
久々のブログになってしまいましたが^_^;
これは、5月16日のお話です^^;
昨日は、友達と会って来ました。
以前から、馬酔木に行きたいと言っていたので、馬酔木で待ち合わせしました。
ナビで検索出来なかったらしく・・・場所を詳しく説明出来なくてごめんね(>_<)
今回はみちのく岩中豚の厚切りロースにしました。
※みんフラはコンデジを忘れてしまったので、携帯での画像なので荒いですが、ご容赦ください。
ここで美味しいとんかつに舌鼓を打ちながら、会話を楽しみあっという間に2時間なんて過ぎ・・・^^;
2台で連なって次の目的地へ向かいます。
馬酔木からはちょっと距離がありますが、小田原まで高速に乗ればあっという間に到着♪
で到着したのは小田原城です。
ここを訪れるのは、小学生の時の修学旅行以来ですから・・・ざっと17年ぶり位ですね^_^;
天気が良く暖かい日だったので・・・ベンチでお昼寝している人も^^;
以前、訪れた時は歴史好きの小学生ではありましたが、当時の興味は人物と歴史的な出来事に重きを置いていた為に、お城の構造には、さほど感動もした記憶もないのですが、こうして再び訪れてみると、良いですね。
お城の構造等は今見るとワクワクします(笑)
小田原城の起源は定かではないのですが、1495年に「北条早雲」が伊豆韮山から移って城を築いたと伝えられています。小田原の地は地図を見ると分かりますが、西に箱根火山、南に相模湾と天然の要害なんですよね。
城の作り方としては梯郭式平城(ていかくしきひらじろ)といい・・・
「丸を城郭の片隅に配置し、その2方向、あるいは3方向を他の曲輪で囲む縄張で、本丸の露出している側(たとえば背後)に、湖沼や山河、絶壁などの「天然の防御設備」がある場所に向く縄張ということです」
江戸時代に入ると、東海道の重要な拠点として譜代大名の大久保家が藩政を敷いていました。
銅門(あかがねもん)の所に甲冑を来た侍達が・・・
あかがねとは書いて字の如く、飾りに銅が用いられた事に由来するものと伝えられています。
なにかイベントかと思っていたら、一緒に記念撮影をしてくれるとのことなので一緒に写って来ました。
いつも撮る側なのでちょっと恥ずかしかったので自分と友達が入っていない写真でお許しください・・^_^;
小田原城天守・・復元ですが3層の天守となっています。

余談ですが、昨日友達に聞かれて記憶があいまいになっていた事もあり、上手く説明出来なかったのが天守に飾られる鯱鉾(しゃちほこ)をなぜ飾るのか?
なのでこの部分に関して少し調べてみました。
「鯱というのは、古くは鴟尾(しび)、鴟吻(しふん)といい、胴体は魚、頭は竜か獅子、または鬼の形をしています。伝説では、この魚は水を防ぎ、雨を降らせる力を持ち、火災に強いという事から、中国の漢の時代に棟に付けられるようになり、日本では、鎌倉時代に禅宗のお堂に飾られるようになったそうです。
そのような由来からお城に置いても、火災や水害というのは怖いものという事でそれを避ける意味で飾られるようになったようです。
小田原城をじっくりと見学した後、友達が知っていたカフェ「パラダイス・カフェ・サドルバック」へ。
手前に余計な物が写り込んでしまいましたが、電車と海岸線を走るワインディング・・・こういう情景もワクワクします^^;
注文したのは
ミルククレープ。甘すぎず、絶妙な食感で美味しかったです♪♪
この構図にハマり・・・何枚も何枚も撮ってしまいました^^;
更に、この光景に萌えてしまい・・・(苦笑)
ここで帰ろうかと思ったのですが、ご存じの方も多いと思いますが、秦野中井から横浜町田IC辺りまでの東名の渋滞が分かっていたので、友達とご飯を食べて帰る事に・・・
選んだ先は、豆腐本陣・山水亭
大山地鶏のカツ煮豆腐膳を頂きました。

カツ煮といっても厚揚げの中に大山地鶏が入っていてそれを揚げているのでしつこさもなく美味しかったです^0^
また、湯葉刺しが絶品でした。また行きたいです^^;
ここで、友達とはお別れし帰路に向かいます。
私は、ナビの画面を見たらまだ渋滞しているようなので、246号を東京方面にワープ^^:首都高の用賀から乗ったら見事に渋滞もなく、大橋JTC経由で帰宅したら今までよりも早く着けました。
大橋JTC便利ですがコーナリングしながら下っていくので気が付かないうちにけっこう速度が上がりますので走行時は注意が必要ですね。
気が付いたら濃い内容になってしまいましたが、読んで頂きありがとうございました^^;
Posted at 2010/05/18 00:16:09 | |
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