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ラスト サンバーのブログ一覧

2018年02月20日 イイね!

90歳の古豪チンチン電車と戯れる(その1)

90歳の古豪チンチン電車と戯れる(その1)


大阪の恵美須町と天王寺駅前から、堺市の浜寺公園へ至るチンチン電車・阪堺電気軌道さんに製造後90年も経つ古豪電車が冬季だけ運行されているということで、もう余命いくばくもないだろう、この電車に乗ってきました。。




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スタートは地元の駅から早朝に南海さんの6000系急行電車に乗車。。。


こちも製造後55年を経過した古豪電車です。。



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車内は片開きドアで、窓も2段上昇式。


72両が製造され、今でも全車両廃車になることなく残存しているという奇跡の車両です。



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堺東駅で各駅停車に乗り換えて、我孫子前駅で下車。

阪堺電気軌道さんのあびこ道電停に向かいます。



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15分ほど歩くとあびこ道電停に到着しました。


折しも浜寺公園行のチンチン電車が発車していく場面でした。。

チンチン電車の踏切らしく、遮断機と遮断桿がありません。。



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そして直ぐ南側にはこのチンチン電車唯一の車庫があり。。。。

浜寺公園行きが去っていくと。。。



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居ました居ました!

モ161型!



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近代的なマンションに囲まれた風景の中、昭和参年生まれで90歳の古豪電車が佇んでいました。



7時13分の出庫であることは既に調査済み。。

間もなく入線してきます。。



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そしていよいよ、古豪電車が動き出します。。



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威風堂々の入線です。。



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そしていよいよ乗車!


この電車、冬季のみの運行とされている最大の理由は、冷房装置はおろか、扇風機すら装備されていないご覧の様な古典的な車内であることです。


シートがえんじ色から明るいオレンジ色に変更されていますが、私は以前のえんじ色のほうが好きでした。。



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カーテンは装備されておらず、ご覧の様な鎧戸式の日除けが備えられています。。


最近の車両だと、この様な指を怪我する恐れのある構造は採用されることはありません。


あえてそれがこの現在に残されていることが奇跡です。。



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鎧戸を上げるとこんな風になります。。


ワンマン化された時に取り付けられた降車ボタンも今となってはかなり古典的です。


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製造は昭和参年・神戸川崎車輌會社謹製

もちろん、日本最古参の旅客営業用電車です。。


この車両は私が0歳~4歳の時まで住んでいた平野区内を走っていた平野線(昭和55年廃止)でもしばしば運用されていて、天王寺の近鉄百貨店へ買い物に行く際、母親に手を引かれてよく乗車したものです。。


母親の生まれた年の同じ昭和3年製造なので、この電車に乗るとなんだか亡き母親に会うことが出来たように思います。。


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真鍮製の握り棒。。



幼くて小さかった私は母親に見守られながら、外の景色を見ようと必死でこの握り棒に掴まろうとしますが、最下段に掴まるのが精一杯。。。


母親は「ごはんいっぱい食べて早く大きくなったら、一番上の棒にも届くよ。」ってにこにこ笑いながら言いましたが、一番上の棒に掴まることが出来るようになった頃には

もう母親が他界して居なかったことが今となってはとても悔やまれます。。



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柱にはとてもほのぼのとした標語が。。。



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ドアの表記も昭和時代なフォントです。。



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装飾品もアンティークですね。。



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この日は御覧の1日券を購入しました。

1回の乗車が210円ですので、3回乗り降りすると元が取れます。。




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チンチン電車なので、もちろん客室と運転の仕切りもありません。。



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幼少のころは運転士さんの横に立って、警笛や「チンチンチン」と鳴るゴングを踏ませてもらいました。。



おおらかな時代でした。。



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厳めしい古典的なA弁ブレーキハンドルです。



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車掌さんが乗って肉声で停車駅を案内し、扉の開閉を行っていた場所には古い電車には似つかわしくないICカードの危機が積載されていました。。



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さあ、いよいよ天王寺駅前へ向けて出発です。


普通の鉄道と変わらない専用軌道で、昭和38年製造のモ351型とすれ違います。

こちらの電車ももう製造後55年が経過していますが冷房が積載されていますので、年中運用されています。。



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おなじみの住吉大社前の道路との併用軌道を行きます。

最もチンチン電車らしいところですね。。



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そして住吉交叉で進路を上町線・天王寺側にとります。。


直進すればそのまま併用軌道を進んで恵美須町へと至りますが

天王寺行きはまた専用軌道へ進みます。



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南海高野線を越える神ノ木電停の上り坂では、モーターが重苦しい音になって止まってしまいそうな速度まで低下します。



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帝塚山四丁目~北畠間はまた併用軌道を走行します。


この辺りは私が5歳のころから26歳まで過ごした、一番思い出深い街です。。



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天王寺のタワーマンションを背景に、今度は昭和33年製造・還暦のモ502型がやってきました。。



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あべの橋へ買い物に行く子供たちも乗ってきました。。



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降車ボタンを押すと「つぎ・とまります」の赤いランプが点灯し、「顔なじみ今日も載ってる阪堺電車」の行灯等も点灯します。。



なんかいい感じだな~



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そんなこんなで、電車は天王寺駅前電停に到着しました。。



Y線型の1線両端式ホームです。

電車は折り返しあびこ道行きとなります。。



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折り返しの電車にすぐ乗車。。

浜寺公園方の標語は「笑顔ふれあいチンチン電車」です(笑)



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そうだ!

この電車に乗って、懐かしい私が通っていた中学校に行ってみよう・・・

って閃きました。。



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そして中学校のある北畠電停で下車します。。



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閑静な住宅街をチンチン電車がのんびりと走っています。。

この電車は市民を乗せてこの道をもう90年間も走り続けています。



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私が幼かった頃から全く変わらない風景!



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このチンチン電車の走る街並みが

私の心の中の原風景です。




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停留所のすぐ近くの校舎でチンチン電車の走行音を聞きながら授業を受けていたのが昨日のことのように思い出されます。。



校舎は新しいものに建て替えられていましたが・・・



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裏へ回ると私が学んでいた校舎も現存しており、一安心しました。。


続く。。。

2018年01月08日 イイね!

天皇陛下一般参賀&靖国神社初詣

天皇陛下一般参賀&靖国神社初詣

さて、そんなこんなでMT54型モーターの爆音を聞きながら1月2日に東京にやってきた訳ですが。。。

東京にはもうMT54型モーターを使用した電車は残っていません。。。


で、何が目的かという・・・・・・・


初の天皇陛下一般参賀。。。。


学生の頃は担任だった左向きの社会科教師の影響を受けて、天皇陛下のことを「天ちゃん」なんて言ってっていましたが、今から思うとあぁ恐ろしや~~


齢を重ねるに連れ、天皇陛下と国民の関係が理解できるようになってきました。。


戦後の教育って、いつまで経ってもマッカーサーの影響を受けたままで、天皇陛下と国民の事や、日本建国の歴史を全く教えないので、この手の事はじっくりと独学でもしないと本当に解らないままですよね~。


因みに私は「神道と天皇」から入りました。。。


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さてさて、難しいことはさておき、一般参賀は10時10分からなので、取り敢えず「乗り鉄」を続けます。。


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上野駅から常磐線快速電車に乗って、いちど乗ってみたかった関東の気になる私鉄に向かいます。。


この新型電車、床も灰色だし、ある意味この電車のほうが103系よりも無機質な社内かも知れませんね~。



松戸駅で緩行線電車に乗り換え、下車したのは馬橋駅!


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昭和の雰囲気を色濃く残した短いホーム。。。


そう!


営業距離がたった5.7kmの「流鉄」さん。。。。


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大都会・東京近郊にあって、昭和の匂いがプンプンします。。


そんなホームに西武鉄道さんから譲渡された2両編成の電車がやってきました。


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昭和57に落成した車両が、もうローカル私鉄に転用されています。。

関西ならまだまだ新車といったところなのですが、関東と関西の差を痛感します。。


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車内は私鉄の103系といった雰囲気。。。


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モチロン、運転台後ろのがぶりつき席に着席します。。

扉はステンレス地剥き出しですが、シートは茶色で暖色系です。。

走行速度は極めて遅いため、モーター音を楽しむことは出来ませんでした。。


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そして、やはり居ました萌えキャラ???


終点の流山駅まで行った後はすぐに折り返し、馬橋駅の次の幸谷駅が新松戸駅にかなり近いことを発見し、幸谷駅で下車。。。


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朝日に映える武蔵野線電車に乗って東京駅を目指しました。。。

(こんなに朝早いというのに、車内はディズニーランドへ向かう人々でラッシュ並みの混雑でした。。)


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大きな国旗を掲げた東京駅の威厳に感動!


最初は先に靖国神社初詣をと考えていましたが、未だ午前7時30分の段階で異様な雰囲気に圧倒されてしまいました。。。


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驚愕!  (;゚Д゚)


もう既に東京駅前から天皇陛下一般参賀へと向かう人の大行列が出来ていました!


心のどこかで、もしかしたら一般参賀には大音響の街宣車などが沢山来るのかと思っていましたが、ごく普通の人ばかりで、安心しました。。


そして並ぶこと約1時間30分で、ようやく手荷物検査。。。。


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かなり厳重に手荷物の中まで確認され、ペットボトルは飲むように催促されます。。


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そしてその後も、人の流れに身を委ねて前へ前へと前進します。。


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まさかこんなに多くの方々が一般参賀に来るなんて思ってもいませんでした。。


明仁天皇陛下に参賀できるのももう来年のお正月まで、

来年は大混雑だから今年に来ておこうと考えた方々も多いのでは。。。


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正門をくぐり抜けて、さらに前進。。


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いやぁ、それにしても凄い人です。


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そして、テレビでしか見たことのない宮殿へ。。。


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運良く真正面に陣取ることが出来ました。。


そして待つこと数十分。。。。。


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いよいよお出ましです。。alt



遠くて肉眼ではよく見れないので、カメラでズームアップおば。。


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私たちにお手を振ってくださっています。。


そしていよいよ本年の御ことば。。。。


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新年おめでとう。
皆さんと共に新年を祝うことを誠に喜ばしく思います。
本年が少しでも多くの人にとり,穏やかで心豊かな年となるよう願っています。
年の始めに当たり,我が国と世界の人々の幸せを祈ります。


いやぁ、実に良かった。。。


来てみるものですね~。


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御ことばの後は、次の人たちに場所を譲るために坂下門から全員一気に退出します。。


53歳にしていい経験が出来ました。。


そして次は。。。。


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東京駅から山手線に乗り恵比寿駅近くの東京写真美術館へ。。。

ここでは私が9歳(小4)の時に鉄道趣味以外で大きな影響を受けた写真家のユージン・スミス氏(故人)の生誕100年写真展が開かれています。

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当時、公害病として大問題となった「水俣病」・・・・

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「水俣病」に掲載されたスミス氏のこの画像と本文を見て、私は大きなショックを受け、以後岩波書店さんの公害関連本にのめり込み、読み漁りました。

これ一枚で「水俣」の全てを語る優れたジャーナリストの写真。。

今でも当時の公害関連本は後生大事に書斎にて保管しています。。

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上記はその一部の本で、1974年頃発刊ですので、既に黄ばみやシミが発生していますが、この頃にのめり込むととことんまで追求してしまう私の性格が形成されていったと思います。

スミス氏はそんな少年時代の私に大きな影響を与えたジャーナリストでありました。。

さて、東京写真美術館の次はいよいよ。。。

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靖国神社参拝です。。

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ここも凄い人、人、人で。。。。

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なかなか前へ進めません。。

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毎年1回は参拝していますが、いつかは初詣でという願いがようやく叶いました。。

そして最後は。。。

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中央線で神田へ出て。。。

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大手出版社の社長をしている中学時代の同級生と、正月2日から飲み会!

勉強した人としなかった人の超格差飲み会ですが、やっぱ幼なじみとの会話は愉快!

そしてなによりも女将さんが美人!

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(ブログへの顔出し掲出許可を得て撮影)

さすが社長~ええ店知ってはる!

お名刺も頂きましたが。。

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う~ん。。

これ、アカンやつっしょ。。

妻に見つかったらヤバイやつです。。

皆様もよろしければここへ行けば美人女将にお会いすることが出来ます。。

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ここは各地のぬる燗日本酒が美味しく頂けるお店ですが。。

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今年は未だ食べていなかったおせち料理も美味しくいただきました。

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私的には「たくあんの燻製」がとても美味しかったです。。

そして帰路は。。

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最近、病みつきになった中距離電車のグリーン車で成田へ出て。。。

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お金を使い過ぎたので、最終便のPeachに乗って関西空港へ戻ってきました。。。

そして締めはやっぱり。。

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南海さんの空港特急・ラピートα号のスーパーシートで!




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2018年01月06日 イイね!

103系三昧の続き・・・・

103系三昧の続き・・・・

さてさて、前回は阪和線羽衣支線の103系に乗車したところでブログを終了していましたが、続きを進めます。。





どうしても、本線上を走る103系が見たくて、関西本線(大和路線)へ脚を進めました。。。


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大和路線の103系は、支線のおおさか東線と共通運用で、2本しか残っていませんので、本日はどちらの線で運用されているかを調べるべく、221系の大和路快速で久宝寺駅へと向かいます。。


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運転席うしろの「がぶりつき」で確認 したところ、離合する上り普通列車は全て201系。。


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久宝寺駅から乗車したおおさか東線の電車は201系でした。。。

この電車に乗っておおさか東線で離合する全ての列車を調査します。。


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201系も関東では既に数年前に全廃となっている車両ですが、関西では全車両健在です。


連結部の窓も埋められずに残り、ある意味103系より国鉄らしさを残している部分も有ります。。


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側面はリメイクされ、まるで新型車両の様に生まれ変わっています。。


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車内は扉がステンレス地剥き出しな点など103系張りに実用一点張りな部分が有りますが、いくぶん温かみのあるデザインに変更されています。。


そして走り出すと、103系とほぼ同様の爆音モーター音が聞こえます。。

これもまさに「昭和の電車」そのものです。。


「おおさか東線」をこの201系で1往復してみましたが、103系は1組成も居ませんでした。。


そんな残念状況で久宝寺駅から1時間後の大和路快速で奈良方面に向かうも、やはり離合する大和路線の普通列車は201系ばかり。。。


もう大和路線は諦めて、103系率が90%近くあるとされている奈良線の普通列車に乗りに行きましたが。。。。


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やってきたのはなんと221系!


もう奈良線でもこんなに置き換えが進んでいるのかと愕然。。。



上狛駅で離合した下り普通列車も221系で。。。。。


でも次の離合駅の山城多賀駅で来る下り列車こそは103系だろうと予想して待ち構えていると。。。


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遂にやってきました、ウグイス色の103系!

もう関西でも103系に乗れるチャンスがこれだけ減っているということを痛感しました。。


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車内は更新工事を施工されているとは言うものの、現代の電車に比べるとかなり武骨です。。

先程の201系とは異なり、連結端面の窓が埋められ、圧迫感が有るのが残念でなりません。。


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でも走り出すとMT54型(初期型低音モーター)の音が聞こえ、今までこの音を聞きたくて中毒症状に陥っていた状況が緩和されていきます。


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奈良駅まで戻り、そのままこの103系で先程より1時間遅れで京都駅へと脚を進めます。。


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画像左は奈良線で103系からの置き換えが進行している221系です。。


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この不愛想で冷淡で殺風景な車内が最高です!

(床面が灰色のリノリウムから暖色系に変更され、デコラ板も薄緑からクリーム系に変更されていますので、これでもかなり改善されているのですが。。。)


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1時間後の山城多賀駅での離合待ちの際に撮影した103系。。。。

デザインをフル無視し、実用一点張りなスタイルに徹しているところが、私の愛車サンバーと重なり、素晴らしいの一言に尽きます。。。。


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そして下り普通列車も103系が来て、ここにきてようやく最後の往年の国鉄時代を彷彿させる画像を撮影することに成功しました。。


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そしてこの103系とも、伏見稲荷さんへの初詣参拝客でごった返す京都駅で別れを告げます。。


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最後に反対側ホームでパシャリ!


やっぱどんな特急や新幹線電車よりもこいつが一番カッコいいですわ!

この気持ちは3歳の時に初めて103系を目撃した時から少しも変わりません。。

言い換えれば、その後の鉄ヲタ人生50年、私の中でこの電車を上回るくらい素晴らしいと思った電車は未だ出現していないということです。。



そんな電車がもう今年限りで見れなくなるなんて、残念で仕方がないです。。


さてさて、この次は103系の存在でついつい忘れがちな加古川線と播但線の車両をハンティングしに行きます。。


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京都駅からは新快速網干行きに乗車し、一気に加古川へと向かいます。。


画像は須磨の海釣り公園です。。

そういえば長い間、釣りにいっていないなぁ。。


そして加古川駅に着くと。。。。


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うわぁ、なんじゃこれ???


103系じゃないじゃん⤵⤵⤵


103系かと思いきや、へんてこりんな1両単行運転の電車が止まっていました。。


何の興味も無いので、加古川線は諦めて、姫路へと向かいます。。


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姫路駅に着いたころにはスッカリ夕暮れ時になっていて、白鳥城が夕日に映える姿を見る事が出来ました。。。。


そして播但線ホームに行くと。。。


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居た居た!

お目当ての103系!

4両編成のうち後ろ2両は姫路で切り離され、前2両が寺前行きと言うことで行ってみると。。


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なんじゃこの継ぎ継ぎモッパな汚いお顔は!!

もうこの線でも103系が危うい事を如実に物語っていますね。。


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こんな塗装なら、施工しない方がマシだと思うのですが。。。

なんだかオンボロっぷり丸出しで103系が可哀想でなりません。。


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こいつは元中間車のモハ103型とモハ102型に運転台を取り付け改造した仲間ですので、運転席は他の103系よりも新しくて綺麗です。。


そして、走り出すと、中期型の顔なのに後期型の冷却ファンの羽が2枚付けられた後期型の破裂しそうな超爆音モーター音がして、私のテンションも全開となってしまいました。。


時間の都合で終点の寺前には行けずに、途中の鶴居駅で下車。。


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改造車とは言え、闇の向こうに去っていく姿は私が幼い頃に見た103系そのものでした。。


電車のテールランプが闇へと消えていくシーンには、いつもある種の哀愁を感じてしまいます。。


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思い付きで下車した鶴居駅。。


人生でこの駅で下車することはもう2度と無いと思うのですが、またこの駅が昭和然としたとてもいい駅でした。。


たまにこうして、全く縁もない駅で下車してみるのもいいものですね~


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やがてやってきた上り列車(これも当然103系)に乗車して姫路へと向かいます。。


途中、偶然播但線の京口駅近くに住む会社の後輩から、転勤先の東京から帰省しているとのメールが入り、急遽、姫路駅でお茶することに。。。


偶然とはいえ、なんだか不思議な出来事です。。


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昼飯も食べずに103系の追っかけをしていましたので、ちょうど空腹を満たすのにいいタイミングで、姫路駅のマクドナルドに立ち寄りました。。


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20歳年下の後輩です。。

お正月早々、オッサンのお相手してくれてありがとう<m(__)m>


・・・と言うことで、40分ばかり最近の会社の状況などをお話してお別れ。。


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そこからは新快速長浜行きに乗って米原へ。。。


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米原からはJR東海さんの313系快速豊橋行きに乗車。。。


ここまで書けば、ヲタクな皆様はもう気付かれたかと思いますが・・・・。


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大垣駅の夜景です。。。


そして、鉄ヲタの王道。。


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東京行き臨時夜行快速、「ムーンライトながら」号に乗車します。。。


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旧国鉄時代の昭和チックなフォントそのままで書かれた列車種別・行先表示幕が素敵です。。




185系車両も昭和時代に登場したMT54型モーター搭載車で、去年の11月にもフルムーン旅行でそのグリーン車に乗車しましたが、その際、普通車でMT54型モータの真上となる座席を調べて、1ヶ月前の10時打ちでゲットしました。。


乗車位置は。。。


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7号車・モハ184型の。。。。


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16番D席。。。。


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車端部で台車の真上=MT54型モーターの真上で、爆音を聞きながら一夜を明かすことが出来るという、マニアには最高の、また夜行列車でグッスリ眠ろうとするイパ~ン人には極めて最悪の席です。。


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以前のブログにも書きましたが、この電車は特急型ながら窓が開くという一大特色を持ち合わせていますが、流石に真冬ですし、混雑する夜行列車ですので、窓を開けてMT54のモーター音を楽しむことは出来ません。


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さすがにこの席、MT54型モーターの音が大音響過ぎて、しかもデッキの出入りが多く、気が付けば。。。。。


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横浜駅。。。。。


遂に一睡もすることが出来ませんでした。。。


一晩中、爆音国鉄モーター音が聞けて嬉しいような悲しいような。。。


ただ、もうお腹いっぱいになった事だけは違いありませんでした。。


そして。。


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こちらは東京駅での記念撮影ですが。。。


時刻表上での到着時刻は5時05分。。


私が下車して先頭部や側面の撮影を終えて、この画像を撮影したのも5時05分。。


つまり、この電車は東京駅に4分以上早着していたということで。。。

運転士さん、よっぽど早く仕事を終えたかったのかと。。。

てか、品川駅の発車は確実に早発だったに違いありませんね(笑)


続く。。。。


2018年01月03日 イイね!

元旦から103系三昧。。。

元旦から103系三昧。。。

大変遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。

旧年中は長文・駄文にお付き合いいただきありがとうございました。

引き続きの本年もよろしくお願い申し上げます。








さて、毎年なら元旦は初詣ブログなのですが、神社への初詣もさることながら、妻の実家へのご挨拶も放棄し、本年は元旦早々から「乗り鉄」にでかけてみました。。


元旦から2日にかけての1泊2日の行程です。。



昨年末のブログに書きました阪和線の103系全廃の件ですが、阪和線には通称「羽衣支線」と呼ばれる盲腸線が有ることを思い出し、ここに103系が残っている事を突き止め、出掛けてみました。。




和歌山の自宅から南海高野線で三国ヶ丘まで出て、阪和線の普通・日根野行きに乗車。。



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こちらは最近落成したばかりの最新鋭の225系5000番台!

車内は1列ー3列の転換クロスシートが並ぶ普通列車としては超豪華設備です。

103系の後継車両にまさかこんな車両が選ばれるなんて、夢にも思いませんでした。。



そして羽衣支線の分岐点、鳳駅に到着すると・・・・・



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折しも103系が入線してくるシーンに遭しました。

これは幸先がいい!



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先頭車は、数ある103系の「顔」の中で、最もハンサムだと思っている中期型・・・

大阪では環状線でデビューしましたので、自分の中では「環状線型」と呼んでいます。。


当時の国鉄当局は関西には冷房付きの新車を投入しないという施策が存在していたため、この環状線型の冷房車も新製後数ヶ月だけ東京の山手線で使用され、その後阪和線に下野するという関西人には屈辱的な経緯も持ちます。。



そして逆向きの先頭車を見て驚愕!



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もう日本中でここにしか残っていないであろう、初期型の豚鼻ヘッドライト車!

私が大好きになった103系の原型です。。


もう絶対に会えないと思っていました!


もうこれだけで、私にとっては素晴らしい元旦となりました。。



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床は暖色系のリノリウムに貼り換えられていて、戸袋窓は塞がれ、壁のメラミン樹脂はクリーム色に交換されていますが、103系が持つ冷淡殺伐とした雰囲気は健在

です。


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窓サッシも今ではもう103系では見れなくなった原型の銀色サッシ!


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私が幼少の頃は非冷房車が当たり前で、夏にはよくご覧の様に「全開」させて、自然の風を顔いっぱいに受けたものです。。


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クハ103-162は1970年(昭和45年)の1月に神戸の川崎重工さんで落成し、東海道本線の明石電車区に非冷房車として新製配備されて以来、その後冷房改造され片町線の淀川電車区を経て阪和線にやってきた数少ない関西生まれの関西生え抜きの車両です。



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冷房改造され、雑然となった天井も103系の特徴ですが、強力な冷房装置に剥き出しの扇風機で、車内はいつもとてもよく冷えていました。。



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四角いお弁当箱型のレトロな拡声器を備え、「昭和の声」が車内に響き渡ります。。


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車番プレートは盗難に遭ったらしく、代わりのシールが貼られていました。。


こう言う事だから鉄ヲタ家業は偏見の目で見られても仕方ないんですよね。。


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モーター車のボディに取り付けられた武骨な冷却空気取入口。。。

これも103系等MT54型モーター使用車の一大特色です。



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アナログな計器類が並ぶ運転台と手書きの時刻表。。

今では殆ど見られなくなった木製のブレーキ弁等・・・・

昭和時代が満載されています。。



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そして、鳳~東羽衣間は途中に駅の無いいわゆる「チョン行運転」・・・

単線高架の長い直線が続き、3分で終点に到着してしまいます。。


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こちらは南海さんとの接続駅・高架上の東羽衣駅。。

ワンマン運転故、運転士さんの後方確認用鏡が設置されています。


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朝日に映える103系。。

やはりどんな特急型や新幹線電車より、愚鈍な顔をしたこいつが一番カッコいいではないですか!


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たった一駅、3分、往復の6分の旅はあっという間に終わりました。。


この103系も3月のダイヤ改正で淘汰されてしまうそうです。。


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次の目的地なる大和路線へ向かう快速列車の車内から103系電車を撮影する女の子を見ました。。


今年度の全廃を前に、今や103系はもはや鉄道ヲタクだけでなく、一般人の女の子までに愛される存在になったのでしょうか。。


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さて、次は大和路線とおおさか東線の103系をハントしに大和路快速に乗車し、久宝寺駅に向かいます。


1泊2日の103系ハンティングですが、オープニングだけで長文になってしまいましたので、続きは次回以降に。。。

trong>

2017年12月26日 イイね!

阪和線の103系電車が知らぬ間に居なくなっていて、死ぬほどショックな件。。。

阪和線の103系電車が知らぬ間に居なくなっていて、死ぬほどショックな件。。。

鉄道ヲタクな私としたことが・・・・

気が付けば全く居なくなってしまっていた阪和線の103系電車。。

今年一番の悲しい出来事でした。。



先日、阪和線のとある駅で103系が来るまで待ってみて、一向に来ないので駅員さんに聞いて、初めて全廃になったことを知りました。。


103系。。。

それは私が3歳の時の出来事。。。

それまではチンチン電車の南海平野線沿線で暮らしていて、幼い私の中では「電車は1両で走る」というのが常識でした。。

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そしてチンチン電車の前面にがぶりつきながら初めて股ヶ池停留所上を走る阪和線の「繋がった電車」を見て、地球が爆発するかのくらいの衝撃を受けた阪和線の青い新型(当時)電車。。



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この電車を一目見た瞬間に長い長い私の鉄道ヲタクの人生が始まりました。。

オレンジ色のオンボロ電車の中で、ひときわ輝くスカイブルーの103系。。

当時はモチロン非冷房で、夏場は窓を全開にしてMT54型モーターの爆音を聞くのが大好きでした。。



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その後、阿倍野区の播磨町に引っ越し、7歳(小2)の時に母が癌を患い、天王寺の総合病院に入院した際も、学校が終わればずっとこの電車で自宅近くの鶴ヶ丘駅から母の病院に通いました。。



次第に母の病状が悪化していく中、遂に父も体を壊して入院・・・

小3の時に兵庫県・尼崎市の立花駅近くの伯母宅に預けられ、東海道本線で阿倍野区内の小学校へ通学する際、やはりスカイブルーの103系が東海道本線でも走っていました。。



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いつも運転士の背後から運転操作を眺めながら通学していましたが、当時の国鉄は労働組合が強く、昼間でもカーテンを降ろして運転する運転士が多く、前面展望を見るのはよほど良い(反組合側の)運転士に巡り合わない限り無理でした。



世間では私の事を「両親の居ない可哀想な子」だと腫れ物に触るような扱いでしたが、当の本人は親の目から逃れ、毎日毎日103系電車に乗って通学できるなんて夢の様な気分でした。。

少年野球チームの練習に行けなくて、レギュラーから外されてしまい、友人関係も希薄になり、かなり悔しい思いをして、野球なんて大嫌いになってしまいましたが、この103系が居てくれたお陰で、本当は辛い筈だった幼少期をとても楽しく過ごすことが出来ました。


また、この当時は「大きくなったら103系の運転士になろう!」という夢と希望を抱き、日々の鉄ヲタ行動に磨きがかかり、充実した日々を送ることができました。


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世の中の男の子の間では、スーパーカーと特急電車が憧れの的だった時代。。


私は他の乗り物よりも何よりもこの103系が殊更大好きで、小学生低学年の頃から幼馴染の間では変態扱いされてきました。。



完全に私は「変わった奴」でした。。



この無機質で冷たいステンレス地のままの扉や、剥き出しの蛍光灯、さらに冷たい青色のシートが織り成す、「殺風景」の骨頂の様な車内アコモ、「これこそ本当の扇風機」とばかりに天井に設置されたデザイン性のかけらもない丸形扇風機。


そして下品極まりない音を出すコンプレッサーと、停止していてもうるさい主抵抗器を冷却するブロアーの音。。。


走り出すとギコギコと揺さぶられ、立っているのも困難なほど揺れる金属バネ台車。。


そして車両全体から醸し出されるその不愛想さが本当に大好きでした。



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こちらの画像は幼少の頃の私が毎日利用した天王寺駅8番乗り場です。。


当時、鶴ヶ丘駅~天王寺駅間の運賃は子供10円という破格値でした。。




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この食パンの様な切妻型デザインな前面は決してカッコいいとは言えませんが、この地味さこそが103系の最大の魅力だと思います。



そしてこの不細工さが自分自身と被って、とても他人とは思えない存在です。



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9歳(小4)の時に母親が他界し、10歳で父親と2人で鶴ヶ丘の自宅に戻って暮らすようになってからは、103系電車との間に少し距離が出来たしまいましたが、子供の頃に毎日見ていたこの103系同士の離合という当たり前の風景が、もう永遠に見れないなんて。。。

最後にゆっくりと阪和線を訪れる機会すら作れなかったなんて、

残念極まりない。。


去年から今年にかけては海外の乗り鉄なんかもしましたが、肝心の103系の最終日を知らずに乗ることが出来なかったなんて、本当に今年最大の失敗でした。。


この電車が無くなるということは、自分の中の何か大切なものを失ってしまうという様な感覚です。



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取り敢えず、大阪近郊では未だ大和路線とおおさか東線、それに奈良線にウグイス色の103系原型車が残っているということですので、来年、年明け早々訪問してみようかと思っています。。



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今度こそ本当に行動を起こさないと、もう永遠にこの電車に会えなくなるかもですね。。。



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アナログな計器類が並んだ103系。。。

お疲れさま!

今年は大阪環状線からもオレンジ色の103系が消えてしまい、

一つの時代が終わってしまいましたね。。。

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何シテル?   02/20 23:30
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