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Nジャン(N-JUNKIE)のブログ一覧

2013年06月09日 イイね!

We are ¨N¨ (日産応援団 ストーリー) ~あとがき~

We are ¨N¨ (日産応援団 ストーリー) ~あとがき~※メイン画像提供:ぴんきーさん

前にも書いたが、コレを書きたくなった理由は、以前書いたストーリーには自分が未熟すぎて不満だった。
そしてもうひとつ。
我が子の成長により、しばらくの間、日産応援団参加が厳しくなりそうだから、何かを残したかった。

本当はもっと簡単に書きたかったけれど、ついつい濃い内容になっちゃったな(笑)。




¨日産応援団に参加しております「治療不可能な日産中毒患者」、「N-JUNKIE」を略して『Nジャン』と申します。¨



Posted at 2013/06/09 23:12:15 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日産応援団物語 | 日記
2013年06月09日 イイね!

We are ¨N¨ (日産応援団 ストーリー) #23[Final]

We are ¨N¨ (日産応援団 ストーリー) #23[Final]2013年シーズン。

NISSAN MOTORSPORTSからの発表はファンを驚かせた。
SuperGTの体制は大幅にシャッフル。
2014年、ルマンへの復帰がニュースになった。

日産応援団、決起集会と共にシーズンイン。
SuperGTは現行規定最後のシーズンとなる。



《第五章 明日へ。日産応援団!》

このWe are ¨N¨において、日産応援団に最終章はない。
メンバーにとっての日産応援団とは、ひとりひとり違うモノではないかと思う。

日産応援団の若手が会話していた。
「もしも将来、団長という依頼があったら」というテーマなようだ。

Nジャンは言った。
「オレだったら絶対イヤだけどな。」

¨うわべだけの日産応援団気分じゃダメだ。本気でいるなら、腹を据わらせろ。黒澤団長はじめ、メンバー、一人一人がやってる事は、そう簡単な事じゃないんだ。そしていつも貪欲である事が大事だ。¨

そう言いたかっただけの事。

~疾れ! 日産応援団!!~

この物語に終わりはない。
日産応援団、これからもよろしくお願い致します。

2013.6.9
日産応援団 ¨広報担当¨ 
Nジャン(N-JUNKIE)

Posted at 2013/06/09 22:36:17 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日産応援団物語 | 日記
2013年06月09日 イイね!

We are ¨N¨ (日産応援団 ストーリー) #22

We are ¨N¨ (日産応援団 ストーリー) #22※演出のため、敬称略にて失礼致します。

☆一部画像提供:フォトヤマさん

20012年。
日産応援団に、様々な課題が顕になってきた。
例えるなら、「日産応援団にはアップデートが必要なのかもしれない。」という事だった。

3月の決起集会当日、初めてとなる日産応援団総会を開催。
これまでの経緯やこれからの事。
意見を交換などを行った。

「日産応援団の原点に戻ろう」 という方向へ。



SuperGTシリーズ開幕。

GT300には久しぶりに日産勢。
マシンはGT3仕様のGT-Rだ。

シリーズはいきなりGT500チャンピオンチーム#1 S Road REITO MOLA GT-Rに暗雲が立ち込める。
言わばスランプ突入。

WECにトヨタが復帰するというニュースが駆け巡った。
久々にルマンでトヨタのマシンが走行。
しかしニュースはそれだけではなかった。
日産もデルタウィングで試験的にルマン参戦となった。



ルマンでは見事にアウディが表彰台独占。
A.ロッテラー/M.フェスラー/B.トレルイエ組の2連勝達成。
トヨタも敗れたものの大健闘を見せた。
日産のデルタウィングにアクシデントさえ無かったら…
必死で修理を試みる本山哲氏が印象的だった。

WEC IN JAPANが久々に帰ってきた。
各私設応援団もFSWに集結。
応援が繰り広げられた。

レースはトヨタとアウディの一騎打ち。
トヨタに軍配があがった。



SuperGTはGT500のチャンピオンチームの猛追が始まり、ポイントランキングでトップに躍り出ようとする勢いだった。
ランキングで第6戦の富士で優勝した#12 CALSONIC IMPUL GT-Rも名を連ねていた。



GT300の#3 NDDP S-Road GT-Rもチャンピオン候補に名乗りをあげてきた。

シリーズでは最終戦を待たずして、第7戦、大分でGT500、#1 S Road REITO MOLA GT-Rがシリーズチャンピオンを決定。
GT300は#3 NDDP S-Road GT-Rは惜しくもチャンピオンを逃してしまった。



JAF Grand Prix SUPER GT & Formula NIPPON FUJI SPRINT CUP 2012。

私設応援団共同企画、記念撮影会をこの年も開催。

急遽サプライズで日産応援団企画撮影会も実施。



ライバルでありながら、GTを盛り上げてきた4台のライバルマシン、チーム。
応援メッセージボードでセレモニーを観客の皆さんと盛り上げた。



レースはまさかの第二レースでチャンピオンマシンの失速。
第一レースは勝利を手にしたもののまさかのトラブルだった。

しかし諦めないのも日産応援団。
応援をやめることはない。



グランドフィナーレではファンと盛り上がるべく、「We Love Motorsports!」の掛け声で2012年のシーズンが終了した。

~つづく~
Posted at 2013/06/09 16:32:54 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日産応援団物語 | 日記
2013年06月09日 イイね!

We are ¨N¨ (日産応援団 ストーリー) #21

We are ¨N¨ (日産応援団 ストーリー) #21※演出のため、敬称略にて失礼致します。

☆一部画像提供:フォトヤマさん

20011年。
例年通り、横浜で決起集会を開催。
チャンピオン奪回に向け日産応援団も気合が入った。
NISMOの代表取締役社長に宮谷正一氏が就任後初の参加。

宮城県からいつも参加のくま2315
「皆さん元気そうですね。また今年もよろしくね」と奥様の日産応援団東北支部長「まーママ」が声をかける。

チャンピオン奪取を掲げ決起集会はお開きになったのだが…。

その数日後…
東日本を最大級の自然災害が襲った。
全国、いや世界中に計り知れないショックを与えた程の出来事と言っても過言ではない。
くま2315もまた、その中に居た。
自宅の目の前まで津波が襲ってきたのだ。

家族との連絡がついたのは更に数日後。
必死の様子がリアルになってくる。
電気、水道は勿論、交通網も麻痺。
関東にある知人の伝をたどって一時的に避難。
その際、日産応援団は彼との個人連絡は禁止とした。
誰もが納得できるであろう。

再び地元宮城県へ戻るくま2315
関東住在のライバル応援団をも含む私設応援団メンバーに見送られた。

国内モータースポーツもアクションが起こる。
脇阪寿一氏を中心に義援金サイト「SAVE JAPAN」が立ち上がった。

各カテゴリー、シーズン開幕が遅延となった。

「がんばろう!日本」を合言葉にモータースポーツもシーズンインを迎えようとしていた。





私設応援団。
ビッグフラッグを自主制作。



お客さんにメッセージを書き込んでもらって転戦するサーキットで広げようと企画をした。

SuperGT、事実上の開幕となった第二戦、富士。
2012年シーズンの日産応援団も全ての情熱を注いでいた。

決勝レースは雨の中。
黒澤日産応援団長、関西寿一會代表谷角氏がずぶ濡れで応援団同士の応援バトルの先頭に立っていた。

レースは悪天候でレースは赤旗。
そのままレース成立となった。



優勝は#23 MOTULAUTECH GT-R。
くま2315、涙を堪えることは出来なかった。
日産応援団の応援を受け、再び戦いの地へ戻って行った。



この年のSuperGTシリーズ。
まさかの展開が待っていた。
GT500、王者ブリヂストンタイヤにミシュランタイヤが待ったをかけた。



第3戦をキッカケに#46 S-Road MOLA GT-Rの快進撃が始まった。

世界のフィールドでも日本への応援の声が大きくなった。
ブノワ・トレルイエ、アンドレ・ロッテラー両選手が日本への応援をマシンに表記して貰うようアウディチームに依頼。
チームは承諾してくれたのだが、それは異例中の異例の事だった。

黒澤日産応援団長は、前年は応援旗の準備を行ったが、この年はメッセージをWebで伝えようと企画していた。

ルマン24時間レース。
彼らが乗り込むアウディ2号車が総合優勝を果たす。

LMP2クラスでは日産がエンジン供給したマシンが1-2フィニッシュという嬉しい結果になった。



8月。
爆走坂東組応援隊と日産応援団の合同BBQを開催。
交流の場となった。



SuperGT。
ミシュラン旋風が吹き荒れる。
GT500、シリーズチャンピオンは#46 S-Road MOLA GT-Rに輝いた。



嬉しいニュースが更に海外から入ってくる。
FIA-GT、NISSAN GT-Rのミハエル・クルム/ルーカス・ルアー組の#23 JRM NISSAN GT-Rがドライバーズチャンピオンを獲得した。

JAF Grand Prix SUPER GT & Formula NIPPON FUJI SPRINT CUP 2011。

この年も私設応援団での共同企画記念撮影会を実施。
たくさんのドライバーさんも関係者さんも足を運んでくれた。



エキシビジョンレースでも私設応援団は本気。
グランドフィナーレでも声援が飛び交っていた。



ニスモフェスティバル。

イベント前日、FSWレストランORIZURUで恒例の日産応援団忘年会実施。
アタリマエだが運転者の飲酒は厳禁。
関係者さんもドライバーさんも足を運んでくれたのだった。

イベント当日。

日産応援団は結成15周年。
早朝から記念撮影企画を実施。



イベントではファンにとってたまらないプログラムが進む。







グランド・フィナーレ。
チャンピオンを獲得したドライバーさんからのメッセージ。

2011 F-3 Nクラスチャンピオン、NDDP(ニッサン・ドライバー・デベロップメント・プログラム(NDDP)、#23千代勝正選手。
2011 FIA-GT World Championship。#23 JRM Racingのミハエル・クルム/ルーカス・ルアー組のマイケル(ミハエル・クルム)選手からのメッセージ。
2011 SuperGT。
#46 S-Road MOLA GT-Rがドライバー、ロニー・クインタレッリ、柳田真孝両選手からメッセージ。



そして…
少し寂しいお知らせが。
「来年2012年のニスモフェスティバルの開催は休止」が発表された。

ニスモのビジネス強化などが理由で現在の大森から鶴見へ移転するとの事。
翌年の12月がその時にあたるらしい。
かなり大規模な移動ということで開催は休止としざるを得ないようだ。
しかし宮谷社長からは「2013年、アップデートしたニスモフェスティバル開催」というお言葉。



ただ、ニッサン・モータースポーツの歴史を語る上で「大森」は…
ひとつの時代が終わったのかもしれない。





~つづく~
Posted at 2013/06/09 15:07:42 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日産応援団物語 | 日記
2013年06月08日 イイね!

We are ¨N¨ (日産応援団 ストーリー) #20

We are ¨N¨ (日産応援団 ストーリー) #20※演出のため、敬称略にて失礼致します。

☆画像提供:フォトヤマさん

2009年末、日産応援団(参加可能な一部メンバー)は「イイコトチャレンジ」に挑戦。
筑波サーキットでのランニングリレーである。
132位と164位で完走した。
「イイコト チャレンジ」は現在でも日産応援団は挑戦している。

年が明けて2010年。
シーズン前、日産応援団のオリジナル応援旗を自主制作した。



シーズンイン。

国内モータースポーツニュースにおいての話題は、久々にJAF GPが開催されることになったという事。
JAF Grand Prix SUPER GT & Formula NIPPON FUJI SPRINT CUP 2010である。

SuperGTではHONDA勢がニューマシン、HSV-010を導入してきた。

日産応援団は3月、恒例の決起集会を開催。
士気を高めた。

FIA‐GT。
NISSAN GT-Rはこの年もチャレンジした。
荒 聖治氏も挑戦することになった。

SuperGT開幕戦、鈴鹿。
HONDA勢、必勝体制だったが…
#24 HIS ADVAN KONDO GT-Rの近藤真彦監督。
タイヤ無交換作戦のギャンブルに出た。
その采配はズバリ的中、見事優勝へ導いた。



第2戦、岡山。
HSV-010の本領発揮。他を圧倒する。

第3戦、富士。
再び私設応援団のコラボ企画、記念撮影会。
前回同様、関係者サンも参加してくれた。

日産応援席には元・千葉ロッテマリーンズ投手、ジョニー黒木氏が訪ねてくれた。



メッセージフラッグを私設応援団で3枚制作。

病と戦うアンドレクート選手の息子さんアフォンソ君(注1)への応援を。
注:後に残念ながら願い叶わず他界されてしまいました。

アンドレ・ロッテラー選手とブノア・トレルイエ選手へのル・マン24時間アウディチーム応援フラッグ。

同じくルマンに参戦するロイックデュバル選手への応援フラッグ。





なんとそれが現地で話題となり他の選手も欲しいと言い出したという。
そこで緊急企画を準備した。
ルマン24時間、アウディチームが見事1-2-3を達成した。

http://ameblo.jp/kurochi23supporter/entry-10529303357.html

6月のS耐、富士戦にも日産応援団が登場。
雨の中の応援となった。



SuperGTのシーズンは開幕戦こそ逃したが、GT500はHSV-010旋風が吹き荒れた。 
SC430もGT-Rも苦戦と言っていいだろう。
しかしながら、GT300、#3 TOMICA Zがコンスタントにポイントを貯めてきた。



第6戦鈴鹿1000kmでも記念撮影企画を実施。

第7戦富士。
静岡県駿東郡小山町は台風による、被害が大きく開催中止となった。
片岡龍也選手を中心に小山町への募金活動を行うためのイベントが企画された。



アンドレクート選手の息子さんアフォンソ君を何とか助けたいという願いが日増しに強くなる。
私設応援団でも「骨髄バンク」の認知活動参加。





SuperGT、日産勢。
GT500ではチャンピオンを逃したが、GT300で#3 TOMICA Zがシリーズチャンピオンとなった。

11月。
願い叶わずアフォンソ君が他界してしまう。

JAF Grand Prix SUPER GT & Formula NIPPON FUJI SPRINT CUP 2010。

GT以外の時は、応援旗をポールに付けず、手に持って掲げ、マイナーツーリングカーレースの時は団長が持参してくてくれた古いトリコロールの応援旗を掲げた。
Fポンの時は団長を中心に事前準備してくれたメッセージペーパーを。
手分けしてお客さんにも参加して貰うように呼びかけた。

 

SuperGT 決勝1。
グリッドに整列するマシン達。

日産応援団は誰の指示もなく一斉に、#39 DENSO DUNLOP SARD SC430、アンドレ・クート選手を応援に行った。

グリッドガールさんがその様子に涙をこらえていた。



ニスモフェスティバル。

まずは記念撮影企画を実施した。





グランドフィナーレへ向け準備を進める。
メッセージボードを準備。
お客さんと共にイベントを盛り上げようとしたモノ。

長谷見昌弘監督はじめ、ステージの皆さんが思わず「おおっ!」と声をあげた。







~つづく~
Posted at 2013/06/08 21:02:18 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日産応援団物語 | 日記

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「ガソリンスタンドが減り続けている http://cvw.jp/b/116827/42303840/
何シテル?   12/16 20:52
「治療不可能な日産中毒患者」、「N-JUNKIE」を略して『Nジャン』と申します。 少年時代、スカイラインに魅了された事にはじまり日産ファンに。 1...

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