正直、3.11はブログお休みにしようかと迷っていましたが、遅ればせながらやっぱり上げる事にします。
真面目な話をするのはニブ子としては非常にこっ恥ずかしいので、サムネイルだけでも(・∀・)ニヨニヨwできるものを貼ってみるなど。
さかなくん、天皇陛下の前でもハコフグ脱がなかったという伝説を裏付ける画像です。
その状態で、役に立つのか?ヘルメット。
さて。
マスコミは右から左まで、金太郎飴のように「あれから1年」「復興進まぬ現状」とやってますね。
がれきの処理、受け入れ。避難生活、賠償問題。
色んな問題が山積みになっており、その色んな問題であちこち炎上しております。
最近見たプチ炎上の中で、小一時間問い詰めたくなったのが、
ツイッターでカンニング竹山が、日帰り温泉紀行~会津編をツイート
↓
それ見て、「竹山は原発推進派!」とリツイートしてる人。
何ですかそれ。
どこをどう縦読みしたらそうなるのか。
高等すぎて、貧弱なニブ子脳では読み取りポイントがわかりませんでした。
井伏鱒二の「山椒魚」の、「この時の山椒魚の気持ちを50字以内で述べよ」と現国のテストに出てきた方がまだ簡単だわ。
両生類の気持ちを深読みする方がやりやすいわい。
こういう(゚Д゚)ハァ?となる議論は、一切復興に役立たないと思うのですよ。
そんな議論を口角泡飛ばしてツイートするよりも、黙とうしている方が精神的に健全だと、ニブ子は思うのです。
祈りの力は、祈っている本人が思うよりもずっと強いのではないでしょうか。
私はキリシタンですが、人々の祈りは尊いと思います。
祈りの対象が天照大神でも、ブッダでも、キリストでも、ア・ラーでも、何でも、「祈り」というもの自体に何か尊いもの、清いものがあると思うのです。
亡くなった方々がブッダのいる浄土へ行こうが、キリストのいる天の国へ行こうが、私としてはどっちでもいいのです。
震災に遭って亡くなった方々が心安らかに眠り、生き残った人々に再起するチャンスと力、心と生活の平和があれば、それがなによりだと思います。
それらが被災者の手に入らないうちは、残念ながら3.11は現在も継続しているのではないでしょうか。
脊髄反射で誰かをやり玉にあげたり、責任を追及するよりも、今出来る事をした方が建設的だと思うのです。
そして実際に出来ることは、祈るか義援金を出すかくらいです。
あとは単発ボランティアでがれき処理に行くとか。
大事なのは、それを継続することです。
継続していれば、マスコミが心配するような「震災を忘れるな」という事は無いでしょうしね。
と、なんか支離滅裂に書きなぐってしまいました。
読みにくいブログになってしまい、申し訳ないと思ってます_| ̄|○
でも、最後にもう一声。
東北の町に、小林一茶の俳句にある光景が戻る日が、一日も早いことを祈っています。
『雪とけて 村いっぱいの 子どもかな』
Posted at 2012/03/12 11:43:25 | |
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