
以前ブログにはあげましたが
1月9日に交通事故にあいました。
発生から示談まで記録を残したいと思います。
事故発生
1月9日午前8時35分ごろ自転車で通勤中に交通事故にあいました。
発生から救急車に乗るまで
お正月休みも終わりだるい体を引きずっての初出勤の日
片側3車線の道路にて横断歩道を自転車にて横断している最中(もちろん歩行者用信号は青)
右折車両に左側より衝突されました。
そのまま飛ばされたような形になり自転車から地面に落下・・・
ふと加害車両を探したがすぐには停車せず車を安全な場所に停車させるため
10~20メートル先のバス停に停車させた模様
その後私は苦しくて息が出来ないのと、左足への激痛を覚える
加害者が近寄ってきて「大丈夫ですか?」と聴かれたが精一杯
「大丈夫なわけあるかいっっ」と叫びました。
そしてあまりの苦しさに「救急車呼んでくれ」と訴えました。
横断歩道上で倒れている私を周囲の人が歩道まで運んでくれました。
運んで頂いた皆さんにこちらよりお礼を申し上げます。
救急車到着までの間激痛に苦しみながら、周囲の人のどこが痛いの?
大丈夫ですか?などというお声に対応していると通勤路が同じ同僚が
「こだぬきさん 大丈夫?」と声をかけてくれました。
苦しい状況の中の同僚(しかも同郷)の声を聞くと少し安堵することが出来ました。
そして「自転車どうする?」と聴かれましたが思考能力が
麻痺している状況に考える気もおこらず「そこに置いといて・・・」と答えました。
皆に促され自宅へ連絡。相方に事故に逢ったことと
病院に行く旨を連絡し救急車の到着を待ちました。
程なくして救急車が到着救急車内へ運んでいただき、救急隊員に痛い箇所と連絡先などを告げどこの病院にすますか?と質問される。
ご自宅がこの周辺ならK病院かS医大かどちらが良いですか?とたずねられ
暫く入院の可能性も考え相方が通えるS医大が良いと告げそのまま意識朦朧となり結局その病院かわからないまま搬送されていきました。
同僚が一緒に乗っていくと言っていましたが、バイクがあったので救急隊員にあとで病院に来てください。と言われていたのをかすかに覚えています。
診断から入院まで
あとから思うと大学病院というところは・・・などと思ってしまいます。
激痛の中搬送されてまずは問診。
必ず聞かれるのが、アレルギー・過去の病気・気管関連の病気
この日1日で、救急隊員と
医師4人看護師3人に
おのおの質問され同じ答えを繰り返していました。
急患で運ばれ女性医師にエコー痛みのある箇所の診察足を触り背中をたたく・・・
レントゲン(首・足・腰)
痛み止めすらもらえない状況の中でレントゲンそして放置
すると会社の上司が駆けつけてきてくれいました。(T-T)
この時点までどの病院にいたか分からず、場所と相方に搬送先を連絡していただくようおねがいしました。
上司と少し話をしていると、加害者が謝罪に訪れました。
特に話をする気にもなれず、「もうこのままいても好転しそうにないので仕事に戻ってください」と告げました。
看護師に尿検査(尿瓶)に血液検査を告げられる。
レントゲンの結果が出た様子で研修医(後で聞きました)が診察に来ました。
この件研修医がまた厄介で足の骨折が確認出来なかったらしく「この状況だと動くはずだから動かしなさい」などと言ってくる。
こちらは触れても痛い状況に「ほんとに痛いです。」としか答えられない。
そして背中の骨の確認の為背骨をたたく激痛が走ったが、骨より筋のほうが痛かったので
「腰の筋のほうが痛いです。」と答える。
なにやら研修医が診断した様子で今度は外来に連れて行かれる。
時間はもうお昼前・・・・
"おーい検査があるにしてももう事故から3時間放置かよ。。。(+_+)"
と思いながらストレッチャーで運ばれていきました。
診察室に行く前会社の上役そして部下が着てくれていました。
頭は打っていないので意識ははっきりしていたので、「年初からすみません」
とつげ診察室に入っていきました。
30~40分待たされやっと診察かと思うと同じ診察背中をたたき
足を触る・・・このとき足の激痛にもだえる
また背中をたたく・・・・
なぜ同じ診察を繰り返すのかだんだん不振に思うようになる。
尿意を覚え相方に尿瓶を借りてきてもらうように告げる。
看護師が自らやってくれようとしたが、「自分で出来ます。」と告げ
出そうとするが、(^・ω・^).....ンニュニュ?出ない。
o( ̄ー ̄;)ゞううむ困った。
暫くすると、もう1人の医師がまったく同じ診察をし、レントゲンで説明してくれる。
説明では・・・
「背骨が一箇所圧迫骨折といってつぶれています。でも心配はありません。神経側ではないので3ヶ月コルセットで固定すれば良いでしょう。そして足の骨小指の付け根に2箇所亀裂が入っています。コレは入院ですね。」と告げられる。
足だけなら通院で大丈夫だが、背中は暫くかかるよといわれたが
帰れと言われても帰れないのでやっと状況を理解してくれたのかと安堵しました。
今度は費用の話。
「今1日5000円の部屋しか開いていないけど大丈夫?」
と聞かれたがこちらには選択肢はないのでそのまま承諾しました。
上司には相方より説明してもらい会社に帰っていただき私は、足のレントゲンをもう一度取り直すと告げられ、もう一度レントゲンを撮りやっと部屋へ・・・・
この時点で時間は3時ごろ。
上の空で看護師より入院の説明を聞くが頭に入らないので相方に聞いてもらいひとまず眠る。
汚い話だがまた尿意が出て、尿瓶を借りる。
やっと出た・・・800ccも(* ̄▽ ̄*)ノ"少しうれしかった。
少し食欲が出たのでその日お昼に食べるはずだったお弁当を相方に食べさせてもらいました。
相方が入院の荷物を取りに帰るとのことなので一旦帰っていただき暫く痛みと戦っていると担当医が決まったらしく挨拶と足を簡易ギブスで固定してしていただきました。
固定してもらうと状況してきた様子で少し眠ると、相方が戻ってきて着替えマンガ飲み物などをそろえてくれていました。
( ̄~ ̄;) ウーン何日入院なんだろうなどと思っていると計画書を持ってきていただき、内容を確認したところ1-2週間とのこと。
ε-(;ーωーA フゥ…長引くかなと思ったところで、夕食・・・
正直何を食べたかも思えていません・・・・
やっと痛み止めをもらいのんだところで薬剤師より薬の説明
親切に説明していただきました。
7時ごろ会社のみんが来てくれました。
状況報告と、仕事の引継ぎ・・・・
正確な日数も加療期間も分からないまま質問されても回答のしようがないので
詳細が分かったら連絡しますと告げました。
仕事のほうは簡単に引き継ぎ。分からないことがあれば病院に
連絡していただくことにしました。
ということで激動の1日目が終了
入院生活に不安を抱きながらも、疲れで眠りに入りました。
*この記事は1/9の交通事故から1/26日までの入院生活について書いています。
記事全体は、こちらから見れます。