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僕は、小旅行の用意をした。
いっそのこと、この都心を離れて「あそこ」の
空気を、おもいきり深呼吸したい。

皮のトランクケースにニコンと簡単な着替えと
念のための上着をつめて高速道路を北上する。

標高1000mたらずの目的地まで2時間は、かからない。
思いのほか、「ここ」は近いのだ。
ただ、けれども時間は、空間を越えられない。
都会とはまったく違った空気が、確かに「ここ」にはある。

予約を取った部屋は
「彼」が泊まった同じ部屋。
20数年前には、彼も同じようにカーテンを開け
バスタブにお湯を張り、妻の名を呼んだのだろうか。

避暑地のオフシーズンだから
通りには、ひと気がない。
ひっそりと静まり返ったこの町は
「これが本来の姿なのよ」といわんばかり。
そうだよね、銀座通りより「幸せの谷」を歩いたほうが
思いっきり、深呼吸できるからね。

「彼」は自転車で、この茶房まで来たという。
もちろん、オフシーズンだから、こちらも冬眠中。
あ、そうだ、ここで撮られた写真みたことあるよ。
「ここ」に来れば、誰でも「素」の自分でいられるんだね。
純粋に、「彼」は父親だったしね、ここでは。

日が暮れようとしている。

沈んでゆく、太陽と
未だ見えてこない月の中間に、車を止めて
しっかりと夕焼けを、瞳の奥にしまいこむ。

まるで、「その」過ぎていった時間を
脳裏にそっとしまいこむように、、、。

生憎、というよりは、
幸いにして降り続いている雪のおかげで
ずいぶんと景色が綺麗に化粧をしている。

こんな、寒い夜にはなぜだか
強めのリキュールが飲みたくなる。

部屋にあるのは、ふた種類。

フランスのRICARD（リカール）と
イタリアのRAMAZOTTI（ラマゾッティ）。

ストレートで、ゆっくりと体を温めながら
降り続く雪を見る。

そして、体が温まったころには
真っ白な朝を迎える準備ができるだろう。