フェラーリ 512BB

ユーザー評価: 5

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クルマレビュー - 512BB

  • 試乗
    • Sette

    • フェラーリ / 512BB
      BBi ('84) (1976年)
    • おすすめ度:
      乗車人数:2人
    • レビュー日:2017/05/13
      使用目的:スポーツ走行
    • 走行性能

      渋滞に嵌っていても楽しい車。

      何だか戦闘機に乗っているような興奮がある。

      故に、エンジンをかけて乗車しているだけでも、筆舌に尽くしがたい歓びがある。

      乗り心地

      BBは意外にも、ラクシュリーで乗り心地良し。

      しかし同じFerrariでも、Dino 246GTはカートに近いようなスポーティさを感じた。

      地べたに座椅子を置いて乗り込み、疾走している感じ。

      極端に天井が低い為、ちょっとでも腰を上げようとすれば、天井に頭が閊える。

      後方視界が困難なので、サイドミラー、リアヴューミラーが頼り。

      燃費

      都内の渋滞では3km。高速で8kmくらいか。

      エンジンをオーバーホールすれば、Valvesにこびり付いたカーボンを掃除できるので、高速で10km以上いくのかもしれない。

      積載性

      スポーツカーに積載など一切不要であるが、フロントフェアリングをがばっと開ければ、なんとかボストンバッグ位は一つ入る空間あり。

      故障経験

      雨の夜に、ライトつけて、リアのフォグランプつけ、ワイパー回して、音楽聴いてナビつけて、エアコン全開で走り続けると、電気系が危ないそうです。

      満足している点

      1: デザインの美しさ

      2: 2 valve時代のFerrari

      3: Ferrariだけが持つ特殊な魅力

      不満な点

      1: 制動力が悪い

      2: MRとなってはいるが、現実にはリアのセンターラインから2気筒だけはみ出ており、荷重が極端に後方へ寄せられている為、事実上のRRである。

      3: リア荷重なので、180kmを超えるとフロントが浮き上がりそうになる。

      総評


      Lamborghini Miura, Lancia Stratos, Ferrari Daytonaなどと並び、自分でもしかしたら現実に購入できるかもしれない範囲では最も好きな車の一台。

      '99年に512BB, BBiと連続で試乗させていただく機会があり、後にも先にもこれほど運転していて楽しくも興奮したスポートカーは他に無し。
      ____________________

      誰もが長い人生の中で、忘れられない程大きな喜びを感じたことがあるだろう。

      私にも勿論あるんです。

      記憶を辿れば、初恋の思い出。初めて自転車を買って貰った時。
      高校生の時に全国の芸術展で日本一の賞を貰った時。
      そして、その中のひとつにFerrariを運転した時というのがある。

      その喜びの記憶が、未だ脳裏から離れることはない。

      これは私が8歳の時だったか。当時'76年に日本ではSuper Carが大流行した。

      その時、父親が持ってきてくれたポスターが、赤/黒のFerrari 512BBだったのだ。

      それを大事に部屋に飾り、毎日眺めていた記憶がある。今から思えば、その時からBBとはご縁があったのかもしれない。


      512BB......現代車が失ってしまった興奮がこのマシンには備わっている。

      これは現代のスポーツカー全般に云えることなんだが、自動車と言うのはガソリン車として熟成しきっており、野性的な荒々しいアナログ感が失われた。

      その代わりに、機械として洗練され過ぎたきらいがある。
      それは単にキャブレターからインジェクションに変わっただけでなく、それ以上に現代車というのは、むしろ自動車というよりもElectoric Machineに近いのかもしれない。

      すべてがコンピューターによって制御され、安全装置に支配される事で、人間が操作する余地が年々無くなっていくのである。

      これは運転するというマニュアル感ではなく、自動車によって操作されているという、本質的には新幹線に乗車して移動しているFull Automation化された乗り物なのだ。

      そんな中で、この512BBはアクセルを踏んだら踏んだだけしか進まない。ブレークも、踏んだら踏んだだけしか効かないのだ。スティーリングホイールも当然ながら重い。しかし、個人的にはこのハンドリングの方が良い。

      つまり全ての動作を機械に頼るのではなく、自身が操作することによって動かすという、今よりもどちらかと言えば原始的操作によって管理する乗り物である。

      しかしながら、そこには私たちが失ってしまった大切な何かがあり、「自動車らしさ」が在る。

      また、デザインに於いても同じことが言える。

      現代の世界安全基準というのは、排ガス規制も含め、何もかも行き過ぎた管理社会化された中でしか所有することができないという、法の網によって雁字搦めとなっている。

      全高1120mmという信じがたいほど平べったいボディ等も、現代となっては簡単に通らない車高の低さといえよう。

      しかし、だ。

      これはいつも思う事なんだが、そもそも自動車とは何ぞや。
      本来自動車というのは、人間が生活する上で物を運ぶ運搬目的によって生み出されたという経緯を持つ。

      馬はバイクとなり、サムライや騎士達が身に着けていた鎧は、現代のバイクプロテクターとなった。

      そして馬車は、そのまま自動車となり、生活の役に立つ乗り物として道路を支配することへと変化していったのだ。

      しかしながら、自動車本来の目的はそれ以外にもあるのだよ。

      それが「趣味として楽しむ乗り物」である。

      極論で言えば、動かなくても充分楽しめるのである。

      言わば、「釣り好き」が収穫無しでも、充分楽しいという感覚に似ているのかもしれない。

      目的は収穫ではなく、釣りという行為そのものが楽しく、そこに幸せを感じるからだ。

      それが飾る、観察することによって芸術的な美しさを堪能するという美的観念だ。

      その素晴らしさが、イタリアという芸術大国が生み出したFerrariであり、Lamborghiniや、Lancia, Maseratiである。

      そこに安全基準を理由に、芸術的遺産を奪ってよいものか。。。と私は考える。

      私は職業が画家なので、芸術的観念に関しては物凄くうるさい。
      何せ、それが専門なのであり、Artを基準点として生きているが故である。

      現在の自動車を観てごらんなさい。

      どれもPurius化したデザインばかりで、エンブレムが無ければ違いを発見できない程だ。

      しかし、昔は違ったのだ。

      国によって強烈な個性があり、所有し、運転する大きな喜びがあった。

      ドイツ車には機械として優秀な魅力があったし、イングランド車には、英国紳士を感じさせる優雅さがあった。
      一般的に平均化すれば、決して個性的では無かったが、日本車には日本人らしく、緻密で壊れにくい真面目な物造りの精神が宿っていた。

      そしてイタリア車だ。機械としてはお世辞にも優秀とは言えなかったが、この国にしか作り出せない芸術的な美しさと、少しでも速く走るというヨーロッパのカーレースで培われた「自動車を楽しむ精神」があった。

      しかし、現代はどうだ。

      その趣味性が失われてしまい、自動車は単なる安全に移動するマシンにとって代わってしまったではないか。

      そりゃ自動車やバイクを趣味とする人が少ないことは判っている。

      でもね、こうして時代を経て生み出されていった極めて優秀で、芸術的価値の高い遺産と精神は、これからも引き継がなくてはいけない宿命があるのだと私は思う。

      人間というのは、時がどれほど経過しても、人生で体験した特別な歓びというのは忘れることが無いのだと言う。

      Ferrari 512BBi.........このスーパーカーを初めて運転させて貰った時に感じた美しさと興奮は、あれから20年近く経った今でも、頭から離れることはない。

      70年間の歴史の中で、100を超えるほどのモデルを生産し続けたFerrariの中でも、特に縁があり好きなモデルだ。





    走行性能乗り心地燃費積載性故障経験満足している点不満な点総評

 

 

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