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徳小寺 無恒のブログ一覧

2005年11月24日 イイね!

真説 櫻井学校~伊藤修令氏編~ 

真説 櫻井学校~伊藤修令氏編~ 先日も「プロジェクトX」で櫻井眞一郎氏が紹介されていたが、氏も直接、日産と言う会社を離れ、かつての様な氏にまつわるハナシも、時間と共に風化しつつある。。。

櫻井氏と言えば、スカイラインの開発主管として有名だが、もっと本質的に考えると、上司と部下、人と人との交わりが如何に大事かという多くの逸話がある。

現代の人間関係が希薄になってきた時だからこそ、氏にまつわる多くのエピソードを紹介する事によって、そこから何かを学ぶ事ができれば・・・と思い立ち、徒然となってしまうが、私の所蔵する文献や、かつてプリンス系のクルマを買うと定期的に送られて来た「プリンス誌」から、「狐狸庵山人」事「遠藤周作氏」との対談などを紐解き紹介したと思う。

今回は、R31やR32のスカイラインの主管となった「伊藤修令 氏」と櫻井氏とのエピソードを紹介したいと思う。

実は伊藤氏は、広島大学機械科卒業であり、私の郷土の大先輩である。


櫻井学校の一番弟子とも評される伊藤氏。僕と同じ広島出身の僕のヒーローだ。

意外に知られていないが、内燃機関の著名な研究人として、広島大学には「廣川氏」などがおり、私も学生時代はその「廣川氏」の著物でエンジンについての勉学をしたものであった。。。

ハナシは伊藤氏が、昭和34年にプリンスに入社した頃、伊藤氏曰く「櫻井さんには、何度も殺されかけた・・」という多くのエピソードから、図面というものの大切さや、技術者としての心構えについて諭された、櫻井氏らしいエピソードを皆さんに贈りたい。。

櫻井氏の下に配属された新人が、まず体験・・・いやしごかれるのが、「5ミリピッチ線引き」の訓練だ。
これは、A2サイズの製図用の表面がざらついた用紙に、ひたすら5ミリ間隔で線を引き続けると言う作業を丸一日、それを一週間続けさせられるのであった。

たとえ大学卒業だろうが、丸一日、製図用の鉛筆で、ナイフで芯を削り同じ太さの線を引くのであった。
現代では、CADで製図をする事が当たり前であるが、私の時代でも、製図用の鉛筆を自分で削り、「芯研器」と呼ばれる専用の「砥石」で、その削った芯を平らにして、製図していた物である。



しかも、製図用の紙は表面が「ザラザラ」でスグに鉛筆の芯は丸くなるので、そうなるとまた削り「芯研器」で成型して・・・と随分と手間が掛かるものだった。。。

そんな単純で苦痛の伴う作業を一週間も続けると、それまでの「エリート意識」や「気負い」が無くなって、仕事や人間関係に対して素直な気持ちで取り組むようになるという・・

櫻井氏曰く「設計の意思の伝達は「図面」しかない。「図面」が如何に大事かという事を理解する事と、意外に設計という仕事は単純で根気の要る作業が多い中で、オレは大学を出たんだみたいなエリート意識があると、とかく単純な作業を疎かにしてしまう傾向ある。そうじゃなくて、そういった単純で根気の必要な仕事こそが実は大事だという事を短い時間で体得するには、この5ミリ・・・が一番だ。」
というのである。

確かに現代では、CADで簡単に作図ができてしまうが、正直に言って、かつての手書きの図面時代より、難解で理解に苦しむ図面が多くなったような気がする。



どうやって、形や機能を相手に伝えるか?それを図面化するかという、工夫や能力が衰えてしまっていると、私も常々感じている。

伊藤氏も、まずはこの地獄の様な一週間を経験し、あたかも「悟りを得たような僧侶の気持ち」になったという。

さらに、その入社間も無い伊藤氏に櫻井氏から「エンジンマウント」の設計を命じられたと言う。

「お前は大学を出たんだから、コレくらいの事はやれるだろう」と言って、エンジンマウントに関わる計算式などが出た数冊の本を渡されたと言う。。。
「一週間のウチにヤレ、分からない事は聞きに来い」と言って突き放されてしまったというのだ。

しかし大学を出たと言っても、エンジンマウントの計算や構造を習った訳でもない、本屋へ駆け込んで、さらに関係する本を買いあさり、読んで読んで読んだが、とうとう一週間では理解する事もできなった・・。

「できません」

伊藤氏は櫻井氏の前に立つと、悔しさと不甲斐なさで自然とボロボロと涙がこぼれた。。。

果たせるかな櫻井は、素知らぬ顔をして「そんな事もできないでどうする」と伊藤を叱り付けたのだった。。。

改めて、最小限の計算のやり方を教えて、伊藤氏を追い返してしまったというのだ。

その時の伊藤氏の悔しさは、どれほどのモノだっただろうか。

しかし伊藤氏は、新人の自分に櫻井からなぜ、この仕事を与えられたか?また、この仕事に対する自分の取り組みに、甘さが無かった?と、櫻井からさらに「考えろ」と言われて、自問自答をしてしまったという。

悔しさもあった、しかし、もう一度考えろと突き放された事によって、もういちど、基本から見直して取り組む気概が出たという。

伊藤氏は、マウントにどんな力が働くかを冷静に考え、回転方向、上下方向とか、またそれらが重なり合った場合とかなどの振動系の連立方程式を導き出し、それをなんとか解き明かし櫻井に説明に行ったのだった。

するとその時、櫻井は満面の笑みを浮かべ、手放しによくやったと伊藤を褒めたと言う。。。

もちろん技術者として、結果が最も大事であることは言うまでも無い。
しかし、いかに、その結果を導き出すまでの過程が大事か?努力したか?を櫻井は重視したのだった。

いかに、部下の才能を見出し、また努力するという事が大事かという事を無理とも思える課題を与え、それをこなさせる事によって理解させたのであった。

「分からない」という事は簡単である。それに対して、簡単に答えを教える事も容易であるが、それでは人間的にも技術者としても成長は無い・・という事を櫻井は考えていたのである。

現代の上司と部下という関係において、ここまで厳しくも、情熱のこもった人間関係が、まだ存在しているのだろうか?

そこからも、櫻井眞一郎というエンジニアの、人間的な大きさを私は感じられずにはいられなかったのだった。
Posted at 2005/11/26 00:55:20 | コメント(2) | トラックバック(0) | 櫻井眞一郎 氏 | クルマ
2005年03月09日 イイね!

兄弟 ケンメリスカイラインとローレル、運命を分けたデザイン

兄弟 ケンメリスカイラインとローレル、運命を分けたデザイン 皆さんからコメントを色々と頂いて、それが元になって話題が広がって行く。

 自分のつたない知識の中から、こうして少しでもブログを読んで頂いて「楽しかった・・」って言われる事に本当に感謝の気持ちしかない。

 さて、今回は市販車として世に出る前、デザインに関してスカイライン・・いや、櫻井 眞一郎 氏ならではの秘話を公開しよう。
 

 櫻井 眞一郎 氏と言えば、Mr.スカイラインとして有名ですが、スカイライン以外にも、ローレルや初代F30レパードの主管としてもクルマをまとめていた。

 ご存知の方も多いかと思うが、櫻井氏のクルマ造りは独特で、企画書などの文字でチームをまとめるのではなく、まずは櫻井氏がストーリーを作り、それを開発メンバー全員を集めて読み聞かせ、そこから開発を始めると言う独特の方法が取られていた。

 そうやって開発に携わるメンバーのベクトルを統一するのだが、時に同時に開発される車種と、そのベクトルが交差する事もあった。

 C110ケンメリの開発は、どんどん豊かになる購入者層のニーズと、公害対策に代表されるような

「もはや、クルマは汗をかいてスポーツする様なイメージばかりでない・・」

という販売側からの要望に後押しされる形でスタートしたのだった。そして、キーワードはずばり

「ゆとり」

だった。

 新しいスカイライン、C110のデザインは、C10のカチッとした線と面に比べて、直線を基調としていながら、大胆な線と面とで、見た目の豪華さや大きさを感じさせる様になっていたのだが、そんな 「ゆとり」 というベクトルでデザインが進む中、多くのイメージスケッチが作られた訳なのだ。

 その中には究極的に 「ゆとり」 というイメージを突き詰めたデザインも自然に出てきたのだが、その中の一枚が、画像左上のクゥーペのイメージスケッチという訳なのだが・・・・・

 サイドの大胆なサーフィンラインやフロントからリヤに至るウエッジシェイプは、ケンメリそのものだが、どうみてもリヤ周りの造詣は市販車と、余りにもかけ離れている。

 初めて、この 画(イメージスケッチ) を見た時に私の中で、なにかモヤモヤとしたモノが支配したのですが。

 どこかで見たような・・・


 程なく、その答えを見つける事ができたのでだが、その答えは、

「C130ローレル 」

 それまでの国産車に無い、ダイナミックなリヤ周りの造詣で一世を風靡したC130ローレルのリヤスタイルそのものではないかと。

 スカイラインのデザインからローレルが・・・

 この答えは、確かに 「豊かさ」 や 「ゆとり」 というモノを突き詰めると、デザイン的にも大きさや、見た感じのインパクトが要求されるのだが、いくら時代に呼応した 「ゆとり」 を キーワード とした スカイライン とは言え、櫻井氏が求める方向性とは異なっている。

 あくまで スカイライン は、 「走り」 という DNA があり、エクステリアからも軽快さ、余裕のある「走り」をイメージさせるものではならない・・と。

 最終的には、ケンメリにこのデザインは採用されなかったが、デザインとしての完成度や、さらなる「ゆとり」「豊かさ」を求めたローレルにこそ、このデザインは生かされる・・という判断の元、C130にこのリヤデザインは移行され玉成されていったというのです。

 もし、櫻井氏が両車の主管でなかったら・・

 C130ローレル の デザイン は、まったく違ったモノになっただろうし、あのスケッチのままケンメリがリリースされていたら、GT-Rの再来は無く、代を重ねるごとにマークⅡの様な路線を歩んだかもしれないだろうと僕は今でも思っているのだ。

 ここでも スカイライン というクルマの、運命的なモノを感じられずにはいられない・・・と感じるのは私だけなのか?

 スカイライン、そして 櫻井 眞一郎氏 の奥深い世界が、またひとつ目の前に広がった瞬間なのだ。
Posted at 2005/03/09 10:39:54 | コメント(4) | トラックバック(1) | 櫻井眞一郎 氏 | クルマ

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「後視 いやぁこんなに簡単なバックカメラがあったなんて!! http://cvw.jp/b/124785/23876370/
何シテル?   01/04 14:54
無類のクルマ好きで、日産車を愛してやみません。 徳小寺 無恒のHNを引っさげ、かつての愛車、ワインレッド・パール・ツゥートンのU14ブルーバードの話題を軸...

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