2005年10月27日
大通りを歩いてゐると思はず
「臭ぁ~」
今年も銀杏の落果の季節になったのですな
散歩中にもよほした一首
団栗(ドングリ)を 踏み割りし音(ネ)に 驚けど
我は啓(ヒラ)かず 永久(トハ)の悟りを
解説:
古来、音は悟りの契機となることが多かったやうです。托鉢に出てゐたお坊さんが、家の人に「坊主にくれてやる物などないわ」と門前で鉢を叩き割られた時、その鉢の割れる音で突如悟りを啓き、欣喜雀躍して寺に走り帰り、和尚さんに「悟りました」と報告。和尚さんも「でかした」と喜んだ、などとゐふ話も伝わりております。
団栗を知らず踏み割りて、パリッとびっくりするほど大きな乾いた音が響いたとき、場所がお寺の近くぢゃったこともあり、さんな話を思ひ出しました。されど悟ることなきわらは。ひたすら煩悩を育てる毎日です(丹精こめて水やって)。
Posted at 2005/10/27 21:16:15 | |
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