1か月ほど前、
北米のVCエンジン搭載車45万台のリコール届出の話が、北米の自動車関係サイトで話題になってました。日本ではリコール対象ではありませんし、後述の理由で個人的にも心配はしていません。
北米のサイトでの記事:
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Nissan and Infiniti Recall Over 400,000 Variable-Compression-Engine Vehicles in the U.S.
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NHTSA Closes Probe Into Nissan VC-Turbo Engine Problems, 444K Vehicles Recalled
北米では8月25日から順次オーナーに連絡が届くそうで、今月末から全数の対応作業が始まるのだそうです。
そもそも、どういうリコールなのか。なぜ北米版はリコールなのに、日本版は大丈夫なのか。公開されている情報などから推測してみます。
NHTSA(米運輸省高速道路交通安全局)への届け出の原文には、エンジン内のすべり軸受け(クランクシャフト、Aリンク、Cリンク、Lリンク)の製造問題の可能性、とだけ記されていてそれ以上の情報がありません。
またその対処は、ディーラーに持ち込まれた対象車体のエンジン内を検査して、オイルパンに金属粉が混じっていなければ問題なし。エンジンオイル交換をして返却。
オイルに金属粉が混じっていたら、エンジンを載せ替えて、ECUをリプログラミングして返却、だそうです。
また、いくつかのサイトの記事では、エンジン回転の過負荷時に、エンジンに過負荷振動が加わるなどして、すべり軸受けの一部の油膜が切れ、微小損傷が起きて金属粉がエンジン内に混入、オイル潤滑が妨げられ高熱損傷が起きるリスクがある、ということだそうです。
2023年から始まった予備調査で、約45万台の対象車(北米版ROGUE/CVT、Altima, Infiniti QX55,QX50)のうち、約1800台にエンジントラブルが起きていたそうですが… 故障率は 0.4% ですね。
ここからは
想像ですが…
VCエンジンは機械的なリンク機構を多用して、上死点と下死点を物理的に移動させています。通常のエンジンの代表的なすべり軸受け箇所は、
① ピストンヘッドとコンロッド
② コンロッドとクランク
③ クランクシャフト(メインシャフト)
の3か所です。一方でVCエンジンのすべり軸受け箇所は、
① ピストンヘッドとコンロッド
② コンロッドとLリンク左端
③ Lリンク中央とクランク
④ Lリンク右端とCリンク(コントロールリンク)
⑤ Cリンクとコントロールシャフト
⑥ コントロールシャフトとAリンク(アクチュエーターリンク)
⑦ クランクシャフト(メインシャフト)
の7か所にもなります。このうち、①と⑦クランクシャフトは同じ構造、⑥はアクチュエータが動く時だけのリンクなので、エンジンの高速回転時の大きな負荷の違いは、
②、③、④、⑤ のすべり軸受に大きな差として表れてきます。しかもこの4か所は気筒ごとに必要な軸受けになるので、3気筒だと3倍の数の軸受け箇所が増えてきます。
VCエンジンは通常エンジンに比べて、大きな応力を受けやすい滑り軸受けの箇所が4倍以上もあり、そのすべての軸受けでオイルによる油膜を常時正しく張れていることが正常に動く条件になります。
通常エンジンだと
一番応力がかかるのはコンロッドとクランクの接触部分の軸受けなので、この部分の潤滑をどうするかを考える、ということになります。
一方でVCエンジンは4か所それぞれに別々の方向の応力がかかってしまうので、この
4か所の軸受け全ての潤滑をスムーズに行うことが必要になる、という難しさがあるのだろうと思います。
例えば、コンロッドとつながっているLリンクは常時上下に運動してしまうので、Lリンクの両腕の②と④の軸受け箇所への潤滑油の供給はものすごく大変です。実際にはLリンクの②④と③の間に潤滑油が通る穴が貫通していて、クランクシャフトの内部から③に供給されるオイルがこの穴を通して②④の接面にまで吹き出して油膜を張る、という離れ業が使われています。(しかも超超鋼のLリンクの穴の切削加工と面取り加工は超絶難易度)
また、北米版VCエンジンは、1000rpm程度のアイドリング時から、アクセル全開の4000-5000rpm での過負荷状態まで、様々な稼働状況になります。この時、エンジンの負荷状況に応じて、Aリンク、Cリンクがせわしなく無段階に動き、Lリンクによって
上死点/下死点が無段階で可変になり圧縮比が変化する、という動きになります。当然、
それぞれの軸受けは過負荷な状態が状況に応じて頻繁に発生することになるのだろうと思います。
加えて。エンジンオイルを適切に交換している車体なら、過負荷な状態でも潤滑は正常でしょう。でも北米の場合、① 高温多湿でオイル劣化しやすい日本と違い、乾燥した地域が多い欧米ではオイル交換間隔が長い、② 車検も点検も一律な制度はなく整備はユーザー任せ、③ 廃棄オイルの環境影響を下げる意識が高い、などから、数年、数万キロ乗ってもオイル交換しないという人も居ます。
エンジンオイルの劣化が進み高粘度なった車体もあるのだろうと思います。
ただでさえ過負荷な軸受け状態になりやすい4か所の軸受けに高粘度(いわばドロドロ血)のオイルでは行き渡らず、どこかで油膜切れが起きてしまい、金属粉が生じてしまったのではないか?と想像します。
例えば、「今まで、2年間エンジンオイル交換しなくても、他の車体では焼き付きなど問題は起きなかった!VCエンジンはどうして問題が起きるんだ!?」といったクレームも出てくるのだろうと思います。VCエンジンは特殊なんです、小まめなオイル交換が必要なんです、と弁明しても、陪審員制度の北米の裁判では、多くのケースで消費者側に有利な判断が下されます。メーカー側としては集団訴訟の陪審裁判になると相当厄介です。
それならば、全数リコール扱いにして、一旦ディーラーで検査して、金属粉がなければオイル交換で問題なしとして返却。金属粉がある車体だけ、エンジンを交換して、今後定期的にオイル交換させる、という対策をとる方が得策だろうと判断したのではないか?と推測します。
金属粉が見られる車体への対策も、エンジン載せ替えに加えて、ECUのリプログラミングになってます。恐らく、アクセルべた踏みなどの過負荷時に、
VC機構が緩やかに作動するようにリミッター調整される変更が入っていて、軸受けに過負荷が生じないようなセッティングになっているのだと想像します。
日本では問題が起きないか。
資料によれば、VCエンジンは全数、横浜工場で製造され、北米向けには組み立て済みVCエンジンとして出荷されているそうです。なので、日本版エクストレイルT33のVCエンジンも、同じ横浜工場で同じ製造方法で作られていると思われます。
ですが、T33で使われるVCエンジンはe-powerの
発電専用です。アイドリングもなければ、4000-5000rpmで急峻に回転数が上がるような使われ方もしません。多くのケースで、
2000-3000rpm の「定速回転」であり、過負荷状態が続くことも無ければ、
VC機構も緩やかで、急峻な動きもしないのだと思います。
それはそれで、本来のVC機構の性能の1/3も使ってないような気がしてもったいないですけど、逆に、
VC機構が過負荷状態にほとんどならないので、軸受けの過負荷状態にもなりにくく、
油膜切れによる金属粉の混入も起きないのだろうと思います。
また、日本では車検制度があるので、ほとんどのユーザは1年に1度~1万キロに1度はエンジンオイルを新品交換します。劣化オイルによる潤滑異常も起きないんだと思います。
VCエンジンは機械的に圧縮比の可変状態を作るという、30年以上に渡るチャレンジングな研究開発を具体化して量産化した、すごい技術の塊だと思います。開発陣には敬意を表します。
一方で、複雑な機構であるがゆえに物理的な問題も起きやすくなるのは致しかたない。通常はそういうトラブルを次々と解決して技術進化していくのですけど、VCエンジンが実現するアトキンソンサイクルは、吸気バルブ遅閉じで実現されるミラーサイクル(擬似アトキンソンサイクル)と、熱効率の点では大差ないことが分かっています。
製造のムヅかしさ、複雑機構から生じる課題、生産効率などの経済合理性から、機構的にアトキンソンサイクルを実現したVCエンジンは、もしかすると1代限りのエンジンになってしまうのかもしれません。