2012年08月25日
フィット登場まで④
二転三転の後,何とか完成した5ドアのデザイン。
販売店向けの内覧会にこのモックアップを持ち込む。
その評価は上々。確かな手応えをつかんだ松本らは,夜の街に繰り出す。
だが同じ夜,彼らを震撼させる,ある決定がなされようとしていた。
「売れそうですね」
「売れる売れる,絶対売れる。販売のプロがあそこまで褒めるんだから,間違いないだろ」
「もう,1日も早く売りたくてうずうずしているって感じでした」
「うんうん,今すぐよこせとか言われたしな」
販売店に向けた新型車の内覧会は,大盛況のうちに幕を閉じる。フィットの開発を指揮する松本宜之たちは,その興奮を抱きつつ夜の街に飛び出していった。
だが,その好評ぶりはいささか度が過ぎていたのかもしれない。松本たちの志気を鼓舞したばかりでなく,意外な人までも動かしてしまったのだから。内覧会に参加していた吉野浩行社長その人である。
これはイケる。その確信はつかんだ。で,どうする・・・。
答えはすぐに出た。
やるしかない。
松本らが歓喜の雄叫びを上げていたちょうどそのころ,吉野社長は首脳陣を集め,その重大な決定を告げていた。
松本にその決定が告げられたのは,翌日のことだった。
「悪いが,開発計画を練り直してもらえないか」
「えっ,何か不都合が」
「逆だよ逆。これはイケそうだってこと」
「は?」
「だから,発売を3カ月前倒しする。無茶だと言いたいんだろ。
かもしれんがこれは決定。社長命令だよ」
「・・・」
社長命令と言われてしまえば反論の余地はない。「やります」と答えるしかないのだ。
早速,松本はこの決定を開発チームのメンバーに伝え,スケジュールの見直しを指示する。
デザインはまだいい。一応の完成品ができているわけだから。心配なのはエンジンだ。まだ開発は完了しているわけではない。それを一刻も早く終わらせ,ノーミスで量産への移行を完了させる。それが本当にできるか。
「絶対に無理だと思いました」
エンジン開発担当のPLだった釜神武司はそう振り返る。
「そもそもこのエンジンは,フィットの開発チームができる2年も前から開発に着手していたもの。エンジン開発は時間がかかるものなんです。確かに,最高出力75馬力,燃費22km/Lという目標はその時点でほぼ達成できるメドが立っていました。でも,細かいところの詰めは残っていたし,性能確認,部品の発注などなど,やるべきことは山のようにある。その仕事量は変わらないのに開発期間は短くなるわけですから,誰が考えても無理ですよ」
でも,「無理だからやめときます」とは言えない。何しろこれは社長命令。しかもチームのリーダーは,一旦決めたら絶対に後には引かない松本なのだから。無理を可能にするには,ただただ,がむしゃらに働くしかなさそうだ。
Posted at 2012/08/25 18:22:17 | |
トラックバック(0) | 日記