• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

kanagawa134のブログ一覧

2011年07月13日 イイね!

ライフイズビューティフル

久々に投稿

20代中盤に一緒に時を過ごした人がいる。

そんなに長期間一緒にいたわけではないけど、その時は一緒に旅行したり、とても濃い時間を過ごしたと思う。

もうおそらく会うこともないと思っていたけど、ちょっとしたきっかけがあって、最近その人と連絡し合えるようになった。

その時からもう10年以上の時が経っていて、その人も自分の家庭を持って、今は遠い場所で過ごしているとのことだった。

厳密に言えば、メールや電話で話しただけで、会ったわけではない。だけど、間接的な接触でも、その頃と同じような不思議な感覚を得られている。

メールなどで、いろいろな話を聞くと、10年という月日の中に、その人も私もいろいろなことがあって、そうしたことを大げさにいうと乗り越えて、今また再び接することが出来た。

人生って大変だし時には非常につらいものだけど、こうしたちょっとした心が温かくなるひと時があるから、いいもんだと思える。

その人は、私がのたれ死んでないかと心配していたらしいが、頑張って生きてるぞー!そう思われるのも無理ないか。。



ってことで歌↓↓↓


Posted at 2011/07/13 23:57:37 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2011年05月04日 イイね!

さよならスカイライン

 いろいろと事情もあって、スカイラインを手放すことにした。当初BMWを購入した際にもともと売却する予定だったのを、いろいろと思いもあって、手元に置いておいたのだが、遂にというか「さよなら」を言う時がきてしまった。

 思えば、10年前、購入した当時は嬉しくて、仕事が遅く終わっても、ワインディングに出掛けたり、当てもなく走りに行ったりしたものだった。下に当時のカタログの説明を転載したが、その説明の通りに本当にたくさんのドライビングプレジャーを与えてくれた車だった。

 ここまで、大きなトラブルもなく20万キロという大変な距離を共に走ってくれて本当に感謝したい。

 いくら最後のスカイライン直6のMT車とはいえ、距離が距離だけに、買値は付かないと諦めていたのだが、買取業者でちょっとした値が付いた。その買取業者が言うには、丁度スカイラインターボのMT車を探していた人がいたのだという。若い人らしいが、きっちり整備をしていたこともありまだまだ距離も伸ばせる車だから、是非またその人のもとでも元気に走ってくれれば有難い。

 しかし、長年連れ添った相棒とさよならするのは、悲しいものだ。基本的に車とはいつか別れがくるものだけど、今のBMWがその時に、スカイラインと同じように愛着を持てる車となっているだろうか。






■スカイライン主要諸元

25GT TURBO 4ドアスポーツセダン 

●エンジン主要諸元
RB25DET[NEOストレート6]
種類・シリンダー数 水冷直列6気筒・DOHC
シリンダー内径x行程 mm 86.0x71.7
総排気量 L 2.498
圧縮比 9.0
最高出力 kW(PS)/rpm 206(280)/6400
最大トルク N・m(kgm)/rpm 363(37.0)/3200
燃料供給装置 ニッサンEGI(ECCS)電子制御燃料噴射装置
使用燃料・タンク容量 L 無鉛プレミアムガソリン・65

●車名型式
ニッサンGF-ER34
●運転タイプ   
5速マニュアル
●寸 法
全 長 mm 4705
全 幅 mm 1720
全 高 mm 1375
室内寸法 長×幅×高 mm  1875×1440×1120
ホイールベース mm 2665
トレッド 前/後 mm 1480/1470
最低地上高 mm 140
●重量・定員
車両重量 kg 1430
乗車定員 名 5
車両総重量 kg 1705
●性 能
最小回転半径 m 5.1
燃料消費率 10・15モード(運輸省審査値) km/L 10.6
●諸装置
駆動方式 後輪駆動(FR)
クラッチ形式 油圧操作式ダイヤフラム
減速機歯車形式 ハイポイドギヤ
ステアリングギヤ形式 パワーアシスト付ラック&ピニオン式 
サスペンション 前/後 独立懸架マルチリンク式 /独立懸架マルチリンク式
主ブレーキ 前 ベンチレーテッドディスク対向ピストン型
  〃    後 ベンチレーテッドディスク対向ピストン型
駐車ブレーキ 機械式後2輪制動
タイヤ 前・後 225/45ZR17

■当時のカタログより
スカイラインを操る感動。それは、ドライビング・ボディという言葉を使って簡単に説明できます。まずあなたがこのクルマに乗り込むとき、ドアを閉めた瞬間に頼もしさを感じることでしょう。そしてほんの数十メートル走らせただけで、スカイラインが驚くほど素直に走ること、つまり、ステアリングを切ったときの軽快感や路面のショックをしなやかにいなす動作に、歓びを感じていただけるはずです。ドライバーの意思に瞬時に反応し、意に反する動きをしない走り。そして、どの瞬間にもマナーを乱すことなく、クルマの挙動が手の内にある感覚が得られる、本物の“人・車一体感”を実現するために求めた性能、それが「ドライビング・ボディ」なのです。
Posted at 2011/05/04 01:00:18 | コメント(3) | トラックバック(0) | クルマ
2011年05月02日 イイね!

トヨタ博物館 ③

トヨタ博物館 ③ トヨタ博物館 第三弾は日本のクラシックカー編

※各車のコメントはトヨタ博物館の説明をそのまま使用。また西暦は、展示車の生産年(車種の発表年ではありません)







「ダットサン 16型 セダン」1937
1935年から日本で最初のベルトコンベア方式により生産されたダットサンは一世を風靡し、小型車の代名詞となった。



「筑波号」1935
1935年より3年間、東京自動車製造㈱により約130台生産されたわが国初の前輪駆動乗用車。車名は関東の筑波山に由来している。



「トヨペット SA型 乗用車」1951
バックボーンフレーム構造や4輪独立懸架。コラムシフトなどのメカニズムを取り入れたトヨタ初の小型車。トヨペットの愛称は一般公募で決定した。



「ダットサン 112型」1956
オースチンをノックダウン生産していた日産自動車が、海外の先進技術を取り入れて開発。



「トヨペット コロナ ST10型」1957
ダットサンの成功もあって急増する小型車需要に対応するために生まれたが、急遽開発されたためにその出来は市場の期待を満たしていなかった。



「トヨペット クラウン RS型」1955
クラウンの初代モデルで、海外との技術提携によらずに開発され、日本の自動車業界に大きな自信を与えた。観音開きドア、優れた乗り心地と、耐久性などが特徴。



「日野 ルノー PA62型」1962
日野自動車がルノーと技術提携を行い、1953年から生産を開始。



「日産 オースチン A50型」1959
日産がオースチンと技術提携を行い生産。当時の国内車では比較にならない乗り心地、優れた走行性能を備え、高い人気を誇った。



「日産 セドリック 30型」1960
オースチンの優れた技術を完全に吸収し、エンジン、シャシー、ボディ等すべてが新しく設計された。車名は小説「小公子」の主人公から。



「日野 コンテッサ PC10型」1961
日野ルノーの技術提携を生かし、日野独自の設計により開発。コンテッサとはイタリア語で伯爵夫人の意味。



「ダットサン ブルーバード P312型」1963
ダットサンの堅牢さに加え、多くの新技術とエレガントなスタイルを採用。またたく間にに小型車市場を席巻した。



「トヨペット コロナ RT40型」1964
技術レベルを一挙に国際水準まで高めた意欲作。名神高速で10万キロ連続走行を行うなど、ハイウェイ時代をイメージする販売戦略を展開し、大成功を収めた。



「スバル 360 K111型」1958
スバル最初の生産型乗用車。登場から10年に渡り軽自動車のトップに君臨した。



「マツダ R360クーペ KRBB型」1961
マツダも軽自動車市場に参入。4サイクルエンジンや本格的な2速ATを採用。



「ダットサン フェアレディ SP310型」1963
ブルーバードのシャシーに、セドリックの1500ccエンジンを載せた国産初のスポーツカー。第1回日本GPでは欧州製スポーツカーを下して優勝した。



「マツダ ファミリア SSA型」1966
軽自動車で成功したマツダ(東洋自動車工業)が小型車への進出を目指してファミリアバンを開発。セダンは1年後に登場。アルミ合金を多用したエンジンjが特徴。



「ホンダ S500 AS280型」1964
オートバイで成功したホンダ最初の自動車。そのDOHCエンジンは当時の常識とかけはなれた精緻なメカニズムと性能を持ち、世間を驚かせた。



「トヨタ スポーツ800 UP15型」1965
パプリカのコンポーネントを利用して価格を抑えながら、当時としては極めて少ない空気抵抗により驚異的な低燃費を実現した大衆スポーツカー



「トヨタ カローラ KE11型」1966
市場のニーズに応え大成功を収め、マイカー時代の草分けとなった。



「ダットサン サニー B10型」1966
カローラの半年前に発売。カローラと競合しつつマイカー普及に寄与した。



「トヨペット コロナマークⅡ RT62型」1968
上級志向のコロナオーナーを意識し、コロナとクラウンの中間車種として追加。発売から3ヵ月後には月販2万台のベストセラーになった。



「ホンダ N360 360型」1969
ホンダ2番目の乗用車。性能と価格において軽自動車の常識を覆し、第2次軽自動車ブームの火蓋を切った。発売2ヶ月にしてスバルを抜いてベストセラーとなった。



「いすず ベレット1600GT PR90型」1966
国産車で初めて車名にGTという名前を採用。



「トヨタ 1600GT RT55型」1967
コロナハードトップに高性能DOHCエンジンを搭載したモデル。



「いすず 117クーペ PA90型」1970
ジウジアローによるスタイルが特徴。ピアッツァと交代するまで12年も生産された。



「トヨタ セリカ TA22型」1970
わが国初の本格的スペシャリティーカー。



「三菱 コルト ギャラン GT0-MR A53C型」1971
1969年にデビューしたコルトギャランに翌年追加されたスポーティなモデル。三菱初のDOHCエンジンを搭載。



「日産 フェアレディ Z432型」1970
北米市場をターゲットに廉価で安全なスポーツカーとして開発され大ヒット。432は、4バルブ、3キャブレター、2カムシャフトを意味する。




「トヨタ 2000GT MF10型」1968
ヤマハの協力を得て開発された高性能スポーツカー。連続拘束耐久走行において数々の記録を樹立。



「マツダ コスモスポーツ L10B型」1969
日本発のロータリーエンジン車。世界では2番目。レシプロエンジンの2リッタークラスの高出力で注目をあびた。
Posted at 2011/05/02 21:34:31 | コメント(1) | トラックバック(0) | クルマ
2011年04月30日 イイね!

トヨタ博物館 ②

トヨタ博物館 ②←昔のトヨタのマーク
  博物館1FにあるトヨタAA型より




 




・1930年代~ 車のファッション化、速さ・ステイタスの追求など


「フィアット500」1936 イタリア
500ccの小型車。フロント独立懸架や4輪油圧ブレーキなど贅沢なメカニズムを搭載していた。




「Kdf ワーゲン」1938 ドイツ
ヒトラーの国民車構想によるプロトタイプ。





「シトロエン11B」1937 フランス
FF方式を採用した世界初の量産車。ボディ構造・サスペンションも革新的で、シトロエンの先進性・独創性はこの車から始まった。




「アルファロメオ 6C 1750 グランスポルト」1930 イタリア
ヴィットリオ・ヤーノの傑作。スーパーチャージャー付き6気筒DOHC・1752㎥の軽快なエンジンで、ミッレミリアをはじめ数々のレースで勇名を馳せた。




「タッカー ’48」1948 アメリカ
昔映画がありましたね。数々の先進性で話題を集めたが、開発資金難、訴訟問題等でアメリカンドリームは果たせなかった。51台が生産されただけで会社は倒産した。




「ポルシェ356 クーペ」1951 ドイツ
ポルシェ博士の息子、フェリー・ポルシェが開発した高性能・実用的なスポーツカー。エンジン・サスペンションなどフォルクスワーゲンのものを多くベースとしている。




「メルセデスベンツ300SL クーペ」1955 ドイツ
レーシングカーを市販車化した車で、スペースフレーム構造とガルウイングを特徴とする。燃料噴射の初採用車でもある。SLは軽量スポーツカーを意味するドイツ語に由来。




「キャデラック エルドラド ビアリッツ」1959アメリカ
巨大なテールフィン、多くのクロームメッキ部品、V8 6.4リッター 345馬力、エアサスペンション等、豪華さと快適さを極めた1950年代末のアメリカを象徴する車。





「オースチン ヒーレー スプライト」1958 イギリス
「バイク小屋における」くらい廉価で、オースチン7の高性能版の後継車にふさわしい性能をもつスポーツカーとして誕生。イギリスでは「カエル目」、日本では「カニ目」という相性で親しまれた。




「ジャガーEタイプ」1965 イギリス
美しいスタイル、高性能、割安な価格でアメリカを中心に大成功し、15年で7万台以上が生産。ロングノーズ・ショートデッキは後のスポーツカーに大きな影響を与えた。

Posted at 2011/04/30 18:24:15 | コメント(1) | トラックバック(0) | クルマ
2011年04月29日 イイね!

トヨタ博物館 ①

トヨタ博物館 ① 昨日愛知県にあるトヨタ博物館に行ってきた。実をいうと、そこに行く予定は無かったのだが、偶然見かけて時間があったことから、ちょっと訪れてみたのだった。









 旧館と新館の2棟で構成された博物館だが、お目当ての車の展示は旧館の1F~3Fで展開されていた。




 1Fのエントランスを抜けると、まずはさすがにトヨタ博物館だけあって、1936年に発表された「トヨダAA型」が出迎えてくれる。





 トヨタ初の乗用車で、3400cc、75馬力という性能だ。当時大卒の初任給が月給75円だった時代に、3350円という価格が付けられていた。ちなみに、今の貨幣価値で換算してみると、仮に大卒初任給を20万円とすると、約892万円相当となる。要は、まだ1936年当時は、車は庶民には高値の花であったことが伺い知れる。日本において一般に自動車が広く普及するのは、これより先の1950年代まで待たなければならない。


 エスカレーターで2Fに上がると、欧米のクラシックカーコーナーとなる。1800年末から1930年代までの自動車の変遷が見て取れる展示となっている。


・パイオニアの時代(1800年末~1910年)


「ベンツ パテント モトールヴァーゲン」1886 ドイツ
ガソリン自動車の第一号と言われるベンツの3輪車で、時速15Kmでの走行が可能であった。



「パナール ルヴァッソール B2」1901 フランス
FRを方式を採用した初の自動車。数々のレースで活躍し、FRが普及するきっかけとなった。



「フォード モデルT」1909 アメリカ
ベルトコンベア式大量生産によるコストダウンや、運転を簡素化するメカニズムで、車の大衆化に比類の無い貢献をした。1927年までの19年間で1500万台以上が生産された。




「ベイカーエレクトリック」1902 アメリカ
ガソリン自動車普及後も、アメリカでは長い間電気自動車が作られた。1馬力のモーターで時速40Kmが可能。充電1回で走れる距離は約80Kmだった。


・量産・大衆化の実現からモータリゼーションの進展へ(1910年~1920年代「)



「スタッツ ベアキャット シリーズF」1914 アメリカ
アメリカスポーツカー史上に残る名車。



「シボレー シリーズ490」1918 アメリカ
フォード モデルTに対抗して作られた大衆車。3段ギアボックス、OHVエンジンなどによりユーザーの心を捉えた。車名は販売価格の490ドルによる。



「フォード モデルA」1928 アメリカ
モデルTの後継。スタイリングを上級車リンカーンに似せたこともあり人気を博した。



「プジョー ベベ」1913 フランス
早くから大衆向けの小型車を開発していたプジョーが、エットーレ・ブガッティの設計により完成させた。ユニークな機構やかなり小さなエンジンを備えた2人乗り。



「オースチン セブン(チャミー)」1924 イギリス
小型のボディに大型車と同じ装備や機構を備え、英国人にとってのフォードモデルTといわれた。17年間に約25万台が生産され、日本を含む各国で愛された。



「シトロエン 5CV タイプCS」1925 フランス
「フランスのフォードでありたい」と語ったアンドレ・シトロエンのヒット作。個性的な後部形状から日本では”セミ”といわれた。アイキャッチ効果のある宣伝をしたことでも知られる。

Posted at 2011/04/29 19:37:23 | コメント(0) | トラックバック(0) | クルマ

プロフィール

kanagawa134です。よろしくお願いします。 特にサーキットや峠を走る訳でもないのですが、なんとなくMTに乗り続けているおやじです。 基本ノー...
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2017/8 >>

  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

愛車一覧

BMW 3シリーズ セダン BMW 3シリーズ セダン
2011年1月より所有。 いい加減ATに乗ろうと思ったけど、やっぱりMTにしてしまった・ ...
トヨタ マークII トヨタ マークII
当時内装の豪華さに惹かれ購入。 暴力的な加速にハードトップのシャシーが負けてるなど、走行 ...
日産 スカイライン 日産 スカイライン
マークⅡより乗り換え。 内装は正直マークIIに比べるとセンスないけど、シャシー性能など車 ...
日産 セフィーロ 日産 セフィーロ
初めて買った車。 思えばここからセダン、マニュアル、FRが始まった。

過去のブログ

2011年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月

QRコード

QRコード
このブログを携帯でご覧になれます
ヘルプ利用規約サイトマップ
©2017 Carview Corporation All Rights Reserved.