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正岡貞雄のブログ一覧

2015年12月31日 イイね!

『理想のクルマ創り』と『幸運の30cm』

『理想のクルマ創り』と『幸運の30cm』〜勝負のときの「五木寛之&星野一義」頼み〜


 鼻の奥がムズムズっと来たら、もう赤信号どころではない。いきなり「クシュン」「クシュン」、そして「へクション」が止まらなくなる。その反動で腰を痛めないように腰を落として構えないと、あとで大変なことになる。ひとしきり、ノッキングの猛襲に耐え、嵐の通り過ぎるのを待つしかない……。

 はじめは、いつもの花粉症かとタカをくくっていたが、今回は違う。いきつけだった耳鼻科の先生は引退、新しく通い始めたクリニックの先生は、抗ヒスタミン薬の錠剤とフルナーゼ点鼻薬の噴霧スプレーを処方してくれたが、そう簡単には治ってくれるやわな相手ではない。今回の「発症」は古い資料の片付けとネガ整理をはじめたのと歩調を合わせている。ということは? カビやダスト、そしてそれに紛れ込んだダニの攻撃だったのか?



 そうした作業を他人に任せるわけにはいかない。今にも崩れ落ちそうな段ボール箱から取り出した1冊、1冊に目を通し、残しておきたいページをスキャニングしていく作業なのだ。それに途轍もなくでっかい「宝の山」に出くわすこともある。まあ、資料の整理といっても、ある種の狙いがなければ、なかなか手をつけられるモノでもない。

 今回は「ベストカーガイド(ガイドが付属していた)」と暮らした「1980年代」に狙いを絞った。創刊して3年、やっと軌道に乗り、そして85年に月2回刊にシフトチェンジした、あの、思い出しても浮き浮きしてくる時代に焦点を合わせることにしていた。

 きっかけはSUVが「時代の寵児」となり、AudiのQ5を皮切りに、PorscheマカンやLEXUS NX300hと試乗を重ねたことだった。こうしたタイプのクルマの出現を望み、ついにはTOYOTAのバックアップを受けて取り組んだ35年前の「プロジェクト」のめざしていたものが、まさにこれだった、という確信……。



 それをもう一度、確認・検証しなくては、と考えていた。その連載企画のスタートが1980年2月号だった。題して『五木寛之/ティーチイン 理想のクルマを創る‼︎』。8ページを動員し、1年間にわたって取り組もうという態勢だった。
 その第1回、徳大寺有恒さんをアドバイザーに、そのころライトエースをベースにしてファミリーワゴンを開発中だった製品企画室主査、デザイン部次長を交えて、コンセプトづくりから始めているが、その内容はこれからクルマ関係を志す向きには絶好の教材となるだろう。

 たとえば、こうだった。五木さんが目指すべきクルマについて言い切る。
「ぼくの夢というか願望をこめたクルマは言ってみればアヴァンギャルドだから、実際にそれが実用にされなくても、一歩も二歩も進んだクルマを創ってみたい。現実にコマーシャルな価格で、しかも使う人の個性に合わせていけば、きっと面白いクルマができる。専門家の協力やアドバイスを受けながら、ことし1年間をかけて、ぼくの理想とするワンボックス・カーを創ってみたい……ぼくには要求だけがあるんだ」



 そして言葉を継いで専門家に斬り込む。
「(ファミリーワゴンを指差して)TOYOTAが乗用車タイプのワゴンを試作なさったというのは、これから10年後、とても大きなものになるだろうから、育てていこうくらいの気構えでおられるのか、そこのところ、おうかがいしたいですね」
 TOYOTA側からデザイン部次長が受けて立った。
「おっしゃる通り、5年、10年には乗用車的な者に育てたいと考えております。現在では、たとえばライトエースの走りは乗用車並みになってきたけれど、まだトラック的要素が、やや残っています、正直いって」
 五木さんが、さらに突っ込んでいた。
「そのトラック的な要素と乗用車的な要素というのは、具体的にいえばどこが違うんですか?」
「シャシーですね」と答えたデザイン次長に替わって、製品企画室主査が説明する。
「こんどのライトエースについては、ほとんど乗用車だと考えているんです。全く乗用車的なレベルになっていると思います」



「大変に素人的質問で申し訳ないんだけど、TOYOTAのたとえばクラウンと、ライトエースのシャシーはどこがどう違っているのですか?」
「いちばんわかりやすく説明しますと、クラウンは4輪ともコイルスプリングで、エースのほうはリーフスプリングなんです。
 それがいちばんの差でしょうね。コイルスプリングのほうが柔らかくできているんです。エースのほうは荷重がかかりますからスプリングが完全にペタンとならないように、やや硬い。
 それともう一つ大事なことはランニング・ギアですね。エンジンをミッションで落としてデフで落としますが、トラックの場合は小さいエンジンで、重い荷物を積んで駆動力を出さなくてはならない。だから、各ギアが簡単にいえば伸びないんです。ロウが、すぐにピークに達してしまう−−−」

 こうしたやり取りから、話は発展して、ワゴン車にオートマティック・トランスミッションは取り付けられないのか、シートはドイツ式かフランス式か、などと白熱、あっという間に2時間が経過する。そこで五木さんがアドバイザーの徳さんに「ぼくとTOYOTAの方々の第1回の意見交換をお聞きになって、専門家としてはいかがですか?」と、締めくくりを求めて、第1回のティーチインは終わる。



 連載第2回目。五木さんと徳さんは、横浜から東京へ向かう第3京浜国道を、『理想の1BOXカー』のベースとして有力候補に上がるTOYOTAハイエースを走らせながら対談、そこで細かい点までつめたTOYOTAへの要望書をまとめ上げる。
 連載3回目。TOYOTAから基本デザインと仕様書が回答される。担当もTOYOTAの別働隊として評価の高いTRDの開発室と決まった。五木さんもベース車となるハイエース購入の手続きを済ませた。動きがどんどん具体化していく。クルマ創りのドキュメント。
 
 そうだ! この連載企画を35年たったいま、そっくりPDF化して「POLARISクルマ仲間名作図書館」で閲覧できるようにしよう。

 それから5年後、月2回刊にシフトアップ。その号の奥付けページに総編集長として以下のような誓いの言葉を述べていた。これもその時代の証言としてスキャンしておこうか。

《8年近くつづいた「30日型編集」が、この号から「15日型」に変わります。−−−−つまり、書店やブックスタンドには半月しか置いてもらえないのです。
 編集する方も、これまでの2分の1のサイクルで対処するのですから、すばやい決断と集中的な作業を要求されます。
 その代償?として“情報もぎたて感”いっぱいの、ジューシイな「ベストカーガイド」をお届けできるわけです。NEWカーの初期露出と実車試乗との間にタイムラグがありすぎることもこれで解消できるでしょう。
 モータースポーツもたっぷりした充実感と速報性で対応できるのは、心強い限りです。
 しかし、私たちはスピードばかりに頼る、単純な速球派ではありま戦。五木寛之さんの新しい連続読み切り小説は、これまでのクルマ雑誌にはなかっただけに、強烈な衝撃(インパクト)を与えることうけ合いです。舘内端さんも新企画で大張り切り、もちろん徳大寺有恒、黒澤元治、竹平素信の強力トリオも、登板回数が倍増され、見せ場がふえると大喜び……(後略)》
 
 月2回刊という勝負どころ。講談社各部門からのバックアップで様々な手を打ったのがよくわかる。その一つが「NISSANマーチTURBOが当たる記念プレゼント」と応募者全員に用意した『チャンプの走りを盗め! 俺だけのNO.1テクニック』(B6版・96ページ オールカラー) の2大プレゼント。









  さらにズラリと並ぶ推薦者の顔ぶれ。ハッと気づいた。勝負どころで必ずお付き合い願っているふたりがいる……五木さんとレーシングドライバー・星野一義。五木さんについては説明の要はないだろう。しかし、なぜ星野一義なのか。モータースポーツ系の企画だけではない。「闘う男」とか「男が疾る」といったヒューマンドキュメント企画の第1回は、決まって指名させていただくことにしている。一種のゲン担ぎかもしれないが、決まってヒットしている。星野一義という男は、そんな強運の持ち主なんだ。





 ページをめくる手が、一瞬止まった。「オリジナルBOOKプレゼント」の告知「から6見開き目のモノクロ・グラピアページ、『30cmの幸運…』というタイトルが踊り、その下にコース灯のポールに叩きつけられているフォーミュラ・マシン。そう、あの星野一義のゼッケン②。なんとヘルメットとポールの間にはほとんど隙間がなかった! ということは?



 このアクシデントシーンは、ひょっとしたら「月2回化」記念号のなかで最も読者のこころを鷲掴みしたのかもしれない。星野一義の強運にホッと胸を撫でおろしたときの記憶が甦る。だが、どこかが異なっている。確か、赤いマシーンで見たはずだが……。疑問はすぐに溶けた。その年の「PHOTOGRAPH OF THE YEAR」に選んだ時にカラーページへ格上げしたのと混同していたのだ。そのページに当日の模様が詳細に記されていた。

 それは5月26日朝の鈴鹿サーキットの出来事だった。 
 JPSトロフィーレースの決勝を前にした朝のフリー走行で、そのアクシデントは発生した。普通ならマシンの最終チェック程度にその与えられた40分を費やすのが普通だが、星野一義だけは必死だった。前日の予選は4位と低迷、しかもシーズンに入ってからは宿敵中嶋悟の背中を見続けている。このフリー走行でマシンを煮詰め、どこか吹っ切れない自分の走りをチェックしなくてはならなかった。日本一速い男はいささか焦っていた。
「私がいたのは第2コーナー。こんなに早起きしたカメラマンはいなかったですね。フリー走行がはじまってしばらくたって、まあ他のドライバーは適当に流して走っていたのですが、星野さんのクルマだけは攻めていましたね。私が見ても明らかにオーバースピードでコーナーに入ってきたんですよ。スゲーなって思っていたら途端にケツを振り始めて、そのままグリーンを横滑りしてコース灯にぐっしゃりですよ。悪いけれどダメだと思った」



 シャッターをきり続けた小泉正博カメラマンの証言である。
 写真は連続写真で一部始終を捉えていた。わずか30cm、いや20cm差でコース灯への激突をまぬがれたことがよくわかる。
 星野はkの30cmの幸運で勝利の女神を自分のものにした。14日後の事故後の初レース(GC)を勝ち、4回目のGCシリーズチャンプに輝いた。事故後、また速くなった星野派やっぱり日本のニキ・ラウダなのかも知れない。

 その星野さんもすでに引退、IMPULチームの監督としてレース界を賑やかせている。が、盟友の金子豊マネジャーを喪い、寂しい2015年の大晦日を迎えているのだろうか? 年が明けたら、逢いに行こう。そう心に決めて、‘85年7月26号のスキャンを終えようとして、念のため、後半のカラーグラビアページに目を通すと、待ったいたように「IMPUL」の見開き広告ページが現れた。まだ三鷹市でホィール中心のショップを開いて時代のもので「狼の子供たちよ」というレーシングスピリットをテーマにしたコピーが懐かしい。






*ベストカー2016年1月26日号のセンター見開きページ掲載のIMPUL SERENAの広告ページ


 あれからずっと、星野さんは「ベストカー」を育てつづけてくれている。2015年の最終発売号、2016年1月26日号にも「IMPUL」のカラー2Pがセンター見開きのページを飾ってくれているではないか。熱いものがこみあげてくる。ずっとずっと連帯の想いを共有してくれている。

 年の瀬が迫って素晴らしい贈り物が届けられた……。

「みんカラ」の我が友へ。この1年をありがとう。そして、よいお年を!
Posted at 2015/12/31 22:38:09 | コメント(1) | トラックバック(0) | ベストカー時代 | 日記
2015年12月26日 イイね!

掉尾を飾る『ガンさん邸餅つき忘年会』2015

掉尾を飾る『ガンさん邸餅つき忘年会』2015〜12月20日の箱根は穏やかな陽射しに恵まれて〜


 相模川を渡ったあたりで、東名から小田原・厚木道路に入ると、右側の視界が大きく開ける。関東平野もここが西端で、箱根連山がどっしりとした黒い姿で出迎えてくれた。そして、それを際立たせるように、真っ白な雪のガウンを纏った富士山が、背後から箱根の山々を押し出している……。

【ガンさん愛蔵のNSX-Rと】


*東名厚木ICから小田原厚木道路へ。箱根の山並みの向こうに富士の姿が現れる。


 この描写は去年の12月21日に「箱根のガンさん邸、至福の餅つき忘年会」に駆けつける時の書き出しである。今年は12月20日の日曜日。1日の違いこそあれ、全く同じ景色を見ながら、小田原・厚木道路を走っている。違うのは、後ろにピッタリ、ベスモ同窓会のメンバー、MDi一家のグランディス、岩田和馬君のレガシーB4がはりついていることだろう。

 去年は単独走行で、大磯のアップダウンのある山間部を抜けていくあたりで、背後から来た白のNSXとちょっとしたバトルを楽しんだものだが、今回はナビシートにおさまって、NIKON5200であたりをバシャバシャやっている。ドライバーはこのところ同行してくれることの多い2315君。クルマも準備よく洗車と給油を済ませておいたプログレではなく、2315君のCLSクーペがしなやかな足で路面の状況を伝えてくれる。

 前年の様子から推して、午前11時に 箱根・小涌谷のガンさん邸に着けばいい。そこでベスモ同窓会一行には東名高速・用賀IC入口傍で、9:30集合と連絡を入れておいた。

 2315君とは8:45にわがマンションの駐車場で待ち合わせの約束。5分前に降りていくと、すでにシャンペンカラーのメルセテスCLSがアプローチで待っていた。どうやら、彼のベンツで行くつもりらしい。それもいいだろう。そこでETCカードを手渡して、最後に満タンにしてあげればいいだろう、と考えた。

 まず、順調に環八を南下していた。甲州街道を越えた。と、スイと左側のセルフサービスのガソリンスタンドにCLSを寄せていく。手際よくプリペイドカードを出し、給油ノズルを引き出している。なるほど、と納得した。自分のクルマを満タンにしておくわけだな、と。そんなの当たり前、といえばそこまでのことだが、この躾のよさが2315君を引き立たせているのも確かだ。


*港北PAで。初参加のべスモ同窓会の面々。

 約束の待ち合わせポイントに10分前に着いた。グランディスもB4もすでに到着していて、こちらへ向かって手を振っている。よし、それではこのまま東名高速に入って、最初の港北PAでコーヒータイムとしようか。それというのも、MDi君から大事なものを受け取る約束があった。一刻も早く、中身を確かめたいものであった。

 ちょうど3日ほど遡った12月17日の午前10時前、工務店を営むMDi君から慌ただしくメッセージが入った。なんでも、リニューアル工事の現場にいて、解体作業しているお宅の押入れの奥から『ヤングレディ・1972年4月24日16号』が出てきたのだが、「当時の局長(わたしのこと)は編集に携わってますでしょうか? 関係なければ処分しますが、どうにも引っかかる感じで処分を保留しています。ただ、私の生まれる前の雑誌であるにもかかわらず、状態は中身がほぼ完璧に読めます。ただ表紙と裏表紙にはシミが出ています。記念にとっておくか不要か、連絡いただけると助かります」という問い合わせだった。
    
 1972年? 昭和47年か。その年の5月に人事異動で『週刊現代』の編集次長として、古巣に里帰りしている。早速に返信を送る。
「それはびっくり。講談社発行の女性週刊誌ヤングレディに在籍した終盤の号です。ご縁ですね。ちょっと見せてください。よろしく」


*1972年…ガンさん現役バリバリの時代。こちらも《女性週刊誌、いかにあるべきか?》の構造改革に打ち込んでいた。その時代が透けて見えて、感無量。


 港北SAのコーヒーショップで手渡された43年前の女性週刊誌。表紙に記憶はない。が、ページをめくったモノクロの巻頭グラビアに息をのむ。「疲れ果てた!」というタイトルと自殺未遂を図った青春歌手(御三家のひとり)の、病室で眠り続ける悲痛な表情。そのあとの6ページにわたる、いわゆる「トップ記事」とよばれる活版のページ。間違いなく、わたしがチーフを務めた「ニュース班」の仕事であった。

 その記事をしめくくる最後のくだり、「(この自殺未遂事件で)あなたはもう白塗りの二枚目歌手としてやっていけないだろう。もはや甘い青春を歌ってもそぐわないだろう。が、それはそれでいいのではないか。〈生と死〉人生を鮮烈に厳しく歌うおとなの歌手としての道が、再生するあなたには、もっともふさわしいのでないか。アダモやマシアスなどのように〈人生〉を知って、はじめて大きく飛躍した歌手は多い。君もまた——。」は、紛れもなく、そのころのわたしが書いた文章である。
「ありがとう。あとでゆっくり読ませてもらうよ」
 あのころの編集者としての日々を否応なく思い出させるものが、この1冊にはたっぷり仕込まれている。よくぞ、気付いてくれた。MDi君の機転と配慮に、改めて感謝した。


*この日の同行メンバー。建築関係に携わるMDi君は4月の「同窓会」でガンさんから、一度見にいらっしゃいと名刺をいただいていて、念願の箱根行きであった。


 小田原厚木道路から箱根駅伝でおなじみの国道1号線にはいった。湯本の町は結構、観光客で賑わっている。大涌谷の噴火による影響も、いくらかは薄らいでいるようだ。塔ノ沢、大平台を通過。宮ノ下で富士屋ホテルの脇を左折、珍しく踏切が稼働していて、しばらく停止。そのそばをトレーニング中のランナーが駆け上がっていく。小涌谷はもう目と鼻の先であった。


*ただいま、宮ノ下を通過中!


*お! いきなりマクラーレン650Sだよ。


*こちらがマクラーレンMP-12C。

 11:21。心つもりより20分ほど遅れて着いたガンさん邸の門前は、予想通りスーパーマシンがズラリと横付けされていた。マクラーレンが2台、MP4-12Cと、さらに新型の650Sが入り口を固めている。われわれは100mほど坂道を上ったあたりでやっと駐車。年に一度のこと、近辺のお宅も大目に見てくれているらしいし、ガンさんもしかるべきご挨拶をすませてあるに違いない。

 そのガンさんが、いつもの笑顔で出迎えてくれた。餅つきパーティは賑やかな掛け声に囃されて、最高潮を迎えていた。揉み手がジュニアの翼君、そして杵を振りかざしているのが、今や黒澤家の大黒柱の治樹君ではないか。そして搗き立ての餅の美味なこと。一度いただいたら、病みつきになること請け合いである。







 今回は、残念ながら中谷明彦、大井貴之の両君はイベントがはいっていて欠席、去年は賑やかに餅を揉んでくれた元MAZDA広報・前田保さんの顔も見えない。広島は遠いからね。そのかわり、ベストカーの宇井弘明編集局長が、奥さん同伴で出席、ちょっとした情報交換ができた。顔馴染みの各社広報マンとも、ここで顔を合わすと、また特別の親近感がわいてくるから不思議だ。

 最初は緊張していたベスモ同窓会の面々も、適当に食べ、飲み、語らっている様子。カメラを岩田和馬君に渡し、こちらは治樹君と久し振りにおしゃべりを交わす。初めて会った時のことを、彼ははっきり覚えていた。まだ小学生になる前で、FISCOの1コーナーの金網によじ登ろうとしてガンさんに叱られた悪戯ざかり。そのころの黒目がちの面差しはいまも変わらない。翼君はまだ産まれたばかりの赤ん坊だった。それが今では……。

 治樹君に確かめたいことがあった。来年のスーパーGTの体制は? 嬉しそうに治樹君の顔が綻ぶ。パートナーの蒲生尚弥選手が一段と成長してくれたし、期待してください、と。ということは来年も中山サーキットでの「ベストモータリング同窓会」の開催は、決まったようなものだ。やっぱり鵜飼谷温泉の前夜祭もありだよね……これは早速、主要スタッフと相談しなくては。







 そんな風に想いをめぐらせているとき、LEONチームの遠藤会長が到着、早速、シャンパンを開け、全員で乾杯となった。来年こそ、ボデゥムの真ん中に立っている治樹君と蒲生君を見たいものだ。いや、ガンさんの喜ぶ顔を……。

 一息ついたところで杵を受け取って、餅つき役をかって出た。掛け声に合わせて杵を振り下ろす。ベシャ! 芯を捉えた音ではない。体の中心線に合わせてもう一度振り下ろす。ビシャ! まずまずか。5回目、息が上がる。適当に切り上げることにした。来年もまた、杵をふり下ろせるように、と心で祈りながら、もう1回だけ、杵を持ち上げ、真っ直ぐに臼の中心に向かって打ち込んだ。パシッツ! その模様を、なんとMDi君は動画でキャッチしていてくれていた。どうやら、腰の構えだけは○だった……というのは強がりで、すでに腰つきはふらついている、そして悲鳴をあげてガンさんに助けを求めている。
「ガンさん、替わって!」
 苦笑しながら、ガンさん登場、まわりがドッと湧く。杵を受け取ると、勢いよく打ち下ろす。リズミカルだ。柄を握った両手の間隔も狭い。なるほど、慣れたものだ。餅つきはかくあるべし。15回搗いて、ガンさんは退場。拍手が湧いた。羨ましかった。



 一段落したところで、ガンさんに断って、邸内の造りをMDi君にみてもらう。建築士の資格をもつMDi君、念願のガンさん邸見学の夢が叶えられたわけである。地下のワインセラーに嘆声をあげ、温泉直結の風呂にため息をつく。が、圧巻は1、2階を結ぶ白の漆喰壁の丁寧な仕上げ。よかったね、MDi君。

 さて、この会は自然にゲストがやってきて、搗き立ての餅をいただき、ひとしきりのおしゃべりを楽しんだら、お土産の切り餅を受け取り、自然に退去していくのがしきたりである。わたしたちもそれに倣って、それぞれの車に戻り、流れ解散とした。わたしには、MDi君から手渡された「ヤングレディ」を、じっくりと読み返す楽しみが待っている。

 2315君のCLSは箱根の山を、湖尻を経由して仙石原を抜け、乙女峠から御殿場へ下るコースをとった。穏やかな冬の陽はまだ余裕たっぷりに、箱根路を照らしていた……。        (この項、つづく)
Posted at 2015/12/26 02:38:05 | コメント(5) | トラックバック(0) | ちょっと一服 | 日記
2015年12月19日 イイね!

衝撃のS2000クラッシュ一部始終

衝撃のS2000クラッシュ一部始終   ~今回のHot-Version vol.137は盛り沢山過ぎる〜
 


 今月の『Hot-Version vol.137』はどのコーナーから紹介したらいいのか、迷っている。

パッケージを受けとった時には、さあ、9月5日のメディア対抗4時間耐久の舞台となった筑波サーキット。あの時にみせてくれた『土屋圭市 鬼神の走り』がやっと見られるぞ、と舌なめずりをしてしまった。それにその前菜役を務めた『The Drift Muscle 2015 Rd.4 筑波』も合わせて鑑賞しなくては……。と、異常を告げるタイトルが目にとびこんできた。『魔王戦線に異状アリ⁉︎ アルボーS2000 衝撃のクラッシュ』!



誰がやったのか? クラッシュの程度は? あえて表紙に謳っているのだから、それほどのことではないのかもしれない。それならばいいが。
 とりあえず、再生機にセット。画面の現れるのがもどかしい。

 いつもの3人の賑やかなやりとり。それに絡んで群サイのマドンナが蠱惑の肢体で雰囲気を盛り上げる。が、もうそんなものはどうでもいい、先を急いで58分35秒の該当ポイントへと直行する。

 栃木県日光市にあるARVOUのガレージが大写しされ、続いていつもは童顔の柴田優作代表が、キリッとした表情で、登場する。本田俊也編集長得意のドキュメンタリー・タッチの構成らしい。
 −−−歴代3番手のタイムをマークし、魔王取りまであと一歩。今回の狙いを高らかに謳い上げる。



「約1年をかけて自信のもてるセットが出来上がりましたので、ことしの魔王決戦に臨みたい。ただ、今度は(群サイに)行けないんですけど、かなりたくさんのメニューを用意してうちのメカに渡そうと思っています。その中で、せっかく群サイで、それも(超一流の)ドライバーさんに乗っていただけるので、割と思い切ったセッティングをした状態で、群サイに持ちこめるんじゃないかなと……」
 このさきの異変を予感させる力の入りようから、スタートしている。なるほど、柴田代表が勝負に出るのも無理はない。リアのアッパーアームの取り付け位置を変更可能にした上に、HKSのGT SUPERCHAGERとTODAのキットで武装されたエンジンは、410psを発生するという。



 シーンは群サイに移った。担当はオリダーこと織戸学君。いまやスーパーGTドライバーとしてもその技量は高く評価されているドライバーである。
「久々にアルボーさんのS2000に乗ります。かなり細かいところを去年よりつめてきているらしいんで……どうでしょうか?」
 そういい残してコースイン。1本目、オーバーステアが顕著で、コーナーで暴れるARVOU S2000をステアリングワークで抑えこむ織戸。ベストタイムにはほど遠い。
「うしろが、まだ踊るなぁ。1コーナーはまだしも、2コーナーがちょっと……」



 ピットに帰ってくるとARVOUのメカニックに状況を伝える。まぁ1周だから、タイヤも暖まっていないし、もう1周だけ、行ってみようか。こういい残して再びコースイン。2本目はアンダー方向に走り方を替える。それでも手の動きは忙しい。
「乗り方を変えたら、ダイブして後ろがいなくなる感じは消えたけれど、パワーをかけるとフロントタイヤを軸に、前後が振り回される。パワーがかけられない」
 さあ、どうしたらいいのか、と対策が見えてこないARVOUのメカニック。
 それでも、オリダーは中古タイヤにもかかわらず、ベストまでコンマ3秒までに詰めてきた。それでもピットに帰ってくるなり訴える。
「攻めきれないよ、このクルマは! 結構、いい勢いで走っているんだけどなぁ」
 マシンから降り立った織戸君が、身振り手振りを混じえて、動きを説明する。
「とにかく、危ないクルマなんだよな。つねにクルマが踊っちゃて!」



 そこでリアのアッパーアームの取り付け位置をチェックする。その調整作業を覗き込みながら、オリダーが解説をつける。
「クルマ自体の、タイヤの動き方が変わってくるのよ。レーシングカーは結構、こういうところをいじるのよ、1ミリ単位で」

 取り付け位置をノーマルに戻したARVOUが再びアタックする。織戸のステアリングワークが生き生きとしはじめた。
「こっちの方向だよ。後ろの動きが穏やかになった。ところが逆にトゥの部分で悪いところがでている」
 それがメカへの報告だった。再びアライメントの調整。それにしても、クルマを煮詰めていくこの作業、いつか、どこかで何度か見てきた。オリダーの真摯な取り組みに、なるほど、と肯けるものがあった。ドリキン譲りなのだ。



 セットアップも煮詰まってきた。タイムも上がってきた。リアの車高を5mm上げる。するとここまでのベストタイムがでた。車載カメラが織戸君のホッとした声を捉える。
「ああ、難しいクルマだ。ああ、もう(アタックを)やめよう」
 そんな気分を、流しながらコーナーを回ってピットへ帰ろうとするARVOU S2000の後ろ姿で表現している。

 ベストまで、あとコンマ2秒。ARVOUはNewタイヤを投入してラストアタックに入った。1本目、アタック区間で25秒371。記録更新! 「やりました!」とメカニック君が歓声をあげる。手応えをつかんだオリダーは、この日初めてバトル区間もアタックする……。まだタイムが詰められると確信したオリダーは「もう一丁、行こう」ピットに帰ってくるなり、また飛び出した。
 
 ナレーターの声が妙に変調し始めた。あ、この周かな。不吉な予感がした。
「オリダーが出したタイムは歴代魔王に迫るタイム。しかも、あとコンマ2秒で現・魔王に並ぶ。そしてこれがNewタイヤに替えて2本目のアタック。オリダーなら出してくれる。スタッフもそう信じていた……。



 最初の下り、スピードメーターは145km/hを一瞬、表示した。マシンのリアの跳ねが大きすぎないか? そして減速しながら左回りのコーナーを、まずくぐり抜けている。次の右回りコーナー。手の動きに力みが感じられる。回りきったところからコースは下る。92、98、108、130になった時フロントノーズの向きが左に切れていく……クゥーと異様なブレーキ音。マシンが傾く。左の土手に左前輪が乗ったのか! 白いガードレールが迫る! 
 カメラが切り替わる。ヘアピンに設置されたカメラが、コーナーから真っ直ぐガードレールに向かってしまった白いマシンを捉えていた。





「織戸、クラッシュ」の報が、すぐにスタッフ基地に伝えられる。顔を覆うメカニックの青年。 
「やっちゃったあ」オリダーの呻くような声。虚しくワイパーが左右に揺れている。その向こうは笹薮。ともかくドライバーに特別な異変はなさそうだった。   

 土屋君を先頭にスタッフが現場に駆けつける。どうやら前にも同じようなアクシデントがあったらしく、ここは難所のコーナーらしい。
 クルマから降りた織戸君が「すみません、ほんとに」と頭を下げながらこちらへやってくる。
「乗り上げたのか、ここに」と土屋君が土手の方を指差す。
「乗り上げちゃった。そこの手前で滑っちゃって」
「怪我なくてよかった……」とドリキン親分。



 そこでオリダーがカメラに向かって反省をこめた顛末を説明する。しかし、
こんな時、もっとも頭を抱え込んでいるのは、当然、編集長の本田君。わたしには痛いほどわかる。まず、クルマの補償、コースの修復代、その他モロモロ。それを乗り越えるにはどうすればいいか、答えは一つしかない。

 そんな本田編集長から、こんな元気なメールが届いた。

−−−今月は「95分間目が離せない」構成を狙ってみました。クラッシュは不本意なものですが、露出するならば、ときっちり作りこみました。
お知らせですが、講談社との共同プロジェクトで「ベストモータリング公式チャンネル」をYou Tubeにてスタートさせました。
まずは現行ホットバージョンを含めたYouTube上での著作権管理が目的のため、コンテンツ数はまだ少ないですが、粛々と増やしていく予定です。

ベストモータリング公式チャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCrmsruqPgCIs4PImiZs0t9w

合わせて、よろしくお願いいたします。 本田俊也

 このハラの据わりようなら大丈夫。この際、大いに「Hot-Version」の売り上げに協力する。これが何よりのパワーになってくれはず。明日は早速、書店に足を運んでみよう。あ、明日は箱根の「ガンさん邸餅つき大会」。それでは月曜日には、かならず……。

Posted at 2015/12/19 23:16:53 | コメント(3) | トラックバック(0) | ホットバージョン | 日記
2015年12月05日 イイね!

幻の「TOYOTAシエンタ」礼賛

幻の「TOYOTAシエンタ」礼賛
~「還暦プラス青春の19歳」の冬眠始末記~

1ヶ月の冬眠からやっと覚めて、窓のそとの西の冬空を見る。
 晴れやかに12月の午後の平和な光が満ち溢れている。
 血圧を測ってみる。134、74、75。つい先ごろ、170台を上下していたのが嘘みたいだ。

 気がついてみたら、12月3日の「秩父夜祭」も終わっているではないか。「みんカラ」BLOGもすっかりご無沙汰して、仲間たちから心配してくれる電話やメールを頂戴した。やっとふだんの「生活」に戻ることができそう。

 ともかく、最後にあげたBLOGを開いてみる。おお、11月07日の「凍結したままの『第1次選考』レポート」で、そのまま1ヶ月間、更新されていない。申し訳ない、とお詫びするほかない空白。そういえば、あちこちで詫びまくっている。


*開票会場。赤の軍団が前列中央に陣取る。その気迫に結果がついてくるから不思議だ。







 まず2016年次のRJCカーオブザイヤーは、SUZUKIのアルト/アルトラパンが圧倒的な票を集めて国産部門を制した。前年のハスラーに続いての連続受賞だった。2位のMAZDAロードスターとは70点差。背伸びせずに身の丈にあった『進化』が評価されたわけである。
 インポートカー部門はBMWグループのMINIクラブマンが、ジャガーXEと最後まで競り合った末、受賞車となった。こちらも特段の仕掛けをしているわけでもなく、果実が完熟していくような自然体が、選考委員のハートを捉えたのだろう。







 テクノロジー部門は、TOYOTA MIRAIに搭載した「トヨタ フューエル セル システム(TFCS)」がメルセデス・ベンツ S300hの「クリーンディーゼル ハイブリッド」を抑えて受賞した。今回はこれしかない、という成り行きであった。







 この表彰式は12月14日。その模様は、改めてお伝えすることになるが、それに合わせてRJCでは年次報告を兼ねて「Bulletin」を発行する。編集担当委員の神谷龍彦さん(元モーターマガジン編集長)からは「6ベスト」車の中から「ジャガーXE」と「TOYOTAシェンタ」の原稿執筆を依頼されていた。各車410字、それに見出しを14字×2行をつけ、11月17日必着で送稿されたし、との依頼をうけていた。にもかかわらず、こちらがエンストしてしまった。この400字ちょっとのまとめ原稿は結構手強い。その上、かなり重度の体調不良に陥っていた。 
で、神谷「編集長」にその旨、連絡。なんとかがんばってみるが、もしもの時の手当てもよろしく、と。

 まず、『TOYOTAシエンタ』の原稿はスムーズにあがったが、『ジャガーXE』にとりかかったあたりから、鼻水とくしゃみの波状攻撃を受け、まともに執筆できる状態でなくなった。それでも11月20日の午前0時45分付けで2本の原稿を揃えてメール送稿を済ませることがやっとの始末だった。
 
 その日の午前8時15分、神谷さんから返信があった。体調の悪いなか、執筆いただきありがとうございます、と前置きしたところで、「ただ締め切りを過ぎてしまったので、この2本は別に進行していて、ジャガーの方はぼく(神谷)が書いたものなので差し替えますが、シエンタの方はお願いした会員の原稿を使わせていただきます」という丁寧な内容だった。さすが、である。

 残念ながら、幻となった「シエンタ」原稿は、こんな内容だった。


ツインリンクもてぎの試走会コース。今年から変更があって、その確認で各車が列を作って。シエンタが2台。一段と跳んだデザインが目立つ。

TOYOTAシエンタ
旬のミニバンが見事に
こなした『MIRAI』の代役


 いざという時に役立つ存在、という役回りがある。『MIRAI』のノミネート辞退で繰り上がって「6ベスト」入りし、TOYOTAの最小ミニバンとして、その存在感を存分にアピールしてくれた。なにしろ使い勝手がすこぶる付きで抜群なのだ。加えて質感と信頼感が伴っていたとしたら……。
まず低床重心化(地上高330mm=2WD仕様)により、走行安定性が一段と優れてきた。生意気にも路面を掌で触りながら走っているような、腰の座った操縦性を楽しませてくれる。次に、後席にスライドドアを持つ3列シート車ながら、その乗り込みも楽に工夫されている。加えて、燃費もすこぶる付きで良好。ハイブリッドとガソリンの両方が選べるパワートレイン。アクアの血を引く手慣れたハイブリッド車は公表値22.7km/h。一方、新開発の1.5ℓ直噴4気筒エンジンも日常的な使用回転域での静粛性と力感に不足は聞かれない。このチャーミングな代役がいまのTOYOTAのクルマつくりの本気さを十分アピールしてくれたのではないか。


 さて、もう一度、血圧を測ってみよう。123、64、 71。え⁉︎ こんなヘルシーな数値は久しぶりだ。これなら12月9日の「Audi 2015年ハイライトモデル試乗会」(御殿場)に予定通りに出席できそうじゃないか。なにしろ、もう一度、ジャガーXEを味わいたくて、8日からの3日間、一緒に暮らすことになっているのだから。そうだ。ついでに、こちらもぜひご一読いただこう。Bulletin」に先駆けて、ということになるが、本人(?)が了解しているのだから、許されよ。


         
ジャガーXE

「彼岸の彼」の評価が訊きたい
本来のあり方に回帰したXE

 その表記を「ジャギュア」あるいは少し譲って「ジャグァー」にこだわり続けたあの御仁を、彼岸から呼び戻して感想を訊いてみたくなるほど、今度の新型XEは、「美しくあろう」「高級であろう」というジャガー本来の意思が凛として張りつめている。
 Fタイプから譲り受けた3.0ℓ V6スーパーチャージャーの心臓部をもつXE Sであれ、2ℓ直4ターボを与えられるXEであれ、走り出すなり、性急に褒め言葉を聞きたがる他のライバルたちとは異なる癒しの言葉で語りかけてくるのが嬉しい。ともかく、いつまでもゆっくり走り続けていたくなる。それは新型XEで試みたアルミボディ構造で稼いだ軽量化分を、サスペンションを中心に、他の部位に手当てしてつくり上げ、彼の好きだった「イギリス」を守りつづけていることに回帰したジャガーの決断があったればこそ。その辺をどう評価してくれるか、訊いてみたかった。つまりそれほどの、出来映えということだ。
Posted at 2015/12/05 20:31:32 | コメント(4) | トラックバック(0) | 還暦+19歳の青春 | 日記
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1959年、講談社入社。週刊現代創刊メンバーのひとり。1974年、総合誌「月刊現代」編集長就任。1977年、当時の講談社の方針によりジョイント・ベンチャー開...
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