一昨年振り(昨年は空焚き事故修理で中止)に中央本線を走る
SLやまなし
今年は、以前までの
塩山‐甲府間 から変更され、
甲府 ‐ 小淵沢間の、
八ヶ岳の尾根筋【七里岩】を走るルートになりました。
投薬入院期間後と云うこともあり、当初は撮影を諦めていたのですが、
体調具合も良かったので、電子地図である程度調べて、目的地をピックアップ。
以前訪れた事のある、駅手前のトンネルから抜け出すシーンの撮れる 穴山駅
そして、道路と隣接し踏切のある、長坂駅手前の農業大学校付近の踏切。
時間的には、首都高から中央道で行くルートがかなり速いのですが、
今回は夜が明ける前に出発し、羽生・熊谷・深谷・本庄ルートを使って、
関越道の本庄児玉ICから上がり、上信越道の佐久ICから国道141号(佐久甲州街道)へ
(結果、下仁田から大きく迂回する高速道と、国道254号内山峠ルートで臼田に出るのと大差なし、高速代約半額)
当初は最初に穴山駅で撮ろうと考えていたのですが、
濃霧の野辺山を通過時点でかなり時間に余裕があったので、
清里から長坂駅方面にルートを変えてロケハンする事に。
長坂駅を過ぎて、ローソンの脇の線路沿いの道に入って踏切に辿り着いたら、
既に2組の方々がスタンバイしていました。
深谷からの年輩組の方々は、私がまだ寝ていた頃に既に現地に居たと・・・(笑)
早朝は綺麗な残雪の甲斐駒ヶ岳が観えたとの事でしたが、
残念ながら時間を追うごとに雲に隠れてしまいました。
11時台に通過する【SLやまなし】を待つ間、485系なのはな、はまかいじ等を撮影し、
いよいよ本番の D51 の発する警笛・ドラフト音が接近。
沿線は、いつの間にか溢れるばかりの人出となっていました^_^;
接近直前に風が吹き出した為、黒煙が風で横に流され、
更に直前に通過していた軽自動車が道路を封鎖する形で急停車してファインダーに・・・
隣で構えていた小学生を連れた親子・・・ 恐らく軽自動車と被ってしまったのではと・・・
通過時点で惜しくも曇り空で光が遮られて暗くなってしまいましたが、
無事に目の前を D51‐498牽引の【SLやまなし】が通過していきました。
今回の目玉と云うか、観てみたかったのが 今回装備された部分である
後藤工場式デフレクター【後藤デフ】と鷹取工場製集煙装置。
日野春から長坂にかけて登り勾配となるので、黒煙に見事にマッチしていました。
SLが通り過ぎた後は、追っ掛け組みによる大渋滞&民族大移動状態。
私は一人残り、直ぐに通過する ホリデー快速ビューやまなし号【215系】の撮影準備を。
目的が終わり、当初は
小淵沢駅へ行き、
折り返しの待機中を撮影しようかとも考えたのですが、
凄い人出&駐車する場所の関係(駅付近での交通取締がされていたようです)で、
長坂から一路、中央本線沿線沿いルートで 日野春駅 前を通過しながら、
次なる目的地の
穴山駅 へと行く事にしました。
後で知ったのですが、日野春駅付近の道路工事で、追っ掛け組み等で渋滞したようです。
穴山駅へはかなり早い時間に余裕で到着&セッティングしていたので、
後から来た 警備員 さんと話し込み、あっという間に時間が過ぎていきました。
更に、警備員さんによる駅通過の的確時間も教えてもらえたりしました(笑)
ほとんど人気の無かった穴山駅も、時間が迫るにつれてホームは人だかりに・・・
ホーム先端からDE10を狙い、追いでD51を狙う予定だったのですが、
D51は・・・ 残念ながらホームの人にピントが合ってしまいました(>_<)
DLやまなしの通過する前、下りの普通列車(115系長野車)が到着。
ちょうどDLやまなしがカーブを曲がって姿を現したと同時に離合していきました。
300mmと486mmの望遠で撮影したのですが、
DE10ディーゼル機関車には、大勢の関係者の方々が乗車されていました。
追い狙いで手持ちでカメラを構えたのですが、ピントが手前の警備員氏に・・・ ^_^;
トリミングして、少しは見られるように小細工してみました。(画像は前述のブログより転載)
帰宅後のブログ徘徊で知ったのですが、韮崎?のトンネル出口の有名スポットは、
列車通過直前に危険回避による撮影禁止場所となったとの事でした。
穴山駅手前もトンネルで、飛び出してくる列車を撮影しようと、
往路の時は多くの方が来訪されていたと警備員の方が話していました。
もし先に穴山駅に訪れていたら、撮影場所が限られるのでまともに撮れなかったかも・・・
(駅ホームが中島で、前方の立入禁止の砂利ホームの関係で撮影場所が限られる為)
撮影終了後、穴山駅から程近い須玉ICから中央道で帰るルートが近かったのですが、
久々なので、再び国道141号で清里・野辺山を経て佐久(旧臼田)から国道254号へ
内山峠 下仁田‐本庄児玉 深谷~熊谷~羽生~旧栗橋(現加須市)~五霞ルートで
往復500kmの撮影の旅を終えて帰宅しました。