
フィット登場まで。
1997年10月のある日、
今日も休日出勤。
廊下の窓からは,色付き始めた木々の陰影を伴って穏やかな秋の光が差し込んでくる。そろそろ紅葉狩りのシーズンか。お,前から歩いてくるのは専務じゃないか。土曜日だというのに,ご苦労さまです。
「あ,そうそう,松本くんねぇ」
「は?」
「今度のロゴ,やってもらうから」
「え?」
「頼んだよ,じゃあ」
「は,はぁ・・・」
振り向いた松本の視線をいなすように,彼の背中は廊下の角に吸い込まれていった。
松本宣之は本田技術研究所で,新規格となる軽自動車(バモスとか?)の先行開発に取り組んでいた。入社当初は,二輪車担当。上司に食いついて,四輪車へ。
だがそれは,小さなステップに過ぎない。彼には大きな夢があった。それは,新車開発の指揮をとること。ホンダではその役割をLPLと呼ぶ。そろそろその役割が回ってくるはず。腕をさすりながら,彼はその日を待ちわびた。
そして,1997年10月。熱望していた役割が,ついに回ってきたのだ。
「今度のロゴ,やってもらうから」
同じ言葉が,何度も脳裏をよぎる。
「でもなぁ」
LPLに指名されたことはうれしい。ものすごくうれしい。ただ,ロゴでさえなければ。
松本は,ロゴが大嫌い。「見ただけで吐き気を催す。ひたすら低コストを追求しただけで,どこにもホンダらしさがない。あんなクルマ,絶対に認められるか。魂を売った車だ」。そう放言して憚らない。
やりたいことはガマン。気に入らなくても流用。とにかくコスト,コスト,コスト。大嫌いなロゴの後継車を作るため,そんな仕事を,今度は自分が旗を振って進めなければならないのだ。初めてのLPLだというのに。
「これ,読んどけ」
悪夢を振り払うかのように残務に没頭していた松本に,渡されたのは経営陣が「次世代ロゴ」に関して議論した内容を綴った分厚い議事録だった。
未経験のLPL。まったく予習しないわけにもいかないだろう。
暇な時間を見つけて議事録を読み始めた松本は,そこに込められた意外な事実を初めて知る。経営陣は,次期ロゴを欧州市場戦略車と位置付けているのだ。そのために,エンジンを新規に開発,画期的な低燃費を実現することを必須条件と考えているらしい。
欧州市場を狙うということは,欧州市場を意識せずに作ってきたロゴとは,まったく違う車を作ろうということなのではないか。
ホンダにとって欧州市場の開拓は,積年の悲願。しかも,欧州メーカーが得意とするコンパクトカー,いわゆるBカテゴリーのクルマでそれを成し遂げようというのだ。そんな戦略車がロゴのマイナーチェンジ程度のクルマであっていいはずがない。
「これはロゴじゃない。ロゴという過去は捨てて,ゼロから新しいクルマを作ろうというプランじゃないか」
そう考えると,なかなか面白そうな仕事といえる。いや,絶対に面白い。いや,これ以上にやりがいのある仕事があるものか。少年漫画の主人公さながら,松本の瞳は煌煌たる炎を放ち燃え上がろうとしていた。
Posted at 2012/08/06 21:35:26 | |
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