~来年こそ「最後の1台」で、きっとあなたを~
箱根の峠道に行けば、この季節は紫陽花の花叢が満開で、道の両側から出迎えてくれるはずなのに……が、霧がはれても、それらしい饗宴に預かれない。おかしい。
湖尻峠の駐車用の広場でAudi Q3 を一休みさせる。そこからは芦ノ湖スカイラインに入らずに、Uターンしなければならなかった。残念だな。ここからの芦ノ湖スカイラインが美味しいのに。
その瞬間にひょいと思い出した。そうか、箱根の紫陽花を楽しもうとするなら、この芦ノ湖スカイラインを突っ切って箱根峠に出ればいい。そこは箱根ターンパイク(いまではMAZDAターンパイクはこね、と呼ばれている)の上りきった終点で、大観山の景観とあいまって、その周辺こそ、紫陽花の名所だったのを……。
この際、紫陽花鑑賞は諦めよう。そろそろ出発基地に引き返すべき時間だ。急がねば。と、クォーンと、結構、ご機嫌なエンジンサウンドを奏でて、白いAudi Q3が箱根スカイラインを駆け下りてきた。試乗会仲間の一人が、いいパフォーマンスを披露している。
*箱根湖尻で峠合流したQ3
ザザーッと非舗装ゾーンでQ3の4輪機構をチェックしてから、滑らかに減速しながら、やわらかく停止した。ドアが開く。顔見知りのドライバーが微笑みながら、こちらへ近づいて来る。ちょうどいい機会だ。同じ白のQ3同士で、記念の2ショットといくか。
そんな風に、2ヶ月も前の記憶をまさぐっている。今日から9月か。そうだ、越中八尾の「おわら風の盆」が始まる日だ。夜になると、坂の町を胡弓の音に導かれて、菅笠をかぶった男と女が、しなやかに、想いを込めて踊りながら、虫追いの儀式を踏襲する。随分と昔に、取材で一度だけ、その「幻想の夜」に足を踏み入れたことがあった。
*左が直木賞作家の高橋治さん。わが師、藤原審爾さんの愛弟子の一人だった。真ん中が在りし日の歌舞伎役者、坂東八十助さん。
その時に会った「風の盆 恋歌」の著者、高橋治さんも、ご一緒だった歌舞伎役者の坂東八十助さん(のちに10代目三津五郎襲名)も先だって、幽界へ旅立たれてしまった。そうだ。その時の写真がどこかにあったはずだ。
――唄が辻を抜ける。風が囃(はや)す。胡弓が追う。
そんなコピーをあしらったポスターがあった。「いい日旅立ち」という言葉がヒットした時代だった。
講談社系の女性月刊誌に、「金沢」を軸にしてクルマで行く旅の企画を相談されたのも、そのころだった。ただ単に金沢の「古都の風趣」をありがたがって、街の紹介をするのではなく、ひと味違う、個性的で、知的で、行動的な女性に変身できるような、アクティブで、それでいて繊細なメロディにでも浸っているような、どこか切ないところのあるものにしたいよね。たとえば、この旅のレポートにふれて、すぐにでも旅立ちたくなるような衝動に駆られる……あるいはいまは一緒にいってくれる彼はいないひとにでも、きっとそんなひとにめぐりあったら連れてってほしくなるような切なさというか、ロマンティックな旅への誘いが仕掛けられたら……つまり旅の基地を金沢にして、そこから 越中おわら『風の盆』に紛れ込み、白山スーパー林道(全長34km)に挑もうというプランを提案した。
若い担当者が大きく頷いてくれた。その時の企画書が残っていたので、そっくり書き写してみよう。
さて構成はこうだ。
はじめにやっぱり、かつての百万石の城下町・金沢という街をじっくりと歩いて、見て、食べる――からとりかかる。武家屋敷の長い土塀が遺っている長町は香林坊のすぐ裏手。土蔵造りの商家が軒を連ねる尾張町、浅野川沿いにつづく紅殻格子のお茶屋街・東の廓あたりもぜひ歩いてみたいですね。
そして日本三大名園の一つとして、四季折々の表情をみせてくれる兼六園。冬になれば風花が舞い、雪吊りを見に、もう一度ここへ戻ってきたくなる。トレビの泉ではないが、そっと百円玉を庭の池に滑りこませる……。そして、百間堀をはさんだ向かい側の金沢城跡へ。海鼠壁と黒々と輝く石川門の屋根瓦のコントラスト。苔むした石垣の上に建つ三十間長屋。なにかが耳元に囁きかけてこないか。
*市中を流れる浅野川と泉鏡花の句碑
*金沢へ行ったら『治部煮」をぜひどうぞ
*金沢の台所・近江町市場
金沢はグルメの街でもある。能登の漁場をひかえ、日本海の海の幸がふんだん。とろけるような甘えび、脂ののりきったブリの刺身。季節によっては北陸ならではのズワイ蟹と格闘することだってできる。早朝の近江町市場を覗いてみると、まあなんとふんだんな海の幸・山の幸。ここから加賀百万石の経済力と結びついて、華やぎが売りの「加賀料理」が育った。それって、どこへいけば手の届く範囲で食べさせて貰えるのか。
料理とはきってもきれない関わりとして、器にも注目。金粉銀粉で彩った加賀蒔絵の漆器も、五彩色の上絵もあでやかな九谷焼も、季節の移ろいを風雅に盛るための粋な演出からうまれ、伝統工芸として育っていったのです。加賀友禅、金箔工芸、茶の湯がうんだ大樋焼……金沢はまさにアートの街だった。
室生犀星、泉鏡花、そして五木寛之。この街を愛したことで知られる作家たちはどこでお茶を喫んだり、お酒に酔ったりしたんだろう。「お婦久」の餡ドーナツは食べたかな。五木寛之といえば金沢を舞台にたくさんの作品をうんでいるが、彼の「風の盆」を主題にした小説『風の柩』が発表されてから気になっている「風の盆」という年に一回の催しに、なぜか惹かれるのも、金沢にやってきたからだろうか。
§オプション1 胡弓と三味線の音色と旋律に、なぜ泣きたくなったのだろう。ひたむきに踊りつづけるうちに朝を迎えた……越中おわらの『風の盆』に紛れこむ!
*男衆の胡弓と三味線に導かれて…雨が苦手なわけだ
金沢市から東に四〇キロ。富山県婦負(ねい)郡八尾町は立山山麓にある坂道のまち。その町が九月一日からの三日間だけ顔つきが変わる。「風の盆」とよびならわされた年に一度の行事のせいだ。独特な音色をだす胡弓が加わった民謡「越中おわら節」を、町の人たちはのびやかに歌い、歌に合わせてゆるやかな振りの踊りを舞いつづける。もともとは風を鎮め、穀物の豊かな稔りを祈る祭りだったが、いまではこの行事だけがひとり歩きしてしまった。十一の町内から、それぞれの町の歌自慢、踊り自慢が、どこからともなく湧いて来るように現れ、八尾の町を歌に合わせて踊りながら流れていく。揃いの着物を着た女たちは赤緒、法被に股引き姿の男たちは黒緒の草履をはいているため、この踊りには足音がない。どこからともなく踊りの群れが近づいてきて、どこへともなく消え去る。
……近ごろではTVやマスコミにとりあげられることも多くなった。全国から観光客もおしかけるようになった。が、それが踊りの特徴でもあるのだが、女達は笠を深くかぶって、目を動かさずに踊るので、どこかつきつめたものを漂わせ、そんな外の評判なんかは全く気にしてない。だから、ここの行事にはひとを惹きつける純粋さがある。酔わせるものがある。この国にこんなロマンティックな祭りがあっていいのだろうか。なぜか泣きたくなってしまう。いつかきっと彼とここへ帰ってこよう、と。
§オプション2 ダイナミックに秘境「白山スーパー林道」を駆け抜ける! と、そこにポッカリと夢にまでみたもうひとつの秘境が待っていた……。
金沢からR157を南へ二〇キロ。鶴来の町を抜ける。夏でも白雪を頂いた姿のいい山並みが鼻面を突きつけるように迫ってくる。ほんとうにクルマであの山が越えられるのだろうか、すこしばかり不安が頭をもたげてしまう。このあたりの水は白山の雪が溶けてながれてくるから、ひどく美味しいことで有名だ。幻の名酒「菊姫」大吟釀がここで磨くようにして育てられるのも納得できる。やがて手取渓谷。あっ、鶴来でとても古くて神さびた神社(白山の女神を祭っているといわれる白山比咩神社)で道中の無事を祈願してお賽銭をあげたのを報告し忘れてた。
さて「白山スーパー林道」の入り口に到着。このルートは十二月から四月末と夜間は通行できない。それに大型車もバイクも通行禁止だからね。
白山連峰は高山植物の宝庫。ハクサンコザクラ、クロユリにコバイケソウが競うように咲き乱れる夏はとくに狙い目。きついRのコーナーが続く。路面はけっこう整備されている。今回の使用車、デビューしたての「ランエボⅣ」はこんなケースでもっとも威力を発揮するはずだ。ちょっとオーバースピードかな、と警戒しながらコーナーに飛び込んだとしても、クルマの速度と荷重Gを「AYC」と名づけられたヨー・コントロール装置が働いて、適切なスピードとパワーを準備してくれるからだ。快適にコーナーと遊んだあとは、見晴らし最高のポイントで一休み。蛇谷、ドスの湯、姥が滝といった仙境にも足が伸ばせるようになった。
あっという間の四〇キロ弱のドライブの終点にきて驚いた。なんと、そこは合掌造りの里・白川郷,いまや世界遺産に登録された秘境だったのだ。
*日程とルートについて
「風の盆」を実際に取材するなら、早めに手をうたないとホテルの手配がかなり厳しいことが予測される。
東京から関越に入り、長岡から北陸自動車道へ。富山ICで降りてから1時間たらずで八尾の町に。早朝に発てば、午後のやや遅い時間には着く。その日はロケハンをかねて「風の盆」を見物し、いったん金沢へ向かい、一泊し、次の昼間は金沢取材。夕方から再び「風の盆」へ。深夜、金沢へ戻る。
三日目は金沢に取り組み、四日目に、いよいよ白山へ。これは通過するだけでいいでしょうが、とまりは白川郷かな。
五日目、帰京。帰りのコースは富山へ北上し、北陸道からがベターでしょう。
こんな旅のプラン。そうだ、来年の8月の終わりに、このオプション・プランで家人を誘ってみよう。旅のお供も、そのころには……。おお、わが胸にも満ちてくるものがある。
なぜこんなにも9月1日にこだわるのか。じつは家人の誕生日でもある。お互い、いまさら誕生日を祝う歳でもあるまい。が、今日の夕食だけは、一度立ち寄ってみたいと目星をつけていたイタリアン・レストランに誘ってみよう。
今年はそれくらいで許してもらおう。おや、また道草をしてしまった。「SUVと紫陽花の関係」はいつになったら、書き上げることができるのだろう。すっかり、怪しくなってきたぞ。
【追記】「おわら風の盆」は雨に弱い。心配していたら北陸地方は天候不順にたたられていた。9月5日の『メディア対抗ロードスターレース』の件でMAZDA広報部を訪れた帰りの車。Carラジオをつけると富山アルペンスタジアムでの巨人・ヤクルト戦は中止に。多分、おわら風の盆も同じ運命に。
どうぞ明日は晴れてほしい。