に出掛けたい。ただ、正月期間の日中は混雑するのは必至なので、それを避けるため遅い時間帯のほうが良いと考えた。
というワケで、JR出雲市駅に隣接する電鉄出雲市駅から一畑電車に乗る事にした。この一畑電車も他のローカル鉄道の例にもれず経営は苦しいのだが、昨年暮れに86年振りという完全新製車7000系電車をデビューさせている。県の後ろ盾があったとはいえ、まさに大英断といえよう。残念ながら今回の旅で会う事はできなかったが、再訪した際は是非乗ってみたい。




券売機で出雲大社前までの乗車券を購入。




高架のホームに上がると、左の1番線に観光列車用の5000系(京王5000系改)が留置されていた。



今回乗車するのは2番線に停車中の松江しんじ湖温泉行き電車。正月期間中は日中に当駅から出雲大社前行きの直通運転もあるのだが、通常は途中の川跡(かわと)で乗り換えとなる。
車両は元東急の1000系電車。旧型電車デハニ50をモチーフにしたオレンジ色のラッピングを纏っている。元々中間車だった車体に新規製作した運転台ブロックを取り付けたため、パッと見では元の車両が何なのかわからない。




車内にはこの車両の出自を説明する案内板がある。今や平成生まれのVVVF車が地方私鉄で第2の人生(?)を送る時代になったのか…。



遅い時間で初詣輸送も一段落したせいか、乗客は各車両に5人程度というガラ空き振り。4つ目の川跡から分岐する大社線に乗り換える。


(乗換)一畑電車大社線 川跡18:50→出雲大社前19:01
編成…デハ2101+デハ2111 →出雲大社前

北松江線は川跡で大社線に乗り換え可能なダイヤが組まれている。今乗ってきた便とは対照的に、いちばん右に見えるピンク色の1000系(1003編成しまねっこ号Ⅱ)による電鉄出雲市行きには出雲大社参拝帰りの乗客が多数乗り込んでいた。
川跡で待っていた出雲大社前行きは、元京王5000系の2100系電車。京王当時のオリジナルカラーを復刻塗装しており、画像では判りづらいがこのデハ2111には京王5000系初期車に見られた側面の『ヒゲ』までも復刻している。



そのデハ2111は昭和43年日車製。新製当初から冷房付きで落成した最初のグループである8次製造車。オールロングシートのいわゆる『通勤型電車』に冷房を装備したのは初の試みであった。




車内放送のスピーカーには京王帝都電鉄の略称である『KTR』の意匠がそのまま残っていたりする。



出雲大社前に到着。この便は川跡まで乗った北松江線よりもさらに乗客が少なく、終点まで乗ったのは計5人程度!



廃線となったJR大社線の大社駅(純和風建築)とは対照的に、一畑の出雲大社前の駅舎は何故か西洋の教会風というユニークな造り。




駅から5分程『神門通り』を歩くと、出雲大社の『二の鳥居』前に着く。
ちなみに駅は『一の鳥居』と『二の鳥居』の間に位置しているので、『一の鳥居』を通らないで来てしまった。
一応20時迄参拝可能なのだが、正月とは云えども19時を過ぎていたので流石にすいており、スムーズに参拝が出来た。


(松の参道)


(四の鳥居)


(拝殿)


(本殿)




一応、『二礼四拍手一礼』の作法で参拝はしたのだが、至らない部分があったみたいで完璧な参拝をするならばもっとしっかりと下調べをしておくべきだった…(反省)。

そしておみくじを引いたのだが、残念ながらあまり良い事は書かれていなかった…。
他の神社のとは異なり、『大吉』『吉』といった運勢の格付けはないのだが、内容からして『末吉』にあたるのだろうか。
最後の一行が旅行 延期すべし。と書かれてあった…(苦笑)。




参拝を終えて、出雲市駅に戻るのだが一畑電車は次の便まで1時間近く待たなければならないのでタクシーで移動する事にした。駐車場側の路上に客待ちのプリウスのタクシーが1台だけ停まっていたのだが、ドライバーはシートを倒して寝ているではないか…。起こした処で機嫌を損ねられるのもシャクなのでコレはパスして、流しのクルマが通るのを期待して国道431号線に出てみた。
ところが、通るのは自家用車ばかり。しばらくして後方からプリウスのタクシー(多分先述のクルマ)が来たので手を挙げたのだが、全く無視するかのように通り過ぎて行った…。
「何て商売っ気のないタクシーなんだ!!」さすがに腹が立った。

さらに歩き、神門通りとの交差点(二の鳥居前)まで来た処でようやく捕まったのが、『大社ハイヤー』のクラウンコンフォート。場所柄、観光客の扱いには慣れているらしくとても気さくなドライバーで、良い話し相手になって頂いた。思えば、今回の旅でまともに会話をしたのはこのドライバー氏だけだったなぁ…。ファンというワケではないのだが結構鉄道事情にも詳しくて、三江線の話題を振ってくれたりした。

 

出雲市のタクシー初乗り料金は偶然にも(?)我がマチ札幌と同じ¥670で、地方都市としては意外に高め。大社前から出雲市駅までのタクシー代は約¥3,300ナリ。コレは札幌駅から私の自宅までの料金と同じ位だった。


出雲市駅に戻ったのが20時過ぎだった。明日は早朝から三江線の始発列車に乗るので江津にホテルを予約していた。20:22発益田行き普通337Dに乗れば江津着は22:01になる。



実は朝からまともな食事を摂っておらず、あらかじめ用意しておいたおつまみ類やお菓子を口にしただけで、食事処も休業日や早じまいでどこのお店も入れなかったので結局駅構内のセブンイレブン(キヨスクの業態転換)で江津へ向かう車内で食べる弁当とかを買う事にした(ちなみに駅弁の『出雲そば弁当』はカニ寿司の酢飯が苦手なのでNG)。ついでにお土産も買って宅急便で札幌の自宅へ送ろうと思い店員にお願いするも、なかなか要領を得なくて時間ばかり費やしてしまい、店員を急かして何とか全てが終わったのが発車1分前!急いで改札をくぐりホームに上がったのだが、何を血迷ったか益田行き337Dの出る4番線とは反対の1・2番線側のホームに出てしまい、向こうの4番線からはキハ120型2連の337Dがエンジンの轟音とともに発車していった…。

「すべてはあの店員のせいだ(怒)!!」この怒りをどこへぶつけたら良いのか…!!仕方なく駅員にお願いして改札から出してもらい、待合室へ。そこで先程買ったセブンのお弁当と総菜を遅い夕食として食べるのであった…。早くも出雲大社で引いたおみくじの運勢が現れてしまったのかも…(涙)。



【第8ランナー】
山陰線 3459D 快速アクアライナー 出雲市21:07→江津22:32
編成…キハ126-1013+キハ126-13(米トウ) →江津


気を取り直して再び本来の乗り鉄旅に戻る。乗車券も再び札幌から使ってきた1枚目の出番となる。
乗り遅れてしまった337Dの後は、45分後に出る浜田行き『アクアライナー』に乗るしかない。
当初のプランでは出雲大社参拝後は337Dか、この快速3459Dのいずれかに乗車する予定でいたので、まぁ問題ないといえばそうなのだが、欲を云えば早くホテルに着いてゆっくり休みたかった…。それでも、快速なので江津への到着は31分差に縮まる。



米子からやってきた『アクアライナー』は、新型気動車(といっても14年前になるが…)のキハ126型2連。337Dのキハ120(浜田鉄道部所属。上の画像と同型車)は明日三江線で乗る事になるので、バリエーションを付けるためにソレはソレで良かったのかも?



もう夜遅いので車内はガラガラ。各車両に5、6人程度しか乗っていない。太田市で数名降りた後は途中駅での乗降もほとんどナシ。



このキハ126、最近の車両としては珍しい4人掛けボックスシートを採用しているのだが、シートピッチが従来車よりかなり広くなっている。残念ながらシートクッションが薄っぺらいので座り心地は快適とは云えず、かえって国鉄型のキハ47のほうが良い。せっかく20m級の大型車体を採用しているのだから京阪神の新快速みたいに転換式シートでも良いと思うのだが。



昭和の乗り鉄王・宮脇俊三が『偉大なるローカル線』と称した山陰本線。東北本線の盛岡以北が3セク化されて以降、支線を含まないJR線としては最長の営業キロとなった。この列車ではそのごく一部ではあるのだが、約70㎞の区間を乗車する。それでも約1時間半の旅。夜に付き車窓も楽しめないので、再び『最長片道切符の旅』を読みながら過ごした。
そして、ようやく江津に到着する。



江津では私を含めて4人が下車し、代わりに若者2人が乗り込んでいった。




この『のりかえ』案内板が見られるのもあと1年余り。
下の空欄は国鉄バス(中国ジェイアールバス)の川本線が書かれていたのであろうか。



もう夜遅いので駅の営業時間外となっており、出改札口は無人だった。



駅を後にし、今夜の宿へ向かう。思った通り、『アクアライナー』から下車した他の3人も同じ方向へ歩いていく。間違いなく三江線始発列車目当ての乗り鉄だろう。



今夜のお宿、『スーパーホテル江津駅前』にチェックイン。



天然温泉の大浴場もあるのだが、到着が遅れてしまったので断念しシャワーを浴びて寝る事にする。明日は4時半起きなので…。



今回はここまで。
次回、いよいよ三江線に乗るのですが、あまり期待しないでください…(汗)

~つづく~

Posted at 2017/02/28 22:47:50 | コメント(0) | トラックバック(0) | 鉄&バスネタ | 旅行/地域
2017年02月12日 イイね!

2017新春乗り鉄旅②

2017新春乗り鉄旅②相変わらずスローペースのUPで申し訳ありません。またまた長過ぎるブログで恐縮ですが、最後までお読み頂ければ幸いです。今回は2日目の行程なのですが、あまりにも長すぎて全てを収める事ができないので分割させて頂きます。






第2日目・1月2日 
Part1 【サンライズ出雲~木次線と芸備線の旅】



静岡を過ぎた0時半頃に寝たのは良いのだが、結局4時半位に目が覚めてしまう。
窓の外を覗くと、どうやら吹田付近を走っているらしく、大阪まではあと少しだった。

そして大阪到着。運転停車のため客扱いは行わない。




再び横になるが、岡山では一大イベントである高松行きの瀬戸号切り離し作業を見物したいので、スマホのアラームを6:00にセットした。

そして起床し、身支度をする。
岡山到着の約15分位前に「おはよう放送」が流れたのだが、列車は約5分程遅れているとの事だった。昨夜熱海の手前のトンネルで緊急停車したのは何か異音がするとの事で点検のためだったらしい。ともあれ、トラブルもなく無事ここまで走ってくれて良かった。

6:32(所定では6:27)に岡山到着。
鉄道ファンはもとより、一般の乗客までもが一大イベントを見物するために皆一斉に7号車(瀬戸号)と8号車(出雲号)の間の連結部に向かっていく。




 (瀬戸号(左側)の切り離し作業)





連結を解いてそれぞれの貫通路を閉じ、そのまま瀬戸号は高松・琴平へ向けて発車していく。




瀬戸号の発車を見送ると、皆足早に車内に戻る。遅れているため準備が整えばすぐ発車するからだ。
結局、出雲号は所定より3分遅れで岡山を発車した。




倉敷で山陽線と別れて伯備線に入る。
(画像は、同駅発車後に撮影した水島臨海鉄道の倉敷市駅)



伯備線に入った処で夜が明けてきた。
しばらくは高梁川が車窓の友となる。




このように渓谷美を望める区間も。





谷田峠をトンネルで抜けると列車は鳥取県、つまり山陰地方に入る。
その1つ目の駅・上石見で特急『やくも6号』と交換のため運転停車。
『やくも』とはこの後武庫でも運転停車してすれ違う(8号)。




同じく上石見にて。さすがに山間部なので雪が積もっていた。




鳥取県に入ると今度は日野川に沿って走る。




車内放送で大山(だいせん)の観光案内があったが、残念ながら厚い雲に覆われてその山容を望む事はできなかった。
やがて山陰線が合流し、伯耆大山を通過して伯備線の旅が終わる。この旅での完乗路線第1号だ。




鳥取県西部の中心地・米子。国鉄時代からの駅ビルが健在。




『安来節』で知られる安来からは島根県に入る。いよいよ『サンライズ出雲』の旅もフィナーレに近づいてきた。
(写っている列車はやくも10号)




2日目朝からの天気はいちおう曇り空で経過していたのだが、県庁所在地の松江に到着する頃には残念ながら雨が降り出してしまった…。




その松江を過ぎると車窓右手には宍道湖が見えてくる。
シングルデラックスの客室からは見えないので、通路に出てしばらく眺めていた。





宍道湖とお別れすると、最後の途中停車駅・宍道に着く。
この後乗車する木次線の乗換駅だが、ココでは降りず終点の出雲市まで乗車する。
カーブドガラスは雨だれがひどいのが泣きどころ。




そして…東京から約12時間の旅を終えて、ついに終着駅の出雲市に到着!
回復運転の甲斐あってほぼ定刻であった。
到着時には雨がやんでいたのがせめてもの救い。






出雲市駅舎。高架駅だが、正面の車寄せには出雲大社をモチーフにした大きな屋根が掛かっている。


【第4ランナー】
山陰線 132K 普通 出雲市10:41→宍道11:01

編成…キハ47 167+キハ47 1017(いずれも米トウ) →宍道

木次線に乗るために宍道まで戻る。乗車券も『サンライズ出雲』まで使用していた1枚目のルートを一旦飛び降りる形で別途購入した。
1つ手前の西出雲始発の132K、平日は132Dを名乗るのだが休日ダイヤなのでKという地方では珍しい記号が付いている。今回の旅で初めてとなる国鉄型車両で、キハ47の2連。カラーリングもオリジナルの朱色5号を纏っているのだが、延命工事を受けているので側面の車体は大幅にリニューアルされている。




実は私、キハ40系列の北海道以外の車両に乗るのはコレが初めてなのだった。
キハ47は出入り口が中間に寄っているためワンマンカーには不向きで、運転台寄りのスペースの座席が撤去されて巨大な立ち席スペースとなっているのだが、吊り手が見当たらない。




132Kの車内はすいており、ボックス席を1人で座る事が出来た。




わずか20分の乗車で宍道に到着。132Kは私を含めて数名の乗客を降ろした後、米子へ向けて走り去った。




国鉄時代からある乗換案内の看板。
かつて急行『ちどり』があった頃の名残で「広島方面」の表記が残っている。さすがに山陰線からココで乗り換えて広島まで向かう一般客など今ではほぼ皆無であろう。




【第5ランナー】
木次線 1449D 普通 宍道11:19→備後落合14:34

編成…キハ120 5+キハ120-206(いずれも米キス) →備後落合
 
昨年、最初の開業から100周年を迎えた木次線。
三江線は廃線が決まってしまったが、この木次線もJR西日本の中では利用の少ないローカル線である事には変わりなく、『廃線危惧レッドリスト』にリストアップされるだろう。
かつてグリーン車も連結していた急行『ちどり』(広島~米子・鳥取)で陰陽連絡の一翼を担っていた同線も、元々線形が悪くてスピードが出せないという事情も災いし、高速バス網の発達によりすっかり寂れてしまった。
その木次線を乗り鉄するなら、是非『奥出雲おろち号』に乗ってみたいのだが残念ながら今年度の運転は終了してしまった。
ここ数年、冬場は特に山深い出雲横田~備後落合間が大雪が降ると列車の運行を諦め、雪解けまでバス代行になる。運休時期は概ね1月初旬~中旬以降だが、年末から翌春まで『冬眠』したケースもあり、天気にはヤキモキさせられた。この冬も現時点で既に冬眠中との事だ…。


木次線を全線直通する列車は2往復しかなく、その1本目となるのがこの1449D。宍道からの列車は多くが出雲横田止まりなのだ。
しかもこの列車は、かつての急行『ちどり』のスジに近い(ちなみに同列車が走っていた時期は同じ時間帯に全線直通する普通列車はなかった)。
先頭のキハ120-206は朱色5号の国鉄色。
JR化後に登場した車両で国鉄色を纏うのは他にも例があるが、コチラは復刻の意味合いではなく、あくまでも塗装簡略化の名目による。



後寄りの木次色のステンレスカー・キハ120 5は出雲横田までの回送で、締め切り扱いとなっており乗車はできない。




1449Dには既に20人位の乗客が乗り込んでいた。地元客もいるのだが、『青春18きっぷ』期間中という事もあって老若男女問わず乗り鉄が多い。中華系インバウンドのグループも数名乗っていた。
既に少ないボックス席は埋まっているので、私は進行右側のロングシートに身を置いた。


左側へ分岐していく線路が木次線。同線で使われていた4番線は撤去され、ホームだけが残っている。
計30人程の乗客を乗せて宍道を出発。




木次線の要衝である木次。同線を管理し、使用車両のキハ120が配置されている木次鉄道部がある。
1番線には、12:16発宍道行きの1452Dが停車していた。




出雲三成~亀嵩間は、斐伊川に沿って走る。




松本清張の小説『砂の器』に登場する亀嵩は駅舎内にそば屋が入居しており、出雲そばが食べられるお店として有名。事前に電話注文しておけば列車の到着時に代引きで『そば弁当』を受け取れるのだが、正月のためか残念ながら休業日だった。




木次と並んで木次線の要衝である出雲横田に到着。
備後落合へ直通する列車はいずれも停車時間が長い。この1449Dも15分程停車する。



ココで回送車を切り離し、折り返し宍道行きの1454Dとして12:59に発車していく。



右隣の便所棟も含めて神社風の造りの木造駅舎。荘厳な佇まいが、神話の里に相応しい。






出雲横田を出ると、いよいよ山岳路線の色合いが濃くなる。先日に積もったであろう雪がまだ残っていたりする。




そして、3段式スイッチバックで有名な出雲坂根に到着。
折り返し準備のためココでも長時間停車。





出雲坂根の駅舎。駅自体の利用客は極めて少ないのだが、建物は新しくなっている。
列車はスイッチバックで高低差を稼ぎ、背後の山を登っていく。



当駅でもう一つ有名なのが、この『延命水』。
この付近には元々狐や狸が多く、寿命100年を越えたといわれる古狸が好んで飲んでいたという言い伝えがその由来となっている。



駅前にも延命水が飲めるあずまやがある。



そして、国道から一段下がった場所にも延命水が飲める場所があったので行ってみた。



そこにはお地蔵さんと浄財箱があり、私は少しの小銭をその箱に入れ、延命水をすすった。





出雲坂根を発車し、いよいよ3段式スイッチバックに入る。
列車は反対向きに進路を変え、奥に見えるダイヤモンドクロッシングから右側の加速線へ入っていく。




そして右側から備後落合方面へ向かう本線が合流。
ポイント部はスノーシェッドに覆われている。



行き止まりの加速線で一旦停車し、ポイントが切り替わると列車は再び元の向きに変えて備後落合へ向けて出発する。
そして、木々の向こうの奥に先程停車していた出雲坂根の駅が見える。





木次線がスイッチバックで山を越えるのに対し、平行する国道314号線は『奥出雲おろちループ』で標高差を稼ぐ。
元々この道路が開通していなかったために木次線は特定地方交通線入りを免れたのだった。





JR西日本管内で最も標高の高い(海抜726m)駅である三井野原(みいのはら)。かつてはスキー客で賑わったというが、今はこの駅の利用客も極めて少ない。
当駅を出発すると間もなく広島県に入る。




宍道から81.9㎞の距離を実に3時間以上も掛けて、ついに終点の備後落合に到着した。
ほぼ全ての乗客が、芸備線に乗り換えるため反対側のホームへ向かっていく。




かつては陰陽連絡の要として賑わった備後落合。
急行『ちどり』廃止後は売店や駅弁もなくなり、駅自体も無人化されて非常に寂しくなった。
本当は駅舎の写真も撮りたかったが、次に乗る芸備線444Dの接続時間がわずか3分しかないので諦めざるを得なかった。




【第6ランナー】
芸備・伯備線 444D 備後落合14:37→新見16:00

キハ120-342(岡オカ


備後落合駅のこの時間帯は木次線と合わせて3方面の列車が同時に停車しており、まさにゴールデンタイムである。
いずれも当駅での折り返し運転で、各線とも少ない列車を効率的に乗り継ぐには大変好都合なので乗り換え客で賑わう。しかし18きっぷ期間中以外は閑散としているのだろうが…。

芸備線の三次行き359Dと並ぶ新見行き444D(画像右)。いずれもキハ120の300番台の単行だが、担当する車両基地(鉄道部)が別々なのでカラーリングも異なる。乗り換え時間が短いので誤乗に注意を払わねばならない。無人駅なので車両前面の行先表示と車外スピーカーからの案内音声が頼りだ。
同線は当駅で運転系統が完全に分断されており、全線を直通する列車は1つもないが、かつては急行『たいしゃく』が広島へ直通していた(備後落合~新見間は普通列車)。
この芸備線のうち、備後落合~東城間は列車本数が1日3往復しかないのもさることながら、輸送密度がなんと一桁の「8」(2015年)という超閑散路線なのである。同じ路線名でありながら都市近郊路線である広島~狩留家間が9000を超えるので、凄まじい落差だ。参考までに、JR北海道で廃線となった江差線(木古内~江差間)は41(2011年)で、同社の現存する路線で最も少ない札沼線(学園都市線)の北海道医療大学~新十津川間が79(2015年)なので、如何に乗客が少ないかを物語る。まさに『廃線危惧レッドリスト』にリストアップされる区間だ。従ってこの区間も乗っておきたいと思い、ルート上に組み入れた。




444Dの乗客も約30人程乗っており、木次線1449Dで見た顔ぶれも多く、中には若い女性もいた。地元客はほとんどいないようで、乗り鉄専用列車の感がある。
やはりボックス席は埋まっているので今回もロングシートに座る事となる。


この芸備線も木次線同様、限界集落を縫うようにして走り、30㎞/h前後の速度制限区間も多く、急曲線も相俟ってノロノロ運転を余儀なくされる。





備後落合を出て1つ目の駅・道後山。6.8㎞の距離に対して15分も要している。
当駅から2つ先の内名と合わせて、いわゆる『秘境駅』の1つに数えられている。




高梁川水系の成羽川(なりわがわ)。小奴可から東城まではこの川に沿って走る。
備後八幡~東城間にて。




広島県内で最後の駅である東城に着く。急行『たいしゃく』の愛称の元となった帝釈峡への下車駅であるが、さらにバスで28分を要するので鉄道利用で来る観光客は少ないのであろう。
ココから数名の地元客が乗ってきて、座席はほぼ埋まった。




芸備線の起点である備中神代。0キロポストが見える。
列車は伯備線に入り、終着新見を目指す。




伯備線の駅でありながら、芸備線に直通する列車しか停車しない布原。
SL時代はD51の3重連を撮るのに多くの撮り鉄が集まった。




約1時間半の旅を終えて、終着新見に到着。この後、381系特急『やくも17号』に乗り換えるのだが、以降は次回にお送りさせて頂く。


以下、次回に続く。
Posted at 2017/02/12 22:59:20 | コメント(0) | トラックバック(0) | 鉄&バスネタ | 旅行/地域
2017年02月04日 イイね!

2017新春乗り鉄旅①

2017新春乗り鉄旅①今回から数回に分けて、1月1日元旦から4日の間に各地を巡ってきた乗り鉄旅を紹介させて頂きます。本来ならば1月上旬にアップしたい処でしたが、諸事情によりみんカラどころではない日々が続いたため遅々として進まず、結局2月に入ってしまいました…。




今回の旅行は、国鉄が民営化されてJRが発足したのと、私自身の乗り鉄歴が共に30周年になるという事でその記念旅行として企画し、2018年3月いっぱいの営業で廃線となってしまうJR西日本の三江線と、一般が乗れる唯一の寝台列車となったサンライズエクスプレスに往復乗車する事を軸に昨年の秋頃から計画を練り、まとまった休みが取れる正月に実行してきました。

私自身、JR化以降は北海道の鉄道ばかり目を向けていたのですが、ここ最近は道外の鉄道にも興味を持ち始め、生きているウチに日本全国の鉄道を完乗したいという思いが芽生えて参りました。そんなワケで、今乗っておきたい路線や車両を幾つか押さえてルート上に組み入れた旅行を思い立ったのです。

今回の旅のポイントとして…

①…往復サンライズエクスプレス乗車(往路は出雲で帰路は瀬戸)
②…中国山地のローカル線巡り(木次線、芸備線(一部)、三江線)
③…国鉄特急型の生き残りで元祖・日本における振り子式特急381系『やくも』乗車
④…四国1/4周乗り鉄で気動車特急3形式(185・2000・N2000)乗り比べ
⑤…秋田新幹線『こまち』初乗車
⑥…秋田内陸線『犬っこ列車』と花輪線に乗る


ちょっと欲張り過ぎてしまいましたが、短い日程という事もあって新幹線や特急列車の乗車比率が多い旅となっております。

それでは、旅の様子をご覧ください。いつもながら長~いブログですが、最後までお読み頂ければ幸いです。


第1日目・1月1日【札幌からサンライズ出雲乗車まで】


札幌は珍しく穏やかな元旦の朝を迎えた。ただ、曇り空で初日の出を拝む事はできなかった。
自宅で家族と共におせち料理をつまみ、正月気分もそこそこに旅支度をする。元旦位は家でのんびりしていたい処だが、今回の乗り鉄旅は『サンライズ出雲』のチケットを取る都合上、帰省とUターンの狭間のため少しでも有利な元旦出発に設定したのであった。

元旦早々からの乗り鉄は15年振りだ。その2002年、JR北海道から発売されていた元旦と2日の2日間のみ有効だった『新春特割きっぷ』というJR北海道全線乗り放題乗車券を利用し、実家のあった網走をスタートして釧路、札幌、函館、稚内、富良野、新得と各地を乗り歩いてきたのであった。期間内は特急の普通車指定席に乗り放題(しかも指定券の枚数制限もなかった)でありながら¥10,000という超破格の価格設定だったという事がウケて、多くの乗り鉄や帰省客に利用されていた。

最寄り駅から乗った最初の列車は731系6連・G106+105の548Mで、旅のスタートにこんな電車というのは少々気が滅入る。オールロングシートなのは仕方ないにしても、この731系のシートはクッションが薄っぺらくて座り心地はあまり良くなく、転換クロスの721系や最新の733系と較べると見劣りするのは否めない。

10:33に札幌に着く。隣の8番線にはこれから乗るキハ281系『スーパー北斗10号』が既に入線済みだった。



【第1ランナー】
千歳・室蘭・函館線 10D スーパー北斗10号 
札幌10:44→新函館北斗14:10

~編成表~(太字は乗車した車両)
(①②④⑤は普通車指定席、③はグリーン車、⑥⑦は自由席)
①キハ281-4②キハ280-107③キロ280-4④キハ280-104⑤キハ280-1⑥キハ280-901⑦キハ281-1 ※すべて函ハコ






元旦早々、スーパー北斗は混んでいた。15年前のこの日に乗った時も上り函館行きは混んでおり、ほとんど満席状態で隣の客がいる状態では息が詰まる旅路だった。『新春特割きっぷ』の効果もあったのだろうが、この札幌~函館間は特に混み合っていた。

それでなくても、インバウンド客のお陰で札幌~函館の日中を走る特急は常に混雑するようになった。この『スーパー北斗10号』も例に漏れず、大きなキャリーケースを携えた中華系旅行者が目立つ。混み込みする普通車を嫌って私はグリーン車1人掛けの切符を押さえていた。
札幌を発車、車内放送で車掌が「本日の指定席は満席です。お席の変更はできません」と告げる。忙しい世の中で正月休みが短いからなのか、正月に対する国民の考え方が変わってきたからなのか元旦から移動する客は多い。私が乗っているグリーン車も、2つ目の停車駅・新札幌で全ての席が埋まった。




今回使用する乗車券の1枚目と『スーパー北斗10号』の指定券。
ルート上、トクトクきっぷの類は使えないので乗車券はできるだけ片道の最長距離で発券して頂いた。経由地があまりにも多いため、印刷しきれない分は手書きにて表示している。



苫小牧から太平洋側に出る。私の席は海側で押さえていたが、残念ながら時折日差しが見られる程度で雲が多い。



洞爺を過ぎて『日本一の秘境駅』の称号名高い小幌を一瞬で通過、さすがに誰もいないかと思いきや、元旦早々撮り鉄に勤しんでいる男の姿が見えた。




長万部は駅弁『かにめし』が有名だが、製造元は残念ながら元旦という事で休業日だった。車販でも列車にもよるが到着1時間前までアテンダントに注文しておけば買う事ができるのだが、他の乗客とのやり取りで「今日はお休みなんですよ… 」というのを耳にし、諦めたのであった。




八雲を過ぎて森近くになると駒ヶ岳が見えてくる。その麗姿、やはり山頂は雲が多くて見る事はできなかった。


(森を過ぎ、姫川付近の駒ヶ岳)




大沼公園では多くのインバウンド客が自由席車の乗車口に列を成していた。相変わらず同駅~函館の短区間だけ特急に乗る乗客は後を絶たない。2013年夏に起きた183系車両炎上事故による減便期間中はとにかくパニックであったと聞く。大沼公園折り返しの普通・快速列車を設定する事は出来ないものか。




14:10、北海道新幹線の乗換駅である新函館北斗に着いた。




【第2ランナー】
北海道・東北新幹線 9028B→3028B はやぶさ28号
新函館北斗15:35→東京20:04


(固定編成に付き編成番号のみ表記)
はやぶさE5系10両U21編成(仙セシ⑨E515-21
盛岡よりこまちE6系7両Z6編成(秋アキ)を後部に併結

実は、北海道新幹線に乗るのは2度目だ。
しかも、開業2日目の昨年3月27日の事で、前回のブログはあまりにも急ごしらえだったのでその事を入れるのを忘れてしまっていたのだ…(汗)。
なぜ乗ったのかというと、JR北のツインクル旅行商品を利用して『東京ディズニーランド®』へ家族旅行した際の足として往路だけ乗ったのである(復路はJAL機)。車両は残念ながらH5系ではなく、東日本車のE5系であった。

乗り鉄や撮り鉄の身にしてみれば、新幹線は憎き存在だ。かつてSLを駆逐したディーゼル機関車がファンに憎まれたように、新幹線の開業や充実に伴って寝台列車が次々と失われていく羽目になったのだから。
もしも、『北斗星』など札幌発着の寝台列車が今でも残っていたならば必ず行程に組み入れていた。
しかし、青函トンネルを越えて北海道~本州を鉄道で移動するには今や新幹線しか選択肢がない。あくまでも、移動の手段として割り切るしかない。飛行機(に乗る事が)嫌いの私は、それに乗る位なら新幹線のほうがよっぽどマシである。

その北海道新幹線の当面の終着駅・新函館北斗に約9か月振りに降り立つ。前回乗車した時は乗り換え列車までの時間が短かったため駅をじっくり見て回れなかったのだが、今回は時間がたっぷりある。





本来、『スーパー北斗10号』に接続するのは14:44発『はやぶさ26号』であるが、定時運転が身上のJRも例のトラブル続きで最近は信用ならず、時期的に雪の問題もあるので『サンライズ出雲』に確実に乗るために多少の遅れも考慮した行程を組んでいた。そのため1時間半近く空いている。

ひとまず駅前に出てみた。駅の隣ではホテルが建設中で、もうすぐ完成のようだが、他にはレンタカー会社の営業所が店を構えるだけでコレといった商業施設は建っておらず相変わらず寂しい駅前風景だ。




立派な外観とは裏腹、駅の中身としては比較的簡素だと思う。もともと『渡島大野』という小駅だった当駅、新幹線の開業後は在来線への乗り換え駅という役目が大きいという事もあり、駅ナカ商業施設もなく、キヨスクも改札外は小規模なものがあるだけで、改札内の店のほうが充実している。

それでも1階には『ほっとギャラリー』という多目的スペースがあり、そこには駅の所在する北斗市にちなむ『北斗の拳』のケンシロウの像が。




そのギャラリー内には臨時売店が出店しており、この後新幹線車内で食べる弁当を購入。




しかし、駅舎内にあまり見どころがないため結局時間を持て余す事になる。駅舎2階の展望デッキで先発の『はやぶさ26号』を見送り、その後ホームに降りる。

今回乗車する『はやぶさ28号』、本来ならば新青森発なのだが、多客期は北海道新幹線を延長運転して新函館北斗からの始発となる。つまり列車番号も延長区間は9000番台が振られている。車両は残念ながらH5系ではなくJR東日本が保有するE5系による運用だ。JR北海道が4本保有するH5系のうち2本は予備車及び青函トンネルでの異常時における救援車として車庫で常に待機しており、そのためにわざわざ車両を保有しなければならないのは実に非効率だ。






この列車もグリーン車の指定券を確保してある。今回の旅で、基本的に乗車時間が3時間以上になる昼行列車はグリーン車に乗る事に決めていた。閑散期なら普通車でも十分なのだが、隣の客の存在はストレスに繋がるので…。





新函館北斗を出発、遠くに函館山が見える。しかし、車両の高さまで防音壁が設置されている区間も多く、あまり景色は楽しめない。それでも北海道新幹線に乗るならA席のほうがお薦めだ。函館山もそうだが、青函トンネルを抜けて本州側へ出ると遠くに陸奥湾を望める区間があるからだ(ちなみに今回乗車したのはD席)。





青函トンネルに入り、買っておいた駅弁を食す。
新函館北斗駅は函館駅の『みかど』と八戸駅の『吉田屋』の2社が駅弁を販売しているのだが、今回購入したのは後者の『北海道 肉敷き牛ステーキ弁当』。
肉好きにはたまらない逸品だが、温かい状態で食べられないのが惜しい処。




新函館北斗からのグリーン車は3割程度の乗車率ですいていたが、次の新青森から隣のC席に乗客の若い男が座ってくる。

既に夕刻で外の景色も望めないので、この旅のために買っておいた宮脇俊三の『最長片道切符の旅』を読みながら過ごす。本書はまさに乗り鉄のバイブルだ。ただ、それに書かれている旅を実行された40年程前とは鉄道事情が一変してしまい、当時と同じルートで乗り歩くのは不可能になってしまった。しかし、いつか私も事情が許せば『最長片道切符』での乗り鉄をしてみたいと思っているのだが…。

盛岡では6分停車し、E6系の秋田新幹線『こまち28号』を後部に併結。17両の長大編成で東京へ向かう。






新函館北斗を発車して約4時間半の20:04、終着の東京に到着。
さっそく車内清掃が入り、折り返し新青森へ向かう最終列車『はやぶさ35号』となる。




【第3ランナー】
東海道・山陽・伯備・山陰線 4031M サンライズ出雲
東京22:00→出雲市9:58

(固定編成に付き編成番号のみ表記)

イモI3(①~⑦サンライズ瀬戸)+海カキI4(⑧~⑭サンライズ出雲)⑪サロハネ285-3001

いよいよ、お待ちかねの『サンライズエクスプレス』だ。今や一般が乗れる最後の寝台列車となったのだが、『走る旅のテーマパーク』的存在だった北海道直通寝台列車と比較すると旅情が薄れてしまうのは否めない。この『サンライズ』の運行主体であるJR西日本は、豪華列車『トワイライトエクスプレス瑞風』とは別に一般人でも気軽に鉄道の旅を楽しめる列車を企画するというが、果たしてどんな列車になるのだろうか。かつての『トワイライト』や『北斗星』のように乗るだけでワクワクするモノを期待したい。


(東京駅八重洲口)


(コチラは丸の内口)




先に食料を調達すれば良かったのに、↑の写真を撮りに行ったせいでその間に地下の店舗は軒並みラストオーダーになってしまい、あちこちウロウロした後に結局『駅弁屋 祭』で調達する事になるのだが、夜遅いからなのか正月だからなのか、私の好むような駅弁がなくてお寿司系や魚介系の駅弁ばかり残っている。それでも、日本最東端の駅弁である厚岸(根室線)の『かきめし』がラインナップされているのには驚いた。
私は高崎の『だるま弁当』を買ってホームに出る事にする。




ホームに上がると既に『サンライズ瀬戸・出雲』は入線済みだった。






今回乗車するのは『サンライズ出雲』。



途中岡山まで併結される『サンライズ瀬戸』は、この1日発は土讃線の琴平まで延長運転。ちなみに瀬戸号は帰路に乗る事になっている。




出雲編成はJR東海保有の3000番台が充当。瀬戸編成はJR西日本保有の0番台だ。
今回の旅は、九州を除くJR旅客5社の路線を利用する事になるのだが、東海に関しては『サンライズエクスプレス』で通過するだけなので途中駅での乗降は全くない。せめて車両だけでも…と思っていた処だったので、いちおう同社のお世話にはなる。




今夜のお部屋、シングルデラックスの26番。
ナンダカンダ云いながらも、やっぱり鉄道の旅は個室寝台に勝るモノはない。
寝台券の取りやすさを考慮したため禁煙室ではないものの、タバコ臭さは全く感じないのでむしろ禁煙指定しなくても良いのかも。



さすがA個室だけあって、なかなか贅沢な室内空間。床面積はあのロイヤルよりも広く、独立した洗面台はサンライズならではのアドバンテージ。




シングルデラックスはアメニティセットも完備。同梱されているシャワーカードで車内に設置されているシャワールームを利用できる。
(結局アメニティは勿体なくて記念に取っておいてある)




このシングルデラックスの寝台券は、札幌市内の某駅で10時打ちしてゲットした。「1人用個室のどれか」でお願いしていたのでシングルが取れれば良いほうだと思っていたのだが、4種類すべてのバリエーション(他にはシングルツインとソロ)が取れてしまい、せっかくなので最上級のシングルデラックス以外は放出したというワケ。『北斗星』の10時打ちは散々だったが、さすがに『サンライズ』は廃止の予定もない事から切羽詰まった状況ではないようだ。
ところで乗車券だが、伯備線の分岐点である倉敷で下車するワケではなく、三江線を含めた一筆書きルート上でダブる倉敷が着駅となっているのである。詳細は追って説明するとしよう。




1つ目の停車駅である横浜を過ぎると、いよいよ私にとっての未乗区間の旅が始まる。東海道線の大半の区間を走行する事になるのだが、京浜東北線や横須賀線、そして美濃赤坂支線などの別線や支線があるため今回は完乗できない。さらに云えば平行する東海道新幹線も『東海道線』の別線扱いなのだから…。

この辺で東京駅で買った『だるま弁当』を開く。山菜中心の弁当なのだが、残念ながらオカズになる食材が少なくて私にしてみれば物足りなかった。




遅い夕食を済ませ、夜の車窓を眺める。
列車は既に相模灘(相模湾)が見られる区間を走行していた。ベッドの上から夜の海を眺めるのも悪くない。特に根府川付近は見晴らしが良く、改めて昼間の列車からも眺めてみたいと思った。
(走行中はブレてしまうので写真は敢えて撮っていない…)


ところが…列車が静岡県に入り、熱海近くのトンネル内で緊急停車。信号待ちなのか詳細は不明だが、数分停車の後再び発車した。
程なく熱海に停車。伊東線の乗り換え駅だが、伊豆急の電車も乗り入れている。隣の線路には元東急の電車が、翌朝の運用に備えて眠っていた。



シングルデラックスは2階席なので天窓から星空を望める。
この熱海停車中に、冬の星座オリオン座の撮影に成功した!




熱海を過ぎるとJR東海の管轄となり、難工事だった丹那トンネルに入る。
このタイミングでA個室用のシャワールームを利用する事にしよう。
臨時『北斗星』のロイヤルで列車内のシャワーは体験済みだが、共用シャワールームを利用するのはコレが初めてだ。



シャワーカードのお湯の出る時間は6分間だが、頭と身体をひと通り洗い、ボディスポンジをすすいでも結局1分近く余った。しかし髪の長い女性はすすぎの時間が足りず、ちょっと厳しいかもしれない。




身支度を済ませて個室に戻る。
所定では0:20静岡に到着するのだが、熱海手前の緊急停車の影響もあって10分位遅れていた。
さすがにもう遅いので、この辺で寝るとしよう。
(画像は静岡発車時。奥にはN700系新幹線車両が夜間滞泊中)



~以下、次回へ続く~














Posted at 2017/02/04 16:08:07 | コメント(0) | トラックバック(0) | 鉄&バスネタ | 旅行/地域
2016年12月31日 イイね!

今年もいろいろな所へ行きました。(乗り鉄篇)

2016年最後のブログ。
去年に続き、今年は乗り鉄しまくりの1年でしたね…。
その分クルマ趣味は抑え気味でしたが(汗)。

というワケで、今年の『乗り鉄』をまとめて紹介します。
乱文乱筆(?)どうかご容赦くださいm(__)m


その①
去年惜しくも消えてしまった『北斗星』の後、唯一残っていた札幌~上野の寝台特急『カシオペア』。結局北海道新幹線開業を機に一般運行を廃止してしまいましたが、チケットが乗車2日前に手に入り、1月30~2月1日の間に急遽弾丸ツアーを敢行してきました。



上野到着後、大宮の鉄道博物館を見物、そして東北新幹線『はやぶさ』~急行『はまなす』で帰路に就きました。コレもカシオペアと同じく廃止の運命となってしまい、B寝台車に乗る事も本当に最後の体験となりました。





その②
『オホーツク流氷ノロッコ号』が機関車の老朽化のため’15~’16の冬限りで廃止となってしまうという事で最終日の2月28日に網走へ出て知床斜里まで往復乗車してきました。このシーズンはあまり流氷が見られなかったとの事でしたが、運良く(?)車窓から流氷を見る事が出来て、まさに有終の美を飾りました。




その③
3月ダイヤ改正で廃駅となった石北線の『白滝シリーズ』3駅を巡る旅として列車とレンタカーを組み合わせた旅に出ました。





その④
5月1日に宗谷線の特急『スーパー宗谷』と『サロベツ』で札幌から稚内を往復する旅に出ました。この宗谷線特急、来年3月のダイヤ改正で1往復を除いて札幌への直通を廃止される事が決まってしまいました。






その⑤
12月4日限りで廃止となってしまった留萌線・留萌~増毛間の最後の夏という事で7月と8月の2回、車窓から夕日を見るために乗り鉄してきました。








その⑥
以前紹介した道東乗り鉄旅。コチラは独立したブログ記事がありますのでお時間のある方はどうぞご覧ください。




その⑦
11月3日、地元の同意が得られて数年後の廃線がほぼ決まった石勝線の新夕張~夕張間の夕張支線を乗りに行き、その後3月ダイヤ改正で廃駅となる千歳線の美々駅にも行きました。






その⑧
11月23日、普段キハ54だけの留萌線にキハ40の臨時列車が走るという事で乗りに行きましたが、この日から国鉄色が増毛方に連結されるようになり、留萌~増毛間の最後に彩りを添えてくれました。真冬並みの寒気のせいで大雪が降ったのですが、最後の冬の姿も見る事が出来たのはちょっとラッキーかも?




その⑨
留萌~増毛間の最終日12月4日は本来行かないつもりだったのですが、家族から「行ってきたら?」という甘い誘惑で結局行く事に。増毛発の正真正銘、最終列車に乗るつもりでしたが、最終の1本前が増毛に到着した時点で最終列車目当てでものすごい行列が出来ており、結局断念してそのまま1本前で引き返してきました。




本来ならばそれぞれ独立した記事を立てたかったのですが、結局こんなカタチとなってしまったのは残念であります。来年はもう少しみんカラに時間を割く事が出来たら良いと思っております。

その来年…実は明日から、私の乗り鉄歴30周年という事で記念旅行に出掛けてきます。メインは『サンライズエクスプレス』と三江線に乗る事ですが、詳細は帰ってきてからブログで紹介していきたいと思いますので宜しくお願いします。



それでは皆様、よいお年を!
(何とか2016年中に間に合った…!!)
Posted at 2016/12/31 23:50:35 | コメント(0) | トラックバック(0) | 鉄&バスネタ | 旅行/地域

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