2015年10月30日
米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設計画をめぐり、沖縄防衛局が29日に本体工事に着手したことを受け、翁長雄志知事は同日、県庁で会見を開き、「承認取り消しについて、法律的に最終的な判断が示されないまま工事が強行されたことに激しい憤りを禁じ得ない」と述べた。さらに「政府はキャンプ・シュワブに機動隊を配備し、辺野古新基地建設に反対する県民への強権的な態度をあらわにしている。『沖縄の人々の気持ちに寄り添う』と言っているが、一連の行動からそのような意思はみじんも感じられない」と強く批判した。
代執行手続きの一環として、国から是正勧告書が届いたことについては「審査請求で承認取り消しの効力を止めておきながら、今度は所管の大臣として『承認取り消しを取り消せ』と勧告することは自らの都合に応じて立場を使い分けていると言わざるを得ない。法治国家だと世界に向けて胸を張って言えるか。勧告は甚だ不本意だ」と述べた。
政府が米軍普天間飛行場所属のMV22オスプレイの訓練を佐賀空港に移転する計画を見送ったことについて「去年の選挙時期に佐賀空港に持っていくということが大々的に報道された。いざ沖縄県と対峙(たいじ)するとなったら(計画見送りを)発表する。大きな壁を乗り越えるためのハナシクヮッチー(話のごちそう)だ」と指摘した。
沖縄の知事さんも同じだと思うけど、・・・。笑顔を見せたのは金をもらう話のときだけで、・・・。
Posted at 2015/10/30 21:51:36 | |
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政治 | 日記
2015年10月29日
部屋に帰ると買い込んだ水を口にした。絶食と言ってもまだ半日だったが、何だかもうずい分長い間何も口にしなかったような感じがした。そしてさらりと喉を落ちていく液体の感触が何とも言えずさわやかだった。一気に全部行きたかったが、二口を飲み終えたところで止めておいた。さすがに昨日腸をぶった切られて縫い合わされたばかりのこの身としてはあまり過激なことも出来なかった。頭の中に繋いだ腸の縫い目から水が噴出している絵が浮かんだ。そんなことはなかろうとは思うが、無理は良くないのだろう。その後ベッドに横になっていると看護師が点滴のバッグをワゴンに積んで入って来た。
「佐山さん、午後からまた点滴をお願いします。」
看護師は腕に残置されたチューブに点滴のバッグを繋いだ。ゆっくり滴り落ちる輸液をしばらく見つめていたが、僕は本を手に取るとベッドに横になった。そうしてしばらく本を読んでいたがそのうちに眠ってしまったらしい。目が覚めたら女土方が戻っていてベッドの脇に座っていた。
「目が覚めた。よく休んでいるようだったからそのままにしておいたわ。どう。少しは楽になった。」
女土方は僕を見つめながら微笑んでいた。
「眠っちゃったわ。何時戻ったの。家で少しは休めた。ごめんなさいね、私のことで迷惑をかけて。もう大丈夫よ、今日は家に戻ってゆっくり休んで。」
僕は本気で言ったのだが、女土方は全く取り合おうとはしなかった。
「あなたは早く元気になることだけを考えてくれればいいのよ。今は他の事を考えちゃだめよ。」
この際だからもう余計なことは考えないで世話になろうと思いまた本を手に取った。女土方も本を手にしてページを繰っていたが、視線はほとんど僕の方を向いていた。そしてトイレに立つ他は僕のそばを片時も離れなかった。
僕自身はこれまで他人というものをあまり好意的に受け入れたことがなかった。付き合った女にしても一緒にいればその時は楽しかったが、だからと言って四六時中生活を共にすることは疎ましかった。さすがにそういう自分を我侭と思うことはあったが、それでもそういう態度を改めようとはしなかった。しかし女土方だけは別だった。彼女は僕のテリトリーを熟知しているかのように奥深くまでずかずかと踏み込んでくるような無作法はしなかった。それでいて心の奥まで届くような暖かさを感じさせてくれた。
「ねえ、ちょっと来て。」
僕は甘えた声で女土方を呼んだ。
「どうしたの。」
呼ばれて顔を寄せてきた女土方の首に手を伸ばして自分の方に抱き寄せた。女土方はベッドの脇に膝をついて横になった僕に体を寄せてきた。腕の中の女土方がとても暖かく心地良かった。僕はこれまで孤独を好んで独りで生きてきた。組織に属さず公私とも一人で生きていても不自由はなかったし孤独感やさみしさを感じたこともなかった。周囲には友人もいたしさほどむきにならなくても女は必要な時には何時も手近にいた。中にはかなり真剣に好きになった女もいなくはなかった。それでも最後の一線で踏みとどまったのは自由でありたいと言う僕の強い願望だった。年を取るに従って自他の様々な事情から周囲の人間たちは少しづつ減っていったが、それでも適当にじゃれ合う女は不自由しなかったしインターネットの劇的な普及などで却って付き合いの範囲は広がっていくような有様だった。
しかし女土方との衝撃的な出会いの後、最初は単に興味本位から女土方に近づいて行きお互いに深く触れ合うようになるとこの女の暖かさがゆっくりと僕の心に広がっていった。女土方は普段は自分の生活をきちんと守って無闇に他人の領域に踏み込んでくることもなければ何くれと自分の要求を突きつけてくることもなかった。それでいてこうして何かしら問題が起きれば本当に何のためらいもなく力みもなく自分を犠牲にして尽くしてくれた。
僕はずい分長いこと人と一緒にいて安堵感を感じるようなことはなかったが、女土方の雰囲気は僕にそれまで感じたことのないような穏やかさを与えてくれた。
『いくら強がってみても人間は独りでは生きられないのかも知れない。』
僕は深呼吸をして女土方の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「ありがとう。あなたが好きよ。」
僕はゆっくりと吐き出す息と一緒にかすれた声で呟いた。
「ねえ、咲子、退院したら一緒に暮らそうか。」
僕は今まで何度か女土方に促されていたことを自分から切り出してみた。僕が女土方のことを「咲子」と名前で呼ぶことも滅多にないことだった。
「いいわよ。でも今は何も考えないで休みなさい。元気になったらその時に考えましょう。」
女土方は僕の提案を軽く捌いて微笑んだ。
「咲子、もう一つお願いがあるの。聞いて。」
「なあに。」
女土方は少し首を傾げた。
「何かを食べて。お願い。あなた、夕べから何も食べていないでしょう。もう私は大丈夫だから何か少しでも食べてきて。何かを買ってここで食べてもいいわ。お願いよ。」
「家で食べてきたから大丈夫よ。」
女土方は容易に腰を上げようとはしなかったが、僕が何度も繰り返して頼むと黙って頷いて「分かったわ。そうさせてもらうわ。」と微笑んだ。そして体を起こして僕の腕をそっとベッドに戻そうとして「あっ」と声を上げた。あまり腕を動かしたので点滴の針が血管を外れて腕に青黒い大きな皮下出血を作っていた。すぐにブザーを鳴らして女医に刺し換えてもらったが「あまり腕を動かしてはだめよ。」と注意されたことには二人で大笑いだった。
夕方遅くになって女土方は食事に出て行った。「すぐに帰る。」と言い残していったので本当に軽食だけですぐに帰るのだろうと思っているとずい分長いこと戻らなかった。その間に午後の回診があり傷の消毒とパッチの交換が行われた。腹を切ったのだから痛くないといえばうそになるが、体を動かせば痛みが走るもののじっとしている分には特に強い痛みは感じなかった。早々に通じもあったし傷ついた体は順調に回復しているようだった。
女は痛みに鈍感というから痛みを感じないのかと思うが、僕自身けっこう痛みには強かった。でも一昔前とは違って医者もずい分優しい。「治療なのだから痛みは我慢しろ」などとは決して言わない。痛みは出来るだけ軽減してくれようと努力する。しかもいろいろ忙しいだろうにとこっちが恐縮してしまうほど細かなことまできちんと説明もしてくれる。僕は自分で分かることは特に聞かなかったが、何度も診察室に出入りしては細々と本当に必要かなと思うようなことまでくどくど聞いている患者も少なくなかった。医者も楽な商売ではないな。口には出さなくとも僕のように心の中で毒づく患者もいることだし。
女土方は二時間以上も過ぎてからやっと戻って来た。
「何か美味しいものを食べて来た。」
今日最後の点滴バッグを腕につないでもらったばかりの僕はベッドに横になったまま女土方を迎えた。
「この近くであなたのところのチーフに会ったわ。病院の名前を聞いて様子を見に来たようよ。私も見舞いに行ったけど『点滴をして眠っている』と言われたと話したら帰ったわ。それでしばらく話を聞かされて遅くなったの。ごめんなさいね。でも何だかんだといろいろ聞かれたわ。あなたのことを。あなたに良い病院がないかと聞かれたから紹介したと答えておいたわ。病名は腹膜炎と言っておいたから合わせてね。」
「私たちがどういう関係か疑っているのかな。はっきり言ってあげれば。お互いに愛し合っているって。別に悪いことじゃないんだから。」
「そういうことでもないようだけど。それよりもあなたがずい分変わってしまったってそのことを聞きたかったようよ。それは私も時々つくづく思うけどね。私にとっては都合よく変わってくれたんだからそれはそれでいいんだけど。」
「人間何かのきっかけでがらりと変わることもあるのかもしれないわ。でも私は私だから。たとえどんなに変わったとしても。」
こういう言い方は取り様によってはいろいろな意味に取れるのだろうが、その意味では極めて客観的に真実を述べたと言っても間違いではない。まさしく人間が替わってしまったのだから。
「チーフはね、あなたがこれまでとは比較にならないくらい能力が上がって会社の仕事にも積極的になったと言っていたわ。だから変わったこと自体は彼にとっては好都合のようだけど変化があまりにも劇的過ぎると首を傾げていたわ。私だけじゃなく会社にも都合よく変わったってことね。
それでね、今度社内旅行があるでしょう。その時に是非ゆっくり話してみたいと言っていたわ。でもあなたが元気になって参加出来ればの話だけどね。」
「社内旅行って。そうなの。」
女土方は怪訝な顔をした。
「そうなのって、あなた、毎年行っているじゃないの。大好きなカラオケでいつも盛り上がっていて。今年も歌うの。でも今年はお預けかも知れないわね。」
そうか、佐山芳恵はカラオケなんてあんな馬鹿らしいものが好きなのか。大体カラオケなんて誰が考えたか知らないが、自己陶酔に浸りきって歌っているやつはいいだろう。でもうまくもない歌を聴かなければいけない者の迷惑を考えたことがあるのだろうか。喧しい、話は出来ない、その上歌の節々で拍手を要求され、あんなものを野放しにしておくことそれ自体が文化を滅ぼすようなものだと僕は思うのだが、それで楽しんでリフレッシュできるならそれはそれでいいと思う。ただ歌え歌えと無理強いは是非やめて欲しい。
まあカラオケ談義はまた後でするとして僕はこれまで会社というところに勤めたことがなかったので社内旅行などというものは言葉では知っていたが、その実態は何も知らなかった。毎日一緒に仕事をしている者達がわざわざ休みに集まって宿泊付きで出かけるというこの何とも日本的な集団順応型の行動の何が一体面白いのかというのが正直な感想だった。
Posted at 2015/10/29 20:54:51 | |
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小説 | 日記
2015年10月29日
政府は29日朝、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設のため、名護市辺野古沿岸部で埋め立て本体工事に着手した。
一方、同県の翁長雄志知事は政府が埋め立て承認取り消しの執行停止を決めたことに対抗し、同日中にも国地方係争処理委員会に不服審査を申し出る方針で、政府と県の対立は決定的となる。
翁長知事は同日、那覇市内で記者団に対し、工事着工について「強権極まりないという感じで大変残念だ」と政府を批判。今後の対応に関しては「しっかり対峙(たいじ)していきたい」と述べた。
予定工期は2020年10月末まで。当面は資材置き場や搬入用道路の整備など、陸上部で作業を行い、中断していた海底ボーリング調査も再開した。年明け以降に、埋め立て予定地を囲む護岸部分から海上作業に入る見通し。
また、承認取り消しを知事に代わって政府が取り下げる「代執行」に向け、国土交通省が発送した是正勧告の文書が29日、県に到達する。翁長知事は「取り消しは適法だ」として勧告を拒否する考えで、代執行をめぐり政府と県が法廷闘争に突入するのは不可避の情勢だ。
16年もかけて話し合って、「強権極まりない」もないだろう。お隣さんなんか、国際社会がどう反発しようとあっという間に公海に人口島を作ってオレの領土だと大声を上げてるじゃないか。強権と言うのはそういうことを言うんじゃないの。でも沖縄県って一般の地方自治はどうしているんだろう。発展しないのはそのせいじゃないの。
Posted at 2015/10/29 11:09:58 | |
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軍事 | 日記
2015年10月29日
朴槿恵(パク・クネ)大統領と安倍晋三首相の初めての韓日首脳会談が来月2日、ソウルで開催される。
金奎顕(キム・ギュヒョン)青瓦台(チョンワデ、大統領府)外交安保首席は28日、春秋館で「朴大統領は安倍首相と11月2日午前に首脳会談を行い、韓日関係の発展方案および相互の関心事項について意見を交換する予定だ」と公式発表した。
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韓日首脳会談は2012年5月、当時の李明博(イ・ミョンバク)大統領が野田佳彦首相と行って以来、3年6カ月ぶりの開催となる。
金首席は「今回の会談では慰安婦問題など韓日間の懸案に対して突っ込んだ意見が交換されるものと予想される」と伝えた。また、安倍首相との昼食会に関しては「昼食会は行わないことで両国が申し合わせた」と明らかにした。加えて韓日首脳会談に続く共同記者会見も予定されていないことが分かった。
また、ああだ、こうだ言って何の成果もないんだろうからせめて昼飯くらい出せよ。それともお互いに飯がまずくなるんだろうか。
Posted at 2015/10/29 11:08:31 | |
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軍事 | 日記
2015年10月29日
米海軍のイージス駆逐艦が南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島で中国が埋め立てた人工島から12カイリ(約22キロ)の海域内を航行したことについて、中国外務省の陸慷(りくこう)報道局長は28日の定例会見で、「国連海洋法条約などの国際法と中国の関連する法律に違反した」と改めて批判した。米国は作戦の「中立性」を強調しているが、中国は主張を受け入れない構えを鮮明にしている。
ロイター通信によると、イージス駆逐艦「ラッセン」はベトナムやフィリピンが領有権を主張する岩礁の12カイリ内にも進入しており、特定の国に肩入れしない「中立性」を強調する行動とみられている。これに対し、陸局長は「自らの行動を米国がどう説明しようと、それは彼らの事情だ」と米国の説明を突っぱねた。
陸局長は、今回の作戦が国際法などにどう違反するかについては言及しなかった。国連海洋法条約では、他国の領海内でも安全を害さない「無害通航」であれば軍艦を含む艦船の航行を認めている。しかし、中国が1992年に制定した領海法では、他国の軍艦が領海内を航行する場合には中国側の許可を得るよう義務づけている。また、中国は南シナ海のほぼ全域を9本の破線で囲った「九段線」の範囲内に主権と権益が及ぶと主張している。陸局長の発言は、こうした立場に基づいたものとみられる。
ロイター通信によると、米国防総省当局者は、ラッセンが作戦に先立ち数週間にわたって中国艦船から追跡されていたことを明らかにした。一方で別の同省当局者は、ラッセンが人工島の一つのスービ(中国名・渚碧)礁付近に近づく際、無線で中国艦船と交信していたと説明している。人工島の12カイリ以内に入った後も、中国艦船は極度に接近して追跡するような行動を取らなかったという。
北京の外交当局者によると、米国のハリス太平洋軍司令官が11月2日から5日まで訪中し、中国軍幹部と会談するという。訪中は米艦船の進入前から計画されており、米中の軍幹部が軍事交流や南シナ海情勢で意見を交換する見通しだ。
国際法は、それを批准した場合は、それを遵守する義務を負う。中国が領海内の無害通航を認めた国連海洋法条約を批准しているならそれに反する国内法を制定するのは条約違反だろう。大体、満潮時には水没してしまう暗礁を埋め立てて、「オレの領土だ」と叫ぶのは論外だろう。じゃあ、沖ノ鳥島とどう違うのかって?沖ノ鳥島は周りをコンクリートで囲っただけで埋め立てたわけじゃない。それに満潮時も海綿状に露出しているだろう。しかし、中国も国内世論の沸騰を押さえるのに躍起のようだ。今、米国と戦っても中国に勝ちの目はない。また、米国も必要以上に中国を刺激して武力衝突という事態は避けたいようだ。中国がもっとも怖いのは世論の沸騰とともに現場の独断専行による偶発的な武力衝突だろう。これは帝国陸軍とよく似ている。まあ、双方が武力による決着を望まないのであればいずれは大国の理論による話し合いで決着するのだろうが、人口島は残るだろうし、将来それがものを言う時が来るだろう。やはり中国経済に崩壊してもらうのが一番良いのかもしれない。
Posted at 2015/10/29 11:07:13 | |
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軍事 | 日記