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正岡貞雄のブログ一覧

2014年05月19日 イイね!

消えてしまった「携帯電話」を追って・・・

消えてしまった「携帯電話」を追って・・・それが『萎んだ風船』を再生させる道なのか

 こんなプロローグはどうだろう。――ひとたび萎んでしまった風船を、どうやればもとの元気な姿に戻すことができるのだろうか。
そんなこと、簡単じゃないか。その風船が破れてさえいなければ、プーッと新しい空気を吹き込んでやればいいじゃないか。それがわかっていながら、このひと月あまり、わが両の肺に新しい空気を吸い込むエネルギーが、どうしても湧いてこなかった。

  理由はいろいろと、ある。でも、そんな時は焦らずに、ともかく大きく息を吸い込むモチベーションがやってくるまで、じっと待ってやろう。今回の「エンスト」に直面して、こう肚を決めていた。

 それでも、あっという間に黄金週間が終わり、5月の中旬もあと何日かで下旬にかわってしまう。「みんカラ」&「ベスモ同窓会」の若い友人たちからも「どうしたの?」と、心配してくれる声が届いている。そろそろ、動き出したらどうだ? いや、実は動き出していた。その矢先に、こんな「事件」が突発していたのだ!


*正面に聳えるなだらかな山容が、富岡と奥秩父の間にはだかる東西ふたつの御荷鉾山

 5月15日の午後1時過ぎ、わたしが助手席におさまっているMAZDAアクセラSPORT 15Sは、1000㍍級の尾根が東西に連なる群馬県側の御荷鉾山系を目指して疾走していた。

 ドライバーは、飯嶋洋治さん。4月はじめの「第3回ベスモ同窓会」で岡山まで一緒に往復するなど、今、同じ目標に向かって走り出したパートナーの一人である。元「スピードマインド」編集長。林道に入ると人が変わったように生き生きとアクセラを操り始めていた。





 ぐいぐいと大小さまざまのコーナーを料理し、「名無村」なんて、そんな名前の村があるのだろうか、と疑いたくなる標識を横目で見ながら、右手に小さなダムを認めた時だった。ベルトの右腰あたりにケースに入れて挟んであるはずのiPhone5のスマホがないのに気がついた。腰を浮かせ、シートのあちこちを手探りしてみたが、それらしきものにたどり着かない。
「おかしいな。携帯がない。ちょっと車をとめて」

 適当なスペースを見つけて、飯嶋さんがアクセラを停止した。つづけて、彼の携帯電話で、わたしの携帯電話を呼んでくれた。が、どこからも着信音は聞こえて来なかった。車の中にないとしたら……嫌な予感がしてならない。

 さて、どうしたものか。この群馬南部の御荷鉾(みかぼ)山系の林道で、このまま立ち往生してしまうわけにはいかなかった。午後2時には、開館をお願いしてある奥秩父の『石間(いさま)交流学習館』に到着しなければならない、というのに。

 こんなとき、頼もしいパートナーがいてくれるのは、ありがたい。すぐに「Car NAVI」で現在位置を確認し、石間までの距離と想定される所要時間を計量してくれる。

「ここは標高500㍍地点で、秩父の下吉田町まではまだ40キロ以上あって、どうやらまだ2時間はかかると標示していますよ」
 心配そうな飯嶋さんの声。どのルートを拾ってのデータだろうか。実際にはその半分の距離と時間で行ける計算なのだが。

「ひとまず、先方に連絡を入れて、1時間ほど遅れていいかどうか、を確認してから、了解がとれたら、携帯を落とした場所を特定して、探しに戻りましょう」

 飯嶋さんの携帯を借りて、『石間交流学習館』を管理する秩父市・吉田町役場に、その旨を申し入れる。そうやって調整をお願いしたところ、午後3時まで待ってくれるという。



 これでやっと、これまでやってきた道を戻って、わたしが車から降りた場所を、洗い直すことができる。
 前方に鳥居を持った神社の社殿が見えてきた。ごく最近、補修した模様の「大山祇(おおやまずみ)神社」である。その小さな境内にアクセラを駐車して、もっとも携帯を置き忘れた可能性の高い富岡市の食堂に問い合わせの電話を入れることができた。領収証をもらっておいてよかった。

 しかし、期待していた返事は貰えなかった。それは困ったぞ。力が抜けていく。やっぱり、逆戻りして、撮影するために車を降りた地点を洗い直すしかないのか。

 それにしても、こんな平日の午後、なぜ飯嶋さんとわたしが群馬と埼玉の県境の、東西に走る山塊の尾根を走っているのか。その事情を説明しておこう。

 実はこの朝、8時に飯嶋さんと東京・練馬のわが家で合流し、関越自動車道を北上、藤岡ジャンクションから上信越自動車道に入り、富岡ICを目指した。練馬からちょうど100kmの距離で、今回の最初の目的地・富岡製糸場は川を渡って直ぐの街中にあった。


                      *写真協力 富岡市・富岡製糸場
                  

 富岡製糸場。4月の末に、明治期の殖産興業を象徴するこの富岡製糸場が周辺の絹産業遺跡と合わせて、ユネスコの世界文化遺産に登録される見通しが報道され、にわかにクローズアップされた。
 明治5年(1872)の創業時には世界最大の製糸工場だったという。電気や鉄、コンクリートが普及する前に建てられた木骨れんが造りの工場建設や乾繭(かんけん)倉庫などが奇跡的に保存されていた点が高く評価された、と朝日新聞の5月5日付けの「社説」が解説してくれていた。


*珈琲ブレークで立ち寄った三芳PA。いつものスタバでカプチーノを。


*三芳PAのカフェテラスで「資料」に目を通す飯嶋さん 
 

*富岡市内を往くアクセラsport 15S 

 それを読みながら、わたしの「萎んだ風船」は、なにやら新しいターゲットに向かって、膨らみはじめたのを、自覚していた。富岡にそんな立派な官製工場のできたことと、明治17年(1884)11月に勃発した秩父事件との間に、一本の線がつながっているように思えてならなかった。それが何なのかを確かめるために、飯嶋さんを誘って、富岡製糸場を訪れたわけだったが、その矢先に、わたしの携帯電話が行方不明となってしまった……。
      (このつづきは、しっかりまとめて報告しなくっちゃ)


Posted at 2014/05/19 01:49:21 | コメント(7) | トラックバック(0) | 秩父こころ旅 | 日記
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1959年、講談社入社。週刊現代創刊メンバーのひとり。1974年、総合誌「月刊現代」編集長就任。1977年、当時の講談社の方針によりジョイント・ベンチャー開...
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