
▼最後の魔法
仕事にせよ家庭にせよ、本当に人生は忍耐だなぁとしみじみ思う、今日この頃です。
嗚呼、人生は耐えることと覚えたり・・・。
で、次第次第に追い込まれてくると、聴きたくなる音楽ってありませんか?
自分の場合、それは「テクノ&ユーロビート」になります。
意外に思われる方も多いと思います。
ただ、音楽というのは個人の記憶と不可分な存在でして。
自分にとっても、それは遠い日の思い出を蘇らせてくれる存在なのです。
10年以上前、大学の頃。車で夜の峠を攻めてました。
まあ、いわゆる走り屋みたいなものだと思ってもらえば遠くないです。
当時イニシャルDという走り屋のアニメが流行っていまして(画像はそちらから拝借いたしました)、そのサウンドトラックなどをかけながら走っていたわけです。
何でそんな事していたの?と思われるかもしれません。
わざわざ誰もいない暗い山奥に行って、危険な暴走行為をして・・・と考えるのが普通でしょう。
ところで、走り屋(あるいは、それに類する人)には、ある一定の傾向があるように思えます。
割と内向的だったり、大事な場面で言葉を飲み込んでしまう人。
詰まるところ、何かを耐えてしまいがちな人のように思います。
そうした実社会で鬱積する満たされない思いが、彼らを夜の峠に駆り立てる。
見えない何かをぶん殴ってやりたい気持ちの代わりに、アクセルを蹴りつけて・・・。
谷間にこだまするエキゾーストノートは、彼らの声にならない叫びなのだと、そんな風に思うのです。
だとすると、じゃあお前には無関係な話だろう、と言われてしまいそうですね(苦笑)。
確かに大切でないことはベラベラしゃべる人間なのですが、本当に大事な場面、心の底にわだかまっている言葉は、上手く口に出せないタイプなのです。(たぶん信用してもらえませんが・・・)
社交的なように思われることもありますが実際は引きこもりだし、根本的に人嫌いだし、友人は少なく根は暗いんですよね。
別に卑下するわけではなくて、率直に自分の性格を分析してみると。
特に当時は、まあなんと言っても多感な時期でもあり、あがいてたんでしょうね。
そんな時ってキラキラしたものが疎ましくて、夜の闇が本当に心地良いんですよ・・・。
そして攻めて走れば走るほど、どんどん孤独になれるんです。
スピードとともに流れる景色が速くなって、次第にぼやけていって。
しまいには意味とか、価値とか、未来とか、みんな溶け去って、あとはエンジンの鼓動と危うげなグリップの感触だけが、世界の全てになって。
とてもとても純粋な、マシンだけとの対話・・・みたいな。
「スピードは、天がくれた最後の魔法」
昔好きだった歌の一節が、怖いぐらいピッタリします。
社会人になって、パパになって、鬱積した思いが高じてくると。
ふと、忘れていた夜の暗さを思い出すのでした。
Posted at 2013/08/31 21:43:53 | |
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