〜あな嬉しや。八十路半ばで
*決勝のラウンドでブレイディのリターンがバックラインを割って女王になった瞬間
約2億2800万円の優勝賞金をかち取った後の優勝インタビューの最後に、日本のファンにメッセージを、と請われると、「(日本語で)はい、こんにちは。みなさん、今日は頑張りました。なんか、ね、ええと‥‥(英語で)ご免なさい、緊張しています。(日本語で)ありがとうございました。(カメラに向かって)勝ったよ!(笑い)」と語りかけ、最後にサムズアップして見せた。なんともキュートななおみ。視聴率も20%に近かったという。
*「勝ったよ」と日本語でこたえ、サムズアップする可愛さがまた大受け
熱闘の一夜が明けて、睡眠2時間のなおみは恒例のプレスサービスのための優勝記念撮影会に臨んだ。実はこの瞬間をわたしは待っていた。なおみの素直な、少女のままの魅力に触れることができる「特別ショー」だからだ。
2年前の初優勝の時はメルボルン郊外のビーチで行われた。その時のなおみはアフロヘアを海風になびかせ、まるでデズニーの映画『モアナと伝説の海』ヒロインのようだった。その時から、わたしはすっかりなおみに魅せられてしまったのを、こう記している。
*2019年、初めて全豪オープンを制した翌朝の撮影会
題して
《ダブルアスリート』の華・大坂なおみが悩ましい》 (クリックしてどうぞこちらへ) 。
*2021年、クレーコート無敗のなおみ。アフロヘアのなおみはルイヴィトンがお似合い
今回はコロナ禍のため遠出は避けて、市内にある王立植物園の庭が、そのステージとなった。そこにはエレガントなレディに変身した「女王様」がいた。
『日刊スポーツ』によれば、「2019年は、米国のブランド〈クシュニー〉のワンピースに身を包んだ。ことしはルイ・ヴィトンのブランド・アンバサダーに就任しているため、同社のワンピースを着こなした。赤とオレンジで同社のブランドロゴをイメージし、下は白い切り返し。同社の公式サイトによると「ゲーム・オン・マクロモノグラム・フラワー・ステートメント・ショート・ジャンプスーツ」という名称で販売価格は42万6800円だという。
なおみ女王はこの後、アメリカに戻り、3月のマイアミオープンに出場し、5月の全仏オープン、6月のウィンブルトンとグランドスラムタイトルに挑戦したあとは、東京五輪が待っている。ああ、追っかけ爺イは忙しいぞ。
さてお次は、アフロヘアをターバンでまとめる歌姫のミーシャである。
2年続けて「アイノカタチ 」で紅白の大トリとして圧倒的な歌唱力を見せつけたミーシャ。あれからずっと、このアフロヘアの歌姫に嵌まりっぱなしで、You Tubeをサーフィンしながら「ミーシャの世界」を渉猟しまくった。
そのお陰でミーシャという名の歌姫の築き上げたソウルと祈りの世界と、彼女はすでに日本という枠を乗り越え、インターナショナルな評価とファンを持つ存在であることを知った。その挙げ句、何かの拍子に、ひょいと「逢いたくていま」の歌い出しを、ハミングしてしまう。
*153cmの小柄ながら、5オクターブの音声域、ホイッスルボイスは圧巻。
ともかく一度、この歌を聴いてやって欲しい。聴くたびに家人に見られないよう、こっそり滲む涙を拭いてしまう。ともかく、ミーシャが凄い。主題曲のテーマに取り組むため、ミーシャは鹿児島・知覧という特攻機の飛び立った古い基地の町を訪れ、死と向き合った飛行士たちの遺書や手紙に逢いにいったという。ともかくもっとミーシャを深掘りしたい、と悪い癖が働き出してしまった。
ミーシャの本名は公表されていないが、「伊藤美咲」で1978年7月7日、長崎県大村市で生まれている。なるほど、九州地方では「美咲」なら幼い頃は「ミーシャン」と呼ばれていたに違いない。だから、歌手になってから、ミーシャか。可愛いよ。
身長、153cm。そんな小柄でありながら、5オクターブの音声域をもち、ホイッスルボイスで歌いあげる圧倒的な声量の持ち主。未婚の42歳。父親が外科医、母親は小児科医。その両親が「地域医療」を志したこともあって、韓国に最も近い島、対馬の公立病院に赴任。ミーシャは小学校と中学校を、その対馬で過ごし、その頃から教会に通うかたわら、風の強いに海に向かって声を鍛える音楽志向の少女だったという。「あたしは歌手になってみせま〜す」長い髪を海風になぶらせながら、目を輝かせて海に誓う姿が目に浮かぶ。
厳原(いずはら)中学の途中から福岡市博多区の吉塚中学校に転校、香住丘高校に進み、黒人教師のヴォイストレーニングをうける。地元の西南学院大学に入学。19歳。プロシンガーの道に。ここからはミーシャの活動をサポートするSony Musicの公式ブログからプロフィールを引用すると‥‥‥。
●M I S I A グローバルな知性を持つ、アジアを代表する歌手。1998年、デビュー曲「つつみ込むように‥‥‥」が大ヒット。グルーヴ感抜群の歌唱で、音楽シーンに衝撃を与える。
2000年にはバラード「Everything」がヒットして国民的歌手となり、2004年には女性アーチストとして初めて5大ドームツアーを敢行。アジアにも進出して大成功を収めた。以降、J-POPの枠にとらわれることなくチャレンジを続け、日本にクラブカルチャーを根付かせた。同時に、世界基準のサウンド・クオリティの両立を果たしている。(中略)
20周年を迎えた2018年は新曲「アイノカタチ feat.HIDE(GReeeeN)が大ヒット記録、その実力が改めて評価され話題を呼んだ。
また社会貢献活動にも積極的で、特に子供の教育支援に尽力。音楽にこめるメッセージと、貢献活動が一致していることも特筆される。そのアーティスティックなライフスタイルは、あらゆる世代の男女に強い共感を呼んでいる。
なるほど、である。やっぱりミーシャとなおみは相似点が多いな。ま、講釈はいいだろう。今回はここまでにして、ともかくここで、ミーシャの素晴らしいドキュメント映像が1時間20分の長尺でYouTubeに収められているので、この後の展開のためにも、ぜひご覧いただきたい。
*中国湖南省長沙にあるバトルの舞台。
*何もわざわざ中国の歌手バトルに出場しなくても、という声に対してミーシャがこたえる。
2019年12月31日のN H K紅白歌合戦の大トリを務めたミーシャは、そのまま成田へ向かった。元旦の朝、中国の長沙へ旅立つためだった。『歌手SINGER当打年』という番組に、日本人としてはじめて出演することになったからである。この番組は、いわゆるプロの人気シンガー同士の勝ち抜き音楽バトルで、中国ではスーパー人気番組であるという。そんなところへなぜミーシャが?
*通訳同行で初めての「歌手バトル」の舞台へ
それに応えてミーシャの参加する真意を語るシーンが「5分41秒」のポイントから始まる。
「(わたしは)あまり日本でもT Vに出ることはないです。でも(中国のみなさんと)親睦を深めるためにも、やはり歌ってみなさんに聴いてもらって、仲良く、日本と中国と、人と人、みんなが音楽を通して‥‥」
そして45 分10秒から8分間のミーシャの絶唱が。そして登場する中国、台湾、シンガポールから選ばれた若々しいミュージック・アーチストたちの驚くほどレベルの高いステージ。魅力満載、ぜひ鑑賞してやってほしい。 (以下、次回更新へ)
*1時間20分に仕上がっているバトルドキュメント。ミーシャの歌い上げる日本語の「逢いたくていま」に共演者も観衆もまず、唖然。そして涙を隠さない‥‥‥
VIDEO
Posted at 2021/02/26 01:55:47 | |
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還暦+白秋期の25歳 | 日記