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ラスト サンバーのブログ一覧

2017年09月01日 イイね!

お陰さまで墜落事故から5年間生きることが出来ました。

お陰さまで墜落事故から5年間生きることが出来ました。


平成24年8月27日に惹起した北アルプス・ジャンダルム南尾根・畳岩尾根の頭からの150m墜落事故からはや5年間が過ぎました。

事故に際し、救助に来てくださった長野県警航空隊の皆さま、救急救命収容先の松本市相澤病院の方々、 事故現場に居合わせて警察署との連絡を繋いでくださったみなさま、そして、2年間入退院を繰り返した私を迎え入れてくださった職場の皆様に改めてこの場をお借りしてお礼を申し上げます。





上図は長野県警ホームページに掲載された私の事故の現場画像です。

通常、150m墜落すると四肢と頭部を切断し、即死状態だということで、奇跡的に切断箇所も無く、救出された私はヘルメットを着用していたので致命傷を負わなかったということになり、この事故がきっかけになり以降、北アルプスはヘルメットの着用が義務付けられました。

この画像は北アルプスの各小屋に掲示されていますので、ご覧になられた方もおられると思います。



こちらが私が墜落した現場・畳岩尾根の頭です。

本来なら尖った上部に進路をとるところを、左側から大岩を巻いてしまい、乗りかかった裏側の岩が剥がれてしまい、岩ごと150m墜落してしまいました。



こちらは、現場に居合わせ、救助要請してくださった方が送ってくださった、墜落して岩に挟まり動かない私(矢印)を、長野県警航空隊のヘリコプターが救助に来たくださったシーンです。



撮影角度の関係から傾斜が無いところの様に見えますが、周辺の山々と比較していただければその傾斜が45度をゆうに超えることがお判りいただけると思います。

こんな危険な場所にヘリコプターを進入させ、下降してくださった隊員の方には決して足を向けて寝れません。
隊員の方の命も危険にさらしてしまい、本当に申し訳ございませんでした。



こちらは墜落後2週間が経過し、大阪の病院に移送された日の私です。
2週間が経過しても40度の発熱が続き、酸素吸入なしでは生きることが出来ませんでした。

大阪の病院のドクターは、困難を極める私の手術を13人の同僚ドクターに根回しして受け入れてくださったと、入院中の看護師さんが教えてくださいました。

もしこの時点で受け入れ先が見つからなければ私の左脚は切断せざるを得なかった訳ですが、幸運に恵まれた次第です。



そして、3ヶ月後には車椅子に座れるようになりました。



こちらは恐怖の人間洗車機。。



やがて順調に回復し・・・





4ヶ月後には松葉杖で無事退院することができました。

本当は48歳で終わっていた人生。。。



そしてここから改めて出発し、5年間が経過しました。。

今では普通に生活し、朝起きて仕事に向かい、夜帰ってきて寝る生活が、なんて幸せであるのかと思えるようになりました。

あの事故から人生観がスッカリかわってしまいました。



もうこの景色を見ることは出来ないのですが、
長野県の方々には本当にお世話になりましたので、「乗り鉄」や「ドライブ」で今後も長野県の素晴らしいところを訪問しようと思います。


最後に改めて申し上げますが、本当にありがとうございました。

そして本当なら平成24年の8月24日のブログ以降、「みんカラ」も主の死亡により更新されることなく埋もれてしまう筈でしたが、再開後の私の日記を懲りずにご覧いただいている皆様にも改めて感謝いたします。

今後も末永くよろしくお願いいたします。

以下は墜落時の様子を綴ったブログです。

  ↓  ↓  ↓



2012年11月21日 イイね!

墜落の瞬間と命を守ってくれた装備品

墜落の瞬間と命を守ってくれた装備品平成24年8月27日月曜日午前7時00分・・・

天候・・・快晴・・・

気圧・・・上昇傾向

気温・・・12℃







念願のジャンダルムの3度目の登頂を果たした私は西穂高岳方面へ下山すべく切り立った岩稜線の上を歩き出した。。





思い起こせば前回の登頂から既に15年・・・登りばかりに使っていた見覚えの有るルートをそれまで来た時とは逆方向に進んでいることになる。

15分ほどの歩行で「コブ尾根の頭」にさしかかる。
穂高縦走ルートでは珍しく10人位が休憩できそうな少し広いところだ。
休憩したいところだが、先の状態が読めないのでここは前進を続けることにした。
(ここで後にレスキュー要請をしてくれた九州のベテラン登山家5人組を追い抜く)



少し歩いた「畳岩尾根ノ頭」付近では一瞬ルートを見失うが、ここは誰かがペンキで丸印を書いてくれた方向へ進路を取る。。

しかしそのルートは3分も歩くと崩落しているのが判明。。

困って立ち止まっていると、ふとそこが15年前に5名のパーティーで来た時に濃霧の中で道に迷ってしまった地点である事に気が付いた。。



あの時、私と後輩は濃霧によるホワイトアウトの中、危険な稜線を手探りで四つん這いになりながら忠実に辿ったのに対し、ベテランの先輩は少し信州側の巻き道をヘッドランプを灯しながら悠然と歩いて往なしていた事を思い出した。

今、私が居るのはその先輩が歩いていたルートだ。


稜線に戻るのも面倒だし先ほど追い越した後続パーティーも私の直ぐ後ろに付いている。


なんとなく後退する気分になれず、前方を暫らくよくルートハンティングすると、20m程北側に岩壁をトラバースすれば継続して歩行可能なトレース跡に出る事が判明。

ガレと巨岩が混じる急斜面を迷わず私は北側に水平移動を開始した。




10mほどガレ岩を越え、自動車くらいの大岩に足を掛けて2~3歩トラバースしたところで、なぜだか急に目眩の様な感覚に襲われた。




睡眠不足か・・・・



最初はそう思った。



次の瞬間、向こう側に居たパーティーの姿が見えなくなり、代わりに青々として晴れ渡る大空が目に写った。




しまった!!!!!!



こう思った時は既に手遅れだった。。

乗りかかった巨岩が今まさに斜面から剥がれ落ちようとする瞬間だった。





咄嗟に20年以上前の若かりし頃に読んだ「墜落」という記録本の一節が頭を過ぎった。



「剥がれた岩に乗ってしまったらとにかく岩の上へ回りこめ。」


記録本の一節の通り、私は岩の裏側へ回り込もうとするが地球の引力がそれを許さない。。




「うおおおおおー」




叫びにならない声と共に始まる墜落。




もがいているうちに7mの垂直落下。




着地の瞬間、背中に鈍い衝撃を感じ、同時に空中にバウンドする。


どうやら最初の着地は巨岩の下敷きにならずに済んだ様だ。

そこから45度以上の急斜面を転がり落ちるに身を任せる。。





目から見える情報はただ・・

岩場の風景→青い空→岩場の風景→地面→岩場の風景→青い空の繰り返し。



「転がり始めたら必死で身体を止めろ。穂高の斜面は下へ行けば行くほど急になるので身体が止まらなければそのまま奈落の底だ。」



また記録本の一節が頭を過ぎる。

私は声にならない声を発しながら地面が目に入った時には必死でガレ岩につかみかかる。。




ガツン、ガツンとヘルメットに岩が当たり、頭が振られるので顎を思いっきり引き締める。



「ヘルメットが10回衝撃するまでに身体を止めよ。」


そんな記述も思い出す。



5回、6回・・・・・妙に冷静に衝撃の回数をカウントしている自分が居る。




こんな状況がどれくらい続いただろうか・・・


大きな衝撃を受けたと思った瞬間、身体は空中に投げ出され、目の前一面、大空の下に霞沢岳の尾根筋と上高地の俯瞰風景が飛び込んで来た。。



私は鳥になった。



今までに見たことが無い程の美しい景色だ。

今、自分が直面している状況にはあまりにも不釣り合いな景色だ。

かなり長く感じる時間だった。

この時、私の脳裏に「死」と言う言葉がはっきりと、確信的に思い浮かんだ。






しかし、心のどこかでは絶対に死ぬまいと思ってたから全身にさらに力が入り身体が岩の様に硬くなった。



次の瞬間、身体がバラバラになったかと思うほどの凄い音と衝撃と共に着地し、暫くまた斜面を転がった




どれくらい転がったのだろうか、ハッキリした意識の中で自分の身体が巨岩群に塞き止められ、岩の間に挟まり、静止するのを確認した。。
(後の警察発表で150m墜落したことが判明)




不気味なほどの静けさ・・・


素晴らしいほどの快晴の下、澄み渡るアルプスの美しい景色が見える。




自分が生きているのか死んでいるのかが判らない。

あれだけ衝撃を受けたのに身体の痛みすら全く感じない。

自分の生死を確認するのが怖い。。




そこへ静寂を破る様に上部から人の大声が聞こえた。


「生きてるかぁぁ」



私に対する問いかけだ。


遂に私自身の生死の確認の時が訪れた。。。

声が出れば生きている。。

お腹に力を入れて・・・


「いきていまぁす!!!!!!!」

自分の大声に驚いた。。

生きていた。生きていたのだ。









以上が墜落の瞬間です。

以下は今回の墜落事故で私の生命を守ってくれたグッズです。




ヘルメットです。

これはカヌーを購入した時に茂ちゃん先輩からプレゼントされたものです。

それまでは本格的な仕様の物を使わず、安モンの工事用ヘルメットで代用していましたので、そのままだと死んでいたかも知れません。。

赤い矢印の箇所にえぐれた傷跡が生々しく残ります。

茂ちゃん先輩、本当にありがとうございます。




次にgoroの革製登山靴・・・

東京でオフ会に初めて参加した時に、BU04さんに案内してもらって巣鴨の革登山靴専門店でオーダー製作したものです。

担ぎ込まれた病院の先生が、「革製のハイカット靴じゃなかったら、あなたの足首は吹っ飛んでいたはずです。」って言われました。

この靴にも擦り傷が沢山ありました。

あの時、東京に行かなかったら・・・・・。




そして縦長のザック

岩場の歩行では荷物が岩に引っかかって転落する事故も多発するので、ザックは縦長の物を選びました。

墜落時の脊髄保護も考えて、脊髄に沿って荷物を縦長に積み込みます。

これのお陰で脊髄損傷に至らずに済みました。




そしてその後、様々な人の助けを借りて生存する事が出来、今こうして生活できている事に感謝しています。

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