5月1日から東京サミットが開かれ、その3日目の午後である。
会議場のスクリーンにギアナのジャングルが映しだされると、2028年アポロンの文字が浮かび上がった。
ナスカの地上絵が映されると2029年。
やがてズームアウトして地球が輝いたかと思うと、文字は2032年。
最後に木星とその衛星エウロパが映され、2033年ゼウスとX-1の文字が現れた。
各国首脳は、これからSF映画でも始まるのかと思った。
次に年次報告が流される。
2028年
アポロン、ギアナに着陸。
ベネズエラ空軍特殊部隊全滅。(ここで複眼の蜂が映される)
アメリカ空軍シルバーイーグル隊攻撃。
アポロン、ペルーへ。
2029年
01(ゼロワン)他300隻の暗黒船団飛来。
地球防衛軍、銀河戦隊、アメリカ空軍。(ナパーム弾の炎に包まれた、70もの球体が飛翔する姿が映される)
2032年・・・
2033年・・・
テロップと数々の生々しい映像に、たまらずアメリカの大統領が立ち上がった。
「悪い冗談ならこれくらいにしてくれないか」
田中総理大臣が立ち上がる「マウワー大統領これは実写なんです」「それでは生き証人を紹介しましょう」
スポットライトが点灯し、スクリーンの向うからトモローが現れる。
タキシード姿である。
「レディース・アンド・ジェントルメン」トモローは英語が得意である。
「私は2033年の未来からやってきました」
「あはははぁ」「とても素敵なジョークだね」
「そうおっしゃると思っていました」「では続けてこれをご覧下さい」
富士山が映し出された。
「あと10秒で噴火します」「ナイン、エイト・・・」
各国首脳が固唾を呑む
「ゼロ」ドドドド-ン。
トモローの予言通り富士山は噴火したのだ。
画面がニュースに切り替わる。臨時ニュースである。
(富士山が噴火しました。1707年以来312年ぶりの噴火です)
「幸いな事に、この噴火では死者は出ません」
「君、名前を教えてくれないか」大統領の額に汗が滲む。
「私はトモロー」「新田智郎」
「2033年の未来からやって来ました」
トモローはケースの中からディスクを取り出した。
14年間の人類の歴史を刻んだディスクである。
「ここに100枚のディスクがあります」「そのうち60枚は全ての皆さんの為に複製を用意してあります」
「中身としては世界の天候及び気温の記録、噴火や地震の災害の記録」
「経済の発展と停滞の記録、世界各地の紛争の記録」
「異星人との闘いの記録」
会場にざわめきが起こった。
未来が予測ではなく、解っているのであればあらかじめ対応が出来るのである。
それは災害や経済、そして紛争についても同じである。
「残り40枚のディスクですが、これは14年間の発明発見の記録です」
「これは一企業や一国家が所有するものではないと考えます」
「国連に譲渡を検討中ですが、最終的には発明発見者に引き渡されるものと思っています」
これについても各国首脳達は関心を示した。独り占めでもしようものなら巨万の富を得る事が出来るのである。
「最後に異星人との闘いですが、2032年の襲来では国連軍は3000機のジェット戦闘機を失い、全世界で2億2000万もの人々が死に至ります」
「いまから闘いの準備をされる事をお勧めします」
「まだ君の言う事が信じられないのだが」ロシアの大統領である。
「もう暫くすると大粒の雨が降り出します。富士山の火山灰を含んだ真っ黒な雨です」
「続きは帰り道で、その雨に打たれながらお考え下さい」
「未来から来た君は、これからどうするんだ」
「一年後になると思いますが、多分未来に戻ります」
「私の名前はトモローですからね」
ざわめきが治まらない中、会議は閉会となった。
帰りのリムジンの中でアメリカの大統領が独り言である。
ディスクを眺めながら
「彼の言う事が本当であれば、挫折と希望のディスクだな」
大粒の雨が降り出した。
フロントガラスに降りしきる結構強めのその雨は、
富士山の火山灰を含み真っ黒であった。
七月となる。
日本未来研究所にはプールが有る。
冬は隣接する原子力発電所の余熱を利用した温水プールとなるが、もっぱら所員の健康維持と訓練用に設けられた施設である。
不思議な事にこのプールは最近利用者が増えたのである。
理由は簡単であった。今日子が泳ぎだしてから利用者が急に増えたのであった。
今日子はここで、毎日2km泳いだ。水泳は全身運動であるから、体を鍛えるのに最適だと考えたのだ。
喜んだのは男性所員であった。目の保養にと毎日通いつめたのである。
スタイルが良い今日子が水から上がってくると「ォォー」と、小さなどよめきが上がる。
今日子は気にしない。(サンダーバードのパイロットになりたい)
そこへトモローがやってきた。彼も訓練のつもりであろう。
準備運動をしているところに、今日子がバスタオルを肩にかけて近づいてきた。
「ねぇ、100m1本勝負しない」
「俺が勝ったらお前のおごりで寿司でも食わせてくれるならな」
「いいわよ。私が負けたら私の全てをあげるわ」
「随分強気だな」
オォー。周りから歓声が上がった。
このときトモローは気づいていない。
今日子が勝った時と、智郎が負けた時の約束をしていないことと、「私が負けたら私の全てをあげるわ」の意味をである。
物好きな所員が笛とストップウォッチまで持ってきた。
4コース今日子。5コーストモロー。そして誰だか知らないが6コースに一人並んだ。
「おじゃましますよ。これでも元オリンピック候補でね」
「トモロー大丈夫?」今日子が聞く。
「あぁ、これでも近所の川では一番だったんだぜ」
ピー。笛の合図と同時に3人がプールに飛び込んだ。
先頭はトモローである。続いて頭一つの差で6コース。今日子がさらに頭一つの差で追いかける。
トモローの泳ぎはダイナミックであった。洗練されてはいないが、力づくで体を運ぶような泳ぎである。
25mラインを超えたところでさらに差が開いた。
トモローはここで気づくのであった。
(私が負けたら私の全てをあげるわ)不覚にも思わず水を飲んでしまうのである。
「やめやめ」トモローが右手を上げて敗北宣言をした。
その横を6コースと今日子が通り過ぎる。
結果的に6コースの優勝、今日子はわずかの差で2位。トモローは途中棄権となった。
「負けた負けた。帰るかなぁ」
帰ろうとすると今日子が追いかけてくる。
「トモローが負けた場合を決めてなかったわね」
「そうだったかな。じゃ、お前の努力を認めて、サンダーバードのパイロットに推薦しておくよ」
「わぁ、嬉しい」「ついでにこれからそのお祝いにお寿司をおごってね」
今日子がいそいそと着替えに行った。
相変わらず強引であるが、勝負に負けた手前、断るわけにもいかない。
更衣室で着替えていると6コースが来た。
「どうして途中でやめたんだ」
「水を飲んだからね」
「最後まで泳いでいたら、あんたが一番だったんじゃないか」
「さぁ、どうだろう」
着替えて待っていると、ほどなく今日子が現れた。短時間で化粧までして、見事にお嬢さんである。
「俺は銀座の寿司屋しか知らないんだよ」
「まかしといて」
ジェットヘリで研究所の滑走路から飛び立ったのが、夜の7時。
銀座のビルのヘリポートに降り立ったのが7時40分。
そのヘリポートに黒尽くめの6人が待ちうけ、囲まれたのがその5秒後であった。
先頭の小太りの男が話しかけてきた。「久しぶりだな」
「あぁ、確か2020年の4月以来かな」トモローはまいったなぁという顔である。
「30分話をしたい」
「御覧の通りこれから美人を連れての食事でね」「手短に願いたいね」
今日子は訳が解らない。
隣の黒シャツが、
「お前は間違いを二つ犯した」
「一つは未来を詰め込んだディスクを持ち帰った事」
「二つは昔の妻を助けた事だ」と言った。
「どうしてそんな事まで知ってるんだ」と聞くと
「信じられないだろうが、私たちは俗に言うタイムパトロールなんだよ」と言った。
今度はトモローが驚く番である。
小太りの男は、
ディスクを持ち帰った事より、妻を助けた事の方が大きな間違いだったと続けた。
幸せな家庭のままの智郎は、日本未来研究所に行く必要が無くなる。
そして、未来で異星人と闘う智郎は現れず、それは人類の滅亡に繋がると言った。
「その為にディスクをばら撒いたんだけどね」
「だから困ったんだ」
「妻を助けただけなら、事故か病気で再び妻を死なせ、時代の変化を食い止める事も可能だった」
「ところがディスクを世界にばら撒いたからには、もう時代の変化を避けられない」
「俺はこれからどうしたらいいんだ」
「それなんだけどね」
小太りの男は
前回と同じように、2020年5月1日に未来に旅たつ事を勧めた。
そして過去には戻らない事だと言った。
確かにそうである。過去に戻ると色んな弊害が出てくる。
タイムトラベルは未来への一方通行が良いかもしれない。
帰りの切符なんて、発行されてはいけない。
明日への片道切符だけで良いのかもしれない。
「万が一過去に戻る事が有ったとしても、その世界を眺めるだけで関与してはいけないんだ」
「時が変化して俺は消滅すると思うんだが」
「その心配はいらない。未来に行くことにより、時の変化はお前に追いつけないからな」
「もしも追いつかれたとしたら、どうなる」
「核爆発が起こるよ」
「お前は消滅するんだから」
ここで、薀蓄。
E=mc2
この式は、質量とエネルギーが等価であることを意味する。
反応の前後で、減った質量に相当するエネルギーが運動、熱、あるいは位置エネルギーに転化されることになる。
ちなみに広島に投下された原子爆弾リトルボーイで、 消えた質量はわずか7g程度だったと推測される。
そしてトモローの体重は75kgである。
トモローと今日子がいなくなった後、黒シャツが小太りの男に話しかけた。
「最後の核爆発には笑いましたね」
「トモローは人の言う事を聞かないところが有るからな」
「あれぐらい言って丁度良いだろう」
銀座の寿司屋である。
寿司を頬張る今日子が、突然トモローに質問した。
「トモローの2番目の奥さんて、私じゃないの」
ドキっとした。
「それより核爆発にはまいったね」
「嘘に決まってるじゃない」
「どうして」
「横の黒シャツが小さく笑ってたわ」
2020年となる。
今日子の訓練は順調に進む。
トモローのサンダーバードの修理が終わり、新たに新型サンダーバードが完成した。
後はシステム全体のチェックと試運転だけとなる。
4月となった。
トモローは朝から落ち着かなかった。
過去の智郎は、14年前のこの日、ここ未来研究所を訪れたのである。
そして田所博士に会い、プロジェクトリーダーである山本に会い、今日子に出逢ったのである。
長い時間が過ぎて行くが、智郎は現れる気配がない。
どやら訪れない事が解って、トモローが立ち上がった。
(美穂はまだ生きている。そして過去の俺は幸せな家庭で子育てに励み、こんな所にはやって来ない)
それで良いと思った。
「どうしても未来に行くの」今日子が寂しそうにする。
「このままではどう考えても俺は消滅するからな」
それは14年後ではなく、もっと早いかもしれなかった。
ディスクを持ち帰った為に時の流れが速まった今、半分の7年、いや5年後かもしれないし、3年後かもしれなかった。
山本が現れた。
智郎の希望通り、5月1日の出発が決まったそうだ。
そして今日子の出発は2日に決まったと伝えた。
「何を考えてるんだ」
「心配だからついて行くのよ」
「貴方一人に人類の未来を託せるかしら」
「着陸に失敗するかもしれないし、ダストトレイルにぶつかるかもしれない」
「異星人に囲まれて手に負えないかもしれないし、悪い女に引っかかるかもしれない」
「お願い、連れてって」
今日子の瞳から次から次に涙が溢れ出した。
「サンダーバードの交信記録に、しきりにトゥデイの名前が出てくるけど、あれは私の事よね」
「今まで黙ってて悪かったが、俺はお前と結婚して未来(ミキ)を授かった」
「しかし異星人との闘いで二人とも失ったんだ」
「もう二度とあんな目に遭うのは嫌だね」
「馬鹿ねぇ。時の流れは変化したのよ」
この後トモローと今日子がどうなったか、作者はしらない。
というか、解らないのだ。
ただ手がかりが有るのでご紹介したい。
日本未来研究所である。
リーダーである山本が雑誌を読んでいるところである。
雑誌名はタイム。何年の何月号かは解らない。
この雑誌を山本は何度も何度も読んだと思われる。
表紙は手垢にまみれ、ところどころ破れているからだ。
どうやら世界各地の伝説特集のようである。
「ペルーの雷伝説」というページが特に汚れがひどいから、山本が気に入った記事は多分これであろう。
「人々が恐怖に陥った時、男が現れた。
過去から来た男は、空を飛び、炎を操り、人々を絶望の淵から救った。
美しき妻と子供。そして雷を引き連れたその男の名は
トモロー 」
このたった4行の記事を、山本は何度も読み返しては、満足そうな笑みを浮かべるのである。
そしていまや日課となった研究所の15階、その窓のブラインドを開け、九十九里浜の向うに広がる海と空を見つめるのである。
(そのうち帰って来いよ。トモロー)
いつの日かハワイ上空にオーロラが現れ、トモローが乗ったサンダーバードが舞い降りるのではないかと思うのである。
「こちらトゥディ、トモロー応答せよ」
「こちらトモロー、ミキと良祐も大丈夫か」
「勿論よ」
ピカァ。ピカピカピカァ。
明日への片道切符・・・おしまい。
寒い日であった。2033年1月14日。
智郎の過去への旅立ちには、お似合いの日和かもしれない。
日本未来研究所のある九十九里浜は、冷たい冬の風の中にあった。
研究所員のほとんどは、いつも通りの未来への旅立ちだと思っていた。
確かに智郎は3日後の未来に送られるのであるが、その後宇宙空間から異空間へ飛び込み、過去の世界に向かうのである。
智郎のサンダーバード1号には、今までのサンダーバードの飛行記録の全てがコピーされた。
サンダーバードは常に識別信号を発している。
サンダーバード1号のコンピューターは、異空間で見かけたサンダーバードの信号をキャッチし、目的地(日)までの到着予想時間を計算するのだ。
あとは智郎が希望する、14年前の2019年3月の宇宙空間に飛び出す。
山本が準備したものに100枚ものディスクがあった。
「これは人類の歴史を変えるディスクだ」
科学の発展、発明の記録。
地球の経済の記録。
異星人との闘いの記録。
「思い残す事はないか」
「ないね」
「もう一度ここに帰ってくるか」
「気が向いたらな」
智郎は山本と握手をかわすと、ビッグリングの中のサンダーバードに乗り込んだ。
リニアモーターが起動し、サンダーバードが加速を始めた。
やがてビッグリング内は真空になり、プラズマの流れがサンダーバードを亜光速の世界に導いた。
空間が白くなったかと思うと眼前に宇宙が広がった。
3日後の未来である。
山本から連絡が入った「無人機は1日遅れで出発させた」
「お前が現れた空間から、260万km離れた宇宙空間に現れる」
「ここから先はお前の腕次第だ。幸運を祈る」
無人機は、智郎が現れた空間から、260万km離れた宇宙空間に現れる。
まだ23時間も有るから、慌てることは無かった。
サンダーバードにとって、260万kmの距離なんかすぐだからだ。
時間を持て余して、智郎は銀河に進路をとった。
銀河を挟んで、わし座 の1等星アルタイル(彦星)と、 こと座 の1等星べガ(織姫)が輝いている。
大気も人家の明かりも無い宇宙空間では、彦星と織姫の明るさは地上で見るのとは比較にならない。
その光を浴びながら、智郎はしばし眠る事にした。
夢を見た。今日子にミキの夢を見た。
そして最初の妻と子供の夢も見た。2019年3月に失った二人である。
夢の中の彦星は智郎であった。しかし織姫はだれだかよく解らない。
今日子かもしれないし、最初の妻かもしれない。
ここで智郎は目が覚める。
智郎には心残りが二つあった。
一つは今日子とミキを死なせた事であり、もう一つは最初の妻と子供を失ったことであった。
今日子は異星人との闘いにおいて、最初の妻は雨の日の事故で失った。
智郎は引き返すと目的地に向い、残り1000kmの地点でスピードを落とした。
異空間への出入り口が開いてる時間はわずか15秒である。
智郎は無人のサンダーバードが現れるのをひたすら待った。
時間になった。
宇宙空間に白い円が広がる。そして識別信号をキャッチした。
確かに標的であるサンダーバードが現れたのだ。
智郎のサンダーバードはフル加速した。
無人機とすれ違うとさらに直進する。ドヒューン。
その瞬間、智郎は異空間に飛び込んだ。
未来に向かう異空間は白色だけど、過去へ通ずる異空間は薄い黄色であった。
なんとなく陽射しを感じさせる黄色である。
そこへ又識別信号をキャッチした。
これは智郎が乗る昨日のサンダーバ-ドであった。
辺りを見渡すが、どこにもそのサンダーバードの姿は見えない。
やがて信号が消えた。多分昨日の宇宙空間に飛び出したのだろう。
コンピューターが即座に計算して智郎に伝える。
(到着予定時間。一年前まで6ヶ月、14年前まで7年)
冗談じゃなかった。
そんなに時間がかかっては、サンダーバードの中の酸素がいくらあっても足るはずがない。
サンダーバード1号が加速すると、空間は青みがかった色に変化していく。
次にキャッチしたのは17号の識別信号である。その信号が消えたところでコンピューターが計算した。
(一年前まで8ヶ月、14年前まで9年4ヶ月)
いよいよ駄目である。ならばで減速すると、異空間は今度は紫色に変化していった。
結果は(一年前まで1分。14年前まで14分)で、あった。
(よし、これで過去に行ける)
しかし、何度も識別信号はキャッチするものの、過去のサンダーバードにはまだ一度も出会ってないのである。
これでは14年前の実験機を見つけ、後を追いかけるのは無理だと思われる。
(14年前まで残り5分)コンピューターが非情に伝えてくる。唇を噛み締め智郎の顔が歪んだ。
Uターンしてフル加速するしか方法はないと思った。
(14年前まで残り10秒)
智郎はジェットノズルを噴かして宙返りすると、後部のメインエンジンに加え、両サイドの姿勢制御用エンジンまでも点火した。
ゴォォォォー。
(頼む・・)
空間が白くなり、ゆらっとして、宇宙空間が現れた。
ピーン。ピーン。10万km先の識別信号を捕らえた。
2019年3月のサンダーバードの識別信号であった。
日本未来研究所とJAXAが大騒ぎとなった。
予定外のサンダーバードが、突然現れたのだから当然である。
智郎は嬉しくて仕方がなかった。(ここが2019年の宇宙か)
先行する無人機を追いかけると、段々月が近づいてくる。
ここで月面基地から電波が届いた。
「こちらJAXA。サンダーバード応答せよ」
若かりし頃の鈴木の声である。
「こちらトモロー」
日本未来研究所でさえ、無人機で実験を繰り返していた頃である。
有人であるサンダーバードの出現に、JAXAの月面基地万舞(Bamboo・・・竹を意味する)は騒然となった。
「もう一度聞く。お前は誰だ。そしてどこから来た」
「新田智郎」「私は未来からやってきた」 ゴォー。
智郎は無人機から離れ、月面基地を目指した。
着陸する気は無いが、静かの海の鈴木に、挨拶だけでもと思ったのだ。
基地にブザーが鳴り響いた。緊急事態である。
望遠鏡が捉えたのは確かにサンダーバード。それがこちらに向かって来るのである。
隊員が皆(といっても4人だが)床に伏せる。鈴木は窓に近づきシャッターを開ける。
サンダーバードは東の空に現れ、翼を二三度振るとシューン。西の空に消えていった。
無人機は月の裏側から地球を目指す。智郎は月の表側から無人機を追いかける。
二機のラインがクロスする。
オートコントロールの無人機はベストライン。
智郎のサンダーバードは勢い余ってアウトに膨らむ。
ここからジェットノズルと姿勢制御エンジンが火を噴く。
自動車でいうところの四輪ドリフト状態である。
智郎はクリッピングポイントで後部メインエンジンに点火した。ドコーン。
こちら日本未来研究所である。
「無茶苦茶だな」
「しかし速いよ。これならメインスタンド前を先に通過するのは、トモローじゃないか」
そして大気圏に突入する時には智郎が前であった。
負けず嫌いの智郎が、思わずニヤッとした。
炎と化した二機がハワイ上空に現れると、雷が大量に発生した。
そこへ日本未来研究所から電波が届く。
「私はプロジェクトリーダーの山本だ」 これも懐かしい声である。
「どこから来て、どこへ行くのだ」
「2033年の未来から、2019年の日本へ」
「着陸許可を求める」
「私にこの状況を信じろと言うのか」
「信じられないなら、許可しない事だ」
巨大なモニターに映るサンダーバードの機体№は1。
「機体№1の意味するところは?」
「最初に未来に旅立ったのが私ならば、最初に過去に着陸するのも私だという意味だ」
腕を組んだままの山本は、マイクに向かうと
「着陸を許可する」と言った。
遠くの西の空に無数の雷が光った。
山本は最上階である15階から、エレベーターで地下の駐車場に向かう。
そして黒塗りのベンツに乗り込むと滑走路を目指した。
智郎は右手に日本未来研究所の滑走路を見つけると、サンダーバードの翼を右に傾け、着陸態勢に入る。
(来るぞ)
雷は激しく続いた。
サンダーバードの前後左右に雷が次々と落下する。
ドドーン。ドドドン。落雷した滑走路脇の松の木が、音を立てて倒れる。
かまわず智郎は車輪を出すと、ランディングである。
後輪が接地してパラシュートが開く。バファー。
智郎がサンダーバードから降りてきたところに、ベンツが近づいてきた。
男はドアを開けて出てくると「私がリーダーの山本だ」と言った。
智郎が「知ってるよ」と答えた。
山本が差し出した右手を、智郎は強く握り締めた。
この理由を山本は解らない。
智郎は(ついに帰ってきたぞ)の思いを込めて、山本の右手を握り締めたのだ。
勿論(久しぶりだな)の意味合いも込めた。
次に智郎は、ディスクの入った鞄を山本に渡すと、「話の続きはこれを見てからだ」と言った。
ディスクの中身は驚くべき内容だった。
14年間の発明発見の記録は、人類を大きく進歩させるものであった。
後にこれらは、発明者発見者に無償で供与されるのである。
地球経済の記録は、大不況を未然に防ぐのに役立つことになる。
異星人との闘いの記録は国を動かし、国連を動かし、世界各地の紛争を止めさせる事に役立つことになる。
やがて現れる異星人は、人類を一つにするのである。
智郎は賓客待遇であった。しかし訓練を始めた。
その訓練は激しく、山本が心配する程であった。
逆立ちで100m走の後、ヒンズースクワットを200回。そしてランニングとダッシュの繰り返し。
滑走路は智郎の即席の訓練場となった。
見かねた山本が「喧嘩でも始めるのか」と聞くと、「あぁ、命がけの喧嘩だ」と言った。
高く振り上げる脚は虚空を切り裂き、連打する拳は嵐を呼んだ。
この時の智郎は世界最強だったかもしれない。
そしてその智郎は、これから人生最大最強の敵と相対するのである。
1週間後である。
サンダーバード1号と智郎が姿を消した。
2019年3月24日。
小雨の降る日曜日であった。
智郎の二つの心残り。その一つが2019年3月24日の出来事であった。
当時31歳だった智郎は、最愛の妻と三歳の娘をこの日同時に失ったのである。
小雨降る夕暮れだった。ドライブ帰りに道路脇のパーキングエリアに車を止めた時のことである。
手摺りの向こうに海が広がり、すこーしばかり大きめの波と、ぼんやり遠くに島影が見えた。
妻は娘を抱き、傘を差し、こちらを向いて微笑んだ。
後ろの方で車の音がして、妻の顔が引きつったのはその時である。
濡れた路面にタイヤを滑らせた車が最愛の妻と、たった一人の娘を手摺りの向こうに押しやった。
時間が止まった。為す術もなく小雨の中に立ちすくんだ。
2033年から帰ってきた智郎にとっては、14年前の話なのだが、11年ちょっとのタイムトラベルの為に3年ほど前の話となる。
サンダーバードの行く手にその海岸道路が見えてきた。
そして真っ赤なスポーツカーが走る姿を見つけた。
(この車だ)
運転は上手いとは言えない。動きがスムーズではないからだ。
それなのにその車は、制限速度をはるかにオーバーしていた。
こんな下手糞なドライバーの為に妻と子を失ったかと思うと、段々腹が立ってきた。
パーキングエリアである。幸せの絶頂だった頃の智郎親子が、写真を撮っていた。
「貴方ぁ」最愛の妻が手を振る。
真っ赤なV8サウンドのスポーツカーは、トルクが太い。
少し強めになってきた雨脚なのに、アクセルを吹かしたものだからタイヤが持たなかった。
そのスポーツカーはこともあろうに、道路をはみ出して智郎親子を襲ったのである。
後ろの方で車の音がして、妻の顔が引きつった。
その時ファインダーの後ろにジェット戦闘機の様な物が現れた。
ドドドドドー。
その飛行機は、コースを外れたスポーツカーに逆噴射を浴びせたのである。
「貴方・・・ぁ」
「大丈夫かぁ」
二人の見ている前で、ジェット戦闘機の様な物はパーキングエリアに着陸した。
智郎は映画の撮影かと思った。
キャノピーが開いて男が降りてくる。
手摺に突き刺さった赤いスポーツカーの横を通り過ぎて近づいてくる。
「どうやら無事なようだな」と、男は呟いた。トモローである。
トモローの心配はいくつも有った。
一つ目は過去の智郎に出会った時、二人のうちどちらかが消滅するのではないかという事だった。
しかしその心配は杞憂であった。
今も(お前は誰だ)と睨み付ける智郎がそこにいるのだ。
二つ目は智郎が攻撃してくる事であった。
妻子が危うく命を落とすところだったのである。
そこに突然現れたのだから、不審に思うのは当然である。
攻撃してきた場合、殺すわけにはいかないが、叩きのめさなくてはいけない。
智郎のほうが3歳若いが、実戦から離れている分こちらが有利だろう。
血反吐を吐きながら訓練したのだから、多分勝てると思う。
負けるとしたら、智郎には守るべき大事な人がいる事だ。
今の俺には唯の一人もいない。その差が出るかもしれない。
「この野郎」智郎が向かってくる。
三つ目は、なにかの拍子に智郎を殺してしまった場合である。
勿論殺すつもりは無いが、間違って殺してしまったとしたら、美穂(最初の妻の名前)はゆるしてくれるはずがない。
トモローは智郎が強いのを知っている。
自分自身だから、強いのは解っている。
ただどれだけ強いかは解らない。これは自分と闘ったことが無いから当たり前であった。
解っているのは「手加減するとやられる」であった。
全力で倒しにかかる智郎に対し、殺すわけにはいかないのは、大きなハンディキャップであった。
ビシィー。かわしたはずの蹴りなのに、風が頬を切り裂き血が滴り落ちた。
前蹴りが来たところを十文字で受ける。そこに左の回し蹴りが来た。
若い頃の得意技、空中二段蹴りである。
両腕が塞がってるから右足で受ける。
智郎は空中を一回転したかと思うと着地。そして左手を上げ、右手を下げた。
天地上下の構えであった。
同じ事をやっても勝負はつかない。今日子の太極拳を思い出しながら両手をゆっくり回してみた。
見よう見まねの太極拳だから、多分隙だらけだったと思う。
少しだけ智郎の蹴りが大振りになった。
チャンスが生まれた。
ここでローキックを放った。それが見事に右の軸足に決まったのだ。
ビシィ。
普通の人間なら足首が折れたはずである。
智郎はなんとも無いような顔をしているが、徐々に痛みが足を止めるはずだ。
ちぃ、ちぃ、ちぃ。
徐々に間を詰めたときに「お願い。殺さないで」の声がした。
一瞬気を取られたときに、智郎の痛めた右足のキックが頭を襲った。
ドガッ。眩暈がした。
同時に智郎が呻いた。「うぎゃ」
俺は三半規管をやられてバランスを失い、智郎は痛みの為にのた打ち回った。
眩暈がする頭で考える。(ここが勝負だ)
ふらふらしながら智郎に近づくと、胸倉を掴んだ。
ここでこめかみに拳を入れればまず助からない。
一瞬悪い考えが頭をよぎった。(こいつを殺せば、俺は美穂とよりを戻せるんじゃないか)
今度は麻奈(子供の名前である)の泣き声がした。
動きを止めた所に智郎の頭突きを食らってしまったが、俺の頭は岩でさえ砕くのである。
頭突きを食らわした智郎も、ダメージは少なくなかった。
お互い額からしたたり落ちる血で視界を失う。
足が動かないから二人はもつれあった。
そして智郎の掌底突きは俺の顎を捉え、俺の拳は智郎の腹にのめりこんだのである。
もう闘いたくなかった。気力が無くなりやがて気を失った。
どのくらい時間がたったのだろうか。
目をあけると美穂が手当てをしてくれていた。
横に麻奈の顔も見え、俺は昔に戻った夢を見た。
智郎が「う、うっ」と唸ったところでその夢は覚める。
「大丈夫か」と聞くと「あんた強いね」と智郎が言った。
「みっつ歳は違うけど、俺はお前だからな」と言うと「何を言ってるんだ」と言った。
「2033年から、美穂と麻奈を助ける為に帰って来たんだ」と言うと、「頭をやられたんじゃないか」と言った。
信じられないのもむりはない。ただ解って欲しかった。
「30分話が出来るか」
「あぁ、どうせ30分ぐらいは動けないだろうからな」
美穂と麻奈を同時に失った俺は、一年後に日本未来研究所に入った事。
そこで出会いがあり再婚した事。
3ヵ月後、1年後の未来に旅立ち、10年後の未来で異星人と闘い、二人目の妻と子を失った事。
帰りの切符を手にした俺は、美穂と麻奈を助ける為に2019年に戻ってきた事。
智郎は今度は真剣に話を聞いてくれたのである。
そこへパトカーがやって来て、真っ赤なスポーツカーからドライバーを助け出した。
いつの間にかサンダーバードは見当たらない。
二人の警察官が来て、目撃者はいないかと尋ねる。
「猛スピードで手摺に突っ込むのを見たよ」「下手な運転だったな」と言うと
智郎が「おかげで車をよけた弾みに、二人とも大怪我さ」と答えた。
警察官が立ち去ったところで、口笛を吹いた。ピィー。
ゴゴゴゴゴー。
どこに隠れていたのか、サンダーバードが現れた。
コクピットに乗り込み、¥500万近い札束を取り出すと智郎に渡した。
これは2020年に、日本未来研究所からもらった札束である。
「これをお前の大事な美穂さんと麻奈ちゃんの為に使ってくれないか」
「お前はこれからどうする」
「三人の邪魔をしたくないからな」「又未来でも行くさ」トモローはどこか寂しそうである。
札束を受け取って智郎が呟いた。
(ここで居場所が無かったお前に、未来に居場所があるだろうか)
サンダーバードに乗り込むと智郎親子が見送ってくれた。
「貴方、有難う」と、美穂が手を振る。
(貴方、有難う か。懐かしい響きだね)
ヴシャー。ジェットノズルを噴かして離陸するとメインロケットエンジンに点火。
智郎親子はあっという間に見えなくなっていく。
雨雲は消え去り空に星が輝きだした。もう夜の7時であった。
2019年3月24日。
月はまだ見えないが、3時間後には現れるはずだ。
今は火星が西の空に見えるだけで、木星もエウロパも見えない。
智郎は額に手を当てた。血が滲んでいるのは右側。
確か智郎は額の左側に傷を負ったはずだ。
智郎の傷はかなり深かったから、いくらか傷が残るはずである。
智郎と俺が今でも繋がっているのなら、俺の額の左側にも傷跡が現れるはずである。
なのに現れる気配が無い。
日本未来研究所に帰ると、山本が怒った顔で出迎えた。
「帰ってきたかと思うと、ずぶぬれで傷だらけじゃないか」「お前は日本、いや世界を救う人物かもしれないんだぜ」
「今回のような事がまた有るといけないから、監視をつけるから」
山本はさっそく監視人を連れてくるという。
「今年入ったばかりの新人だけど、太極拳の使い手だ」
「今より重症になりたくなかったら、大人しくするんだな」
いやな予感がした。
しばらくして、ドアの向うから山本に連れられて女が現れた。
中野今日子である。
話をしたくなかった。
俺と智郎が別人であるように、この女はトゥディに良く似た別人なのだ。
「この人が未来から帰ってきた人ね」
まるでパンダでも見るように、じろじろ見やがる。
「見世物じゃないんだけどね」
「あら、気にしないで。私は貴方を取って食べたりしないから」
生意気なところは、13年前に出会ったトゥディにそっくりであった。
今日子とトゥディは歳が違うだけで同一人物だから、同じ性格でもおかしくはない。
興味を持った人間の気を引こうとすると、今日子は昔からいつもこんな態度に出るのだ。
「挨拶は済んだから、続きは明日にしてくれないか」「見ての通り体も心も傷だらけなんだ」
二人がいなくなると、今度は寂しさがこみ上げてきた。
(未来に戻るかな)さっきからそればかりを考えていた。
今度は未来に帰って、死んでしまったトゥディとミキを助けたらどうなるかを考えてみた。
二人を失った時俺はその側にいたが、そこへ今の俺が行って二人を助けたとする。
なんの事は無い。未来の智郎が俺に感謝するだけである。
もしかしたら、俺には未来にも居場所が無いのではないか。
トモローは昨日、美穂と麻奈を助けた。
これで過去の智郎は不幸に陥らず、1年後に日本未来研究所を訪れたりはしない。
サンダーバードに乗る事もないし、トゥディと出会う事もない。
早い話、主人公であるトモローは存在しなくなるのだ。
ならば14年後の未来から帰ってきたトモローは、今もなぜ生きているのだろうか。
今日の変化は明日に反映し、明日の変化は明後日に繋がっていく。
今日の変化が14年後に伝わるのに14年かかるのであれば、
14年後に額の左側に傷跡が現れたとたん、トモローは消滅するのではないだろうか。
次の日は10時に目が覚めたが、まだ体のあちこちが痛い。
そこへ山本と今日子が現れた。多分TVカメラで俺の様子を伺っていたのだろう。
「ディスクは全部見せてもらった。いやぁ、素晴らしい」
「これで人類は大きく進歩するだろう」
「異星人への対応については、各国首脳の理解を得るのが大変だと思うが、なんとかするつもりだ」
「それについては貴方に手伝って欲しい」
「嫌なこった」「俺は未来に帰りたいね」
「無理だ」
「サンダーバードは貴方と一緒でガタガタだよ。整備しないといけない」
「ビッグリングの準備も含めて1年はかかる」
1年も待たされたんじゃ体が腐ってしまう。
一番困るのが金が無いことだ。
飯は研究所の食堂で食えるだろう。泊まる所は研究所の客室がある。
だがなにをしようとしても、金が無いならなにも出来ない。
キャッシュカードは智郎と同じものだから、俺が使うわけにはいかない。
過去に戻った時点で一文無しになってしまったのだ。
かっこつけて¥500万やってしまったのが、今にして悔やまれる。
(¥300万にしとくんだったな)
チャーリー・チャップリンが言うところの、生きて行くうえで必要なもの。
愛と勇気と少しばかりのお金。
この名言を思い出した。
こうなれば、山本を脅してキャッシュを手にするしかない。
「解ったよ。協力しよう」
「但し協力費は高いよ」と言って人差し指を立てた。
「これ以下なら俺は協力しない」
山本は困った顔をしたが政府に掛け合うと言ってくれた。明日まで待ってくれと言って部屋から出て行った。
智郎は金銭感覚がほとんど無い。
¥100万もあればなんとかなると思って出したのが人差し指であった。
次の日山本が新しいキャッシュカードを持ってきた。
「これで協力してくれ」
口座には¥1億振り込まれていた。
こんな大金もらっても使い道がなかった。
たまには上手いものでも食おうかと思ったが、店をしらない。
そこに今日子が来た。
「人の弱みに付け込んで大金を手にするなんて、貴方最低ね」
「あぁ世界が俺を必要としているんだ。¥1億なんて、安いもんだろ」
わざと悪ぶってみせた。
「どうだ¥10万使ってもいいから、どこか美味い食事の店に案内してくれないか」
「嫌だわ。業務命令でなかったら貴方の顔も見たくないわ」
「だろうな」
仕方ないから一人で行くことにしたが、サンダーバードは整備中だし足が無い。
研究所に頼んで車を借り出したのが、黒のスポーツカーだった。
今日子は監視の為に着いてくると言う。
「止めたほうがいいよ。俺は飛ばすほうだからな」
「どうせ下手糞な運転なんでしょ」
本当に生意気な女だ。
「そこまで言うなら、お前が運転したら」
「いいわよ。私の運転に驚かないでね」
今日子はアクセルを吹かしてスピンターンをすると、門の前まで車のケツを振りっぱなしだった。
「おい、研究所の敷地内は、制限速度30kmだぜ」
これじゃ命がいくつあっても足りゃしない。
公道に出ると今日子の運転は大人しくなった。
「なんだ、普通の運転も出来るじゃないか」
「パトカーに追いかけられるのは嫌だしね」
ここらは冷静である。そういえばトゥディも冷静だった。
普通の人間ならパニック状態になるような状況でも、彼女はいつも冷静だった。
初めてのフライトの時も、彼女の誘導で無事着陸する事が出来たのである。
比べたくはないが、時が違っても今日子はやはりトゥディである。
「せっかくのドライブだから、お兄さん、身の上話でもしませんか」
「はねっかえりの小娘に、話す事なんかないよ」
「じゃ、異星人の話を聞かせて」
「ディスクでも見るんだな」
「どうやら私とは話したくないようね」
車がスカイラインの料金所を通り過ぎた。
今日子はここで腕前をみせるつもりのようだ。
駐車場から2台の車が出てくる。ボンネットに黒い天使が描かれている。
「どうやらお客さんのようだぜ」
「そうね、千葉県最悪のグループだわ」
「名前は」
「ヘルスエンジェル」(地獄の天使)
「無視できるか」
「さぁ、こちらは最新型のスポーツカーに乗った謎の美女」
「向うにとっては美味しい獲物でしょうね」
真っ赤なランボがライトを点滅する。続けて黄色のインプが迫ってくる。
「この峠じゃ小さい車のほうが有利だな」
「一般論でしょ」
今日子は大柄なGT-Zでドリフトしたのである。
駆け抜けるコーナーをことごとく車を横に滑らせたものだから、スペシャルチューンのランボもインプも追い抜くなんて絶対無理であった。
もっとも追いつけたとしての話ではある。
徐々に今日子は引き離して行くのであった。
頂上付近の駐車場で休んでいると、2分遅れでやっと2台が追いついてきた。
車の中からいかにも悪という男達が出てくる。
黒の皮ジャンの上下に包まれた姿は、まるで牛のように逞しかった。
かなり怒った様子で、腕まくりしながらこちらに向かってくる。
「たしか君は太極拳の使い手だったな」
「こんなかよわい女性を掴まえて、無理言わないでよ」
「ここは闘牛士の出番だわ。セニョール」
「それはないぜ。セニョリータ」
まだ体のあちこちが痛むのである。
トモローは身長178cm、今日子は165cm。
二人の男はトモローとさほど身長は変わらないが、胸板はとても厚く腕もトモローよりさらに太かった。
今日子に任せても大丈夫だとは思うが、万が一という事も有りえる。
嫁入り前の女性になにかあったら事だし、見ている前でなにかあっては俺の恥さらしだ。
そんな気持ちで二人の前に立つと「お前は引っ込んでろ」と通り過ぎようとしたので、足を引っ掛けた。
転んだ男が「何をするんだ」
「俺の女に手を出すな」と、トモロー。
勿論牽制である。今日子は俺の女なんかではない。
「命が惜しくないのか」ともう一人の男。
わざと恐がった振りをする今日子。
自慢の車で負けたのがよほど悔しかったのだろうが、その怒りの矛先はトモローに向けられた。
掴まえたらこっちのものだとばかりに、両手を広げて向かってくるが、華麗な身のこなしで次から次とかわす。
「上手いわ」
ここらは牛に対峙する闘牛士のようであった。
ひらりひらりとかわしては、足をひっかけるのである。その度に二人が転ぶ。
「そろそろやめないか」
「なにォー」
二人が手にしたのはチェーンであった。どこにかくし持っていたのか知らないがそれを振り回しだした。
「そんなもの使うと高いものにつくぜ」
今日子は高みの見物である。
チェーンは弧を描き唸りをあげて襲ってくるが、トモローは平気な顔だ。
人生最大最強の智郎と闘った後である。
その動きは止まって見えるほどでしかなかった。
「終わらすかな」
トモローの小指が二人のわき腹に突き刺さる。
ボキッとあばら骨の折れる音がしたかとおもうと、二人は痛さのあまりにのたうちまわった。
後で聞いたところによると、この二人は名うての悪だったらしい。
恐喝、暴行犯として県警にも追われていたらしい。
これぐらいのお仕置きは、二人にとって丁度良かったかもしれない。
今日子が手を叩きながら近づいてきた。
「空手三段というのはだてじゃないわね」
「これほど強いなら、抱きしめられて唇を奪われても、逃げる事すら出来ないわ」
「大丈夫だよ。俺にその気は無いから」
帰りの車の中で「貴方はいつも遠くを見つめているのね」と、今日子が言う。
そうかもしれない、俺は腕の中で死んでいったトゥディを、今でも心の中で追いかけてるのかもしれない。
「どんな人だったの、あなたの奥さんて」
「最初の妻はおしとやかな女性だった。二度目の妻は快活だった」
「俺は最初の妻を事故で、二度目の妻は異星人との闘いの中で失った」
「どちらが好きだったの」
「同じだと思う」
研究所までもう少しである。次の交差点を曲がれば正門である。
「もう一度結婚はしないの」
「嫌だね。もう二度と愛する人を目の前で失いたくないね」
研究所に戻ると、出来上がったばかりのシュミレーターを山本が見せてくれた。
サンダーバードの訓練用だが、今のところパイロットのなり手が無いそうだ。
コクピットに座り込むと昔を思い出した。
(こちらトゥディ。トモロー応答せよ)
タラップの手摺に摑まりながら覗き込んでいた今日子が
「ねぇ、私にサンダーバードの操縦を教えてよ」
ドキッとした。
一瞬今日子がトゥデイに見えた。
「シュミレーターはTVゲームじゃないからね。訓練も必要だし、中途半端な気持ちじゃ無理だ」
「好きになった男の為なら、女は何でもできるのよ」
また、ドキッとした。
2032年12月24日金曜日、日本時間午後1時
この日は寒い冬の日であった。雪がちらつく真冬日だった。
クリスマスイブの日だから、例年なら世間は賑やかなはずである。
それが日に日につのる異星人の攻撃の為に、街に賑やかさはなく、通りすがる人々にはどこかおどおどしたところが見受けられた。
冬の北半球だけではなく、世界中の人々が震えていた。
地球から780万km離れた宇宙空間に、智郎のサンダーバードが現れた。
ほぼ同時刻に地球から700万km離れた宇宙空間には、今日子のサンダーバードも現れる。
二人にとっては約一時間ぶりの帰還となるのだが、地球時間では10年の月日が過ぎ去っていた。
智郎は今日子に話しかける。「どうだ元気か」
智郎と今日子の距離は80万km。電波が届くのに約3秒かかる。返事が返ってくるのにまた3秒かかる。
この間がまどろっこしい。
ところが返事は1秒もかからずに来たのである。「大丈夫、元気よ」
違和感の無い通信だったものだから「そうか良かった」と返事すると
「有難う、愛してるわ」とすぐに返事が来た。
どうもおかしいと智郎がやっと気づく。
80万km離れているのだから、こんなにスムーズな会話が出来るはずが無いのである。
今日子は先読みしたのであった。
こんな電波が届くだろうから、こう言おう。そしてこんな返事がくるだろうから、こんな返事をしてやろう。
ここは今日子の読み勝ちというか、流石夫婦と言うべきか。
そこへ日本未来研究所のリーダーである山本から電波が届いた。
「よく帰ってきたな。悪いけど予定を変更して、二人とも月面基地ルナJに着陸してくれ」
智郎は山本の声に元気が無いのを感じた。奴の事だ。てっきり興奮した声で出迎えてくれると期待していたのだ。
(なにか有ったな)智郎は異空間で感じた、嫌な予感が的中した気がした。
今日子に追いついたところで、迎えのサンダーバードが来た。桂と沢村である。
「日本未来研究所のエースのお二人がお迎えとは・・・驚いたよ」
「護衛の為です」
「どういう事だ」
「続きはルナJで・・・」
この日の月は半月。サンダーバードから見て地球の向こう側にある。
青い地球は十年前と同じように美しい。
その側を通り過ぎると正面に月を捉えた。
半月であるから、月面基地ルナJは昼から夜になるところであろう。
月面では半月昼が続いたあと、半月夜の世界が訪れるのだ。
着陸態勢に入って月面が近づいてきた。
智郎と今日子はおびただしい数の直径20m程の黒い球体、そしてサンダーバードの残骸を視とめるのである。
空から見るJAXAの基地万舞(バンブ)は半壊状態であった。
「鈴木は生きているのか」
桂と沢村から返事が無い「・・・」
「解った」
10年前と変わったところと言えば、レゴリス(月の砂)を焼き固めた滑走路が整備されたことだ。
地上に3棟ばかり建物が見えるが、この分では地下にも基地が建設されていると思われる。
地上のあちこちに、人の出入り口らしいものが見えるからまず間違いない。
大量の宇宙線から身を守るには、やはり地下が適しているのだ。
着陸してみると、基地はすぐ目の前である。
サンダーバードから降りると、智郎は今日子がくるのを待った。
半月の地球が、眼前に広がる宇宙に浮かぶ。右半分が輝く半月である。(地球だから半地球と呼ぶべきか)
この日地球から見た月も、月から見た地球も半月であった。
太陽と地球を結ぶ線と、直角の方向に今日の月は位置するのだ。
やがて桂と沢村に囲まれて今日子が来た。
桂が「お久しぶり」と言いながら握手を求め、沢村が両手を広げて抱きついてきた。
「今日子にも抱きついたのかぃ」と聞くと「勿論です」と笑う。
「お前たち30過ぎたか」と聞くと二人は頷く。今日子は「私の方が年下になったのね」と喜んでみせる。
エレベーターで地下二階へ。そこで用意された服に着替えて会議室に通された。
「早速ですが、昨日までの経過報告と、お二方に明日からの相談をしたいと思います」
「まずこの10年の経過です」
6m四方くらいの会議室の壁の一面に、異星人の船X-1が写された。
9年前、宇宙探査船コロンバスが撮影したものである。
「整然とハニカム模様が並んでいるところから、人工物だと思われるこの小惑星は、直径4km ほどの巨大なものです」
「白鳥座方面から現れ、5年前の2027年、木星近くで姿を消します」「エウロパに着陸したと思われますが、現在確認は取れていません」
次に写されたのが、異星人だと思われる死体の写真であった。
「2028年南米ギアナで発見された、異星人と思われるものです」「身長150cm。目は複眼で、背中に羽があります」
「当時木星方面とギアナの間で頻繁に電波が交わされ、ギアナの異星人はアポロンと名乗っています」
「木星の方はなんて名前だ」
「我々はゼウスと呼んでいます」
「異星人の目的はなんだと思う」
「食料調達でしょうね」「その後ギアナでは、かなりの数の人間の白骨死体が見つかっています」
(異星人に、白骨死体か)
智郎には悪い冗談に聞こえた。
ウーウーウー。突如サイレンが響き渡った。
壁の画面が切り替わり、まだ日が残る西の空にサンダーバードが映る。
「どうやら異星人の船に追われてるようです」
「助けなくていいのか」
「追っ手はたったの2隻だし、大丈夫でしょう」
桂と沢村の顔に余裕が見られる。
ならばお手並み拝見と、椅子に座ったまま見ていると、確かに上手い。
逃げる方より追いかける方が、追い詰められてるように見える。
さっきから異星人の砲弾は当たりそうな気配さえない。
あせったのか、段々狙いが荒っぽくなってきたのが手に取るようにわかる。
(次の急降下かな)と、感じたところで勝負が決まった。
サンダーバードは急降下から月面すれすれで急上昇に転じ、異星人の船は転じきれずに月面に衝突した。
月面に立ち上がる火柱を背に、そのサンダーバードはこちらに向かってくる。
白い機体に№10。
「あいつは誰だ」
「貴方もご存知ですよ。いまや地球防衛軍の若きエース」
「沖田良祐」
智郎は唸った。公園で出会った少年がここまで強くなったとは。
「驚くのはまだ早いですよ」
もう1機西の空に現れたのである。
今度は異星人の船を追い回しているようだ。
滑走路に向かって逃げる2隻の異星人の船。
それをそのまま狙ったのでは月面基地ルナJに突っ込む恐れがある。
真っ赤なサンダーバードは、8の字を描きながら、左の船を右から、右の船を左から狙い、撃ち落したのである。
滑走路の両脇に墜落する異星人の船を確かめると、何事も無かったように着陸態勢に入った。
「凄いね」と智郎が驚くと
「我が銀河戦隊のアイドル、ジュリエットですよ」
「名前は」
「中野樹里」
ドアがバタンと開いて若者が現れた。良祐である。
敬礼をすると智郎と今日子に近づいてくる。
智郎は立ち上がり右手を差出し「強くなったな」
今日子も「頼もしくなったわ」
良祐は目にうっすら涙を浮かべながら「地球防衛軍を代表して歓迎します」と言った。
又ドアが開くと今度は女性である。
「中野樹里入ります」
智郎の目が細くなる。今日子の目が瞬く。
「もう一度名前を」「中野樹里です」
「何歳なの」「18歳です」
智郎も今日子もそんなはずが無いという顔である。
良祐は横を向いて知らない顔をした。
桂が「全員揃ったので会議を続けます」と言った。
アポロンの元に300隻の暗黒船団が向かい、地球防衛軍と銀河戦隊が立ち向かった事。
地球上では、レッド・ブラッドリー率いるアメリカ空軍が交戦した事。
暗黒船団は70隻になった時点で木星に引き返した事。
アポロンは3年後に又来ると言い残した事。
今年の8月再来した暗黒船団は、1000隻もの大群だった事。
緒戦で200隻あまり撃破するも、400隻ほどが地球に飛来し現在連合軍が応戦中である事。
残り400隻は月の南極点を拠点とし、4ヶ月に亘り交戦中で有る事。
「現時点での戦力は」
「残存数は地球防衛軍が北極点に64機、静かの海の我が銀河戦隊は、16機。対する暗黒船団は200隻」
「地球はどうだ」
「連合軍のジェット戦闘機は4000機、暗黒船団は300隻」
「ジリ貧だな」
「どうしてですか」
「X-1は直径4kmと言ったな。少なく見積もって、まだ5000隻は保有しているはずだ」
「1000隻程度で手こずっているようじゃ、先は暗いね」
皆の顔が暗くなったところで智郎が呟いた。「頭を潰すしか無い」
「アポロンですか」
「違うね、ゼウスだよ」
この日木星は、太陽を挟んで地球のほぼ反対側に位置した。距離にして6AU。9億kmの彼方である。
サンダーバードが全開加速すると、0.1c(3万km/s)の速度まで可能であるから、片道9時間もあれば木星まで行ける。
(問題は人選か)と考えてるところに桂が聞いてきた。
「5000隻もの暗黒船団相手に、勝てると思いますか」
「3年前に300隻来たんだろ。3人乗りだから900人」
「3年後の今年来たのが1000隻、つまり3000人」
「異星人は遥か彼方の白鳥座から来たそうだけど、その間は卵の状態で冬眠していたんじゃないかな」
「何が言いたいかというと、X-1は1年で1000人程度の孵化能力しかないんだよ」
「上手く行けば4ヶ月前に地球を目指す応援の船が出た後、孵化して4ヶ月しかたっていない子供が1000人いるだけかもしれない」
「木星についてX-1を探した後、どうしますか」
「さぁねぇ。相手の出方次第だな」
「基本的にはゼウスと話をするが、撤退には応じないだろうな」
「X-1に潜り込んで、ゼウスの首根っこを捕まえるしかないんじゃないか」
智郎はまるで他人事の様に話す。
銀河戦隊の隊員は民間人だから、危ない所について来いと命令する事はできない。
「今日子、一緒に木星に行くか」と聞くと、今日子は「勿論」と返事した。
「桂と沢村はどうだ」と聞くと 「お供します」
「よし、この4人で決定」
そこで中野樹里が前に進んだ。
「君は、やめとけ。中野樹里君」と、智郎が制すると
樹里は二人の前に立ち、平手打ちを食らわした。ピシッ。パシーン。
「今度も私を、置いてきぼりにするのね」
智郎も今日子も避けようとすれば避けられたはずであった。
しかし、あえて避けなかった。
「大きくなったわね、ミキちゃん」
「お母さんに似て、美人になったよ、ミキちゃん」
二人は最初から、中野樹里がミキだと言う事に気づいていたのだ。
ミキは今日子の胸に飛び込んで泣き始めた。
首を小刻みに振りながら、左右の拳で今日子の肩を叩く。
「ねぇ、お願いだから、ミキを二度と一人ぼっちにしないで」
「解ったわ、一緒に行きましょ。いいわよね、貴方」
「流石に駄目とは言えないよ」
良祐が「私はミキちゃんの護衛を任されてますから、当然同行する事になります」と、言った。
今日子が思い出したように、包みの中から小熊のぬいぐるみを取り出す。
「はい、クリスマス・プレゼント」
「お母さんたら、私もう2歳じゃないんだからぁ」
「あはははははー」
桂が気つかって大部屋を用意してくれた。
大部屋と言っても月面基地の部屋である。大した部屋でもない。
まだ平和な当時、宇宙観光客が利用した部屋であるが、桂はそこにベッドを3っつ並べてくれた。
その部屋で3人は寝起きした。
急ぐ事は無かった。出発は正月明けの4日と決まった。
今日子と智郎は、ミキとの失われた10年間を取り戻すのに必死であった。
基地内を3人で歩く姿には微笑ましいものがあった。
大人びて見えてもミキはまだ12歳である。
何にも知らない子供である。
親である今日子とほとんど背丈は変わらないけれど、ミキは常に智郎と今日子と手をつないだ。
置いていかれたくない。そんな気持ちなんだろう。
体を慣らす為に良祐も交えて空手の稽古をした。
ミキの回し蹴りは鋭かったが、智郎にとってはどうという事も無い。
わざとよろけて見せるとミキが喜んだ。
その分は良祐が被害を被った。
「まいりましたぁ」 「もう一丁」
良祐も空手の黒帯であるが、智郎の相手ではなかった。
智郎が汗を流す為に風呂に入っていると「私も」と言いながらミキが入ってきた。
12歳だからいいかなと思っていたら、ミキはそれなりに女性の体つきであった。
せまい湯船の中で目のやり場に困る。
「あら楽しそうね。私も入ろうかしら」今日子の声である。
「二人でも窮屈なんだから、絶対無理だから」
「まぁ、いいじゃない」今日子は相変わらず強引である。
今日子は見事な裸体で入ってきた。
もう無茶苦茶であった。
一人が湯船に浸かっては歌を歌い、洗い場では背中の流し合い、髪の毛の洗い合いである。
ミキが「お父さんこれ、なぁにぃ」
智郎の腰に巻いたタオルの一部がふくらんでいたのである。
「お父さんのエッチィ」「キャー、アハハハハァ」
ミキがすやすや寝ている。今日子が手招きをする。
「ねぇ、お願い」「ミキが起きるんじゃないか」
「大丈夫よ」
智郎にとって久しぶりの今日子であった。
今日子は女である事を、智郎は男である幸せを噛み締めた。
この親子3人の幸せは10日ほど続いた。
しかしこの幸せは、もう二度とやって来ない。
2033年元旦である。
地球上であれば、東の空に向かって手を合わせるところであるが、ここは月である。
二週間夜が続く静かの海に、お日様が顔を出すはずがなかった。
この日の月は新月。太陽、月、地球が一直線に並ぶ。月から地球を見ると満月(満地球)である。
親子3人で地球に向かって手を合わせた。
「お母さんとお父さんと、何時までも一緒に暮らせますように」
「ミキがりっぱな大人になりますように」
「3人の幸せが続きますように」
何れも叶わぬ願いであった。
智郎と今日子のサンダーバードには落下式の燃料タンクが装着された。
コンピューターだけは最新型のものと換装された。
最近配備されたサンダーバードと入れ替えようかという話もあったが、智郎と今日子はそれを断った。
たとえ少々旧型でも、使い慣れたサンダーバードが良いと考えたのである。
夜のルナJからは太陽が見えない。太陽の向こう側にいるはずの木星も見えない。
しかし智郎の目には木星の衛星エウロパ、そして氷の平原に浮かぶX-1が見えた。
「待ってろ、ゼウス」
日本未来研究所の山本には暗号で連絡を入れた。
「1月4日に出発する」
「目的地はエウロパ」
「目的はゼウス」
「人員は6名」
「智郎、今日子、桂、沢村、中野(ミキ)そして地球防衛軍から沖田」
最後に「俺になにか有ったら今日子を頼む」と言うと
日本未来研究所のリーダーである山本は
「命令だ。必ず帰って来い」と返事をよこした。
6人がいない間、ルナJの残りの11機のサンダーバードは、北極点の地球防衛軍に身を寄せる事にした。
桂と沢村抜きでは、ルナJを守るのに無理があると判断したからだ。
それを地球防衛軍の坂井龍二は快く受け入れてくれた。
1月4日、午後1時。月面基地ルナJを、智郎他5機が飛び立った。
続けて11機のサンダーバードが後を追いかける。
智郎はわざわざ月の北極点を通過した。
その雄姿を坂井が見送る。「まるで昴みたいだな」
先頭は智郎。ひときわ明るいアルキオネ。
その左後方の今日子はアトラス。
智郎の右下方のミキはメローペ。
その後ろの良祐はエレクトラ。
ミキと良祐を守るような位置の桂はマイア、沢村はケラエノ。
サンダーバード6機の噴出すロケット炎が、まるで昴のように見えたのだ。
ひたすら、むつらぼしはエウロパに向かった。
太陽を通り過ぎ、銀河を渡り、秒速3万kmものスピードで宇宙を駆け抜けた。
4ヶ月前にX-1を出発した暗黒船団を見つけたのは、出発して5時間後であった。
智郎が「すり抜けるぞ」
「どの様にして?」
「ワープだ」
「両サイドの姿勢制御エンジンも点火せよ」「そしてフル加速」
「ゆらっと来たら、すぐにスピ-ドダウン」
いい加減な指示である。しかし皆智郎を信じた。
スピードが0.3cに近づく。ゆらー。周りの空間が真っ白になった。
ここでスロットルを急に緩めると、突如別の宇宙空間が現れた
智郎が「皆大丈夫か」
今日子が「貴方の後方5万km」
ミキが「右斜め上方6万km」
良祐が「左斜め下方6万km」
桂と沢村が「後方8万km]
智郎が「よっしゃぁ」
まだ遥か彼方のはずの木星が、大きく見えてきた。
月を出発してわずか6時間後であった。
ここで薀蓄(木星とエウロパ)
まず木星ですが、大きな惑星ですね。
直径は地球の11倍(体積は1000倍以上)地球との相対質量は 317倍のガス惑星です。
この大きさは、太陽になり損ねた惑星と言われるだけあります。
そして衛星の数は63個。
その中で有名なのはガリレオ衛星です。イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト。
勿論ガリレオ・ガリレイが発見(1610年)したのですが、これが驚くほど大きいかと言うとそうでもない。
一番内側の イオは直径 3,632 km
二番目の エウロパは 3,138 km
三番目の ガニメデは 5,262 km
四番目の カリスト 4,820 km
地球の衛星である月の直径が3,476 kmだから、巨大な惑星である木星にしては小さな衛星群だと言えます。
しかしイオには活火山が有るようだし、エウロパには5kmの厚さの氷の下に、50kmもの深さの海が有ります。
不思議ですね。
宇宙の謎なんて、あと50億年(太陽の残り寿命)かかっても、解けないかもしれませんね。
エウロパが、もう肉眼でも見えるようになってきた。
ここまで来ると、宇宙の景色の半分は木星のように見える。
エウロパの向うの木星は、縞模様を描くメノウのようであった。
智郎がそのエウロパに電波を飛ばした。「私はトモロー。ゼウスと話がしたい」
ほどなく返事が来た
「私はお前たちがゼウスと呼ぶ男だ」
「ただし私は真の勇者としか話をしない」
「ただの命知らずなら、すぐに消えうせろ」
「たったの6人で来た我々を、勇者と認めて欲しい」
「では、少しだけ話を聞こう」
智郎は必死に説得にかかった。
このままでは無駄な殺し合いになること。
地球上の人類は70億人もの数であり、決して勝てるはずがないこと。
人類には核兵器の用意があること。
貴方たちは、全滅か撤退を選択しなければならないこと。
ゼウスは
たった1000隻の暗黒船団で、すでに人類は劣勢であること。
X-1には、まだ8000隻以上の船が準備中であること。
4ヶ月前に出発した船団は、小惑星帯から、いくらでも地球に向けて小惑星を発射できること。
人類が生き延びたいのであれば、地球の南半球を明け渡すこと。
続けて智郎が話しかけようとした時、ゼウスがそれを遮った。
「これ以上の話がしたいのなら、X-1に乗り込んで来い」
桂が「どうする」と聞いてくる。
智郎が「真の勇者か試されてるのさ」
「行くしかない」
ー120度のエウロパの大氷原。
肉眼でさえ、そこに浮かぶX-1が見えてきた。ゴォォォー。
智郎は、今日子とミキはついて来ると思った。ミキを守るために、良祐も来ると思った。
この3人は、来るなと言ってもついてくると思った。
「桂と沢村は氷原で待機」
これは何か有った時に、プラズマロケット弾をX-1に全弾打ち込む為だった。
「今日子とミキと良祐はついて来い」
サンダーバードは着陸態勢に入る。
直径4kmのX-1である。いくらか氷原に埋まっていても、まだ富士山ほどの高さがある。
周囲は整然とハニカム模様の穴が連続する。これは異星人の船の発射口だと思われる。
「でかいな」見上げるようなX-1は太陽光を浴びて黒光りしている。
サンダーバードを降りて、四人が氷原を歩いてX-1に向かうと、無人の船が近づいてきた。
人類が今まで散々闘った真っ黒な直径20mほどの船である。
ハッチが開き光が漏れ、誘われるように4人が乗り込む。
中は驚くような空間ではない。これなら人類にとっても快適な空間であろう。
勿論四人を船ごと爆破する事も、ゼウスには出来るはずだ。
だがゼウスは4人をX-1に招き入れた。
智郎のゼウスに会ってみたい気持ちと同じように、ゼウスも智郎に会って見たい気持ちだったのだ。
「我々は戦闘集団である。真の勇者なら会ってみたい」
ゼウスが話しかけてきた。
「その為に我々はここにいる」智郎が返事する。
「まだ、貴方たちを信用した訳ではない」
「勇気だけでなく、本当に強いか見てみたい」
「どうしたら良いのか」
「私に会いたければ、まずポセイドーンを倒すことだ」
ポセイドーン
ギリシア神話では海洋を司る神でありゼウスの兄弟である。
直径30mほどのホールに船が飛び込み、着陸するやいなや、出入り口が塞がれる。
そして光の向うから身長190cmほどの異星人が現れた。
ポセイドーン。
勿論複眼である。
いつの間にか皆、宇宙服を脱いでいた。
宇宙服の下は黒のタイツであるが、通気性に富み、なにしろ動きやすい。
「私の出番かしら」と、今日子が名乗りをあげる。
今日子はスタイルがいい。バストにしろ、ヒップにしろ、なにしろラインが美しい。
その今日子がタイツ姿で準備運動を始めた。
ポセイドーンとは頭二つ身長が違う。しかし今日子は恐れない。
じりじり近づくと今日子の左回し蹴りがポセイドーンを襲った。
ポセイドーンはよろめいたが、羽を広げ飛び上がった。そして今日子に向かって飛んだ。
今日子も負けない。飛び上がると空中戦になった。
ポセイドーンの右手が今日子の顔を襲う前に、今日子の右足がポセイドーンの右の複眼を潰した。ドガッ。
これは試合ではなかった。殺し合いであった。
さらに、ちぃちぃちぃ。
今日子は太極拳。間合いを詰めると右から回し蹴りの3連発。ドガガッ。
今日子が止めだとばかりに、左の回し蹴りをポセイドーンの顔面に叩き込んだ時であった。
ポセイドーンの肩越しに尾が飛んできたのである。
今日子は身を逸らす。それは紙一重であった。
ポセイドーンの尾は、今日子のタイツを引き裂いたのだ。
「きゃぁー」今日子が胸を押さえるのと、ポセイドーンが倒れるのが同時であった。
「大丈夫か」
「かすり傷よ」
このかすり傷が今日子の命を奪う。
段々今日子の息遣いが荒くなり、顔から血の気が引いていく。
「貴方、異星人の尾は毒針だわ」(はぁ、はぁ、はぁ・・)
智郎が大声で叫んだ「ゼウス。解毒剤をよこせ」
「欲しければ取りにくるがいい。でも、その今日子と呼ばれる女の命は残り5分だと思う」
「ここまで1kmほどの距離だ。お前は間に合わないよ」ゼウスの声が遠くに聞こえた。
「ミキ、お母さんを頼む」智郎が全力で走り出した。
智郎は20歳の頃、100mを10秒ほどで駆け抜けている。
少なくともこの時の智郎はそれより速かった。
顔は恐ろしいほどの形相であり、両手を振り走り続ける智郎を、異星人は誰一人として止める事が出来なかった。
智郎は走る。走る。ひたすら走る。
扉を開け、又走る。息をするのさえ忘れて走った。
又ドアが有る。智郎が開ける。
「お前がゼウスかぁ」
扉の向うにいたのは老人だった。
背中を丸め首を半分左に傾げた、いかにも弱弱しい異星人であった。
「あぁ、私がゼウスだ」
これが解毒剤だと言わんばかりに小瓶を差し出す。
智郎はすばやく取り上げると、今来た道を急いで引き返した。
ゼウスは(久しぶりに真の勇者を見た)と思った。
智郎は走る。最後のドアを開けた時に、ミキの泣きくずれる姿を見つけた。
智郎は小瓶の液体を口に含んで今日子を抱き寄せる。
(生き返れ)
口移しで今日子に解毒剤を飲ませようとするが無駄であった。
今日子の口から、液体はむなしく流れ落ちる。
智郎は人前で泣いた記憶が無い。その智郎の目から涙が溢れ出した。
涙は今日子の頬を伝い、まるで今日子も泣いているように見えた。
涙は床を貫通し(有り得ない)
船体を通り抜け(有り得ない)
氷原を溶かした。
「20分して帰ってこない時は、砲撃だったな」桂である。
桂は砲撃開始時刻を勝手に10分間延ばした。
そしてサンダーバード4機をオートコントロールで飛ばした。
勿論4人が吸い込まれたホールに向かってである。
ビシ、ビシッ。氷が割れる音が足元から聞こえてきた。
「沢村、一旦離陸するぞ」
智郎達3人は宇宙服に着替えた。月に帰るつもりである。
もうゼウスと話すことなんか無くなったのだ。
しかし帰る手段が無い。
智郎が口笛を吹いた。ピュー。
真空の宇宙空間である。届くはずが無い口笛であった。
ドガーン。
サンダーバードが扉を破って現れる。
X-1がゆらっとした。
「急げぇ」
ミキと良祐がサンダーバードに乗ったのを確認して、智郎はキャノピーを閉じる。
倒れたままの今日子に対して、何も言葉が出ない。
頭の中に(さよなら)の言葉を思い浮かべ、智郎はスロットルを吹かした。
3人が急いでX-1から脱出すると、眼前に広がったのは高さ1000m、全長1000kmの水しぶきであった。
(後ろに逃げる事も出来ない)
氷の割れ目から噴出する海水はー120度の外気に凍りつき、滝のように落下するのである。
(横にかわす事も出来ない)
智郎は進路を水しぶきの左に取った。落下する氷の滝の右側である。ミキと良祐がついてくる。
生存確率は1%以下。
噴き上がる水しぶきと落下する氷の間隔は500m。
例えれば、サーフィンのパイプラインのようであった。
X-1が氷の割れ目に沈んで行く。
高さ1000mの水しぶきと、落下する氷は白い牙をむいた。
最初に犠牲になったのは良祐である。
水しぶきはエンジンをブローさせ、翼をもぎ取ると、良祐を氷の海に叩き付けた。
ミキが「おにいちゃん!」
そこを今度は氷の滝が襲う。
何万tもの氷がミキを包み込む。
智郎は視界を失った。カメラが凍りついたのである。
若い頃、浜辺で10人に囲まれた事がある。
ふいをつかれて砂の目潰しをくらったが、この時智郎は10人を倒している。
気配を感じ、圧力を感じ、全員倒している。
今も前は見えない。
しかし翼にかかる水しぶきを感じると左に避け、氷が当たる音を聞くと右に避けた。
智郎は空手三段であり、元学生チャンピョンである。
そんな智郎でさえ限界が近づいた。
「なんとかしろ、サンダーバード」祈るような気持ちであった。
心電図のような波形がモニターに映ると、次の瞬間空間が見える。
ほんの少しの水しぶきの合間であった。「ここだぁ」
智郎は急上昇。
木星が正面に見えた。
木星は震え、呼応するようにイオの活火山が噴火した。
今度は急降下。
「ミキィィィィ」「良祐ェェェェ」
水しぶきが段々収まってきた。
智郎は必死の思いで探すが、二人を見つけられない。
やっと良祐のサンダーバードを、ぺしゃんこになった姿で見つけた。
智郎は自分の無力さを感じた。
こんな思いは、最初の妻と子供を失った日以来である。
そこへ桂と沢村が現れた。
智郎は「俺はこれから地球に帰るからな」
「良祐の弔いは任せたぞ」とぶっきらぼうに言うなり、機首を地球に向けた。
段々木星が小さくなり、エウロパは見えなくなる。
ここからオートコントロール。
タッチパネルに行き先を入力する。
J A P A
最後の一文字は涙が入力した。 N
ジャパン。
異星人達は、突然地球上から姿を消した。
どこへ消えたのか、どうして消えたのか誰にも解らなかった。
智郎が東の空に現れたのが1月6日。
日本未来研究所の滑走路で、リーダーの山本が出迎えた。
智郎はサンダーバードを降り、山本の姿を見つけるなり「過去に戻れないか」と話しかけた。
「ヒントはサンダーバード2号だな」
山本は何か思い当たる節が有るようである。
「とりあえずシャワーでも浴びて来い」「その間に準備するから」
シャワーを浴びて、髪の毛をタオルで拭きながら山本の部屋に行くと、山本はスイッチを入れた。
「こちらトゥデイ。智郎応答せよ」今日子の声である。
「サンダーバード2号のボイスレコーダーだよ」
「彼女は異空間でお前を見つけ、交信を試みた」
「それは多分未来から過去に向かうお前だと思う」
「サンダーバードを未来に運ぶ異空間は、過去にも通じているね」
(帰りの切符は手に入るのか)
山本の説明が続く。
まず智郎のサンダーバードを、3日後の宇宙空間に送り込む。
次に他のサンダーバードを4日後の未来に送り込む。
宇宙空間で異空間から飛び出すサンダーバードを待ち受け、すれ違いに宇宙から異空間に飛び込む。
後は過去のサンダーバードを見つけ、一緒に異空間から過去の宇宙空間に飛び出す。
「宇宙空間から異空間への出入り口は、どのくらい開いているのか」
「過去の測定記録から言えば15秒」
山本が今までのフライトデータを開いた。
智郎が初めて未来に飛び立ったのが2020年5月1日。
それ以降は山ほど記録が有るが、その前の記録は無人機の10回程しかない。
「どの日に帰りたいか」
智郎は日本未来研究所に入る、1年前をチョイスした。
慎重な山本が今回はテストをしないと言った。
それについて問いただすと「恐いんだよ」と言った。
例えば2日後の世界に無人のサンダーバードを送る。
3日後の未来に智郎を送る。
4日後の未来に無人のサンダーバードを送る。
智郎は4日後に無人のサンダーバードが現れた宇宙空間で、異空間に飛び込む。
異空間の中で2日後の未来に向かう無人のサンダーバードを見つけ、一緒に2日後の宇宙空間に飛び出す。
「どうなると思う」
「どうなるかだって」
2日後の宇宙空間に現れた智郎は、1日かけて宇宙を一回りして戻れば、3日後の智郎に出会うのである。
その時二人のうちどちらかが消滅するものか、二人とも存在するものか、山本は「結末を見たくないね」と、言った。
じゃ1年前の過去、10年前の過去、14年前の2019年ならお前は構わないのかと聞くと
「ずるいかもしれないけど、お前を過去に送った今の俺は、その世界にはいないからな」と言った。
過去から未来に智郎が行くのは問題なかった。常に智郎は一人しか存在しないからだ。
過去に智郎が行った時に問題が発生する。
だから神様は、人類が過去に戻る事を許さないのかもしれない。
しかし智郎が過去に行くのは、大きな進歩に繋がる。
少なくともこの14年間の科学の進歩を持ち帰る事ができれば、人類は飛躍的な発展を遂げる。
今回苦しめられた異星人に対しても、十分な準備が出来る。
「行きたいね。たとえ俺が消滅してもだ」
「わかったよ」
智郎は今日子とミキがいない現在にいたくなかった。
未来も考えたが過去に行きたかった。
そして山本は、科学者として人類を過去に送る誘惑に勝てなかった。
失敗する確率の高い、過去へのフライトである。
成功すれば、人類の歴史が変わるかもしれないフライトである。
出発準備は極秘に進められた。
第二部 第四章・・・完
2032年3月。ミキは小学校を卒業しました。身長は162cmにもなりましたが、胸とお尻は小さく、まだまだ少女でした。
この年の12月24日。両親である智郎と今日子が、10年前の過去から戻ってくるのです。
ミキにとっては長すぎた10年でした。
普通は、両親に早く会いたいと思うところです。
その気持ちは確かにミキにも有りました。
ただミキの気持ちは、そんな単純なものでは有りませんでした。
寂しいという気持ちは、いつの間にか恨みに変わっていたのです。
子供を10年間もほったらかしにした両親、特に母親である今日子にその思いを抱きました。
そしてなにより大きな感情は恐怖でした。
両親が帰ってきたとしても、私はまた置いていかれるかもしれない。
そんな恐怖がミキには有りました。
春休みのある日、祖父と祖母が出かけた時に、ミキは身支度を始めました。
母親である今日子の化粧品を取り出し、今日子の鏡台の前で化粧を始めました。
化粧が終わると箪笥から今日子の服を出して身に着けます。
小さな胸とお尻を隠す為に、詰め物をするのは忘れません。
念のためにサングラスをかけ荷物を手にして町に向かうと、女の子が手を振って迎えてくれました(本当にいいのね)少し心配そうな顔です。
この子は18歳くらいでしょうか。ミキより随分お姉さんです。
名前は中野樹里。インターネットで知り合ったのですが、二人はどことなく雰囲気が似ていました。
樹里のアパートでしばらくミキは暮らす事になります。
女の子が女性として振舞う為に、樹里に手ほどきをしてもらうのです。
4月になって日本未来研究所が、サンダーバードのパイロットを採用しました。
いまや銀河戦隊とも呼ばれる日本未来研究所のサンダーバード部隊。
桂と沢村、そしてプロジェクトリーダーの山本の顔が見えます。
今日は入所式なんです。
男性パイロット候補が30人。女性パイロット候補が10人。
その中にミキがいました。
沢村が言います「かわいい子だな」
桂が答えます「中野樹里。今年のパイロット№1候補だよ」「男を含めてね」
西の空に雷鳴が轟きサンダーバードが現れます。
中野樹里を名乗るミキが呟きます。(もう二度と置いていかれたりしないから)
サンダーバードがすぐ傍の滑走路を駆け抜けます。
風が舞い上がりミキの周りに桜の花びらが落ちてきます。
機体№10。地球防衛軍日本支部の副隊長のようです。
パラシュートが開きサンダーバードが止まると、中からパイロットが降ります。ジープに乗り込みこちらにやってきます。
身長182cm。長い脚。鍛えられた体。日焼けした顔。良祐です。
天才と言われる隊長坂井龍二を超えるとしたら、この人とをおいて他にいないと囁かれています。
宇宙の彼方に異星人を撃退した地球防衛軍の人気は、それは凄いものでした。
その地球防衛軍の中でも一番人気は良祐です。
目は大きい方ではないけれど、濃い眉毛と、やさしそうな顔立ちが人気の的でした。
「見て、良祐さんよ」「えぇ!キャー」
女の子たちが騒ぎ出しました。
良祐はミキに気がつきません。
壇上に上がると軽く頭を下げます。
そして挨拶が始まりました。
「ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、私は沖田良祐です。地球防衛軍の一員です」
「今日は同じサンダーバード乗りとして、皆さんの門出をお祝いに来ました」
「キャー」「ウォォー」
「まだ何月かは解りませんが、今年は異星人が地球にやってきます。侵略の為です」
「我々地球防衛軍は、今回も異星人に勝利し、宇宙の彼方に追いやるつもりです」
「多分前回以上の数で、強さで、異星人たちは我々地球人を恐怖に陥れるでしょう」
「貴方たちは、我々と同じサンダーバード乗りになりますが民間人です」
「闘う必要はありません」「だけど、心の中では一緒に闘っていただきたい」
「大事なのは恐れないこと。あきらめないこと。人を愛すること」
「気持ちの上だけで結構です。日本の為に、地球の為に、宇宙の平和の為に」
「我々と一緒に闘いましょう」
「最後におめでとう」
「ウワァァー」「キャー」
ミキが呟きます。(お兄ちゃん)
壇上から良祐は飛び上がり、空中で前転し地面に降り立ちます。
皆に向かって手を挙げたあと、桂、沢村、そしてプロジェクトリーダーの山本に向かって軽く会釈して帰っていきます。
山本が言います「スター性だけなら、すでに坂井龍二以上だな」
「たったあれだけの言葉で、みんなの心を掴んでしまった」
地球防衛軍日本支部は、航空自衛隊百里基地の中に有ります。
良祐はその滑走路に着陸すると、坂井龍二の下へ向かいます。
濃い緑色の7階建て建物の、6階に坂井はいます。
窓はほとんど無く、頑丈そうな建物です。
ドアをノックし、開け、良祐は坂井に向かって敬礼します。「ただ今帰りました」
座ったままで坂井が応えます「今度の土日はどこか出かけるそうだな」
「はい、実は気になる事がありまして」
「ふーん。なんなら俺の車を貸してやるよ」
良祐は好意に甘えます。
隊長である坂井の愛車は、たしかフォードだったはずです。名前は知りませんが真っ赤なスポーツカーのはずです。
良祐にミキのおばあちゃんから電話が有ったのは、学校で言えば春休みが始まった頃でした。
良祐はその後、任務の為に月面基地ルナJに赴き、帰還途中で日本未来研究所の入所式に立ち会ったのでした。
あらためてミキのおばあちゃんに電話します。「そうですか、未だに見つからないのですか」
良祐はとても不安になって来ました。もう20日以上ミキちゃんは行方不明なのです。
かしこい子だから、しっかりした子だから大丈夫だろうと、心配でならない自分に言い聞かせ、明日の土曜日を待ちます。
良祐は町中ミキを探すつもりです。
ミキは入所式が終わり、帰ろうとしたところを呼び止められました。
「僕、桜田譲二、どこまで帰るのかしらないけど送ろうか」
ミキは無視します。
「いいのかなぁ、そんな態度をとっても」
ミキが振り返ります。
「とても素敵なお嬢さんに見えるけど、もしかして君は子供じゃないのか」
「何が言いたいの」
「ちょっと時間がとれないか。近くの海までね」
「ジョージの奴は、相変わらず手が早いなぁ」
研究所の所員が話しています。どうやら譲二はプレイボーイのようです。
桂は背中でそれを聞いています。
中野樹里(ミキ)と譲二が正門を出ます。バス停を通り過ぎ海に向かいます。
やがて松林を通ることになります。二人の他に誰もいません。
「今いくつだ」「どうでもいいじゃない」
「中学生くらいかな。黙っててやるから俺の女にならないか」
譲二がミキの肩に手をかけます。
「貴方は研究所には必要ない人のようね」
それだけ言うと、ミキは譲二の右手を払いのけました。
すかさず譲二の膝を蹴ります。間接蹴りです。
膝が伸びきったところに蹴りを受けた譲二は呻きます。
尚もミキの回し蹴りが炸裂します。
ピシッ。ピシッ。ピシッ。3発、4発、5発。
破壊力が有る蹴りではありませんが、みるみる譲二の顔が腫れてきます。
尚もミキは蹴るのを止めません。ピシッ。ピシッ。ピシッ。
譲二が堪らず叫びます。「俺が悪かった。やめてくれぇ」
松の木の陰で桂が見ていました。
「いらぬ心配だったようだ」「強いねぇ」
2032年4月10日土曜日 天候曇り。今にも雨が降ってきそうです。
良祐が真っ赤なスポーツカーに乗り込みます。
V型8気筒6L。ブロローン。野太いエンジン音が響き渡ります。
目的地は良祐とミキが生まれ育った田舎町。自衛隊百里基地から車で30分ほどです。
湿っぽい風が窓から入ってきます。
せめて音楽でも聞いて楽しくと、カーラジオをつけます。
懐かしのメロディ特集でしょうか、古いアメリカの映画音楽が聞こえてきました。
良祐には聞いたことも無いミュージックです。
「雨に唄えば」
♪I'm singin' in the rain
Just singin' in the rain
What a glorious feelin'
I'm happy again
I'm laughin' at clouds
So dark up above
The sun's in my heart
And I'm ready for love♪
雨に唄えば 雨に唄えば
なんて素晴らしいフィーリングなんだろう
また幸せがやってくる
雲にさえ笑いかける
空は真っ暗 でも心には太陽
そして恋の準備はかんぺき
嵐に追われ 誰もみなせわしげに出てくる
雨よふれ 僕は笑みをたたえ 舗道を歩く
幸せをかみしめ ただ唄ってる 雨に唄ってる
(いい歌だな)良祐は思います。
ついに雨が降ってきました。町に傘が開きます。
赤や黄色や青の傘が花開きます。
良祐が車を止めます。
その先に少女が、赤い傘の中で微笑んでいます。
「ミキちゃん。見つけた・・」
良祐が車から降ります。雨に打たれながらミキを見つめます。
12歳のミキが近づいて来ます。
「お兄ちゃん、久しぶりね」
「ばか、どこへ行ってたんだ。みんながどれほど心配したことか解っているのか」
「ごめん。ミキは絶対大丈夫だから、訳は言えないけど今はゆるして・・・」
結構強い雨になって来ました。良祐はすでにびしょ濡れです。ミキは傘を差してますが似たようなものです。
「おにいちゃん、寒い」
良祐はミキをホテルに連れて行きます。兄妹みたいなものだから、なんの問題も有りません。
風呂を沸かしミキに風呂に入るように言います。
自分はTVを見ます。
「あー、気持ち良かった」ミキが元気そうな声で出てきました。
「俺も寒いから風呂に入ってくるかな」
ミキちゃんが見つかって、良祐はとても嬉しい気分でした。
風呂から上がると、ミキが化粧して待っていました。その美しさに良祐はドキっとします。
「お兄ちゃん、結婚してくれる約束だったよね」
「あぁ、生きていたらと言ったはずだよ」
「今日、結婚して」
「何を考えてるんだ」「ミキちゃんはまだ12歳だろ」
時々人生を急ぐ人がいます。それなりの理由があるはずです。
病弱で余命いくばくも無いとか、戦時中であれば、特攻隊の兵士がそうだったようです。
やがて異星人の船が押し寄せてきます。地球防衛軍のパイロットである良祐が、生きて帰れる保障は有りません。
ミキは不安で仕方ありません。
ミキは良祐に訴えます。両親に10年間も置いてきぼりをくらい、とても寂しかった事。
そんな時のやさしい良祐お兄ちゃんが、とても好きだった事。
良祐が異星人と闘い、良祐になにかあれば、ミキは一人ぼっちになってしまうのです。
ミキが人生を急ぐ理由はそんなところでしょうか。
「6年間、時間をくれ」「僕は必ず生きて帰ってくるから」
著者にもこの二人が今後どうなるか解りません。
無線通話において、重要な文字を正確に伝達するために使われるのが、フォネティックコード。
良祐はR(ロメオ)
中野樹里を名乗るミキはJ(ジュリエット)
悲運の恋かもしれないのです。
二人はホテルを出ました。
「さっきの約束、絶対だからね」ミキがすがるような目をします。
「あぁ、絶対だ。必ず生きて帰ってくる」「虹に誓うよ」
いつの間にか雨がやんで、虹が出ていました。
嬉しそうにその虹を見つめるミキ。
しかしミキと約束しながら、良祐は生きて帰れないかもしれないと考えていたのです。
重圧に押し潰されそうになる良祐。
宇宙のどこかに、異星人の大群がいるはずです。今も地球に向かっているはずです。
良祐は急に虹に向かって雄たけびを挙げます。
「ウォォォー」(負けるもんかぁ)
ボイジャー3号。異星人の船を発見する為に打ち上げられたこの探査船は、今年1月に打ち上げられ、3ヶ月かけて小惑星帯の近くまでたどり着きました。
そして異星人の船団を見つけたのです。
超望遠カメラが捉えます。異星人の船は約1000隻。
異星人達は、音も立てず、光も放たず地球を目指していたのです。
ここで太陽系の大きさを感じてみましょう。
太陽から地球までの距離は1億5000万km(これを1AUと言います)
ピンとこないでしょうから、10億分の1にすると150mになります。
太陽の直径は139万km。これも10億分の1にすると1.39mになります。
地球も同じようにすると直径1.3cm。
150m離れて直径1.39mの太陽の周りを、1年かけて直径1.3cmの地球は回っているのです。
1.3cmの地球から見ると、太陽は大きくて遠いですね。
アポロンは小惑星帯を通過する時01に命じました。
手ごろな小惑星にイオンロケットを設置させると、エンジンに点火しました。
小惑星は、太陽に向かって左側から地球を目指すのです。
異星人の船は太陽に向かって右側から地球を目指します。
小惑星発射の狙いはなんでしょうか。
サンダーバードの戦力分断。
前回手こずったサンダーバードの戦力を、半減できないかとアポロンは考えたのです。
本当に小惑星が地球にぶつかったのでは洒落になりません。
地球の全生命が(食料が)死滅する恐れがあるからです。
その為直径200m級の小惑星を3個としました。
この程度の隕石が3個なら、サンダーバードは破壊するだろう。但し手こずるのは間違いない。
「さぁ、どうするサンダーバード」
日本は5月となります。
日本未来研究所では第一次試験が行われ、半分の20名がパイロット候補から落とされました。
ミキ(中野樹里)は当然選ばれます。
去年一昨年と、毎年5機ずつ増強されたサンダーバードですが、今年は10機増強されるようです。
残り20名のうち、10名に選ばれると晴れてサンダーバード乗りになれるのです。
毎日毎日訓練が続きます。ミキは沢山食べます。
細かった腕や脚もたくましくなってきました。小さかった胸やお尻も女性らしさが増してきました。
たった一ヶ月で、さなぎは蝶に変わって行きます。
身長は165cmになりました。もう母親の今日子と同じです。
もう誰もミキを12歳だと疑わなくなりました。ミキは化粧もしなくなりました。
智郎と今日子が帰還する日まで、残り8ヶ月ちょっとになりました。
異空間のサンダーバードの中で、今日子がミキの写真を見ています。
勿論2歳の時のミキです。(かわいくなったかしら)
今日子はミキと会えるのがとても楽しみです。
しかしミキは、そんな今日子を恨んでいるのです。
クリスマスプレゼントまで用意した今日子は、ミキが自分を恨んでいるとは思ってもいませんでした。
今日子と一日違いの空間の中の智郎は、なんとなく落ち着きません。
この白い空間の向こうの大宇宙は、10年前と一つも変わらないのか。
それとも大変な事になってるのではないか。
嫌な予感がします。智郎の掌は、油汗でじっとりして来ます。
目の前のモニターが時を刻みます。
到着日である2032年12月24日まで、地球時間で258日。
サンダーバード時間で4分18秒。
残り4分を切ったところで、サンダーバードは最終チェックに入ります。
エンジン OK。燃料 OK。生命維持装置 OK。システム オールグリーン。
サンダーバードは次から次に自分でチェックして行きます。
コンピューターが聞いてきます。(プラズマロケット砲もチェックしますか)
「ぜひ頼むよ」
(プラズマロケット弾モード OK。ガトリックガンモード OK。ショットガンモード OK・・・)
ボイジャー3号のデータは地球上のスーパーコンピューターで解析されました。
このままだと、異星人の地球到着予定日は8月10日になると判明しました。
5月末の時点で、地球の戦力は地球防衛軍のサンダーバードが100機。
民間である日本未来研究所のサンダーバードは20機。
国連軍、アメリカ空軍等、小型のプラズマロケット砲を積んだジェット戦闘機は2000機。
その他ジェット戦闘機が4000機。
対する異星人の船は1000隻。司令長官はアポロン、副官は01(ゼロワン)
アポロンの複眼の目が地球を見つめます。
地球は太陽のこちら側。三日月のように見えます。
6月です。日本未来研究所の訓練は続きます。
ミキは沢村副長の後部座席に乗って、滑走路から空に飛びたちました。
練習機はT-48。複座のジェット機です。
最高速度マッハ1.5.最大上昇高度2万m。
コクピットや操縦方法は、サンダーバードと同じに作られています。
練習機では、ストレス下での複数のタスク(通信、計器チェック、操舵など)を同時に行う技量を養うのです。
高度5000mから沢村は急降下に転じます。
ミキが「私がかわいいからといって、いじめないで下さいね」と言います。
それを聞き流しながら、沢村は(どこまで耐えられるか・・・)と、思います。
2000mまで降下したあと、今度は急上昇、そしてコントロールスティックを右に倒し急旋回。
Gは8を超えます。鍛え抜かれたベテランパイロットでさえ辛い加速度です。
沢村が「計器をチェックしろ」と命じます。
ミキは「高度3000m、速度マッハ0.7、方角090(東)・・・」
「油圧OK。体温36度8分。気分上々」
沢村があきれたように「わかったわかった」と言います。
練習機が帰ってきます。桂が出迎えます。
後部座席から降りてきたミキは、桂にペコンと頭を下げて引き上げます。
桂が「彼女はどうだ」と聞きます。
沢村は「うーん。冷静沈着。優秀だよ」「8Gで飛行中に、冗談を言う余裕も有る」
「そう言えば、お前にしては珍しく、無茶してたなぁ」
「それでも、根をあげないんだよ」「彼女は大したもんだ」
実はミキが余裕綽々なんて、とんでもありませんでした。
滑走路を出ると、松ノ木の陰でミキはげぇげぇ吐きました。
スピードによる恐怖と、ストレス、そしてG。
ハンカチで口を拭きながら、ミキは心の中で誓います。
(必ずサンダーバードのパイロットになる。今度は必ず追いかける)
勿論父と母の事です。
その頃良祐は道場にいました。3人相手に組み手をやっています。
ビシュッ、バシュッ、ドシュッ。良祐の拳と蹴りが炸裂します。
3人倒すのに2秒かかりません。
道場が静まり返ります。
異星人の襲来に備え、良祐の強さにはさらに磨きがかかり、殺気さえ感じられようになりました。
誰かが良祐を呼びに来ます。
「オーイ沖田ぁ。電話だぞ」
「誰だってぇ」
良祐は汗を拭きながら道場を出ます。そして受話器を取ります。
「もしもし」 「はーい、ミキよ」
最近ミキから毎日電話がかかってきます。
ミキは良祐の声を聞くと落ち着くのです。そして良祐は異星人の恐怖を忘れられるのです。
二人は今夜は会う事にしました。
ハワイの昴展望台。電波望遠鏡が地球に向かう隕石を見つけました。
直径はおよそ200m。数は3個。
1908年のシベリア、ツングースカ大爆発が、質量約10万トン・直径60 - 100メートルの天体爆発と見られることから考えて、地球にとっては大変な危機だと思われました。
異星人の襲来が8月10日だと予測され、隕石も同じ頃地球を襲うのです。
地球防衛軍から日本未来研究所に連絡が入ります。
「隕石退治をお願いしたい」
リーダーの山本は快く引き受けます。
その任務には、桂と沢村が呼ばれます。
隕石の軌道は一部を破壊しただけでも変わります。
粉々に粉砕する必要はないのです。
月の北極点に、何度も彗星を運び込んだ日本未来研究所の経験と実績が選ばれました。
隕石退治は地球から遠い方が良い。少し軌道を変えるだけで、地球に近づいた時は大きく外れるからです。
粉々に粉砕する必要はないのです。しかし、隕石は思わぬ事になります。
地球防衛軍は、異星人を迎え撃つのは月に近いほうが良いと考えていました。
これはサンダーバードの最大の欠点である航続距離の短さによります。
頻繁に燃料補給の必要が生じるのであれば、月は近い方が良い。
サンダーバードにはその弱点を少しでも克服する為に、落下式の燃料タンクが取り付けられました。
これだけで航続距離と時間は5割増します。
リック・ジャクソンが宇宙の彼方を見つめます。
「何度でも来い」「何度でも叩き潰してやる」
本名リチャード・F・ジャクソン
人はリチャードとは呼びません。親しみを込めてリックと呼ぶのです。
そして忘れてならないのがこの人。地球防衛軍日本支部のエース、坂井龍二。
天才と言われる程のサンダーバード使い。
「人事を尽くして天命を待つ」「我闘わん」
無音の異星人の暗黒船団が近づきます。その先を隕石が3個地球を目指します。
「おにいちゃん」 「あ、ごめん」
さっきから良祐は、ミキの話を聞いていませんでした。
喫茶店のTVに映る巨大隕石。
「この隕石は異星人の仕業だな」
また良祐は黙り込んでしまいます。
「おにいちゃん、どうしたの」
良祐は怯えきった顔をミキに見せます。「恐いんだよ」
日本中が期待する若きエースが怯えているのです。
動物は力の強弱を肌で感じます。自分より強いものには恐怖を感じるものです。
TVに日本未来研究所の隊長である桂と、副長の沢村が出演しています。
桂が7月の始めには、隕石の進路を変える為に、日本未来研究所のサンダーバードチームが出発することを告げます。
沢村は「30分有れば片付くと思う」と発言します。
「この二人は強いね」と良祐が言うと、ミキが「日本未来研究所の隊長と副長だから・・・」と言います。
「知ってるのか」
「知らないわよ」
ミキは良祐にも、自分が日本未来研究所のパイロット候補だということを教えていません。
「7月には俺も月面基地に行くんだよ」「異性人相手に勝てると思うかい」
「必ず勝てるわ。おにいちゃんは地球防衛軍の若きエースよ」
不思議なことに良祐に元気が出てきました。
3年前と比較して大幅に強化されたものに、ミサイル防衛網があります。
異星人の船が大気圏に突入する時を狙って、攻撃する目的で構築されました。
大気圏突入時の異星人の船は、攻撃力が低下します。
炎に包まれ視界を失うからです。
この弱点はアポロンも気づいています。
逆に炎に包まれた暗黒船団は、ミサイル防衛網の格好の餌食となります。
ただ1000隻もの船が一斉に大気圏に突入した時には、ミサイルの数が足りません。
せいぜいアメリカに500発、全世界でも1000発準備出来たくらいです。
そして地球は丸いのです。
アメリカの反対側から異星人が侵入してきた場合、さらに撃墜できる船は限られてきます。
7月になり、ミキは念願叶ってサンダーバードのパイロットになりました。
真新しいサンダーバードが10機用意されました。
ミキのサンダーバードは真っ赤です。機体№は7。
ミキがふてくされます。「他の皆は30番台なのに、どうして私だけ一桁なのよ」
教官が答えます「7番はチームリーダーのナンバーなんだよ」
新人パイロットの中でただ一人、ミキ(中野樹里)だけが、隕石退治に参加することになります。
日本未来研究所の桂と沢村そしてミキが、月面基地ルナJに向かったのが7月15日。
これでルナJに20機のサンダーバードが揃いました。
早速作戦会議が開かれます。
目的地は月から3000万km離れた宇宙空間。
作戦参加機は5機×3チームの15機。
Aチームのリーダーは桂、Bチームは沢村、そしてCチームは新垣。
Dチームの5機は月面基地に待機。チームリーダーは新庄。
ミキは新庄の下、待機する事になります。
行動予定日は2032年7月23日金曜日
護衛に地球防衛軍のリック・ジャクソン他10機が同行。
地球から見るとこの日の月は満月。
右から地球を目指す異星人から見ると、地球も月も三日月。
遠く離れて隕石が3個(といっても、直径200m)地球を目指しています。
「果たしてサンダーバードは何機来るかな」
「何れにしても、隕石と共に宇宙の塵にしてやる」
(あはははぁ・・・)
アポロンの笑い声が宇宙に響き渡ります。
良祐を含む10機も月面基地に到着しました。
地球防衛軍もこれで全員揃いました。
アメリカチーム30機、日本チーム20機、ヨーロッパチーム30機、中国チーム20機。
こちらも作戦会議です。
隕石を破壊したあと、異星人の暗黒船団を迎え撃つ。
先発隊はアメリカ・日本・中国の70機。ヨーロッパチームの30機は月面基地で待機。
これは燃料補給の為に引き返してきた、サンダーバードを守る為。
月面基地の守りにはプラズマ高射砲も30門配備されています。
リックが坂井龍二に言います。
「隕石退治の護衛に行ってくるが、俺に何か有ったら後は頼む」
坂井は敬礼します。
2032年7月23日金曜日
月面基地ルナJからサンダーバードが飛び立ちます。ゴォォォォー。
静かの海です。
ミキが祈ります。(頑張って)
同時刻リック・ジャクソン率いる地球防衛軍も飛び立ちます。
こちらは月の北極点からです。
サンダーバード25機が、赤紫の炎を吐いて全開加速。
月面基地からは、あっと言う間に見えなくなります。
速度が0.1c(秒速3万km)になったところで、桂はエンジンを停止させ慣性航行に移ります。
隕石との3000万kmの距離も1000秒、わずか20分程の時間距離でした。
そのプラズマロケットエンジンの炎をアポロンは見逃しません。
「来たな」
サンダーバード達は、宇宙空間を大きく回り隕石まで10kmの背後につけます。
サンダーバードは隕石と速度をシンクロさせます。地球基準で言えば地球に向かって時速10万kmです。
地球は太陽を中心に左から右へ公転し、隕石も太陽に向かって左から右へ地球を追いかけます。
3個の隕石は最高の進路でした。少々タイミングがずれても、少々角度がずれても、地球をその公転軌道のどこかで捕まえるのです。
隕石を真正面に見る桂チーム、その右に沢村、左に新垣チーム。背後に護衛のリック・ジャクソン。
桂が命令「プラズマロケット砲、最大出力」キュンキュンキュンキュン。
「発射ぁ」ドドドドドドドーン。
「旋回」
サンダーバードは万が一の為に、隕石から少しでも遠くに離れようとします。
アポロンがモニターにその発射炎を認めボタンを押しました。
「さよなら、サンダーバード」
ドガガガーン。なんとプラズマロケット弾が届く前に、隕石は爆発しました。
回避するサンダーバードを無数の隕石の破片が追いかけます。
もともとタイムマシンとして開発されたサンダーバード。
防御はとても弱いのです。
カンカンカンカン。しきりに隕石のかけらがサンダーバードを襲います。
桂の右の2番機が尾翼を失い、沢村の左8番機のエンジンが被弾します。
リックが叫びます「俺たちは護衛機だ」あくまで任務に忠実であろうとするリック。
桂の背後につくと、後ろ向きになり、プラズマ砲を追いすがる隕石のかけらに向かって連射します。
ドガガガガガ。狙いは正確です。神業のようです。次から次に隕石のかけらを破壊します。
しかしリック・ジャクソンは、桂を庇う様に被弾しました。ドガーン。
サンダーバードのキャノピーが吹っ飛びます。
大変なことになりました。日本未来研究所のサンダーバードは6機が航行不能。
護衛隊はリック・ジャクソンを含む4機が被弾。
桂は新庄に連絡します。「緊急事態だ」「救援を頼む」
ミキを含む5機のサンダーバードがスクランブル。地球防衛軍からは10機が救援に向かいます。
異星人達はここでイオンロケットエンジンに点火します。
粉々に粉砕された隕石を追いかけるのです。
この日、2032年7月23日金曜日
爆発により加速された隕石は、2週間後の8月6日頃地球に到達します。
流星の元になる小天体は、0.1mm以下のごく小さな塵のようなものから、数cm以上ある小石のようなものまで様々な大きさがあります。
今回爆破された隕石の約三分の一は、大は直径10mから小は砂粒程度まで、何千万ものかけらとなり地球に降り注ぐのです。
このほとんどは大気圏突入時に炎と化し燃え尽きます。
アポロンはこの炎のカーテンの後ろから、大気圏突入を目指しているのです。
このままでは、ミサイル防衛網BMD(Ballistic Missile Defense)は役に立たないかもしれません。
その頃月面基地ルナJでは、収容されたサンダーバードが並べられ、地球防衛軍の死者3名、日本未来研究所の死者5名が弔われました。
日本未来研究所の隊長である桂が弔辞を述べます。
「残念な事に本日8名の仲間が異性人の為に命を落としました。さらにまだ2名が重症です」
「特に我らの誇りであるリック他護衛隊の方々は、私たちを守る為に身を挺してくれました」
「私は異星人を許せない。我々が民間人であろうと関係ない」
「私は日本未来研究所のパイロットも参戦したいと思う」
ウォォォォー。
「行くぞぉ」「俺もだぁ」
続けて桂が言う。
「よし、我々日本未来研究所のサンダーバードは、今後地球防衛軍と行動を共にする」
ウォォォォー。
さらに桂は「中野(ミキ)。お前だけは地球に帰還し、事情と状況を報告してくれ」
全員が美しきパイロット、中野樹里を振り返ります。
「嫌です。私も参戦させて下さい」意地でも引かないという顔つきです。
ウワァァアァー。
坂井龍二がたまらず言う。
「有難う。地球防衛軍から、貴女の為に護衛機を出させて欲しい」
坂井が叫ぶ「我々のラッキーレディを守れー」
ウワァァー。
護衛隊に選ばれた良祐が呼ばれ、後ろの方から中野樹里に近づくと、「僕は地球防衛軍日本支部の副隊長。沖田良祐です」と握手の手を差し伸べた。
ミキが振り返る(貴方の事はよく知っているわ。おにいちゃん)
良祐が驚いた顔をし、ミキは唇にひとさし指を当てます(内緒よ)
運命の糸が繋がって行きます。
そしてこの幸運の女神は
とても強かった。
ミキは、あの智郎と今日子の子ですから。
2032年8月5日。
月は新月です。並びとしては、太陽、月、地球、暗黒船団となります。
月面基地ルナJは夜。温度はー170度。
地球防衛軍と銀河戦隊(日本未来研究所のサンダーバード)が飛び立ちます。
隊長はリックの代わりに坂井龍二。
サンダーバードはジェットノズルで10m程飛び上がったあと、プラズマロケットエンジンに点火し宇宙に飛び立ちます。
そして地球の横を通過し、暗黒船団を迎え撃つのです。
数の上だけで言えば、圧倒的に暗黒船団が有利。
しかし速さと身軽さではサンダーバードに分があります。
ルナJからミキが飛び立ちました。護衛の為に良祐他4機の地球防衛軍が追いかけます。
昨日良祐は、ミキを連れてルナJと隣接する、JAXAの基地万舞(バンブ)を見て回りました。
良祐にとっては懐かしい万舞でした。
良祐が小学生の頃、初めてのタイムトラベルにおいて、智郎に誘われて見て回ったのが万舞です。
智郎は良祐の為に基地の内外の施設を色々見せてくれました。
コンピュタールーム、居並ぶレーダーに蒸留水プラント。
小さな記録室に当時の智郎と今日子の記録が有りました。
ルナJ建設時の作業中の二人。仲間と歓談する二人。
ミキは父と母に思いを馳せ、段々涙が出てきました。
良祐が慰めます(あと4ヶ月ほどで二人は帰ってくるから・・・)
この年の6月。南米コロンビアの新聞に、小さな記事が載りました。
新しい遺跡が発掘され、飛行機らしい絵の横に、古代文字で「伝説」と書いてあったそうです。
記事を続けると
「人々が恐怖に陥った時、男が現れた。
時を超えてやって来た男は、空を飛び、炎を操り、人々を絶望の淵から救った。
男の名は トモロー 」
地球防衛軍は隕石を避け、暗黒船団に向かって右から攻撃するつもりです。
先頭は坂井龍二率いる日本チームの15機。
続いてアメリカチームが26機。
さらにヨーロッパチーム、最後に中国チーム。総勢91機です。
左からは銀河戦隊が13機。
ミキは少し遅れて、良祐率いる護衛隊5機の先を行きます。
対する暗黒船団は1000隻。
サンダーバードの接近を察知すると、アポロンを中心に回転を始めました。
これは直進するだけでは、狙われやすいからです。
銀河やアンドロメダが回転するように、暗黒船団も渦巻きのように回転を始めたのです。
地球から見て暗黒船団は南東の空。角度は25度。
異星人の故郷である白鳥座は、北東の空、角度は50度
ちなみにアンドロメダも北東の空、ほとんど地平線。
開戦の合図は月面基地のプラズマ砲でした。
30門の長距離高射砲が火を噴きます。ドドドドドーン。
100発ほどの砲弾は地球をかすめ、何千万もの隕石のかけらを避け、暗黒船団に近づきます。
まるで流れ星の束のようです。
しかし暗黒船団からイオンロケット弾が発射され、その流星群を捉えます。
宇宙空間においては、プラズマ弾もイオンロケット弾も光速の8分の一ほどのスピード。
それが宇宙の一点でぶつかります。
ドガガガガーン
音は誰にも聞こえませんが、爆発炎は地球からも見る事が出来ました。
南東の空に無数の光が広がります。
ロングレンジとミドルレンジは数が多い暗黒船団有利。
サンダーバードに勝ち目が有るとしたら、ショートレンジの空中戦です。
なんとか突破口を開きたい地球防衛軍も、プラズマロケット弾を発射します。
「最大出力」キュンキュンキュンキュン。
「発射ぁ」ドコドドドドーン。
このロケット弾も、異星人の2000門のイオンロケット砲がことごとく粉砕するのです。
(これじゃ近づけない・・・)坂井の額に汗が滲みます。
ミキは進路を変更し、太陽を背にします。
そして良祐は、ミキが天性のファイターだという事に気がつきました。
アポロンの目には、ミキのサンダーバードが見えなくなります。
「プラズマロケット砲最大出力」ミキが言います。
良祐以下護衛機が応えます。キュンキュンキュンキュン。
坂井龍二は攻撃の手を二手に分けました。
上から攻撃するのは日本チーム(ブラボー)アメリカチーム(アルファ)
下から攻撃するのは中国チーム(チャーリー)ヨーロッパチ-ム(デルタ)
サンダーバードは落下式燃料タンクを、隕石のかけらの海に切り離します。
なんとしても接近戦に持ち込む覚悟です。
その時暗黒船団の端から中央に向けて炎が上がりました。ミキ達の砲弾が命中したのです。
ドドドッドーン。
アポロンが空を見上げます。01が驚きます。(誰だ)
アポロンが見渡します(隠れていたとしたらここしかない)(太陽か)
ミキ達の砲撃で破壊された暗黒船団は30数隻。
残りの船から500発近くのイオンロケット弾が太陽に向けて発射されました。
「おにいちゃん、必ずミキを守ってね」
ミキは翼を翻すと太陽の光の中から飛び出し、暗黒船団の真横に向けて加速します。
その側を、異星人の砲弾は通り過ぎます。
銀河のように渦巻く暗黒船団を真横から見ると、密集して見えました。
「連射、連射、連射ぁ」狙いなんか定めません。ミキはひたすら撃ち続けます。
ドドドドドド・・・ミキ達は暗黒船団の渦の上空をかすめるように通過します。
ドドドンドドドドン。異星人の船が次々と爆発しました。
ここでミキは残弾数ゼロ。良祐もわずか4。
「月に引き返すわ」
(目障りなサンダーバードだ)と01とその親衛隊がミキを追いかけます。
ミキは20分ほどで月面基地ルナJに到着します。滑るように着陸すると、基地の隊員達が燃料をクイックチャージしてくれました。
着陸態勢に入ってから、わずか10秒ほどでまた離陸します。
少し遅れた良祐は月面に向かって急降下。あわやぶつかるかというところで、反転、そして逆噴射。
最後にジェットノズルを噴射して体勢をととのえ、ゆっくり着地させます。「急げぇ」
良祐はほんの7秒で再び離陸。F-1グランプリなら新記録です。
追って来た01の親衛隊の2隻が、飛び立つ良祐に砲撃してきます。
良祐はサンダーバードの頭を振りながらプラズマロケット弾を発射。ドガガーン。
爆発する異星人の船の間を駆け抜け加速を続けます。
01(ゼロワン)はミキを待ち受けます。
真っ赤なサンダーバード。機体№7。ミキのサンダーバードです。
そこへ01から電波が届きます。
「私の名は01(ゼロワン)お前の名は・・」
ミキが返事をします。
「私は中野樹里。ジュリエットと呼んでね」
ミキにはふてぶてしいところが有ります。敵の№2から声をかけられても冗談が言えるのです。
もしかしたら、緊張の裏返しかもしれません。
「ジュリエットね。ならばお前を追いかけてくるのはロメオかな」「あはははぁ」
「逃げたほうがいいわ。おにいちゃんが怒ったら貴方は勝てないから」
ミキは脅しをかけるのを忘れません。
勿論良祐のことは、01より強いと思っています。根拠は有りませんが、ミキは信じているのです。
そこへ良祐のサンダーバードが追いつきました。
白い機体に日の丸の赤。№は10。地球防衛軍日本チームの副隊長です。
「俺は沖田良祐。大事な妹になにか用か」
01とミキの間に入ってきました。
蜂である異星人は戦闘集団です。闘いを楽しむ習性があります。
強い者を見かけると追いかけ、闘いを挑むのです。
01から見て、ミキと良祐は強く見えたのです。
「丁度良いところに来たなロメオ」「あはははぁ」
気がつくと01の向うに暗黒船団が10隻ほど見えます。01の親衛隊でしょう。
良祐の背後にも4機サンダーバードが追いつきました。
親衛隊は遠巻きのままです。01は1対1で良祐に勝負を挑みます。
両者の距離は500m程、ここから良祐は慣性航行で近づきます。
01の砲が二門共良祐に向けられます。
勿論良祐のプラズマロケット砲も01の船を照準に捉えます。
作者 注)
必ず当たる距離とはどれくらいでしょうか。
西部劇に出てくる銃にとって、10mは当たるかもしれない距離だったようです。
この時代、10m離れると弾はどこへ飛んでいくかわからない。
決闘で二丁拳銃の保安官の12発目が、やっと相手を倒したという話もあります。
01も良祐も倒されるかもしれない気持ちより、必ず相手を倒したい気持ちで近づくのです。
01がイオンロケット弾を発射したのが、二人の距離が100mになった時。
そして良祐がジェットノズルで宇宙を反転し、01のわずか30mの真後ろにつけ、
プラズマロケット砲のトリガーに指をかけ、
回転砲塔の回転が追いつかない01が、良祐を吹き飛ばす為に「エンジン点火ぁ」
100分の1秒の差でしょうか。
それは、ほんのわずかの差でした。
ドガーン
「やったぁ」ミキが叫びました。
良祐が01よりわずかに早かったのです。それは薄氷を踏むような勝利でした。
その時女性の歌声が聞こえてきました。
美しく、物悲しげなその歌声は、耳から聞こえてくるのではなく、脳の内部に響き渡ったのです。
人間の声では有りません。しかし確かに歌声でした。
それは鎮魂歌のような、とても人の心を打つものでした。
「誰の歌声かしら」
「クイン・ビーじゃないかな」
アポロンにとって01の死は大きな痛手であり、弟を失くしたようなものかもしれません。
アポロンの複眼の目から、赤い涙が流れ落ちました。
暗黒船団の半数の約400隻程が月面基地を目指します。
アポロンは、サンダーバードをどうしても避けて通れない敵と判断したのです。
月面における異星人と人類の闘いは、この後4ヶ月に渡って続きます。
アポロンが命令します。
「断続的に月面基地を攻撃せよ。人類を休ませるな。必ず勝てる」
残りの半数は予定通り、隕石のかけらが大気圏に突入した時、真昼のような地球の夜空に現れます。
レッド・ブラッドリー以下連合軍は善戦しますが、暗黒船団が優勢となります。
桂は思います(こんな時に智郎がいたら・・・)
沢村は(そして今日子さんがいたら・・・)
ミキが(おとうさん、そして、おかあさん)
良祐が(カムバーック)
運命の2032年12月24日となります。
第二部 第三章・・・完