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正岡貞雄のブログ一覧

2020年01月20日 イイね!

それからの中谷明彦が動き出した!?

それからの中谷明彦が動き出した!? 〜それはドローン操縦者への叱声だったが〜

FaceBook の1月17日付けで眼球治療中の中谷明彦君が元気になって動き出したぞ……思わずそう叫んでそのメッセージに飛びつき、一読する。

《操縦者がこの理論を知っていたらドローン突入は避けられたはずです。》
投稿日: 2020年1月17日 TEXT: 中谷明彦 PHOTO: WEB CARTOP

【同じボンネットの穴でも役割はクルマによってさまざま】レーシングドライバーが解説するダクトの意味とは・・・ただその一文の見出しで、そんなことも知らないでドローンを操縦して、正面からの接近映像を撮ろうとした結果がこれなんだよ! と、シニカルに叱声しているが。 



 てっきり、北京でのアクシデントのことに言及しているのかな、と身構えたが、どうやら『Web Cartop』に連載中のレーシングカーメカニズムで、ちょうどドローンを吸い寄せてしまうボンネットの穴についての考察だった。ひとまず読んでみて欲しい。
☆   ☆    ☆    ☆

●ランエボとインプの「穴」の役割は異なる
 三菱のランエボ(ランサー・エボリューション)やスバル車(インプレッサ・WRX)など高性能を標榜するモデルの多くにはボンネットフードに穴が開けられている場合が多い。最新モデルの日産GT-Rニスモ2020モデルではボンネットフードの穴に加え、フロントフェンダーにも穴が開けられた。これらの「穴」が意味するのは一体何なのかを解説しよう。

 一言に穴と表現しても実際にはその形状はさまざまだ。そしてその役割も形状や設置場所によって異なっている。大きくわけると「空気を入れる穴」と「空気を出す穴」に区分できる。前出ランエボとスバル車で見るとランエボは空気を出す穴で、この場合は「エアアウトレット」と表現する。一方、スバル車の場合は「空気を取り入れる穴」で「エアインレット」と表現されるものだ。
だが市販車の場合、ことはそれほど単純ではない。一つはボンネットフードに穴を開けることでボンネットフードの剛性不足が生じ、補強をしなければならない。その結果ボンネットフードが重くなり運動性能に悪影響を与えてしまう。



 またボンネットフードに補強を加えることでボンネットの変形が抑制され、歩行者が衝突した場合などに頭部損傷のリスクが高まってしまう。さらに雨などがエンジンルームにダイレクトに進入してしまうためエンジンや補機類の腐食など耐久性面にも問題が生じ易くなってしまうのだ。
 冬季など外気温度が低い時はエンジンルームから排出された高温の空気がフロントガラスに当たり、ガラスを曇らせて視界を遮ってしまうこともある。そのためにさまざまな対策が必要になってくる。

 アクシデントに見舞われ、施療中の彼がこんなに冷静な執筆をするものだろうか。首を捻ってしまった。
そこで、さらに「Webcartop」を深掘りしてみると、同じ日に「試乗記」として中谷君のTEXT「ディーゼル車と気づかないほどの加速フィールや静粛性! メルセデス・ベンツGLE400dに非の打ち所ナシ」まで掲載されている。それで得心がいった。これは年初、北京に旅立つ前に入稿したものだ、と。



中谷君が北京より帰国してから電話をもらったのは、前週の日曜日、わたしが『みんカラ』入稿をアップし終えた15分後の17時20分だった。そうだ、同じ日曜日なら差し支えないだろう。19日の19時30分、中谷君をコールした。すぐに繋がった。
「ご免、状況を窺っていたので、お見舞いに行かなくて‥‥‥」
「いえ、いえ。ご心配をかけして」
「で、どうなの? F BにWEB Cartopで暗にドローン操縦者を叱るレポートを載せていたけど」
「あ、あれは出かける前にあげた連載物なので」
「そうか、えらく冷静な書き方なんで、そうだろうと思っていたけど、病院の方は?」
「あ、新妻先生のクリニックです。ほら、黒澤さんの『新ドライビング・メカニズム』に登場する先生‥‥調べてもらったら、まだ眼球にレンズの破片が残っているみたいで、あと2、3週間はかかるようです」



 そうか、安心するのは早過ぎたようだ。元気宣言はもっと先か。
近くお見舞いに伺うことを約束して、電話は終わった。ちょうどN H Kの新しい大河ドラマ『麒麟がくる』のオープニング・シーンがT Vモニターに大写しされたところだった。頃合いを見計らって、浅草・蔵前橋に。お見舞い品は何がいいのかな。

2017年02月25日 イイね!

第6回『ベスモ同窓会』へ向けて……

第6回『ベスモ同窓会』へ向けて……〜会員数241にまで育った『一粒の麦』のこれから〜



 第6回目にあたる『ベストモータリング同窓会』の開催をいつにしたらいいのか。迷っている。思い悩んでいる。

 何人かの「仲間」に、「4月の岡山はどうなっていますか?」といった問い合わせも受けていて、その度に「ごめんね。4月の岡山は無理だけど、かねてからぜひやってみたい福島のリンクサーキットでの走行会はどうだろう? この3月3日に、御殿場でガンさんと会う約束になっているから、そこで相談する予定。だから、もう少し、待っていてほしい」と答えている。


*3th同窓会(中山サーキットでは2回目に当たる)で参加メンバーからクリスタルの楯を贈られて大感激の二人(向かって右がカリスマ教官)。

 この「リンクサーキット」(コース全長・1560m=紹介はこちら)を舞台にする案は、随分と前からのガンさんのもので、スポーツランド菅生での「スーパーGT」での帰りに「飯坂温泉」(福島県・東北名湯の一つ)に集まって前夜祭をやり、次の日に「リンクサーキット」で「同窓会」をやろう、という「デラックス・バージョン」だ。



*2016年シーズンの初戦で優勝した時のLEON AMG

 ことしのSUPER GTの日程を見ると、7月22〜23日がSUGOとなっている。これなら夏休みの一環として、西の方面の仲間も、思い切って遠征する、という気になってくれるだろうか。しかし、去年も『われらが聖地・中山サーキット』をパスしている。そのため、折角のLEON初優勝の記念すべきレースをこの目で見ることができなかった。

 その悔いもあるので、まあ、来年(2018年)こそ、前夜祭付きの岡山遠征を約束しておくとして、とりあえず、いまから7月の「第7回」開催を目指して、世話役グループと相談するなり、中谷明彦、大井貴之両君に声をかけておくなり、根回し用のエンジン・スターターだけはONしておきたい。

 様々な想いが湧き上がってくる。4年前の第1回をスタートさせるに当たって、この「みんカラ」のグループ欄に『ベストモータリング同窓会』を告知、今や241名の仲間が登録されている。
 その全員に直接お会いしているわけではないが、海の向こう、アメリカ南部のサンアンジェロから、毎回、上手にスケジュールを調合して参加してくれたHawk Yamaさんをはじめ、発足からのまとめ役、萩の「カリスマ教官」波田さんと、彼を中心とした自動車教習所の教官グループ、南は九州・湯平のご住職「タネテツGT」師から、北は青森のMiracle_civicさんまで、全国的に嬉しい広がりを見せてくれた。せっかく築き上げた「ベスモDNA」で結ばれた同志たちと交流できる舞台。命ある限り、この『一粒の麦』大事に育てていきたい。


*1th同窓会。このあと有志は「閑谷学校」まで遠征。これがまた大好評だった。

 実は、Hot-Versionの本田俊也編集長から「ベスモ復活」のサインを受けて以来、そのタイミングに合わせて「同窓会」を開こう、というモチベーションを温めていたのだが、諸般の事情で、まだ夢は閉じたままである。ホットバージョン組の土屋圭市、谷口信輝組の合流もあっていいのではないか。

 7月の「リンクサーキット」案が無理なら、差しあたって、昨年好評だった河口湖の『富士カーム』で、秋口にでも、というプランも悪くない。
 これは早速、同窓会の「スタッフ」マーク付きの東京在住組、強力な4名を招集して、打ち合わせをスタートさせるとして、同窓会の諸氏からも「声」を聴かせてもらえれば幸い。「メッセージ欄」から是非、お願いしたい。

 第1回の時は、黒沢さんの『新・ドライビング・メカニズム』が、LEONチームをバックアップする主婦と生活社から出版される動きに合わせて、「スーパーGTの開幕戦の舞台、岡山へ行こう」というモチベーションが原動力となってくれた。



 第2回は、東京を中心とした「トークイベント」(こちらから再現)で交流しよう、という企みだった。予想を超える数の参加者があった。ガンさんと中谷明彦君との『緊急回避』シーンを当事者二人が映像を見ながら語り会うという貴重な時間が実現した。




*2th同窓会は東京・練馬で。


 



 第3回は、聖地・中山サーキット(こちらをクリック)。わたし自身が久しぶりにレーシング・スーツを引っ張り出し、ヘルメットをかぶり、聖地をドライビングしたかったのだ。

 第4回が、前夜祭付きの同窓会。中谷君の『PORSCHE 911ドライビングバイブル』電子書籍版ができ上がったことを記念して、レーシング・イエローの911カレラSで岡山を往復してしまった。


*4thはガンさんのF355の走行、中谷君のカレラS同乗走行あり。大井、田部の元ベスモ幹部も駆けつけた。

 そして第5回。前年の中山サーキット往復で、改めてポルシェに目覚め、広報車を借りまくって、ついにポルシェの本を、同窓会のメンバーと一緒に出版してしまう。題して『PORSCHE〜PRIDE&PROGRESS 偏愛グラフィティ』。この出版記念トークショーを代官山・蔦屋書店で開催、そのあと隣接するハワイアンレストランを借り切っての同窓会パーティで交歓、翌日、河口湖『富士カーム』での「懐かしベストモータリング名場面鑑賞会」と「特別ポルシェ同乗ラン」を楽しんだ。













 さて、第6回へ向けて、メッセージしたいものは何なのか。モチベーションの精度を高め、こころを燃やして腰をあげるとするか。どうぞお力添えを。
2016年05月13日 イイね!

初心を呼び覚ませてくれた『忘れ物』

初心を呼び覚ませてくれた『忘れ物』〜『蔵出し』『特別出品』ベスモDVD異聞〜 



「みんカラ」のメッセージ欄は結構、重用(ちょうよう)してきた。
 とくに「グループ」活動するのにひどく便利で有効なのだが、その保存期間が送受信してから60日間とは気づいていなかった。Outlookみたいに、こちらで削除しない限り、いつでも必要な「情報」を遡って確認できるというわけではなかった。こんなやり取りがあったはずだったが……とPCを開いても、2ヶ月経っていたら、もう諦めるしかない、と知ったきっかけから、今回ははじめたい。



 GWも終わりかかった5月7日。次のターゲットである4年に1度の『正岡祭』(愛媛県松山市の、正岡氏発祥の地で、全国の正岡さんが寄り集う)のための記念出版準備、それともうひとつ、徳さんの『ポルシェ911偏愛学』の電子書籍化の下工作打診のために、イワタカズマ君に拙宅まで足を運んでもらって打ち合わせをしたり、と……バタバタと1日を終えかかった時、部屋の片隅にある紙袋に気がついた。



 開けてみると、蔦屋書店でのトークショー用のMEMOと一緒に、透明なセロファン袋に入ったBest MOTORingのDVDが2本入ったのと、もう一袋、Best MOTORingとHot-Versionを詰め合わせたのと、2袋が出てきたのである。ご丁寧に手書きで赤く「特別賞」と書き込んんだシールまで貼り付けてある。

 2008年8月号 筑波DOUBLEぶっ跳びBATTLE
     9月号 特集・スポーツカーにAWDは必要か

 「BM・DVDバトルシリーズ」 ワンメイク世界一決定戦!!
Hot-Version Vol.91 R35GT-R vs.土屋圭市

 うん!? 記憶をまさぐる。4月の初めに『蔵出しDVD』として紹介し、「サイン本購入」のメンバーに特典として優先選択権を差し上げるから、第1志望、第2志望を「メッセージ欄」に銘記して、送信して欲しい、と呼びかけたものではないか。それがなぜ、志望者に渡されないまま、ここにあるのか。

 そういえば、トーク&サイン会が終わって、ステージを『ALOHA TABLE』に移してからの「プレゼント・イベント」で「特別賞」だから、これは最後の盛り上げ用に使おうと、チョイと横にはずしておいた気がする。どうやら、それをそのまま渡すことなく、すっかり失念して、もち帰ってしまったに違いない。「特別賞」に選んだ理由は、これだけ魅力のあるタイトルを、だれとも競合せずに、見事に4本も志望した「眼力」と「幸運」に「特別賞」を、というわけだった。





 それはそれとして、これは申し訳ないことをしてしまったものだ。早速、該当者を割り出すべく、誰が何を希望し、何を渡そうとしていたのか、それを記録した「基本台帳」をもとにチェックした。

 まず、DVDの2008年のリストから当たればいい。おお「ドライビングマニア」の「みんカラID」が記されている。こんな場合に備えて連絡先のアドレスと携帯電話の番号を記録してある。本名には記憶があるし、東京都内に在住か。ともかく電話を入れて様子を訊いて見ることにしよう。
 
 ところが、この電話は使われてないとのコールが虚しく帰って来るだけだった。これは面妖な! こちらの記載ミスか? そこで「メッセージ」の「受信」を開くと4月3日の段階で、「ドライビングマニア」氏は2日連続の参加とあって、第1志望から第4志望までを列記している。それがずばり、手元にある「特別賞」の中身、そのものだった。

 すぐに連絡を取りたくて、もう一度「メッセージ」欄を洗い直してみた。そしてこの時、この時点で遡れるのは60日前の4月8日までと思い知らされたわけだった。その先には進めない。やむを得ない。こちらから「問い合わせ」のメッセージを送信して、連絡を待つことにした。

 1時間後に、温和な人柄をしのばせる返信がはいっていた。
「先日は大変楽しませていただきました。個別で大井さんともお話しさせていただきましたが、ナチュラルな意見をお聞きでき貴重な体験でございました。
特別賞までいただけるとは大変光栄でございます! もしよろしければ、ご自宅近くまでお伺いさせて頂き、頂戴できればと思うのですがいかがでしょうか? 当方、週末であれば大丈夫です」

 こちらからも、即座に返信。翌8日、午後8時に同窓会メンバーとの定番となったファミレスで落ち合うことになった。

 当日、約束した時間の5分前に「ジョナサン」の駐車場へ。入り口までの短いアプローチ通路沿いのガラス窓の向こうから、つい先日知り合ったのに、もう随分と旧い仲でもあるような懐かしい顔が、ペコリと叩頭の挨拶を送ってくる。やっぱり彼だったか。イベント二日目、中央自動車道河口湖線の最初のPAで、午前11時からの30分間、休憩がてら待機しているので、できるだけそこで落ち合いましょう、という呼びかけで10台ほどが合流できたが、その時に、馴染みの「あど」「Aki23」両氏にまじって談笑したあの顔だった。


*第2ステージ、河口湖畔「富士カーム」へ向かう最初の合流場所、谷村PAにて。向かって右端が「ドライビングマニア」さん。そして「AKi23」「あど」の両氏。



 なんでも、ベストモータリングとの縁は、当時所有したばかりのインテRを貸与し、その謝礼がわりに筑波バトルの実戦見学に招待された、とのことだった。もうその頃のわたしは現役編集長を後進に託していたはずだ。

 コーヒーを飲みながらの1時間はあっという間であった。昭和47年、長崎の佐世保でうまれそだったという。そういえば彼の姓は九州西部に多く見られる。相当に熱く激しい気性の持ち主であるはずだが、それをうまく知性がコントロールしているに違いない。愛車のインテRを提供したことからも、その辺が読み取れる。

「特別賞」を用意しながら、渡し損ねた不手際を詫びたところで尋ねた。 
「自分の希望したのが貰えなかったのに、何を受け取ったのかな?」
「どれでも、みんな欲しいものばかりですから、ご心配なく。そして結局は、こうやって直接に逢えて、欲しかったものをいただけたのですから……」





 しばらくはこちらが持参したiPadから「みんカラBLOG」を呼び出し、彼が知りたがっていたベスモ最終号の「ファイナルロケ」の様子は、この辺から読んでいくといいよ、と2011年06月20日の『ファイナル・バトル』を開いてあげたが、その翌日から、彼の「イイネ!」登場が増え始めた。それも規則正しい一定のリズムで。

● 5/09 12:45 「青春」のメッカ FISCO
● 5/09 21:37 さらば 汚された英雄 ~元祖「不死鳥伝説」Part ⅳ
● 05/09 21:39 韋駄天の申し子、羽ばたく~元祖「不死鳥伝説」Part ⅴ
● 05/10 07:49 「30度バンク」を歩く〜9月11日のスーパーGT観戦 
● 05/10 08:52 痛恨のクラッシュ ~「あの事故」と同じ舞台で
● 05/10 11:38 五木作品に登場するクルマたちよ! テスタロッサ

嬉しくなって、5月10日の夜に「連帯と感謝のエール」をメッセージする。

——−こんばんは。その後「イイネ!」で、今何を読んでいただいているか、少し気にしながら、ニヤニヤしています。率直に言って、どうですか? そろそろ本気で単行本化しようと、ある人物と相談しているところです。
「長崎」のご出身とありました。どこですか? これから「島原の乱」に関わるはなしをまとめなければなりません。深夜の挨拶です。

 あたかも、そのわたしの「深夜の挨拶」を待っていたかのように、その想いを文章化して、彼のメッセージ欄からこう伝えてくる……。ご本人の承諾を得たところで、紹介したい。)

「(挨拶は省略:正岡)ブログは普通に読書をしているかのように魅入ってしまっています!
ガンさんの過去の歴史はサワリ程度に存じておりましたが、ご本人に話をうかがいに行かれているとは、出版社出身のジャーナリスト精神が掻き立てられるものでしょうか。私たちでは触れない、触れられない、いや触れる勇気がありません。

これまで歩んでこられた歴史にも魅せられています。そのパワーをひしひしと感じております。
あんな完成されていたベスモも産声を上げた時は苦労されたようで、何事も最初から恵まれた環境などありゃしないことを改めて感じました。





また私にとってベスモ最終回は、スタッフでも関係者でもございませんが、豪華絢爛の車両を用意されていることに感動して涙腺が緩みましたが、ブログでの辛口なコメントをされているところから推して、そんな単純な状況でなかったのだと思い知らされました。
(中略)
本題のブログの件ですが、ぜひ本として発行していただきたいと希望します。
私の様にベスモファンでありながら、車から離れてしまい、みんからも知らない方もたくさんいらっしゃると思いますので、発行される際は、ベストカーで告知していただけると、相当数の方が知る事となりますので、ファンにとってはありがたいとおもいます。是非ご検討いただけたらと思います。

今、ブログを読ませていただいていますが、iPhoneを置くと読みかけの本を置いたのと同様、次の展開を待ちわびる子供の心境となっております。
しかし、北野選手、高橋選手、ガンさんの時代のレース、また背景は非常にヘビーですね。現在の華やかなモータースポーツでは想像出来ないくらいシビアな時代だった事が理解できました。

ちょっと早いペースで読んでおりますので、少しslow-downして、引き続き読書させていただきます。ps メールありがたいです」

 そして、それからの「ドライビングマニア」さんの「イイネ!」は確実に、「つれづれなるままにクルマ一代」をトレースしてくれているという「報告書」となっている。

 CAR VIEWの「みんカラ」SPECIAL BLOGを引き受けてから、もうすぐ満5年になる。その間、どれだけのタイトルを書いてきたのか。日々の出来事と、おのれの想いとかを過去に創り上げてきたメディアの舞台裏と絡ませてきた記録の「玉手函」は、かなりのボリュームとなっている。ま、突然にこれらの記録が消滅することはないだろうが、そろそろ本格的に手をつけなければならない。実はそのことは、2年前に『局長の仕事』を本にするプロジェクト』として予告済みなのである。         
(以下、次回更新へ)
2016年05月05日 イイね!

徳さんの『ポルシェ911偏愛学』を復刻する願い!

徳さんの『ポルシェ911偏愛学』を復刻する願い!ドキュメント第5回ベスモ同窓会 Part③



 いよいよ、「5thベスモ同窓会」の第1ステージ、代官山編のオープニングが迫ってきた4月22日。
 約束の午後4時ぴったりに、同じ練馬区在住の「MDi」さんが迎えにやってきた。この日は駐車料金のことなどを配慮して、奥方に送ってもらい、恐らく12時近くにまで続くに違いない懇親ミーティングが終わる頃に、今度は代官山まで迎えに来てもらう、という。
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 引き続き、白のBMWアクティブハイブリッド 3 Mスポーツを駆って、埼玉県狭山在住のカリスマカメラマン、CMOも合流してきた。幹事役をお願いしているメンバーには、5時半には代官山に集合するよう、お願いしてあるからだ。
 あとの二人、「2315」と「イワタカズマ」の両君には現地で待ち合わせるスケジュールだった。

「行こうか」
 この日、会場で展示予定のサファイアブルーメタリックのMacan Turboを先頭に、2台で渋谷・代官山を目指す。が、その前に寄り道が一つあった。『PORSCHE
Pride & Progress 偏愛グラフィティ』の出版元である有峰書店新社に立ち寄って、蔦屋書店から土壇場になって追加注文を受けた「中谷明彦サイン入り」分15冊を、 担当の佐々木亮氏に渡さなければならなかった。これで先に渡した45冊と合わせると、60冊になる。それに、これからトークショーのあとのサイン会で、ガンさんに1冊1冊、サインペンを走らせてもらわなければならないのだ。

 もちろん、彼は待っていてくれた。そればかりか、蔦屋側に追加のサイン本を渡したあとは受付の手伝いだけでも、とボランティアを志願してくれたのだ。その裏側にはちょっぴり、助手席でもいいから、ポルシェMacanのフィーリングを体験したい、という好奇心があったのも確かだった。

 5時をちょっと回ったところで、Macan TurboとBMW—AH3の2台は代官山名物のパーキングエリアに入る。かつて名家の庭園であった名残が感じ取れるスペースにゆっくり120 台が、駐車できるゾーンの一番奥で、すでに到着している2315、イワタカズマの両君が手を振っている。911Turboも無事到着していた。

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 ようやく、前年の夏頃から始まった『偏愛グラフィティ』の編集活動と、その流れを汲んだ『同窓会』イベントも、ようやくゴールを迎えようとしていた。恐らく、期せずして勢揃いした4人のメンバーがここに集まったわけだが、実際のところ、彼らの献身的なサポートがなかったなら、この日は実現しなかっただろう。
そんな彼らのそれぞれの思い入れと、行動の軌跡は、それぞれのアップした「みんカラ」BLOGにきっちり、収められている。どうぞこの際、「ベスモ同窓会」編集部員たちの、それぞれの「作品」をご賞味いただきたい。順番はアップ順としようか。

イワタカズマ=第5回ベストモータリング同窓会、無事に終了!
MDi (動画担当)= ベスモ同窓会に行ってきた!(スタッフだけどね)
③ CMO(偏愛グラフィティでは下邑真樹)=第5回 ベストモータリング同窓会 レポート
④ 2315(偏愛グラフィティでは仁川一悟)= 
あれから1週間。怒涛の『裏』ベスモ同窓会を振り返る。準備編
同 本番編  同 最終回特別編『ターボ』に乗る
 
 これで、今回の「ベスモ同窓会」の様子はすっかり裸にされてしまった。したがって、ここからは、この同窓会イベントで、わたし自身がどうしても記録しておきたい、あるいは伝えたかったのはこのことだった、という部分のみをピックアップしていきたい。

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 午後8時、トークショーは予定通りに始めることができた。すでに定員を大幅に超えた来場者、それにカメラをもって駆けつけてくれたHOT-VERSIONチーム。本田編集長、仁禮義裕、小林学の両君。田部靖彦君、そしてCARTOPの野田航也。講談社でベストカーやベストモータリングの宣伝をプロデュースした斎藤尹克さんの懐かしい顔も。
 
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最初に挨拶にたった「クルマ・バイク」コーナーの責任者・清野さんから紹介されて、司会役としてマイクを渡された。うしろにガンさんと大井君が控えているから気は楽だ。それでも最初に伝えたいことがあった。忘れないようにと、しっかり携帯したバッグから、1冊の本を取り出す。徳大寺有恒著『ポルシェ911偏愛学』である。

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 実はこの本のことがずっと、気になっていたが、手元からいつの間にか消えていて、ベストカーに問い合わせても、やっぱりいつの間にか消失しているという。仕方がない。講談社の図書館なら間違いなくあるだろうが、借り出すワケにも行くまい。
 そこで一縷の望みを託して、直接、徳大寺未亡人の優子さんに電話を入れた。早速、書庫の方を探してみましょう、という返事。が、翌朝の電話で、どこを探しても見当たらない、と知らされる。ない、となると段々にムキになるのが悪い癖。ちなみにネットオークションをのぞいてみると、10,000円近い値がついている。
もう一度、ベストカーに電話を入れる。宇井編集局長が出て、近く徳さんの蔵書管理の打ち合わせで徳大寺家に伺う予定なので、そのときにもう一度探してみましょう。ないはずはないでしょうから、と心強い返答。これは待つしかない、と肚をきめた。

 二日後、宇井編集局長から電話が入った。お目当てのものが見つかって、いま手元にありますが、送りましょうか、と。逸る心を抑える。いや、本郷編集長に今回の「同窓会イベント」で協賛品を出してもらえることになっていて、これから頂戴に上がるところだから、こちらから伺うと答える。



『ポルシェ911偏愛学』の表紙はポルシェ・フリークで知られた佃公彦さんが書き上げてくれていた。いわゆるペーパーバックスと呼ばれる軽装版で、昭和58(1973)年7月31日の発行であった。ベストカーも月2回間にシフトチェンジするなど、好調の波に乗ったところだった。そこへ徳さんから「ポルシェ911」の本を書きたい、と申し入れがあった。もちろん異存はない。

 タイトルは「ポルシェ911盲愛・溺愛の記」。悪くはないが、そうベッタリしないで、自らの立ち位置は分かっているよ、という意味で「偏愛学」としませんか、と。

 それから33年が経って、今度は黒澤元治・中谷明彦の共同監修で「ポルシェ」の「誇りと進化」をテーマとした「グラフィティ」を出版するにあたって、もう一度「偏愛」という言葉を、タイトルの一部に採用した。

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 そのきっかけとなった徳さんの「旧著」に改めて目を通した。ブツブツと泡立っくるものがある。この本、なにか、わたしたちが忘れかけているクルマとの付き合い方を呼び覚ますものがある。その第1講は「魅力度」について、徳さんは吹き上げてくる想いを隠さない。告白しよう! 私はいま911に“ベタ惚れ”なのだ、と。
以下、「歴史的考察」「ボディスタイル」「メカニズム」と話が進み、その第5講「ドライブフィーリング」として、『全開のポテンシャルを引き出す911の乗り方、走り方』を精魂こめて書き込んでいる。そして、「箱根山中は911 にぴったりのフィールドだ」という小見出しをつけてしまう。

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 私の箱根のドライブには2つのルートがある。ひとつは東名高速道路を厚木IC で降りて、そこから厚木−小田原道路に入り、伊豆口にほうから箱根ターンパイクの入り口に来る。
 ここからのスタートで、大観山の頂上、そこから右に折れる。ここから少しの下りは狭くてリスキーだがとても面白い。再び別れ道があって、そこを直進、ここから100円払う(正岡註:今でも100円かな?)料金所までは、広い道でスピードも出る高速コーナー。

 料金所を過ぎてロータリーを1周し、国道1号線と交叉する十国峠を走る。その昔、学生時代によく攻めたワインディングロードも随分と荒れており、ブラインドコーナーの先にゆっくりと走るクルマなどいて、とても危険。
 国道1号線を直進すると、いよいよ箱根ターンパイクと並ぶ私の好きなコース、芦ノ湖スカイラインである。
 杓子(しゃくし)峠をこちらから行くと、この右ハンダーちょっとしたコーナーだし、いたるところにあるコーナーとコーナーが上手く連続したSベントが楽しい。

 やがて分かれ道を(正岡註:湖尻峠)右へ降りて仙石原へ出てハイランドホテルでお茶を飲むか、あるいは調子に乗っているときは真っすぐ走っていって長尾峠を下るかとなる。これがひとつのコース。

 もうひとつは基本的にこの逆で、逆に東名高速・御殿場ICから乙女峠(好調時はこれも右へ折れて長尾峠)、仙石原、芦ノ湖スカイラインというコースだ。
 時間があれば伊豆スカイラインなどこの周辺にも魅力的なコースが多いが、東京を発って5〜6時間でかえるというには、このコースが一番いい。

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 特にベストは秋口の早朝、春先もいいが、ことによると道が凍っていることもあるので神経をつかう。夏は早い連中が多く、これまた危険だ。冬はもう必ず凍っているので、箱根行きはやめるというわけだ。

 私が自分のポルシェ911SCSと最後のドライブをたのしんだのは1982年の春3月であった。コースは厚木で降り流なる、どちらかというとコンベンショナルなルートである。
 箱根ターンパイクの入り口でクルマを一度降り、タイヤを全部チェックした。途中、東名高速でブレーキ、その他をチェックしたが、車検整備でクラッチ、ブレーキ、エンジン調整をやっているので調子は文句ない。
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 ウィークデイの午前中とあって道は空いており、凍結もまったくなしという好条件だ。
 わたしはゆっくりゲートを通過し、チラッとバックミラーを見やってから愛馬にムチをくれるごとくスロットルを一気に踏みこんだ(このスロットルの全開は同じ速く踏みこむにしてもポンと蹴るのではなく、やや重々しげにグウーイとばかりふみこまねばならない)。
 ゲートから10%の勾配で続くストレートを3ℓ、フラット6は問題とせず一気に加速する。ゴォーッ‼︎ 6300回転でセカンドへシフトアップ。みるみるうちにゲートは遠くなり、ポルシェ911SCSは車速を上げる……。

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 と、こんな具合に「徳さんのポルシェ911SCS箱根ワールド」は、さらに10ページ以上も際限なく続き、やがてこの愛馬を手放すと決めたのを悔いはじめる。そして、この43歳(当時のこと)、まだやれるぞ!と舞い上がりはじめる。

 読み始めたらとまらない、とはこのことだろう。
 これはやっぱり、わたしが『復刻版』として「電子書籍」にアップするしかない。よし、決めた!          (この項、まだ続く)
2016年04月29日 イイね!

目黒『行人坂』を喘ぎながらも……

目黒『行人坂』を喘ぎながらも……『ドキュメント第5回ベスモ同窓会』のエンディングを先に書こう


 第1ステージの4月22日:東京渋谷、代官山蔦屋書店&ALOHA TABLEでのトークショーと懇親ミーティングの参加者は38名、それに黒澤元治、大井貴之の両キャスターに正岡、加えて田部靖彦、Hot-Versionの本田俊也、仁禮義裕、小林学の元ベスモ関係者、ゲストにCartopの野田航也編集長が加わって、合計46名が一堂に会した。


 第2ステージの4月23日:山梨県富士吉田市富士Calmでの「懐かしベストモータリング名場面鑑賞会」と「特別ポルシェ同乗ラン」に2日連続の参加者が23名、2日のみに駆けつけたメンバーが11名、それに大井、正岡、新しく桂伸一キャスターが加わって、37名が河口湖畔のミーティングを楽しんだ。




 遠くはアメリカ南部、メキシコ国境に近いサンアンジェロからの「Hawk Yama」さんを筆頭に、大分からの「タネテツGT」、東広島からの「SCALA」、神戸「しゃみの」、そして青森から「miracle_civic」の各メンバーが、万難を排して駆けつけてくれた。こうして2016年もトータル49名の同窓会メンバーが交歓し、無事に日常に復帰して行ったのである。

 その詳細をいつも「ドキュメント」としてまとめようと取り組むのだが、直ぐにエネルギーが失速し、結局、「この項、次回更新まで」と逃げを打ってしまう。そして、その項が誠実に最後まで書き継がれていることは少ない。

 勝手気儘にアプローチしたさまざまなテーマがそのままに眠り続けていて、「そのうち、“局長の仕事”として単行本に仕上げるためにそうしているんだ」という言い訳めいた強がりを、誰が信じてくれるものか。

 今回の『ドキュメント・第5回ベスモ同窓会』も「スタート!」なんて威勢よく謳って立ち上げていても、ゴールにたどり着けるかどうか、怪しいものだ。そこで一計を案じることにした。折々の「呟き」的短信「何シテル?」に、それなりの工夫を凝らした画像を添え、日々の流れのインフォメーションを用意しておくことだった。

04/24 17:03
5thベスモ同窓会も延長戦へ。前日の写真点検をするつもりが997GT3で参加したHawk Yamaさんが逢いに来てくれた。じゃあ昼飯とマカンTURBOのチョイノリ試乗を御馳走することに。うな重を平らげた後、マカンターボで美女木まで。やっぱりポルシェですね。それが彼のズバリ評価。

04/25 12:27
20日から4日間を一緒に過ごしたMacan Turboを目黒に返しに行かねばならない。去年の夏、秩父まで付き合ってくれたあの派手派手しかったシルバーの奴に比べて、細かい部分が見事に修整されていた。ご褒美にペイントキーを家人の飾り棚に置いて記念撮影。サファイアブルーの特色がいいね。



04/25 23:40
ポルシェ広報車両の取り扱いルール。公道以外の試乗はず事前に申し出ること、など。そして使用後はプレミアム満タン、手洗い洗車をするのがルール。受け取って以来、450kmを走り回って一度も食事を与えていない。ゴクゴクとよく飲むわい。64.2ℓ。ここのGSマンのよく働くこと。ありがとう。


この布石なら、いきなりMacan Turboをドライビングしながら、目黒のアルコタワーにあるポルシェJAPANに駆けつけるシーンから再開しても、それほどの抵抗もないだろう。剣道の太刀合いでいえば「残心」の部分である。

 トーンと踏み込んで相手の面を撃つ。が、審判の旗が必ず上がる訳ではない。充実した闘志と適正な姿勢、竹刀の刃筋で適正打突であったか。そしてもう一つ、「残心あるもの」であったかを問われる。仕留めたはずの相手がいつ反撃してきても、それに備える心構えがあるのか、ということが問われるのだ。この辺が「日本文化の余韻の美学」に通じる。


*昭和39(1964)年、関東実業団大会で講談社が3位に食い込んだ時の実戦場面、確実に相手の出鼻を狙ってメンに行く構え。「垂れ」に「講談社」の3文字が。

「残心」……ことに当たってできるだけその心構えは失わないように努めてきた。少年期にはまだ禁忌とされた剣道を秘かに習い始め、そして大学では剣道部(副主将)に籍を置き、世の中に出ても、「関東実業団大会」で講談社を中堅として3位に導いて、はいこれで引退しますと宣言する時期まで、剣道に導かれて生きて来た。その辺の記憶は「剣道というキイワードの私的ドラマ」(2011年7月20日掲載)に、公開済みなので、ご一読願えれば幸いである。

 サファイアブルーメタリック(OP:¥163,000)のマカンターボが、馴染みのGSの若者たちの手で、丁寧に洗われ、拭きあげられていく様子をみながら、湧き上がってくる想いがそれだった。



 ひょいと時計を見た。え!?  午後の4時に返却する予定なのに、午後3時をとっくに過ぎているじゃないか。まずいよ。このあともお気に入りの洋菓子店に寄ってポルシェJAPAN広報室に差し入れするバームクーヘンを買っていきたいのに、間に合うのかな。下の道だと1時間は見なければならない。これは西池袋入り口から首都高速の山手トンネルに入る快速ルートに頼るしかないね。


 幸い、山手通りの真下を走るトンネル首都高速は、大橋JCの手前あたりで幾らか渋滞したものの、ストレスなく五反田出口まで、車重量2トンを超える怪物SUVをまるでスポーツカーでもあるように、軽々と、痛快に、そして滑らかに運んでくれた。水平対向6気筒4バルブのツインターボ、3.6ℓ、400ps、走りのモードはCONFORTから当然SPORTS+に。途端に車の踏ん張り具合が変わり、加速、減速のメリハリが激変した。7速PDK。パドルシフトは減速側のみを使う。

 中野長者橋の出口を過ぎるあたりから、小さなRが連続する区間に。パン、パン、パン。左指が動くたびに、エンジン回転メーターの針が、鋭く反応する。エンジンブレーキが確実にマシンをセーフティの世界へ誘う。PCCBの高価なブレーキシステムも、どこか適当なステージがあれば、ついつい試したくなる気分だ。20日にポルシェTurboと一緒に受け取ったときの殊勝な「ずっとCONFORTで通してやろう」という誓いはどこかへ吹き飛ばされてしまったようだ。

 3時52分、無事に五反田出口から、初夏のような明るい日差しの溢れる山手通りに吐き出された。マカンターボはやっぱり、わたしの「識っている」ポルシェそのものだった。その感覚が身体中に沁み通っていく至福。それが「ポルシェ偏愛」をあえて認めている「源泉」でもあるようだ。

 4時ジャスト、マカンターボはアルコタワー地下の車寄せに停車した。すでに同窓会メンバーの仁川一悟君が前夜、大井君から受け取った911Turboを運んでくれていた。

 広報車管理のNさんが丹念に2台のポルシェをチェックしてくれる。そこへ淡いブルーにグリーンを少々まぜたようなボディカラーの2代目Mazdaロードスターが、ループ状のアプローチを下りながら近づいてくる……降り立ったのは「ポルシェ漬け」から解放されたはずの大井貴之君だった。先に24時間を試乗したNew911カレラSのトランクに荷物を置きっ放しにして、それの受け取りにあらわれたというわけだった。


 3人揃ってポルシェJAPAN広報室へ、あいさつに行く。わたしたちのイベントが恙(つつが)なく、そして大盛り上がりに終了したことの報告と、お礼を述べる。用意した洋菓子を渡す。と、広報室の木内マネージャーもポルシェ特製のマグカップを3人にそれぞれ、意匠の異なるものを用意していてくれた。この心憎い配慮。ポルシェJapan広報室の「残心」もまた、見事ではないか。


*CARRERA RSと銘打たれた「Collector's Cup」は次の「同窓会」の賞品にしよう。


 面談が終わって地下の車寄せに戻った。このあと大井君とお茶でも一緒に、と心積もりしていたが、直ぐにでも仕事に復帰しなければならないという。それを終わらせたら、ニュルブルクリンクへ飛ばなければならないという。

 別れ際、彼がiPhoneで撮っていたシーンが、後日、FBに紹介されていた。コピーが彼らしいウイットの利いたものなので採録しておいた。「馬車からカボチャに戻りました」と。レーシングイエローのBoxster Spyderにはじまって、New 911 Carrera S、911 Turboと乗り継いだ「ポルシェ漬け」の日々を、こんな美事な軽口でこなすセンス。羨ましいよ。


*馬車がカボチャに戻りました……シンデレラboyの大井貴之が呟いた。

 大井君のロードスターを見送りながら、仁川一悟君と徒歩で目黒駅西口まで向かう。彼は飯田橋まで。わたしは所用があって、その一駅先の江戸川橋まで。同じ方向である。ベストカーに預けてあるプログレを引き取りに行かねばならなかった。

 目黒雅叙園の敷地内に高層ビジネスオフィスとして建てられたアルコタワー。そこからは、行人坂と呼ばれる坂を150メートルほどのぼり、上り切ったところに目黒駅に通じる交差点がある。




 踏み出して50歩も行っただろうか。直ぐに息が上がり、太腿あたりがすでに持ち上がらなくなっていた。
「なんだ、ここは谷田部のバンクかい!」
 最初は、その試練を楽しむ気分がなくもなかった。が、一歩ごとに、足が重くなり、とうとう立ち止まってしまう。若い仁川君の端正な横顔も、ゆがみ始めていた。





 頻繁に傍を走り抜けるTAXIもやっとの感じで登っていく。上り専用の一方通行で、右側に「大円寺」という天台宗の寺院、すぐ上手に(かみて)行人坂の道標と勢至菩薩を祀ったお堂があり、この坂が江戸時代から名所の一つに数えられていたことがわかる。アルミ製の銘板がこう伝える。
「寛永の頃、出羽(山形県)の湯殿山の行人が、このあたりに大日如来堂を建立し修行を始めました。しだいに多くの行人が集まり住むようになったので、行人坂とよばれるようになったといわれています」
 そして、坂を下りきった先に「目黒不動」があるのも肯ける。

 現代では、その向かい側に芸能プロダクションとして知られる「ホリプロ」の本社やスタジオがあるのだが、勾配15%をカウントされるこの急坂に翻弄されているいま、その取り合わせの妙を楽しむ余裕はない。



*目黒行人坂之図 安藤広重「東都坂尽」国立国会図書館・蔵

 ともかく頑張ろう。無心に、一歩一歩、踏み出した。やがて頂上らしものが見える。左手にかつて「富士見茶屋」のあった名所案内板。

「上り切ったら、お茶でも飲もうか?」
「はい」
 『ポルシェ 偏愛グラフィティ』に取り組んでからずっと、なにかとサポート役に徹してくれた仁川君が、ゆったりと頷く。

 4月25日午後5時、第5回ベストモータリング同窓会に、わたしなりの「完」のエンドマークがやっと灯った瞬間であった。(この項、次回更新につづく)
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「岡田監督が”凄いことが起こるなあ”と呆れた1イニング4失策で、8回、5点のリードを持ちながら、ヤクルトにあっさり逆転されてしまった。舞台は本拠地甲子園。ショートの小幡が悪送球とトンネル、前川右京と森下が落球。これがいい薬になるかどうか、本番期待。収穫は青柳の開幕投手の確定濃厚や。」
何シテル?   03/09 10:58
1959年、講談社入社。週刊現代創刊メンバーのひとり。1974年、総合誌「月刊現代」編集長就任。1977年、当時の講談社の方針によりジョイント・ベンチャー開...
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