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naka3051のブログ一覧

2006年02月28日 イイね!

▽これくらいが、一番楽しい時

▽これくらいが、一番楽しい時いい加減、プラモ(飛行機)ネタを引っ込めて、社会復帰しなきゃいけないのですが(笑)
プラモデル作っていて、これくらいの状態の時が一番幸せを感じる時です。全体の形がどんどん出来上がってくる時、いろんな角度から眺めるが楽しい。
・・・これから後は、塗装がメイン。ベタベタ指紋が付いちゃったり、細かいパーツが折れたり壊れたり汚れたり(笑)

仕事が忙しくなってきたので、写真の「疾風」完成はきっと週末になりそうです。(え?別に誰も待ってないですか?w)
Posted at 2006/02/28 23:33:53 | コメント(2) | トラックバック(0) | ◇プラモデル全般 | 趣味
2006年02月26日 イイね!

▽戦闘機開発は悪なのか?

▽戦闘機開発は悪なのか?先日から、第二次世界大戦時の日本陸軍機のプラモを作って、それぞれの機種についてブログをUPしていますが、いかがでしょうか?人によっては「人殺しの機械」については、全く評価出来ないという立場を取る方もいらっしゃるかと思いますが、私は立場を異にしたいと思います。

 一連のブログのほとんどの内容は 碇義朗という人(自身も大戦後期に軍用機開発に携わった方)の文庫本に書かれている内容の超抜粋なのですが、この方の本、資源も乏しい日本で世界基準(場合によってはそれを超えた)レベルの機体がどんな苦労の後に開発されたのか、技術者達が何を目指したのか、といった事を技術的な観点からまとめられています。
 それら(と、柳田邦男の「零戦」)を読むと、例えば自動車開発が夢と尊敬を持って語られる・・・プロジェクトXとして扱われるのと同じように、もっと当時の飛行機開発についても評価されて良いのではないかという気になります。少なくとも「兵器」であるという一点で、多くの技術者の情熱や努力、さらには世界の技術レベルを超えていた機体があったという事実までを、全否定するには忍びないと感じます。

 明治の開国から始まった日本の航空機開発は、昭和初期には模倣を超え、日本独自の価値観を実現する技術を持ちました。当時日本には民間に自動車工業と呼べるものすらなかったにも関わらず、です。そんな国が、常識を越えた航続距離(「隼」の航続距離は約2000km、東京-稚内の往復距離)や、当時ヨーロッパで優秀さを競っていたドイツやイギリスの戦闘機を超える格闘性能を持つ飛行機を作ったのです。機体だけでなく、大戦期を通じて設計された空冷エンジンは、馬力/排気量レシオ、馬力/正面面積(大きさ)レシオ、馬力/自重レシオ、全てにおいてアメリカの空冷エンジンを超えていました・・・と、ここら辺の話し、車好きの皆さんなら、どこかで聞いたことがあるような気がしませんか?
 三菱、川崎、中島といった飛行機メーカーの技術者は多くが、終戦後自動車産業に関わっていきます。あるいは日本のロケット開発の父とも言われる糸川英夫博士は中島飛行機で「隼」「鍾馗」の開発に携わっていました(だから、小惑星「イトカワ」に向かった探査機が「ハヤブサ」と命名されたと個人的には思っていますが、確証はありませんw)。
 昔このブログにUPしたことがありますが、例えば、良く切れる刃物は凶器にもなり、同時に便利な道具にもなります。技術というものも然り。戦闘機開発は、すなわち兵器開発であっても技術者が考えたのは、速度であり、運動性能であり、燃費であって、決して殺人の効率化ではなかったはずです。

 ということで、当時の技術者が何を目指して決めた形なのか、あるいは、仕方なく「こうなってしまった」形なのか、機体毎の開発物語を読みながら作るプラモデルはまた、味わい深いものになっています。もう一機、四式戦「疾風」を作ったらまた性懲りもなくUPします~。
Posted at 2006/02/26 23:25:54 | コメント(1) | トラックバック(0) | ◇飛べ飛行機! | 趣味
2006年02月26日 イイね!

▽地デジが我が家にやってきた

▽地デジが我が家にやってきた先週の週末、CATVの信号の定期チェックで担当の方がいらっしゃいました。で話しているうちに、新しいサービス・・地上波デジタル+BS放送+ペイパービュー+ビデオオンデマンドにしてプラス1000円とのこと。録画予約もテレビの画面内の番組表をクリックするだけで、ビデオ(うちはまだVHSしかありませんw)も赤外線で操作してくれるというあたりが、ピラーティス番組にハマリ気味の妻に訴求したらしく、契約することに・・・。
 で、昨日CATVチューナーのセッティングが完了。(いえ、音をステレオ経由で出したり、録画を簡単にするために大変知恵を絞ったんですがw)

で、2日使ってどうなのかと言うと

圧倒的です!

 なんと言ってもチャンネル数が(今までのCATVでも40chほどあったのが)100ch以上。例えばNHK教育が3chもあったり、大好きなディスカバリーチャンネルが2つになったり、これまた好きなナショジオチャンネルが見られるようになったり・・・。さらに天気予報や交通情報がデータ放送で見られたり、さらに、ペイパービューもあるし・・・使い切れません(笑)
 さらにさらに、先ほどビデオオンデマンド(一本300円~400円でレンタルビデオと同様に停止、巻き戻しetcが自由に出来るもの)も試したのですが、音質的にはDVDにはかなわないものの、レンタル店に足を運ぶ手間を考えると気軽さがすごい。

 あまりの多チャンネルぶりに選ぶのが大変。自分が今見ているのがどこなのかもわからなくなるくらいです(笑)正直、情報過多ぶりに圧倒されています。恐ろしい世の中になったもんですね~(笑)
Posted at 2006/02/26 18:15:06 | コメント(1) | トラックバック(0) | ▽徒然に車以外の話 | 音楽/映画/テレビ
2006年02月26日 イイね!

☆CDユニット交換完了

☆CDユニット交換完了2週間ほど前に決定的に調子の悪くなったマッキントッシュのCDユニットですが、ディーラー担当の方からパーツが届いたとの連絡があり、昨日行ってきました。
 ディーラーに着いてまずはCDを取り出します。1枚取り出すたびにチューナーに選択が切り替わるので結構時間がかかります。6枚取り出すのに5.6分かかったような・・・。すぐに工場に入れて、珈琲を飲みながらのんびり一時間あまりで完了。
 ユニットごと交換でしたのでちゃんと保護シートが付いていました(なので、記念に撮ったのが左上の写真です。)気のせいか音も良くなった・・・と、いうことはありませんでしたw
Posted at 2006/02/26 17:39:06 | コメント(0) | トラックバック(0) | ☆BP-OB近況報告 | クルマ
2006年02月25日 イイね!

▽三式戦 飛燕

▽三式戦 飛燕そろそろ飽きてきましたし、コメントも少ないのですが(笑)、陸軍機シリーズの第三弾、三式戦「飛燕」がロールアウトいたしました。
 一式戦「隼」二式単戦「鍾馗」は中島製ですが、この「飛燕」は川崎製です。ドイツのダイムラーベンツの液冷(水冷)エンジンを国内でライセンス生産したものを積んでいる点で、空冷(星形)エンジンの多い日本機の中では異色の機体です。(ドイツのBF109と同じエンジンと言ってもいいものです。)
 また、こちらのギャラリーに隼、鍾馗と並べた写真もアップしましたが、見て頂くとわかるように、胴体全長よりも主翼全幅の方が長い、とても細長い翼が特徴的です。このような翼は揚力を生み出すのに効率的なため、グライダー等に採用されていますが、速度を重視する(ようになった)大戦機では珍しいタイプです。飛燕の試作機であるキ61の直前に試作されたキ60はもっと翼が短かかったのですが(キ60は採用されず)もう少し格闘戦に有利になるよう上昇力を強化するため、このような形になったとか。しかしながら、結果的には速度の低下は少なく、最高速度、格闘性、航続距離まで高水準にバランスのとれた機体になりました。
 残念ながら、元々ダイムラーベンツのエンジンが技術の最先端を行っていて、日本国内の工業水準を超えていたため、制式後実戦部隊に配備されてからは、エンジントラブルに悩まされたようです。またエンジンの生産も間に合わず、一方機体は順調に生産されたため、エンジンが付かない機体が数百機も発生したりもしました。(後日、この「首無し」機体に、空冷エンジンを無理矢理取り付けたものが「五式戦」として制定されました。予想外に高性能だったようですが、五式戦には愛称はなかったようです。)
 この飛燕に限らず、日本機の共通した弱点はエンジンでした。設計自体はアメリカのものより、軽く、小さく、かつ高出力のもの・・・圧縮比を上げ、高回転にして高出力を得るというものでしたが、実際に生産し使用すると高温、高回転に耐える金属素材が出来なかったり、精度を要求される部品が生産出来ない(工作機械がないため、人力に頼り、かつ熟練工が不足したため)等の理由で極めて故障も多く、カタログスペックが出ないものが大半だったようです。
 一番わかりやすいのがターボチャージャー。アメリカでは大戦前半から実用化されていましたが、日本では結局信頼性のあるものは実用化出来ませんでした。ターボの高温、高回転に耐える素材、加工が出来なかったためです。そのため空気の薄い高度8000メートル以上の高度でまともに戦闘の出来る飛行機は現れませんでした。(大戦末期の本土爆撃のB29は、こういう高度で飛行していました。)
 同じエンジンを積み、時にBF109のコピーとも言われる事のある飛燕ですが、開発時期、翼の形状等をみても、全くのオリジナルな機体であったと言えます。子供心にスマートで格好良く、よくBF109とスピットファイア、P-51ムスタング並べて絵を描いた記憶がありますw。
Posted at 2006/02/25 22:43:13 | コメント(2) | トラックバック(0) | ◇プラモ-日本 | 趣味

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「▽懐深い木の響き---JVC HA-FX1100 http://cvw.jp/b/122372/41714305/
何シテル?   07/12 22:51
アウトドアマンを自負するが、 この数年キャンプをしていないし、 この数年リフトに乗っていない。 釣り師を自負するが この数年ラインを交換していないし、 ...

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