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もとじのブログ一覧

2013年07月22日 イイね!

可夢偉、フェラーリF1でデモラン中にクラッシュ

結構ガッツリ逝ってるね(・・;)
来季のシート獲りに影響無けりゃいいんだが・・・w



それにしても首都のど真ん中でデモランっていいですよね。
日本も皇居前広場あたりでやらんかね。
Posted at 2013/07/22 20:30:34 | コメント(0) | トラックバック(0) | F1 | 日記
2013年05月16日 イイね!

ホンダF1復帰!!

ホンダF1復帰!!ついにホンダがグランプリシーンに帰ってきます!
かつて黄金期を築いたパートナー、マクラーレンとタッグを組み
2015年シーズンからF1に復帰することが正式発表されました!

我々の世代は青春時代(w)をホンダ黄金期とともに過ごしたため、
ホンダがF1に参戦するのは当たり前、
かつホンダはF1で勝ち続けていなければならないと
無条件で盲信しているのであります(笑)
今の20代より若い人には分からない感覚だろうなぁ。

そんな我々から見れば第3期の活動は、どう擁護したって
失敗としか言いようのない惨憺たる有様だった。
個人的な憶測ですが、欧州勢に嫌われないように上手くやっていこうと
協調とか融和とかいう言葉を隠れ蓑に、イイ子に振舞おうとしすぎたため
金ばかりいいように搾取されて、目立った結果も残せず仕舞い。
欧州勢にしてみればホンダは彼らの脅威になり得ないから
そりゃ見た目フレンドリーに接してくれますわな。

1期や2期のホンダはそうじゃなかったよね。
ただひたすらに勝つことだけを考えて、昼も夜もがむしゃらに走り続けていたよね。
だから我々はホンダの戦いぶりに、あれほどまで興奮し感動を覚えたのだと思います。

あまりに勝ちすぎると欧州勢に嫌われる?
それは彼らがホンダを真の脅威と捉えている証拠でしょう。
実に結構なことじゃないですか。
1期や2期のホンダは、確かに欧州勢の圧力を受け、
嫌がらせまがいのことも散々くらっていましたが、
それらを正面から受け止め全力で戦ったからこそ
世界中から大いにリスペクトを集めたのだと思います。
だからホンダが今でもF1界のレジェンドとして
その名を燦然と輝かすことができるのでしょう。

ホンダが強すぎるとルールを変更される?
それは欧州勢が実力ではとてもホンダに敵わないと認めた証でしょう。
実に光栄なことじゃないですか。
かつてF1がターボ禁止になった時、故本田宗一郎御大はこう言いました。
「やつら馬鹿だな。レギュレーションを変えれば変えるほど、
ウチが有利になるばかりじゃないか」 と。

第4期活動に携わるみなさま、是非あの頃のホンダスピリットを思い出して下さい。
そして再び、ホンダ黄金期を築いてください。
日本が世界を席巻していた、あの頃の誇りを取り戻せるように・・・
Posted at 2013/05/16 21:29:42 | コメント(5) | トラックバック(0) | F1 | 日記
2012年10月12日 イイね!

鈴鹿で聴いたT-SQUARE

鈴鹿で聴いたT-SQUARE今回のF1観戦は車中泊で行ったこともあり
土曜の夜に行われる前夜祭に初めて参加してきました。

小林可夢偉選手のトークショーなどいろいろありましたが
個人的に一番のお目当てはT-SQUAREのライブ。
1987年にフジTVがF1中継を開始して以来、
長いこと聴き親しんできたグループですが
生で聴くのは実は今回が初めてでして
このためにステージ前に2時間半前から並んだほどです(^_^;)

この日のセットリストは次のとおり

1、FACES(アイルトン・セナ テーマ曲)
2、Knight's Song(GRAN TURISMO テーマ曲)
3、明日への扉(アラン・プロスト テーマ曲)
4、OMENS OF LOVE
5、TRUTH(フジTV F1中継テーマ曲)

時間が30分弱と短かったためわずか5曲でしたが
どれも名曲揃いで十分に堪能できました。

この夜の鈴鹿、実は開演5分前から雨が降り始めて
合羽は持ってないし傘はさせないしで、ずぶ濡れになって聞いていたんですが
それも全く気にならないほど素晴しい時間を過ごせました。
(後始末は大変でしたがw)

今回の鈴鹿は感動しっぱなしだったけど、このライブもかなり感動しましたね!

=====================================================================

以下は個人的に楽しむ用ですので、どうぞお構いなくwww











ちなみにこの5曲の中では、OMENS OF LOVEが一番好きです(笑)
Posted at 2012/10/12 22:32:36 | コメント(1) | トラックバック(0) | F1 | 日記
2012年10月09日 イイね!

F1マーシャルが魅せたパフォーマンス

F1マーシャルが魅せたパフォーマンスこの週末は鈴鹿にF1を見に行っていました。

小林可夢偉選手の3位表彰台獲得。

その瞬間、その場に立ち合い、あの空気を共有することが出来て
本当に幸せだと思ったし、本当に感動しました。
チェッカーの時は目が潤むどころかボロボロ泣いていて、
でも隣の人みたらやっぱり泣いていて、
スタンドを揺るがす可夢偉コールでまたウルっときて・・・

一生忘れられない素敵な時間でした。

さて今回、僕は逆バンクで観戦していたんですが
そこのコースマーシャルさん達がレース前に披露してくれた
パフォーマンスが楽しかったので動画でご紹介したいと思います。

決勝レースの40分くらい前、レコノサンスラップの前に
FIAのレースディレクター、チャーリー・ホワイティングによる
コースインスペクションが行われるのですが、その時に7番8番ポストの
マーシャルさん達が見せてくれたパフォーマンスがこちらになります。



観客席からは満場の拍手!
チャーリーもこのもてなしを楽しんでる風に見えます。
決勝レース前にスタンドの雰囲気をあたためる、
マーシャルさんたちのユーモアセンスも素晴らしいですね。

鈴鹿のコースマーシャルの技術は、世界のどのGPサーキットと比べても
引けを取るどころかむしろ最高峰レベルにあります。
こうした人たちに支えられているからこそ、鈴鹿は世界トップレベルの
GPサーキットとして在り続けているのだろうと思いました。
Posted at 2012/10/09 23:13:39 | コメント(10) | トラックバック(0) | F1 | 日記
2012年09月11日 イイね!

ホンダF1デモラン@鈴鹿50周年アニバーサリーデー

鈴鹿50周年アニバーサリーデーのレポートが途中だったので
ラリホ前に駆け足で終わらせてしまいます。

今回、鈴鹿まで足を運んだ目的は、もちろんホンダF1マシンのデモランを見ることです。
特に世界最強を誇った第2期F1活動時代のマシンは、20年来テレビや雑誌で
ずっと憧れていたこともあって、本当に見るのが待ち遠しかったです。

さてここでは順を追って、まずは1964~1968の第1期のマシンから。

最初に出てくるのが、1965メキシコGPで、ホンダ・・・
というか日本車初のF1優勝を成し遂げたRA272。
当時のF1はNA1.5リッターだったんですが、このRA272は横置きV12という
当時の常識を覆すとんでもないエンジンで参戦。
他に例を見ないマルチシリンダーが奏でる独特のハイトーンは
「ホンダミュージック」と呼ばれ、世界中で賞賛されました。
まずはそのRA272の暖機シーンから、高橋国光選手のよるデモランの様子を。

次に出てくるのが1967イタリアGP(モンツァ!)でホンダ2勝目を飾ったRA300。
66年のレギュレーション変更を受けて、このマシンはNA3リッター縦置きV12
という仕様になっています。
エキゾーストパイプがVバンク間から排出されているのが特徴的ですね。
当日ドライブしたのは、ドライダー宮城光選手です。

そして最後が、第1期最終年の1968シーズンを戦ったRA301。
マシンポテンシャル的には十分シリーズチャンピオンが戦えるものでしたが
チーム内のゴタゴタ等いろいろ問題があり、目だった成績を残せませんでした。
当日のドライブは鈴木亜久里選手。



次はお待ちかねの第2期(1983年~1992年)のマシン達。

まず1986年、ホンダ(=日本メーカー)が初めてコンストラクターズチャンピオン
を獲った、ウィリアムズホンダFW11。
このマシンを駆るのは、星野一義選手です。

次に日本人初のフルタイムF1ドライバー、中嶋悟の1988年シーズンの愛機だった、
キャメルロータスホンダ100T。
ドライブするのはもちろん中嶋選手本人です!

そして、もはや説明はいらないでしょう。
1988年シーズン、セナとプロストを擁して年間16戦15勝をマーク。
いまだに語り続けられる最強伝説を作った、マクラーレンホンダMP4/4です!
当日のドライバーは伊沢拓也選手でした。



お次はちょっと趣向を変えまして、1990年日本GPで鈴木亜久里を表彰台へ送り込んだ
ラルースランボルギーニLC90。
当時V12はホンダと、フェラーリがありましたが、絶対的速さは置いておいて
サウンドだけなら一番美しいといわれたそのエキゾーストをご堪能ください(笑)

そしてこのマシンをドライブしたのは、なんとアレッサンドロ・ナニーニ!
彼が右腕に重大なハンデを負っていることは、もはや説明の必要は無いと思いますが
このLC90は当時一般的だったHパターン6速の右シフト。
しかもこの頃はまだパワステなんかありません。

そんなマシンを彼はどのように走らせたかというと、
右手はステアリングに添えたまま、左手でシフトチェンジするという
神業のようなドライブを披露してくれたのです。
動画を見ても、とてもそんな風に運転しているようには思えないですね。
昔気質の"レーサー"の真髄を見せてもらった気がしました。



最後は記憶に新しい第3期(2000年~2008年)のマシン。
前の2期と比べて、苦戦の印象が強い第3期の活動でしたが
その中で唯一、2006年ハンガリーGPで優勝を達成したのがRA106でした。
ドライバーのジェンソン・バトンもこの勝利が自身初優勝。
これが2009年のチャンピオン獲得への足がかりになっていったわけですね。

当日は、そのハンガリーGPの優勝車そのものをレストアしてお披露目。
デモランを担当したのは小暮卓史選手でした。



こうして1期~3期までのマシンをいっぺんに見てみると、
現代F1マシンのエキゾースト音量が著しく大きいというのを実感しました。
体感的には2倍以上デカイんじゃないかな?
ターボF1なんか普通に聞いてられますが、現代F1は耳栓をしていないと
個人的にはちょっと厳しいくらいの音量ですね。
エンジンがV8で周波数が低く、音圧が大きいというのもあるのでしょうが、
90年代頃のF1がMAX12000~13000回転くらいだったのに対し
現代F1は18000~19000回転(時代に拠ります)と常用回転数が
1.5倍くらい上に推移しているので、そういうのも影響してるんでしょうね。

という感じで、各時代のF1マシンを堪能したわけですが、
まだこれで終わりじゃありません(笑)
大トリを飾るのは、星野一義vs中嶋悟によるF1レジェンド対決です!

中嶋選手がロータス100Tをドライブするのは当然なんですが
なぜ星野選手がウィリアムズFW11なのか?
実は当時、中嶋選手がF1参戦を果たしたあと、
日本国内でエンジンテストを担当していたのが星野選手であり、
そのテストシャーシとして使われていたのがFW11だったんですね。
だからこのFW11は星野選手と縁の深いマシンということができるのです。



以上で、鈴鹿アニバーサリーデーの動画は終了です。
かなり個人的趣味に偏ったものではありますが
私と同年代のF1ファンならきっとお楽しみ頂けたことと思います。
そしてこれだけの伝説のマシン達を、これだけの素晴しいコンディションで
未だに保ってくれている、ホンダにも大感謝ですね!
Posted at 2012/09/11 23:02:55 | コメント(3) | トラックバック(0) | F1 | 日記

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