
(あくまでも備忘録です。)
8/24(金)
函館港からフェリーで大間へ。

(隣は往路のナッチャンWORLD号)
大間着後、陸奥半島を太平洋岸側から南下。(写真失念)
久慈市街では通常走行している限り、震災の傷跡はあまり感じられなかったが、三陸海岸沿いを気仙沼方面へ南下する程、震災後1年以上経った今でも、津波の爪痕が痛々しい景色に・・・もう、何をどう言ったら良いのか分からない。。。何も言えない。呆然とするのみ。
夕刻を過ぎ、街灯以外は真っ暗な山田町を経由し、宿泊先の釜石のホテルへ遅いチェックイン。
数年前、今回と同じく帰省の途中で一人で釜石で一泊し、中心街のホテル近くの繁華街で三陸の海の幸を堪能したコトがあったが、津波で繁華街は流されてしまい、以前の面影は全く無くなってしまっていた・・・悲しい。。。
コンビニのおにぎりで遅い夕飯となりました。
ホテルチェックイン後、無情にも会社からのメールが・・・業務のため旅程が1日短くなり、翌日の宿にキャンセルの連絡を入れる。(慢性シトロ炎さん、nm_hydさん、すみませんでした。)
8/25(土)
釜石を後にし、三陸沿いに一路気仙沼へ。
海岸沿いでは、途中途中の惨状が痛々しい。景色を見るだけで辛くなっていく。。。
陸前高田、8年前のGW、家族で訪れた街。市内に入った途端、当時の津波の高さが否応なく痛々しく分かる光景が。。。
8年前、美しい松原があった海岸で撮った写真があった。

(娘付きですが・・・)
当時、家族で「また来ようね。」と言っていたその海岸も、無残な姿に。綺麗な街も浜もまるで無かったのように流され・・・涙が溢れてきた。。。

昼前に気仙沼へ到着。気仙沼の海岸沿いを走る。気仙沼も目を覆いたくなるような状態でした。。。
震災当時、テレビからの震災の状況ははずっと見ていましたが、1年以上経過してもあまりにも無情な光景に唯々愕然とするばかりでした。
震災でご逝去された方におかれましては、心から哀悼の意を表します。心よりご冥福をお祈りいたします。
また、三陸含めて東北被災地への復興支援については、サラリーマンのワタシにはボランティア活動はなかなか難しい(かえって足でまといになりそう)ですが、自分なりの結論として、そこへ足を運ぶコト(飲む・食べる・買う・泊まる)で少しでも役に立つのかな?って考えております。
Posted at 2012/09/07 23:45:11 | |
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