
もう、いい加減うんざりだ。
今年11月開催予定の三宅島バイク・イベントに関しては東京都も4月末に
公道レース案を撤回したので、少し頭冷やして来年以降に向けて「できること/できないこと」を検討しなおすかと思いきや、だ。大きな報道がなかったので僕は気づかなかったのだが、都知事はまだ寝言をほざいているらしい。週刊誌記事に拠ると7月27日の定例会見で、石原氏は「来年からは、そこ(公道)でレースをやるつもりでおります。
人が死んだから一切物事をやらないということだったら、何の進歩も何もないでしょう」とのたまった由。
同じ記事からの引用になるが、ホンダの広報は「
参加者が、最悪、死亡してもしょうがないと取れる発言をされた。我々の考える安全とは非常に隔たりがありますので、イベントには協力できないと決断しました」と三行半。あたりまえだ。ヤマハ、川重、スズキも三宅島イベントへの協力から手を引いてしまったという。あっっったりまえだ!
例えばさー、ボクシングだって時々競技者が死ぬわけですよ。相手を殴り倒すべく体を鍛え上げた男たちが、まさに相手を殴り伏せるべくドツキあう競技なんだから、そりゃヘタ打ちゃ死にますって。
けどさー、少なくとも近代ボクシングは人死に出すのが目的でもなければ、競技者が死ぬかもしれないから観客が興奮してるわけでもないでしょー。それどころか、思い切りぶん殴りあっても死人が出たりしないように、マウス・ピースだとか(アマチュアだったら)ヘッド・ギアの装着義務とか、いまじゃリングのロープだって死亡「事故」の原因要素だってんで見直さにゃならんかな、なんて議論もあったりするわけでしょーが。進歩ってのはそういうのを言うんじゃないのかね。
十全の安全策を講じたつもりでやってみたら、実は不十分だったんで不幸な結果になっちゃった、次からはそういうことがないようにと知恵を絞るから進歩があるんであって、別に死人が出なきゃ進歩がないわけではない。
だいいち、最初っから人命にかかわるヤバい要素があると明らかに分かっていて、どう対策すればいいか分かってて、でもその対策を実施することができないことも分かってて。そういう、必然的に人死にが出るようなことを敢えてやるってことと「進歩」に何の関係があるものか。
つーか、そんなんで万が一の事態が起こったときに、一体何がどう進歩するというのか言うてみいってなもんだ。つーか、聞けよ都庁担当記者。定例会見なんだから。突っ込めっつーの。「知事の機嫌を損ねるのが恐いから一切ツッコミを入れられないとしいうことだったら、何の進歩も何もないでしょう」。キッチリ問い詰めて記事にしろよ。マスコミは都知事の茶坊主かっての、まったく。
ブログ一覧 |
芸能・文化
Posted at 2007/09/20 12:41:20