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正岡貞雄のブログ一覧

2013年11月04日 イイね!

カー・オブ・ザ・イヤーの季節 

カー・オブ・ザ・イヤーの季節 〜新しく『RJC』会員となっての初仕事〜

  日本プロ野球に「セ」と「パ」があるように、この国の、自動車の「イヤーカー」を選び、それを表彰する組織が、二つあることをご存知だろうか。「日本カー・オブ・ザ・イヤー実行委員会(略してCOTY)」と「NPO法人 日本自動車研究者 ジャーナリスト会議(略してRJC)」である。

 COTYは1980年に、それまで三栄書房が自社の「モーターファン」一誌で主催していた「日本カー・オブ・ザ・イヤー」を、10周年を機に発展的に解消し、ヨーロッパの「カー・オブ・ザ・イヤー」の例に倣って、主要自動車雑誌で運営する全国規模のものにできないか、と社長の鈴木脩巳さんが提唱し、紆余曲折はあったものの、実行委員長を当時の「CG」編集長の小林彰太郎さん(つい先日に逝去)にお願いし、スタートしたものだった。

 当時、ベストカーの編集責任者であったわたしにも創立準備グループのひとりとしてお声がかかり、結局、スタート2年目からは、事務局長、さらにその後には小林委員長を補佐する副委員長として、運営する側に深く関わり、1997年に「ベストモータリング」編集長を退任するまでは在籍している。


*COTYの発足した1980年、第1回受賞車はMazdaファミリア。ベストカー誌を飾った授賞式の記事。10月28日に逝去された小林彰太郎氏が実行委員長としてCOTYの発展に寄与した時代であった。

 その第1回、つまり’80〜’81日本カー・オブ・ザ・イヤーカーはMAZDAのファミリアが選ばれて、船出して行ったのだが、スタートしてすぐに、実行委員であるメディア側(編集長グループ)と選考委員を委嘱される、いわゆる自動車評論家の諸氏や、本家意識が払拭しきれないでいた三栄書房推薦の学識経験者たちとの温度差がありすぎて、なにかと「もめごと」ができて、それがやがて、1年ごとの選考委員選びに影響し始め、組織のギクシャクが顕著となっていく……。

 1991年、「NPO法人 日本自動車研究者 ジャーナリスト会議」が、COTYと袂を分かつ形で、発足する。会長には自動車工学の重鎮・平尾収氏(東京大学名誉教授)が就任、それを景山一郎氏(日本大学教授)、自動車評論家の三本和彦、星島浩氏らが支えるという、より自動車について専門的な視野を持つ集団が生まれたのである。

 この新集団が選出した91~92年次の『イヤーカー』はマツダ・アンフィニRX-7に、そのころはまだCOTYに設けられていなかった『インポート・カー・オブ・ザ・イヤー』にはBMW・3シリーズ、『テクノロジー・オブ・ザ・イヤー』にはホンダのVTECエンジン、『パーソン・オブ・ザ・イヤー』にはマツダ第6代社長の山本健一氏(後の最高顧問)が選ばれる。
それに対してCOTYは同じ年度の『イヤーカー』にHONDAのシビック、シビックフェスタ、『特別賞』に三菱のパジェロを選ぶなど、お互いの選考基準の違いをまざまざと見せつける結果となったのが、強く印象に残っていた。

 それから20年余の歳月がたって、 それぞれが激動する時代の波にさらされながら、共存するかたちで生き抜いて、今日に至っている。それでも、COTYに加盟するクルマ雑誌群からは『CG』『ベストカー』の名前は消えているし、執行機関である実行委員会の顔ぶれをみると「カービュー」「アヘッド」「グーワールド」といった新興メディアの編集長が要職に名前を連ねていて、時代の移り変わりを、みごとに反映している。
さらに選考を委嘱される「選考委員」60名の顔ぶれをみると、すっかり若返っていて、黒澤元治、山口京一、米村太刀夫といった実力者は投票権のない「評議員」といったかたちで関わっているに過ぎないのに驚いた。



*第1次投票で55票を集めて第1位となった「アテンザ」。10月30日、試乗。「走り感」に主張があった。



*51票で2位につけた三菱アウトランダーPHEV。

*45票で「予選3位」となったフィット ハイブリッド。試乗は10月21日。

 率直に言うと、クルマについてシビアに議論し、提言していく機能は、どこでどうやって反映されていくのか、わたしには見えなくなっている。恐らく、年を追ってショーアップされていくCOTYの現状に、わたしが目くらましを食っているのだろう。そう、思いたい。まだ、舘内端、中谷明彦、桂伸一といったお馴染みの「見識者」は在籍しているのだから。しかし、真っ向から自動車メーカーに斬りこむくらいの骨太のメディアが希薄になった印象は否めない。

 もうひとつのRJCにしても、順調に推移していったようではなかった。平尾収会長のあとを継いだ会長職の人物が、大手自動車メーカーの技術関係者だったことから、そのライバル各社からの「不見識」の烙印を捺され、RJC独自の試乗会などは協力が得られなくなった時期もあって、様々な不協和音に悩まされたという。それを立て直した福永頌(ペンネーム鈴木五郎)会長が体調を崩したこともあって、今期からは飯塚昭三氏が新会長となっている。

 11月1日の午後、そうした「カー・オブ・ザ・イヤー」の現況をおさらいしたところで、東京・練馬から地下鉄大江戸線で「青山1丁目」へ、そこから銀座線に乗り継ぎ、「表参道」で地上に出た。国道246青山通りを渋谷方向へむかう。気分は初出勤のビジネスマンのそれだった。

 青山学院大学に隣接した青学会館の3F「ナルド」で、『2014年次RJCカーオブザイヤー』第1次投票の公開開票が午後1時30分から催された。その前日に第1次投票は締め切られていて、わたしは2日前にFAXで3通の投票用紙を送信している。

 まず1通目は「RJCカーオブザイヤー」で国産車から14台がリストアップされていた。2通目が「RJCカーオブザイヤー・インポート」の部、そこには16台の輸入車の名前が並んでいる。3通目は「RJCテクノロジーオブザイヤー」で国内外を問わないで13のテクノロジーが、それぞれに別紙の解説つきでピックアップされていた。

 その投票方法については、リストの中から優秀と思われる6車、あるいは6技術に○印を明記するだけで、各部門それぞれについて得票数の多い上位6車(技術)を、最終選考会にノミネートする6ベストとして選出するという段取りだった。


 
 会場には顔見知りの各メーカーのベテラン広報マン、RJCのメンバーになってから面識を得たフレッシュな広報担当者が、呉越同舟で開票を見守っている。その模様を最後部の席から拝見した。なにしろボードに貼りつけたエントリー車(技術)名を記した大きな紙に「正」の字を書きこんでいく、オーソドックスな開票風景は、その手作り感が懐かしかった。もっともまだ「予選段階」だから、本番ともなればもっとショーアップされたものを用意するのだろうが。



 投票総数は59票。結果は「ほぼほぼ」という最近のビジネスマン用語でいいだろう。カーオブザイヤー部門では、わたしの投票は4車が無事通過、2車が「落選」してしまった。HONDAのアコードハイブリットとTOYOTAのカローラアクシオ/カローラフィルダーのハイブリッドは弾かれたのだ。かわりにHONDAのフィットとスズキのスペーシアがかなりの高得点を集めて上位にランクされた。



*「インポート部門」で56票で2位となったボルボ V40。試乗は10月16日。

 インポート部門では、わたしが指名しながら最終選考から洩れたのは、メルセデス・ベンツCLAクラスと、アウディQ5ハイブリッド。そのかわりにアウディA3スポーツパックとフィアットパンダが同じように高得点を集めて、11月12日のテストデー(ツインリンクもてぎ)に持ち込まれる。



 テクノロジー部門では、三菱アウトランダーPHEVに搭載された「プラグインハイブリッドEVシステム」が52票、マツダアテンザに搭載の「SKYACTIV-D 2.2+i-ELOOP」が47票でしのぎを削っていた。

 RJCが個性を発揮して制定している「パーソン オブ ザ イヤー」は受賞候補者がいない場合は投票しなくていい仕組みとなっていた。だから、わたしはパス。
 それぞれの車名、得票数などの詳細は同載のPHOTOを参照していただきたい。
 こうして第1次選考が終わるとすぐに11月12日の「ツインリンクもてぎ」での6ベストカー試乗会と最終投票、そして公開開票が待っている。選考結果の記者発表は11月13日で、表彰式は12月16日と決まっている。


*「テクノロジー部門」では三菱の「プラグインハイブリッドEVシステム」が52票を集めて1位に。

 おお、カーオブザイヤーの季節、たけなわなり――。
では、もう一つのCOTYのスケジュールはどうなっているのか、ちょっと覗いてみた。なるほど、と思った。3連休明けの11月5日に「10ベストカー」が発表され、11月12日に「富士スピードウェイ」で10ベストカーの試乗選考会と投票があって、11月23日の東京モーターショー一般公開初日に、最終選考の発表がある。
 
 先ほど、日本シリーズでパ・リーグの東北楽天がチャンピオンフラッグを手中にした。
 はたして今年のイヤーカーは? 恐らくRJCとCOTYとが同じクルマを選出することはないだろうが、いつの日か、どちらもが揃って同じ車を選び出す、そんな文句なしのクルマが登場してくれないものだろうか。
11月12日の模様は詳しくお伝えする心構えで、もてぎへ行って来よう。そうだ、今回はNISMOバージョンのフェアレディZで往復しようかな。どう? いい考えでしょ?
 

Posted at 2013/11/04 03:08:28 | コメント(8) | トラックバック(0) | 77歳の挑戦 | 日記
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何シテル?   04/25 11:42
1959年、講談社入社。週刊現代創刊メンバーのひとり。1974年、総合誌「月刊現代」編集長就任。1977年、当時の講談社の方針によりジョイント・ベンチャー開...
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