第3章 フランス動産質制度の発展[1]
前章によって我が国においては国による規制に対する民間側からの規制緩和の手段として所有権移転担保が現れ、集合動産譲渡担保への近年の注目がこの潮流の中で必然的に生じるにいたったことを論じた。これは本当にそうであろうか。もしそうであるならば、国による規制緩和がなされる国では所有権移転担保は我が国のように発展しないはずである。そこで我が国質制度の母法であるフランスにおいてはどうであったか。
第1節 民法典上の動産質の発展
民法典上の動産質は我が国民法上の質の母法であるだけにその内容は厳格である。しかしその発展過程は我が国とは全然別のものとなった。
第1款
1804年のフランス民法典における動産質
動産質について起草者は被搾取者の保護というよりは質制度の厳格な規制を意図したといわれる。その主だった内容を摘示すると、質契約の要物契約性(
第2076条)である。同条は文言上も第三者対抗力について定めているに過ぎないようにみえるが、長らく占有移転を契約有効要件を定めたものと解され続けた。この要物契約は学説では通説の地位を失ったが、判例は変更されなかった。とはいえ要物契約を対抗要件の次元で解しても、結局は占有移転をせずには済まされないので、実務上は問題とならないとも評価されている。実際上、占有移転を避けられないのはどの見解でも同じである。そこで占有移転を当事者が合意した第三者に占有委託するという運用がなされた(第2076条)。またこの第三者占有委託を利用して動産質権の重複設定のニーズにも応えてきた。ここでの第三者は主に倉庫会社や第三者の機能を果たす専門会社によって担われた。占有移転方法についても鍵の交付等、いわゆる擬制的占有移転といった我が国古来からと同様の工夫がみられ、判例もその有効性を認めている。
また占有移転の要請は将来物に対する質権設定にとっても足枷となった。しかし将来物を契約の対象とすること自体は禁止されないため(
第1130条)、このようなものへの質権設定を動産質契約の予約と解することで、経済界のニーズに対応していた。ただ変動する在庫の場合、新たな在庫の動産質権設定時点は、入庫時点となる困難があったが、これは旧法中は解決しなかった。
次に対抗要件については我が国と異なり、占有移転に加えて確定日付のある私署証書または公署証書の作成およびその登記が要請されている(
第2074条、
第2075条)。この点が規制緩和されることはなかった。
実行についても我が国と同様に流質禁止に相当する規定があり、これも動産質発展の足枷と評価されるが、我が国と比べて規制は緩い。というのは契約後の約定を禁止しないし、質物の配当権、つまり公の帰属清算を認めているからである。後者は直ぐに処分が可能な質物について効果を発揮したという。
第2款
2006年民法典改正以後の動産質
規制的だった1804年民法典の動産質は2006年の改正により規制緩和された。まず設定におけるよう物契約性は廃止され、非占有の動産質が認められた(
第2338条)。しかもこの登記は、
非占有型質権の公示に関する民法典第2338条の適用のために定められる2006年12月23日のデクレによって
商事裁判所国民会議が運営する国営電子ファイルによって完全電子化され、非常に簡易・迅速な登記を実現した。しかも第三者の動産即時取得を遮断したので、第三者の登記確認義務にまでふみこんだものとなった。これによって非占有動産質は盛んに利用されるに至っている。
占有移転の要請が撤廃されたのに加えて、将来物に対する担保権設定を認めるに至った(
第2342条)。
書面作成については緩和されることはなく、それ以上に成立要件になった。
第2節 特別法による動産質制度の発展
民法典が制定された1804年から2006年の改正までの202年間、フランスは様々な特別立法によって動産質制度の規制緩和を図った。
まず
1863年5月23日の商法典改正による商事質創設である。その意義は商業取引における迅速性のニーズに対応するものであったといえる。特に商事質については書面作成義務を免除した(
第91条第1項)。さらに書面作成義務が免除されたことの実質的効果によって質物の特定性が有名無実になり、質物が包括的であることが可能になったとされる。もっとも占有移転の要請の緩和はない(
第92条)。
実行面において商事質では設定者への催告後8日以後の質物売却という簡易な実行方法を定めた。もっとも流質は容認されない(
第93条)。
特に占有移転の要請が商事質の創設によっても緩和されない点に関しては、特に経済界のニーズが大きい動産については様々な特別立法によってその緩和がなされていった。代表的なものを幾つかあげてみよう。
まず営業財産質である。営業財産とは招牌、商号、賃借権、得意先を本質的構成要素として必ずこれを含み、任意的構成要素として営業用家具、営業財産の運用に供せられる有体設備ないし什器、特許権、免許権、商標、意匠、一般に営業財産に付属する工業所有権ないし文芸所有権とする動産の集合体である。これは
営業財産の質入に関する1898年3月1日の法律による民法典第2075条第2項創設によって実現された。対抗要件は登記であるので非占有移転質を可能とした。なおこの1法文だけでは不備が多く、
営業財産の売買および営業財産質に関する1909年3月17日の法律という特別立法が制定された。
次に
1898年7月18日の農業証券法は農業生産物について証券を利用した質入を可能とした。これはワインを主とする農業生産物を利用した農業事業者の資金需要に大いに応えたという。
次に
自動車牽引車の取得を容易にする1934年12月29日の法律は自動車の受領証によって占有移転を擬制し(占有移転の非物質化)、自動車の売主や購入代金提供者に対する動産質設定を可能とするものだが、これは法定質権であり、我が国と比較した場合、動産売主の先取特権の方に近いものだった。
さらに営業財産質では設備品だけを独立して非占有質に供することができない不備を補完するものとして制定されたものが、
設備品の質入に関する1951年1月18日の法律である。この法律では必要的対抗要件である登記に加えて、即時取得を遮断し、追及効を認める明認方法を任意的対抗要件として法定したことに特色がある。
動産証券に関する1983年1月3日の法律は、有価証券が重要な信用の源泉となり、かつこれらが容易に担保化されることを目的として定められた。これは目的物である有価証券が、日付の記され、かつ保持者によって署名された宣言がなされることで成立し、発行法人もしくは信用仲介機関によって備えられる特別口座に振り込まれる(
第29条)。フランスではすでに有価証券は非物質化されており、ここではすでに物理的占有移転を観念できないものとなっている。
その他、1913年8月8日のホテル営業証券に関する法律と1932年4月24日の原油証券法等他映画フィルム等それぞれ当時の経済界のニーズによって非占有質が創設されている。ただし前者は期待したほどの利用はなかったという。
小括
以上によりフランス動産質では厳格な1804年民法典上の動産質規制をその枠内での解釈、運用によってとりわけ占有移転の緩和という経済界のニーズに対応するだけではなく、それだけでは対応できず、特に必要なものについては数多くの特別立法によって動産質の規制緩和を図り、2006年の動産質の大緩和へと結実したといえる。このような動きは我が国のような国による規制と民間からの緩和という流れとはほとんど真逆だったいえる。またその原因も経済界のニーズに対する国の関わり方が我が国と真逆であったことに求められるだろう。つまり必要な緩和は国によって質制度においてなされたので民間が所有権移転担保をそれほど必要としなかったといえる。我が国はこれとは逆で、国が規制緩和をしないので民間独自で規制緩和をする必要があった。以上によって我が国において所有権移転型担保による集合動産の担保化やその重複設定の実現が必然であったこと、そして反対にフランスが所有権移転担保によらずに質制度によって実現したことの必然性もまた理解されるだろう。
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[1]他、
第1章、
第4章は別に更新されている。ここでは更新されない。
Posted at 2012/07/04 22:03:31 | |
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