去年の7月後半に一度だけ
有給とって復興のお手伝いに行きました
そのときの事を定期的(個人的な感覚)mixiやアメーバなど人目の触れる場所に書いています。
色々個人的な思想が含まれているので閲覧注意でお願いします。
写真も載せるので気分を害されたら申し訳ありません
スペース空けます
7月半ば、何か自分に出来たら、、、
自分の目で地震の怖さを見ておきたい
そんな想いで友人と2人でお手伝いに参加してきました。
当時mixiに書いた当時のまんまの感想をコピーして載せます
以下コピー
作業終わりに陸前高田を見て回りました
そんな中看板に『合同葬儀はこちら』の文字
4か月たって今開かれてました。
震災から4か月たってやっと開かれた見たいです
陸前高田は本当に言葉にならない状況でした
立ってる建物は中身をくりぬかれたような状態
それ以外はまとめて山になってました
人から聞いた話ですがまだ遺体が出てくるそうです
作業や色々見て回る中、普通に生活をしていた跡を見るのが本当につらかった
冷蔵庫が倒れてその中からこぼれてるジュースや調味料
ぬいぐるみ
小さな靴
ゲームのカセットの空箱
アルバム
被災した方たちも今の皆さんと同じような生活をしてたんです
あの日が無ければ
でも
どんなに願っても時間は戻らないし
人も生き返らないし
物も戻ってこない
さっき改めて震災時の映像を見あさった
改めて見て
この日記見たかただけでも
もう一度見て欲しいです。
人は簡単に亡くなります
物は簡単に流されます
そんな中でも強く進む
作業させてもらった所の一家や
震災直後から炊き出しを続けるラーメン屋の店主さんのような
強い心を
育むなら今
やるなら今しかないです
以上です。
あと震災直後から色んなところを回って被災した方々にラーメンを振舞って回っている方とお話出来た時のことをもう少し
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ある方が一枚の尋ね人の紙の写真を見せてくれました。
内容は小さい娘さんの特徴当時の服装が書いてあり、その娘をお母さんが捜していると書いてありました
ただ最後の文面に
『夫と息子は遺体で見つかりました。あと一人の娘を捜しています』
と書いてありました
正直この写真に関しては言葉が無かったです
今でも言葉は出てきません
被災してない自分が見ても絶望したくなる状況の中、書いたような強い被災者もいらっしゃいました
簡単な言葉ですが
想像してみて欲しいです
家や集めた想い出、頑張って買った物
ある時それが無くなる
大切な人が一気に居なくなって再開出来ても会話が出来ない
現実は想像以上に残酷であり
今の生活は夢みたいな物で
無情にもそれは真実です
以上です。
お話したラーメン屋さんから『震災の事実を広めて欲しい』と言われ、
読んでいただいた方の中で一人の心にでも地震の怖さが時間によって風化されないように願って書きました。
偽善者的なことを多数書いていますが、
個人的に感じた事を当時の気持ちのままの言葉なので
ご了承ください
最後まで読んでくれた方
ありがとうございました。
最後に東北の綺麗な景色を

Posted at 2012/01/23 22:44:08 | |
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