
> 「マツダのデザイン、カッコいいよね」
最近、特に自動車業界以外の人から、こういう言葉を掛けられることが多くなった。クルマに興味のある人たちにとって、最近のマツダ車のデザインは、やはり目立っているようだ。
確かにマツダのデザインは変わった。具体的に言えば2012年に発表されたSUV(スポーツ多目的車)の「CX-5」以降、「魂動(こどう)」というキーワードとともに、それまでとは異なるメッセージをアピールするようになった。同時に「スカイアクティブ」と名付けた独創的な技術も導入。この2つを備えたCX-5以降の車種を、マツダでは「新世代商品」と呼んでいる。
そのうち「CX-5」「デミオ」「ロードスター」の3台が、日本カー・オブ・ザ・イヤー(COTY)に輝いている。スカイアクティブテクノロジーによる走りの評価も高いが、魂動デザインの魅力も大きいと、筆者も選考委員の一人として感じている。
何がマツダを変えたのか。デザイン本部長の前田育男氏をはじめ、新世代商品にかかわったデザイナーやエンジニアに聞いてきた話を総合すると、ターニングポイントは2009年のリーマンショックだったようだ。
この時期、多くの自動車メーカーが打撃を受けた。マツダや、当時同社の筆頭株主だったフォードも例外ではない。フォードは少しずつマツダ株を売却し、マツダは自主独立の道を歩むことになる。しかしマツダも苦しいことは同じ。2年前にスタートしていた現行ロードスターの開発は一時凍結した。
ここでマツダは守りに入らなかった。全車を革新的なデザインとエンジニアリングによって刷新することにした。攻めに出たのだ。その過程で生まれたのが魂動デザインとスカイアクティブテクノロジーだった。
デザインについてはトップも変わった。2009年、デザイン本部長が現ルノーのローレンス・ヴァン・デン・アッカー氏から前田氏にスイッチした。RX-8や3代目デミオのチーフデザイナーを務めた前田氏は就任1年後、アッカー氏が打ち出していた「NAGARE」に代わる新しいデザインテーマを掲げる。それが魂動だった。
「NAGAREは自然界の大きな流れをフィーチャーするというスタイルを取っていました。しかし究極の動きを描こうとすると、表面処理だけでなく骨格全体の強い動きを表現する必要があります。そこでNAGAREを進化させる意味で新しいメッセージを作ったのです」
魂動と書いてKODOと読む、一風変わったこの言葉は、クリエイターとしての意志を表す「魂」、マツダのDNAとして「動」を選び、そこにハートを揺るがす「KODO」を組み合わせたものだ。日本のブランドなので日本語にすることは最初から決めていたが、まとまるまで約1年掛かったという。
数年前、広島にあるマツダ本社のデザイン本部を訪れたときのこと。エントランスに置かれた動物の彫刻に目が行った。陸上で最も速く走る動物として有名なチーターだった。その後、ほかの展示でもこのチーターを目にした。
時速100km以上で走るとされるチーターが、高速で走っているシーンは美しい。その美しさの源は骨格にあると前田氏は考えた。顔、背骨、足など、1つひとつの軸がどう動いているかを検証し、それをベースにデザインを進めていくことにした。ボディを眺めただけで骨格がわかるような造形を目指したのだ。
クルマは「愛車」と呼ばれるぐらい人間に近い存在だ。でも生命感のある動きを与えないと人間に近い存在にはならない。冷たい金属を暖かそうに見せるには、動物が持つ張りなどに近づけることが必須となる。その点も自然界の生き物に注目した理由だと前田氏は語った。
もうひとつ、景観との兼ね合いも考えた。カーデザインが景観に与える影響は大きい。周囲から浮いた存在になってはいけない。だから景色を作る一員として、自然界で生きる動物を目指したのだという。モビリティとまちづくりの関係まで頭に入れていた。
同時に前田氏は、日本らしさも意識している。といっても、漆や和紙の風合いを参考にしたわけではない。日本らしい美意識の根幹にある空気感、たとえば凛とした雰囲気などを、造形に反映していった。
その結果生まれたのが、2010年に発表されたコンセプトカー「靭(SHINARI)」だった。すでにCX-5や現行「アテンザ」のデザインはスタートしていて、その方向性を世に問う意味も込めたモデルだった。
「靭」は世界各地のモーターショーで展示された。大絶賛だった。それまで魂動デザインに懐疑的だった人たちも、一気に自信をつけた。「社内に風が吹いた」というほどの転換点だった。こうしてマツダはCX-5を皮切りに新世代商品を次々に送り出し、ヒットにつなげることができた。
ただデザイナーがいくら美しいラインを描いても、生産現場がそれを拒絶すれば文字どおり「絵に描いた餅」である。その点マツダは恵まれていた。現場の人たちも「じゃあやってみようか」と、試行錯誤を重ねながら美しい形をモノにしてくれたからだ。
たとえばロードスターでは、軽量化のためにフロントフェンダーを初めてアルミ製としたが、鉄と同じように曲げていくと割れてしまうので、1年間かけてじっくり形を出していったという。チーフデザイナーの中山雅氏は、「マツダのエンジニアはピンチになるほど力を発揮する方が多い」と、その時の状況を語っていた。
骨格が決まれば安泰というわけでもない。車種によってカテゴリーやサイズが違うので、単純なコピー&ペーストでは不格好になってしまう。
そこでアテンザよりひとクラス下の「アクセラ」では、前後フェンダーの峰をタイヤの中心よりもドライバー側に寄せることで、より安定感を出している。さらに小さなデミオでは、体を伸ばしきって疾走する姿を参考にしたアテンザに対し、獲物を見つけて飛びかかる瞬間を描いた。同じチーターでも、モチーフにする瞬間が違うというわけだ。
インテリアも車種によって変えている。車格的に上級となるCX-5やアテンザは質感を重視したのに対し、アクセラ以降はスポーティ感を追求しており、運転席はドライバーを中心とした軸を感じるレイアウトとしてドライビングポジションへのこだわりもアピールしつつ、助手席側は広がり感を表現するという造形を導入している。
今後の魂動デザインはどういう方向に進むのか。ヒントは昨年秋の東京モーターショーに展示されたコンセプトカーRXビジョンにある。自らフォルムを描いた前田氏が「魂動デザインの第2ステージ」と語っているからだ。
具体的には、従来の魂動デザインがリズムで作ってきたのに対し、RXビジョンはリズムを表に出さず、要素を減らし、光でリズムを作った。そのために照明のデザインまで関与したそうだ。骨格そのものではなく、インナーマッスルを見せる方向の造形だという。
でも今後の魂動デザインがすべて、この路線になっていくわけではない。RXビジョンで用いたテクニックはあくまで「引き出しのひとつ」だそうで、ほかにもさまざまな構想を抱いているとのこと。それらをブレンドしながら進化させていくことになるらしい。まだまだ成長が期待できそうな魂動デザイン。しばらくは、われわれの目を楽しませてくれそうだ。
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Posted at 2016/01/10 17:05:03 | |
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