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惰眠のブログ一覧

2010年06月21日 イイね!

株式会社カーグラフィック!?

株式会社カーグラフィック!?本屋を覗くと、自動車雑誌のコーナーに新しいCG(カーグラフィック)誌が平積みされていた。結構唐突に二玄社の手を離れ、悪くすると次の号は書店に並ばないかもしれないなーなどと無責任にも思っていたので、ちゃんと発行されていて一安心である。
毎月1日発行の雑誌の話を、月も下旬になった今頃になって今更……とは思うけども、しばらく本屋にいっていなかったんだから仕方がない。

 見つけた新しいCGで真っ先に見たのが奥付だ。“新体制”っていうが母体はどうなってんのよ?と言うことが一番の疑問点だったからだ。
 そこを見て、一瞬「あれ?元の体制で発行した最後の号かな、これは?」と思ってしまったのは相も変わらず『二玄社』の文字が記されていたから。

 しかし積み上げられている部数が多すぎる。パラリパラリとページをめくり、下野康史のコラムが掲載されていないことを確認し、さらに編集長の巻頭言に「今号から新体制」などというフレーズがあるのを見つけて、ようやくヤレヤレ新刊だと得心した。

 そこで改めて奥付に戻ると、二玄社は発売元で、発行元は……株式会社カーグラフィック?!なんだそりゃ。もう一度ページを繰って編集長の巻頭言を読む。それでようやく納得した。CGの組織を二玄社は切り捨て(分社化ではない。資本関係はないと明言されている)、種々の権利関係も含むCG誌の資産を新会社が、恐らく一切合財相続したのだ。これまでのロゴを継続使用していたり、二玄社で既刊のムックの広告が引き続き掲載されていることからの推測だけれども。
 引き続き二玄社が『発売元』なのは、書店コードの取得など流通面での便宜に関わる事情なのだろう、多分。

 CGがこれまでに蓄積してきた資料や記事が死蔵されたり散逸することになったら、産業方面からはともかくとして文化方面からは日本の自動車業界にとって大きな損失になったと思われるわけで、とにもかくにもその財産が相続されてよかった。

しかし、この新会社、いつまで持つんだろうなぁ……
Posted at 2010/06/21 12:47:18 | コメント(2) | トラックバック(0) | 芸能・文化 | 日記
2009年06月17日 イイね!

続・ガンダムどんだけ大きいねん! ~または『ガンダム台場に建つ』~

続・ガンダムどんだけ大きいねん! ~または『ガンダム台場に建つ』~以前、でっかいガンダムの模型をBlackcat.U-taさんの所で組み立てた折に撮影した写真に人物を合成して「ガンダムどんだけ大きいねん!」などと思ったりしたものだが、いま品川区東八潮の……というかお台場にある潮風公園に行くと、設定どおりの全高18メートルという巨躯を誇る「原寸大」ガンダムを見ることが出来る。

 普通、こういう空想上の存在は、合成写真を作るとか縮尺を合わせた人物模型と一緒に展示するとかして、想像力を働かせて「実在したら、こんな具合なんだろうなぁ」と頭の中でイメージを膨らませるしかないのだが、これならイメージ力は不要である。いやはや、それにしても本当にでっかい。

 まだ完成したわけではないようで、周囲に廻らされた囲いのために足首より下は見ることが出来ない。それにも拘らず、そして平日の日中であるにも拘らず(!)背広姿の30~40代くらいの男性サラリーマンが、結構大勢見物に来ているのだった。

 僕も他人のことは言えないが、ガンプラで育った世代にとっては、ある意味「夢の具現化」ではあるわけで、やっぱりこれは見に来たくなってしまう。そうして写真を撮りながら(フォトギャラリー参照)原寸大ガンダムの周囲を歩き回っているうちに、数人の背広のグループ――恐らく、外回りの営業マンだ――の会話が耳に飛び込んできた。
 1人が「仕事戻らなくていいのかなぁ」というようなことを呟くと、その横にいた1人がすかさず腕時計を見て「もう終業時間まで1分ないし、構わないだろ」というような答えを返した。……構わないのかよ(笑)。いつから見物してたんだよ(笑)。

 ま、いまのご時世は(ガンダムが放送されていた昭和50年代半ばとは違い)携帯電話というありがた迷惑な道具があるお陰で、本当に必要な状況なら職場から「お呼び出し」が容赦なくかかってくる。その時「いまどこにいる?」と聞かれてさすがに「ガンダムの横」と馬鹿正直に答える訳にはいくまいが。

 ところで、お台場のガンダムの横には建て込みに使われているクレーンが停まっているのだけれど、これを見るとつくづく「全高18メートルのロボットが歩き回ったり、ましてや肉弾戦をするなんて絶対に無理だ」と思えてくる。



 ロボットの腕一本分にも満たぬ可動箇所しか持たない「単純な構造」の建設用クレーンでさえ、専門のオペレーターが慎重に操作せにゃならんのである。トラックほどものマスがある腕をブンブン自在に振り回すなんて、そりゃあできない相談だ。
 敵をぶん殴ったりしたら、それこそ大ごと。どっかの取り付けがずれたり歪んだりして、あっという間に使い物にならなくなる。いや、そもそも取っ組み合うとかする以前に、このスケールの人型がコケたら、それだけでもう大惨事だ。建設現場でのクレーン横転どころの騒ぎではない。

 ……という点に十分配慮したからかどうか知らないが、お台場に建ったガンダムの足許には随分と嵩のある土台が設置されているようで、そのお陰でまだ囲いが取れていない今の時点でも、足首くらいまでは外から見ることが出来るのだった。
 しかし、これが本当になんかの弾みで転倒なんかしたら、本当に冗談じゃすまないようなことになるんだろうなぁ。

 事故を起こすわけには勿論いかないだろうから主催側も万全の対策は施している筈で、そういう目で見ると、頭頂部と左右のビームサーベルの柄尻に設置された避雷針が、ちょっと違った意味で「リアリティ」をかもし出しているように感じられてくるのだった。
Posted at 2009/06/17 21:15:19 | コメント(1) | トラックバック(0) | 芸能・文化 | 日記
2008年10月23日 イイね!

携帯電話までグーグルかよ

携帯電話までグーグルかよ情報を制する者、世界を制す……かどうか知らないが、大昔の中国の偉い人も「敵を知り己を知らば即ち百戦危うからず」などと曰ったらしいから、やっぱり情報(≒知識)は大事なのだろう。というような概念を、インターネット全盛の現代で商品レベルに落とし込んでみましたっていう感じなのがアメリカで発売されたグーグル電話。うむ、こう書くと少しもカッコよさげじゃなくていい。

 日本市場への投入は未定だというが、ニュースで見てちょっと興味があったので公式サイトを開いてみると、いきなりセールス・トークが始まった。幸い英語なので大体のところは何となく分る。グーグルフォンG1の販売事業者はドイツ企業だが、ドイツ語でなくて本当によかった。
 僕は大学時代、一般教養科目である第2外国語のドイツ語8単位を履修し終えるのに、ガッコが想定したカリキュラムの1.5倍の期間、3年かかった暗い思い出がある。まったく、よく留年もせず卒業できたものだ。長い間ベンキョしたにもかかわらず、読み書きしゃべりの技能はこれっぽっちも身につかなかった。学費出してくれたお父さん、ごめんなさい。

 それはそれとして。おしゃべりなホームページで解説されているグーグル電話の機能や使い方を見ていると、こりゃもう携帯「電話」だなんてウソだ。カーク船長やスポック副長が未知の惑星に降りたときに持ち歩く情報端末そのまんまである。情報端末に電話としての機能もついている。そう考えたほうが、多分正しい。

 要するに、グーグル社というインターネット検索最大手にして地球規模の地図までその版図に加えた超巨大データベースに、最も簡便にいつでもどこでもアクセスできるのが(そしてそれを加工したりして利用できるのが)最大の利点なのだろう。アップルのアイフォーンが、喩えて言えば自宅の書棚に好き好きの本を並べるようなものなのに対して、グーグルフォンは図書館……それも国立国会図書館を丸ごと持ち運ぶようなイメージだ。SF映画そのまんまである。

 とまぁ、スゲーなあと感心する一方で、そんな日常の一挙手一投足に至るまでグーグルに情報として収集されてデータベース化されるのと表裏一体である(グーグル・ツールバーでさえスパイウェアまがいに「個人情報」をせっせと収集してグーグル社に送信している)ことを考えると素直に感心できないというか……ほとんどディストピア小説『1984年』のビッグ・ブラザーじゃんねー、などと思ったりもするのだった。このユーザーはなんの情報に興味がある、どこの店を調べていた、なんの写真を見ていた、どんなメールを打った、誰と話をした……それが全部一元的にグーグルの手許に集積される。思想警察とか情報機関なんかだったら泣いて喜びそうだ。

 そんなホラーなことを考えながらふと思い出したのが日本のSF小説家、森岡浩之の出世作『星界の紋章』だ。前にも「SFが時々凄いのは、近未来の事象や風俗をヒョイと言い当ててしまうことがあること」なんて書いたんだけれども、この作品にもそういう部分がある。誰も彼もが「サイフ」を肌身離さず持ち歩く習慣が定着した社会を、森岡は創作しているのだ。

 この場合の「サイフ」は身分証明を始め何から何まで多種多様の機能を「サイフ」が持っているため、その「サイフ」なしには社会生活を送れないというような代物で、新刊で読んだときの感想としては「いささか不自然感の強い風俗設定だな」だったのだが……2008年現在の日本においては「サイフ」ならぬ「ケータイ」がまさに森岡の描写どおりの存在となっている。否、電子マネーを介在させた「おさいふケータイ」すらあるわけだから、ドンピシャ言い当てたと評してもいいだろう。

 あとは、やっぱり『1984年』までもが「ドンピシャ言い当てていた」でないことを願いたいところである。叶わぬ願いっぽい気がするけども。
Posted at 2008/10/25 00:12:52 | コメント(0) | トラックバック(0) | 芸能・文化 | 日記
2008年09月19日 イイね!

得手、不得手はあるにしても

得手、不得手はあるにしても気がつきゃ購入からもう3年が経ってしまう幌屋根の2号車を車検に出し、引き取りに行った店頭で、芸能・タレントに疎い僕は初めて知った。派手な橙色のボディー・カラーを追加したデミオのCMで踊って(?)いる若い女の子、本職の俳優さんだったのかい!

 なんでそんな驚き方をせにゃならんかと言うと、その「踊り(?)」がアンマリだったからだ。歌に譬えれば斎藤清六にイメージ・ソングを歌わせてるようなもんだ。いまどき斉藤清六の歌を覚えてる人も、そう多くないとは思うけど。

 およそ見るに堪えない素人丸出しの身振り手振りと、それとは好対照(いや「悪」対象)の「どう?見た?私の踊り!」と言わんばかりの誇らしげな表情のコントラスト、否、落差があまりにも痛々しいのだ。
 以前Yuckyが紹介してくれたFlash BeerのパロディーCMみたいな開き直りがあれば救われるんだけど……。

 敢えて最大限にCMの演出の意図を善意に解釈すると、例えば「『私』みたいなどこにでもいるような女の子でも、今度の新色デミオに乗ると、こんなに情熱的にハジけてしまうのよ!!」みたいな変身性を出したかったのかもしれないナーと思わないこともないこともないんだけども、そういう前振りがあるわけでもなし。最初っからあの格好で出てきていきなりグネグネ動き回るだけだもんなー。

 まあその、本職の役者さんとは言っても、演技もできてどんな踊りでもこなせるなんて人は滅多にはいないだろうから、そのことあげつらうのは気の毒なんだけども、せめて撮影の前にレッスン積むとかできなかったのかなぁ。

 んで、ふと連想的に思い出したのが志村けんと加藤茶のひげダンス。むかし、なにかのトーク・バラエティーに志村けんがゲストで出演して、ホスト側のタレントがひげダンスの芸を再現して見せる場面があった。
 ホストは確かスマップで、それなりに芸暦も身体能力もスタント的能力もある彼らのこと、なかなか上手にリバイバルをやってのけて見せるのだけども、チョコッと『お手本』で志村本人が登壇した途端、ものすげー落差がありありと分ってしまった。ペンギンのように体の脇にひょこっと手を出して、状態を上下に揺すりながらコミカルに歩くあの動作、ただそれだけの動作の洗練度が、まるっきり違うのだ。

 プロのボードビル芸と幼稚園のお遊戯……は言い過ぎにしても、こっちの感想としてはそれぐらいレベルがかけ離れていた。あのスマップをしても。
 と言うくらい『踊り』とか『絵』とかみたいなもんは、誤魔化しが利かないし嘘がつけないので(歌は録音技術で、相当手直しが効く由)プロの皆さんそれなりの修練を積んでくださいよね、演出家の皆さん素人であるところの観衆の目をあまり甘く見ないでくださいよねって思ったりしたのだった。
Posted at 2008/09/25 15:25:10 | コメント(4) | トラックバック(0) | 芸能・文化 | 日記
2008年08月24日 イイね!

回顧的備忘録・北京五輪

回顧的備忘録・北京五輪先に添付画像の説明を書いておくと、これは中国大使館正門前の様子。農薬混入ギョーザ事件の頃から所轄の警備が張り付きになったが、以前はポリス・ボックスがある程度、言われなけりゃ大使館があることさえ見落としかねない風情だった。

まぁ、それはそれとして。

 北京五輪の大会競技に関しては、ジャマイカのボルト選手が驚異的な短距離走レコードをたたき出したり、女子ソフトボールの日本代表が「三度目の正直」で決勝でアメリカを下し劇的に過ぎる金メダルを獲得したりと、なかなか見所が多かったように思う。

ここで書き残しておこうと思うのは、開会式の演出のこと。

 僕はあの中継を、残業しながら会社のテレビで見ていた。事前には一抹、「ローカル的な」垢抜けない演出になるんじゃないかとの思いもあったのだが、蓋を開けてみりゃ「うわぁこれ、すごい演出家つけてるよ」ってなもんだった。
 途中、巨大な絵巻物を広げるシーンで画面の作り方が映画『英雄~HERO』みたいだな、あの映画監督の影響を受けてるのかな、なんて思ってたら、同じく会社に残ってた先輩が部屋のあっち側で「すげえ!チャン・イーモウ風味丸出しだな!」てなことを叫んでいる。彼は知っていて僕は知らなかったのだが……影響を受けているも何も、HEROの監督自身が開会式の総合演出を手がけていたのだった。

 てなことを書いているが、僕が観たチャン・イーモウ監督作品は、そのHEROだけ。だけなのだが、僕はこの映画が、その結末の『落とし方』も含めて、かなり好きなのだ。あれを見て真っ先に思ったのは「これ、周五郎だ」。『樅の木は残った』や『正雪記』、或いは短編の『夜の蝶』なんかに通底する、言ってみりゃ「一身の褒貶を超え、義(ただ)しさに殉ずる」って話だ。

 それはそれとして、開会式の話だ。
式典が終わったあとから、TVで放送された足跡型の花火の映像はフルCGだった(実際に花火を打ち上げてはいたが、放送には使っていない)とか、会場で歌った小さな女の子は「姿の出演」で、他に「声の出演」がいたとかが報じられたのだが、その論調が神経に障った。
 マスコミ報道の“バイアス”は『あいつら俺らのこと騙しやがったんだぜ?!なあ、ムカつかね?ムカつかね?なんか言ってやろうぜ、なあ』って調子だ。どこの頭悪いヤンキーだ、お前らは。ヤラセすれすれの仕込みを「演出」といって憚らないテレビ屋が、どの口でチャン・イーモウを非難するか。

 僕がその辺の話を聞いて感じたのは「あー、チャン・イーモウって根っから『映像作家』なんだな、『映像作家』ならやるかもなぁ」ってことだ。なんかちょっとずれてるんじゃない?ッて感じはするが、『事実』としてのイベント現場での演出よりも、世界配信される映像の『画づくり』が最優先になっている映画監督の発想としては別に不思議じゃない。

 あとアレね、Free Tibetつーて騒いでた連中。奴さんらが、例えば普段からイスラエルに向かってFree Palestinaとかってアピールしてるとか、次のロンドン大会でFree North Irelandってやるとでも言うんならまだしも、全然そうじゃないでしょ、どーせ。中国に肩入れする義理もつもりもないけれど、ここぞとばかりに正義づら引っさげてチョロチョロし始める連中を見るのは、気分が悪かった。
Posted at 2008/09/05 17:21:26 | コメント(0) | トラックバック(0) | 芸能・文化 | 日記

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「そろそろ寝ないとなー。あした、絶対仕事が面倒くさいことになるの確定だから。」
何シテル?   09/17 23:51
曲面の綺麗な旧い車が好き、エレガンスのある車が好き。そんなこんなでユーノス500に乗りつづけ、もう……何年だ?  気がつけば屋根のない車まで併有。いつまで乗り...
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