
フィット登場まで②
フロントシートの下に空間を見つけたフィットの開発チーム。
燃料タンクをセンターレイアウトとし,
多彩なシートアレンジを可能にするアイデアを思いつ付く。
これを目玉とし,自信満々で社内評価会に臨んだ面々。
だが,彼らに浴びせられたのは「こんなひどいチーム,見たことない」という叱責の声だった。
「なあ,このホテル知ってるか」
「は?」
「インスパイアの直列5気筒エンジンを開発したときにも使ったホテルだよ。縁起がいいぞ,ここは」
初めての社内評価は,説明に立ったプロジェクトを統括する松本宜之が火だるまになるという散々の結果に終わった。指摘されたのは,燃費対策など基本部分の弱さ。自信たっぷりに空間利用の利点を説く以前の問題だった。
そこで,松本に一つの課題が与えられる。なぜシビックは世界的に認められたのか。それをもう一度考えてみろ,というのだ。
「どうして売れたんだって言われてもなあ・・・」
逡巡する松本たちに手を差し伸べたのは,デザイン担当とエンジン担当の役員たちだった。中禅寺湖畔にあるホテルを使い,泊り込みで検討会を開こうというのだ。
なぜシビックは売れたのか。そして,その問いを通じて,彼に求めているものは何なのか。討議を進めるうちに松本には,その答えがおぼろげながら見えてきた。かくあるべし。そう彼が思いい続けていたことでもあった。
シビックが売れた理由の一つは,よくいわれることだが当時の円安。それも確かに大きい。だが,その恩恵を受けたのはシビックだけではない。その中で,シビックに支持が集まった理由はほかにあるはずだ。
突き詰めれば「ホンダらしい車だったということ」だと松本は言う。それが重要だということは,重々承知していた。いや,していたはず。だが,自分たちの提案にどれだけホンダらしさがあったのか。ホンダにしか作れない価値がどこにあったのか。それを再確認することこそが,いまの自分に与えられた課題だと松本は考えた。
ちょうどそのころ,一つの朗報が舞い込んだ。エンジン開発の担当からの報告で,1気筒に対して二つの点火プラグを取り付ける「ツインプラグ方式」が使えそうだというのである。この方式を使えば,エンジンを小型にできるし燃費も向上しそうだと。
それだ。そのエンジンを使おう。これと,燃料タンクをフロントシートの下に設ける「センターレイアウト」を組み合わせれば,低燃費で,かつ従来より格段に室内空間が広い車体が作れるはず。エンジンが小型にできれば,フロントガラスをぐっと前に押し出せる。そうなればデザインも,これまでにない超ショートノーズの画期的なものになるだろう。
開発チームはこのコンセプトを基本に据え,再度評価会にぶつけた。この提案は数度の修正を経て,正式に承認されることになる。
ブログ一覧 | 日記
Posted at
2012/08/08 23:56:46