〜箱根の峠道で「クルマ創り」の情熱についてのヒントを得た!〜
夜半までの降り続いた雨が嘘のように晴れ上がった東名高速を、ひとり、LEXUS NX300h F SPORTで西へ下っていた。4月初旬に911カレラSで新顔のCX-3と連れ立って中山サーキットへ向かって以来だから、もう100日が経っている。
7月第2週後半の3日間、御殿場の芝生付きデラックス・レストランを基地にしてAudi JapanがQ3とA1のプレス試乗会を催していて、その最終日の最終枠に駆けつけているところだった。
ハイブリッドのSUVは初めてだ。2.5ℓ直列4気筒DOHC、152psエンジンはTOYOTAの誇る高トルクモーターのサポートを得て、200psに近いポテシャルに変身してみせる。そのせいもあってか、「F SPORT」の称号に恥じないドラマチックな加速力で、さらにアクセルを踏み込め、としきりにわたしを誘惑する。
バンパー1枚分、SUV特有の腰高な走りっぷりは隠せない。それでも電動式の自動レバーで、好ましいシートポジションまで、瞬時に誘導してくれた。丁度の目の高さで、ウインドシールガラスに投影されるヘッドアップディスプレイを視認できる……気配りの効いたクルマ創りの印象を、さらに深めた。なにしろ、乗用車感覚のSUVを最初に手がけたのは、ハリアーをベースとしたLEXUSのRX(1997年デビュー)であり、その進化コンパクト型として投入されたのがこのNXシリーズじゃないか。
中井PAで小休止してから、ふたたび走行レーンへ。ドライブモードは当然「+SPORT」にセットする。ステアリング、足元がすぐさま「臨戦態勢」に入る仕組みだ。
ここから御殿場までは、ドイツのアウトバーンを想い出させる、東名の中でもお気に入りの区間である。一旦、大きなRを登りつめると、大井松田のICに向かって、左右にスウィングしながら一気に下る。晴れていれば、まず左手から正面に向かって箱根の山並みが連なり、その裾を這い上がっていくハイウェイの白い線が区切りをつける右手に、ぽっかりと富士の霊峰が浮かび上がるはずだが……。
その日は残念ながら、重い雲が垂れ込めたままだった。悔しまぎれに、下り坂を利用して、ある程度のスピードレンジから、フットブレーキによる減速テストを試みた。「ヒューン」まず、ハイブリッド特有の回生ブレーキ音。ヘッドアップディスプレイにも「チャージ」の表示が浮き出る。こちらもそれに呼応して、右足でさらにブレーキペダルを踏み込む感じで車速を吸い取ろうと試みる。が、減速しかかっても、ダラダラ感が残ったままだ。
「う〜ん。初期のブレーキング・フィールはともかくとして、その先の大事な領域で、気持ちよく力を吸い取るように止まってくれない」
首をひねった。ボディの剛性といい、走行フィーリングといい、デザインの見栄えといい、これならヨーロッパ系のSUV車と比べて、なんら遜色はない、と浮き浮きしていた気分に、チョイと水をさされたような「物足りなさ」は何だ‼︎?
おそらく「ブレーキ性能」への取り組みが、ヨーロッパ系のライバル車に比べて、甘いのだろう。その辺の確認もあって、あえてLEXUSからNXを借り出したのに。ひょっとしたら、300hではなく、2.0直噴ターボエンジンを搭載した200tをチョイスすべきだったのか。
それでも、久しぶりに真正面から試乗車をみつめようとしているおのれに、その調子だ、と声援を送りたくなったところで、御殿場IC着。目の前をシルバーの911カレラが箱根方向へ痛快に登っていく。それに追従して走ること5分たらず。目指すレストランが左側にあった。
Audi Japan広報のもてなしぶりは洒落ていた。まず、お昼のランチをどうぞ、と見晴らしのいいレストランへ案内される。それが済んだらミーティングルームでA1とQ3のレクチャーがあり、そのあとそれぞれ、70分ずつの任意の試乗ステージが用意されていた。この枠の参加招待者は5名とか。すべてがゆったりとしている。
受付をしていると、背後から聞き覚えのある女性の声。振り向くと妙齢のレディが。レーシングドライバー・飯田章君の実姉でCOTYの選考委員の裕子さんである。ここ4年ばかり「アウディ・ドライビング・エクスペリエンス」のインストラクターを務めているとかで、たまたま同じ試乗枠のメンバーとして、久しぶりに顔をあわせる。
「テーブルをご一緒していいですか?」
もちろん、こちらに異存はない。いそいそと椅子を引いてさしあげた。あれはセルシオからマジェスタに乗り換え、ちょうど10,000kmに走行メーターが達する時、NAVIシートにいてくれたのが、彼女であった。この業界にデビューして間もないころで、白いカサブランカの花のよく似合う、清楚なお嬢さんライターでもあった。思いもかけず、こころの弾むランチタイム。
そこへ、眼鏡の奥の眼差しがいつも柔らかい、顔なじみの広報部リーダーが、
「お邪魔してもいいですか?」と断りながら、テーブルにやってきた。
「今朝がたまで、御殿場から箱根はひどい雨と霧でまともに走れる状態じゃなかったから、最後の組だけラッキーですよ。あ、黒澤さんが昨日、お見えになりましたよ。厳しいけれども、まずまずの評価をいただきました」
こちらはデザートを平らげながら、応えた。
「そうですってね。この試乗会のあと、ガンさんと御殿場のガレージで落ち合う約束になっています。先日、特別にQ5を用意して乗せていただいたので、今回のQ3と合わせて、Audiがはっきり宣言しているユーザーターゲットは30〜50歳代、それも国産車からの乗り換えを狙うぞ、という自信のほどを賞味させていただきましょうか」
最初にピックアップしたのは、今回のモデルチェンジで10psほど出力アップした2.0TFSIエンジン(2ℓ直4DOHCインタークーラー付ターボチャージャー)とquattro駆動方式を与えられた白(これもグレイシアホワイトMSというオプションカラー)のQ3。本体価格が¥4.690.000なのだが、試乗したマシンにはS lineパッケージとか、MMIナビゲーション、BOSEサラウンドサウンドシステムなどが装着されているので¥5.930.000(消費税込み)に膨れ上がってしまい、プレミアムコンパクトSUVとはいいながら、やっぱり結構ハイレベルなお値段になる。
ちなみにLEXUS NX300hはといえばメーカー希望本体価格が¥5.820.000,
広報車両に装着されたオプション価格が¥851.040、計667万円強となり、NX200iなら70万円ほど抑えられるから、Q3とドンピシャリの値比べができる算段だ。
用意された試乗コースは3つ。お薦めは乙女峠の手前を右折して、長尾峠までのワインディングを楽しんだあと、有料の箱根スカイライン(片道5km=360円)を湖尻峠まで下り、そこでUターンして戻ってくる。
もう一つ、御殿場市内を抜けて富士スピードウェイの周辺の林間周回路を攻めてくるのも悪くないプランだった。
3つ目は、御殿場ICから東名高速に入り、途中の御殿場JCTから新東名に乗って、適当にUターンして来たら?というのんびりプラン。
当方、もちろん箱根スカイラインを目指した。箱根裏街道と呼ばれるR138を乙女峠方面へ。最初の三叉路のぶつかったところで、右手の林間ワイディングへ入る。コーナーの数は数えたことがないが、長尾峠の頂きに着く手前の富士見茶屋まで、大小さまざまで80のターンがあると耳にしたことがある。
Q3との対話をはじめた。左、山側、右は谷。1車身分がやっとだから、降りてくる対向車の気配も早めに察知しておきたいね。ガンさんの教え通りに目からの情報は、すでに過去の映像。常にクリッピング・ポイントの1秒分先に視線を定める楽しさ。
ステアリングの裏側にセットされたパドルシフトにはもう慣れた。2、3、4、ほい3・2。そこでチョンと左足ブレーキング。ペダルの位置が丁度いい。ク、クとフロントが沈み気味になったところで、予想通りにQ3は踏ん張りながら、しなやかに次のコーナリング態勢を用意してくれる。はい、今度は右足で、アクセルON。
「なかなかだね」Q3を褒めながら、遠い日の記憶が鮮明に蘇った。
デビューしたばかりの初代ソアラ(1981年3月)のプレス試乗会も御殿場がベースで、同じように長尾峠を目指してここを走り、ソアラ用に新開発された5M-GEUツインカムエンジンの出来の良さと、それまでの国産車では味わったこともない走りとブレーキングの楽しさに、うっとりした記憶。今の時代の車からは想像もできないだろうが、新時代への切り替えとはいえ、排ガス規制で牙を抜かれ、錘(おもり)をジャラジャラ引きずりながら走らされた日本の車たち……。
5速MTを3速にホールドしたまま、後半の登りのワインディングを走り終わり、「まるで3速オートマじゃないか!」徳大寺有恒さんや、浅岡重輝さんといった当時の売れっ子書き手とワイワイ、感想を言いあった……。あの頃は、創り手も遠慮しないで、ワイワイに加わったものだ。たとえばTOYOTAの金原淑郎さん(当時、技術部門リーダー)は、この待望のグランツーリスモにこそ4バルブ、ツインカムエンジンを開発し、搭載しなくては、とことあるごとに発言した。そして到頭、田原工場に専用の組み立てラインを作り上げ、量産に漕ぎつけたあの情熱……。
そしてその年、発足して間もない「’81〜’82日本カー・オブ・ザ・イヤー」(第2回)グランプリに輝いたのがソアラだった。
今回のBLOGは主題である「SUVと紫陽花の関係」にまだ届いていない。やっとその入り口にたったところだ。乙女峠ワインディング路から長尾峠を抜け、霧の中の箱根スカイラインをクルージングしながら、なぜかこの箱根路にやってきて、紫陽花の花叢を目にしていないのが気になっていた……というところで次回へバトンタッチしよう。悪しからず。