多奈閇神社
鎮座年代不詳であるが天孫時代と思われ、新撰姓氏録に田辺宿根神魂命は天日鷲命の五世孫にて、伊勢国員弁郡十座のうち多奈閇神社に祀り、和多類従録に員弁郡御名久米村に伊勢の国造りとして田辺中上村に祀ると記され故に天日鷲命を祭神として祀られた。
式社案内記に多奈閇神社は中上村の田辺に座す、殖栗神社より一里計り距る所勢陽五鈴遺響に延喜式内多奈閇神社同所に在すと記され又、本郡北野山中に北の田辺と員弁大河のそば中上郷の内中上田辺と称し分別せりとも記されている。
往古より天之子屋根命、品陀和気命は多奈閇神社に合祀されている。
明治42年7月10日久米村(現桑名市)赤尾村社平田御薗神明社。久米村(現桑名市)坂井村社中河御厨神明社。久米村(現桑名市)友村社鞆尾神社格三座を村社多奈閇神社へ合祀許可され同年7月18日合祀祭執行、同年12月9日久米神社と単称許可を受ける。
昭和27年戦後の事情により各三社は合祀以前の村社に復帰した。
今、神々は安座され平穏な日々を感謝すると共に由緒ある延喜式内多奈閇神社の社名を復活し中上地区全般の御神徳を仰ぎ子孫に伝え悠久の幸福と平和を御祈願してこれを記述する。
「多奈閇神社」
三重県員弁郡東員町中上 2000
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