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タケラッタのブログ一覧

2019年06月08日 イイね!

GT2 車検完了

GT2 車検完了本日2回目のブログ更新♪


昨日、家に帰ってきてPCのメールを確認してみると、クレフさんから「車検終了のご連絡」と言うメールが届いていました。


車検整備の予約を取った際、「二週間ほどお預かりになると思います」と言われていたので、正直「え? もう出来ちゃったの!?」って思いました。


相変わらず、クレフさんは作業が早いです。


さて、出来上がったとなると、早く受け取りに行きたいところですが、週間天気予報を確認してみると雨マークが多い。


明日の日曜日は雨が降らなそうだけど、用事があって取りに行けない。


となると、今日中に取りに行かねば……でも、午後3時頃からは雷雨の可能性もあるって言うので、その前に取りに行かねば!


朝イチでクレフさんに電話を入れ、お昼に受け取る手筈を整えました。(車検作業は終わっていたけど、納車作業は残っていたそうで、無理を聞いてもらいました。ありがとうございます)


さて、今回の車検、車には全く問題が無かったそうで、発煙筒を交換しただけでした。年末にオイル交換した後、殆ど乗っていない(6ヶ月で600km弱)ので今回はオイル交換も無し。


その結果、自賠責等の法定費用を含めても、先週のエキシージの12ヶ月点検とほぼ変わらぬ出費に収まりました。(GT2の車検がリーズナブルなのか、エキシージの12検が高過ぎたのか……)


作業を終えたGT2をドライブしてみて……まあ、オイル交換すらしていないので、何らフィーリングが変わる事はありませんが、どっしりとした乗り味、比類なきボディ剛性、そして、強めにアクセルを踏めば怒涛のターボパワーと、GT2ならではのドライビングプレジャーを感じることが出来ました。


このままどこかへドライブに行きたいところでしたが、天気予報では3時頃から激しい雨が降ると言っていたので、早々に帰宅し、ガレージイン。ですが……


雨、降らなかったじゃん!
Posted at 2019/06/08 21:44:48 | コメント(1) | トラックバック(0) | Porsche・GT2 | 日記
2019年06月08日 イイね!

日本の自動車メーカーの興亡史 その3

日本の自動車メーカーの興亡史 第3回目です。


●三菱

今回の一連のブログを書く切欠になった三菱自動車の興亡史。


実際にクルマの購入には至っていませんが、昔から好きなメーカーの一つでした。


私より少し年上の人は、ギャランGTOであったり、ランサーのラリーカーのイメージをお持ちかな。



でも、私の持っている三菱の印象は、ギャランΣ、ギャランΛ、ミラージュなんです。





この頃の三菱車って、クリーンないいデザインだったと思いませんか?


当時のコロナやブルーバードが野暮ったいデザインだったのに対して、ギャランΣはオシャレに感じました。


ハードトップのギャランΛも、今やおじさん役が板についてきた草刈正雄が若い頃、「華麗なる刑事」と言うドラマで操っていた車です。あの頃の草刈さんもギャランΛもかっこ良かったなぁ。(俳優繋がりで言えば、高倉健さんがギャランΣのCMしてたっけ)


三菱が好きになった一番の理由が、ミラージュのカッコ良さです。ボディサイドの面の張りなんて、今でも通用すると思います。




そんな三菱の興亡史。


三菱財閥における自動車メーカーとして、1970年に三菱重工から独立。


ホンダのような分かりやすいものではない(例えば、高回転まで回るホンダのエンジンに対して、低中速トルクの厚い三菱のエンジン)ものの、確かな魅力を備える車にファンも多かった。


三菱自動車の名を一般ユーザーにまで知らしめたのが、パジェロのパリ・ダカールラリー制覇でしょう。



元々、三菱はジープを生産していましたが、パジェロはジープよりもより乗用車ライクな車として1982年に誕生。


1985年のパリ・ダカ制覇で知名度を上げたパジェロは徐々に人気をあげ、1992年登場の二代目で確固たる地位を築き上げます。(その頃、日本ではRVブームになっており、ハイラックス・サーフ、テラノと共にRVブームを牽引した)


ディアマンテも忘れちゃいけない車です。



税制が改められ、3ナンバー車への敷居が下がった時にデビューしたディアマンテは大ヒットします。メカニズム的には意外と平凡だったのですが、その年を代表する車として三菱初となる日本カー・オブ・ザ・イヤーを獲得しました。


以前の三菱は、今では考えられないくらい車種も豊富でした。


軽のミニカから、ミラージュ、コルディア/トレディア、ランサー、ギャランΣ、スタリオン、デボネアがラインナップされ、200cc刻みでターボ車を設定する『フルライン ターボ』なんて事までしてました。


バブル期には、前出のディアマンテや、トヨタがカリーナEDで先鞭をつけた4ドアクーペ的なハードトップ車エメロードもラインナップしました。



ディアマンテ以外はヒットしたとは言えないものの、ライバルメーカーに対抗できる車をユーザーに選択肢として提供していたんですよね。


メカニズム面でのハイライトは、1996年、他社に先駆けてガソリン直噴エンジンを発売しました。GDIエンジンです。



今では当たり前になりつつあるガソリン直噴エンジンですが、当時は三菱だけが開発に成功したかのように宣伝(実際には同年にトヨタも直噴エンジンを発売しています)、他社(プジョー・シトロエン、ボルボ、アルファ・ロメオ、ヒュンダイ)への技術供与も行われました。


直接噴射によりノッキングを起こしにくい為、圧縮比を上げて出力向上が図れたり、逆に希薄燃焼(リーンバーン)させる事で低燃費を図る事も可能な直噴エンジン。


三菱は、GDIエンジンを低燃費ゆえCO2排出量の少ない環境エンジンと宣伝、三菱お得意の『フルラインGDI』を目指していたのですが……


実際には、GDIエンジンはNOx規制に対応できていなかったのです。


環境エンジンと宣伝していた筈のGDIエンジンが、有害物質をまき散らすという皮肉。


後述のリコール隠しなども重なり、イメージの悪化した三菱車を選ぶ人も少なくなり、2007年、他社が次々に直噴エンジンを出す中、GDIエンジンはひっそりと姿を消していきました。




そしてリコール隠しです。


2000年、23年間にわたり、18件約69万台にのぼるリコールを当時の運輸省に報告せず、社内で隠蔽している事が内部告発で発覚。この時のリコール隠しの影響で、ブレーキの欠陥を放置した車が追突する人身事故も起きています。


このリコール隠しで傾きかけた三菱ですが、独ダイムラー(当時はダイムラー・クライスラー)と資本提携する事で乗り切ります。


しかし、悪夢は4年後に再発します。


2004年、2000年のリコール隠しを上回る 74万台ものリコール隠しが発覚。ダイムラーは財政支援の打ち切りを発表、翌年には三菱自全株式を売却し資本関係も解消します。


今回のリコールで致命的だったのは、2件の死亡事故を隠ぺいしていた事でした。

・横浜母子3人死傷事故(2002年1月10日)
 大型トレーラーの車輪(約140kg)が外れ、ベビーカーを押して歩道を歩いていた母子3人を直撃、母親が死亡し、子供2人が負傷
・山口トラック運転手死亡事故(2002年10月19日)
 9トントラックのプロペラシャフトが走行中に破損、シャフトに並行して設置されていたブレーキ配管が破壊され、制動不能に陥った車が構造物に激突、運転手が死亡

もう、こうなるとマスコミによるネガティブキャンペーンです。


連日のように、三菱車が燃えた というニュースが流れ、三菱ディーラーには客がいなくなりました。


2011年、日産との間で、軽自動車事業の合弁会社を設立しますが、2016年、今度はこの軽自動車を舞台にした燃費偽装のスキャンダルが発覚します。


当該車両は一時、販売も生産も停止。しかし、影響は軽自動車に留まりませんでした。


違法な方法で燃費を測っていたのは、1991年にまで遡り、軽自動車に限らず、パジェロを含むほぼ全車種に及んでいたというのです。


当然のように受注は減ります。偽装発覚後の受注台数は発覚前の半分に落ち込んだそうです。


結局、日産が救済の為に34%を握る筆頭株主となり、三菱は日産傘下になりました。


財務状況は改善したものの、三菱の技術的な優位性は失われていき、先代は三菱主導で開発していた軽自動車が、新型は日産主導の開発になり、三菱は生産を担うだけになっています。


長らく三菱自動車の顔だったパジェロも、国内市場から撤退します。


この先、三菱ディーラーで販売される車はどんな車になっているのでしょうか?


1980年代までの三菱って質実剛健を絵にかいたようなメーカーだったと思うのですが、どこで狂いが生じてしまったんですかね?








●スズキ

スズキの印象は軽自動車、これは昔も今も変わらないでしょう。


今はスイフトやエスクードなど、軽自動車以外もありますが、1983年にカルタスが出るまでは、ほぼ軽自動車専業メーカーでした。(1965-69年にフロンテ800を製造していた事がある)


スズキで一番印象に残っている車は初代アルト。



カッコ良くもないし、エンジンも排ガス対策の遅れた2ストロークを積んでいたりと、見るべきところが無い車に見えますが、何と言っても衝撃的だったのが「アルト47万円」のCMでした。


当時の税制上の隙をついて、一般ユーザー向けの乗用車ユースでありながらも、あえて商用車カテゴリーで販売、その後「軽ボンネットバン」と言われるカテゴリーを創出したアルト。


乗用車に15%の物品税が掛けられるところ、商用車は非課税だった為、大幅に安く出来たし、当時は商用車の排出ガス規制が緩かった為、古い2ストロークエンジンを採用できました。(排ガスを気にしなくて良いなら、機構が単純で安上がりな上、出力も得やすいなど、却って都合が良かった)


このアルトの登場がセカンドカー需要を開拓、「一家に一台」から「一人一台」へと変わる布石となったのです。


また、初代ワゴンRも現在の軽の主流であるハイトワゴンの先駆けとなった車として外すことは出来ません。



車好きとしては、スイフト・スポーツも挙げたいところですが、上記2車と比べてしまうと、やっぱり弱いですねぇ。




スズキの興亡史は、軽自動車の興亡史と言い換えることが出来るかもしれません。


アルト、そして ワゴンRも、今までなかったカテゴリーをスズキが創出し、ライバルメーカーも追随して、一大カテゴリーに成長しました。


軽自動車のシェアは拡大を続け、登録車のシェアを侵食していきました。


トヨタ以外のメーカー、日産やホンダも軽自動車事業に参戦。今や、登録車と軽自動車を含めた販売台数ランキングでは、トップ3全てが軽自動車で占められ、トップ10でも過半数の6台が軽という状況です。


日本人のコスト意識を考慮すると、軽自動車の税制が変わらない限り、軽のシェアが増える事はあっても、減ることは無いでしょうね。


ただ、あまりに軽自動車が売れてしまうと、軽自動車の優遇税制は見直されてしまうかもしれません。


個人的には、軽自動車の開発に掛けるエネルギーをもう少しだけ、コンパクトカーの方にも注いで欲しいのですが。(いや、スズキはスイフトで頑張ってる方だとは思うのですがね)








●ダイハツ

ダイハツもスズキ同様、軽自動車メーカーと言う印象ですが……


ダイハツに関しては、軽自動車以外の印象に残っている車があります。それは……


ダイハツ・シャルマン



じゃなくて!(汗)

ダイハツ・シャレードです。



シャレードは4世代作られましたが、一番印象に残っているのは、写真の二代目です。


写真のデ・トマソVer や 世界最小ディーゼルエンジン、また、ラリー用ホモロゲモデル 926ターボなんてのもありました。(926ターボ って、ポルシェみたいな名前ですよね)




ダイハツの興亡史、一番大きいのは 1998年にトヨタの子会社になった事でしょうね。


トヨタとは1967年から業務提携をしていて、前述のシャルマンがカローラのコンポーネンツを使って開発されていたり、スターレットをコンソルテとして販売していたりしましたが、子会社になる前は、ダイハツ独自の登録車、シャレードやアプローズも作っていました。


しかし、トヨタの子会社となってから登場したストーリアやブーンなどは、ダイハツ開発ではあるものの、トヨタのデュエット、パッソとしても売り出される事になりました。


私の印象でしかないのでそのような意図はないのかもしれませんが、シャレードやアプローズが、ダイハツの主力車種としてしっかりと作り込まれていたのに対し、ストーリアやブーンは、デュエット、パッソとしてトヨタの最廉価モデルとして販売される為、殊更にコストダウンされている気がするのです。



トヨタ ディーラーではお手軽な車として売りやすいかもしれませんが、車本来の魅力から指名買いをするような車とはなっていません。


これが、ダイハツのライバル、スズキが作るコンパクトカーのスイフトだと、指名買いをしたくなる魅力的な車になっていると思うのですがね。


トヨタ様の言う通りに作っていれば、自分の所で売れる台数の数倍をトヨタディーラーで売りまくってくれるので、楽だとは思いますが……車好きとしては、ダイハツが本気になって開発した渾身のコンパクトカーを見てみたいのですがねぇ。








●いすゞ

今は乗用車から撤退し、トラック専業メーカーとなったいすゞ。


その昔は、トヨタ、日産、いすゞが日本自動車業界の御三家と言われた事もあったそうです。個人的には、御三家と言われるようないすゞは知らないのですが……


いすゞで印象に残っている車はこれ。



117クーペです。


117クーペの前にはベレットが、117クーペの後にはピアッツァがあるのですが、上品さで117クーペが一番だと思いました。(117クーペと同じジウジアーロ デザインのピアッツァは、未来的なスタイリングでしたが、シャシーは初代ジェミニベースで古臭く、それ故、あまり評価はできませんでした)




いすゞの興亡史、御三家と言われた頃は昔過ぎて知らないのですが……


1971年にGMと資本提携、1974年にはGMのグローバルカー構想によるTカー、オペル・カデットの兄弟車である初代ジェミニが登場。



いすゞお得意のディーゼルエンジンや、DOHCエンジンを積んだZZ-R などのバリエーションもあり、一定の評価は得ますが、ヒットとまではいきません。


ヒット車と言えるのは、二代目ジェミニでしょう。



初代と違い、いすゞが独自に開発した車で、FF、1.5Lエンジンと、当時の最多量販車のカローラのガチのライバルとなります。


この車を有名にしたのが「街の遊撃手」のキャッチコピーで、パリの街を2台のジェミニがカースタントを繰り広げるCM。



CMのインパクトもありましたが、クリーンなデザインもあって、このジェミニはヒットします。


また、スポーツモデルには、GM系と言う事で、オペルのチューナーであるイルムシャーの名を関したモデルや、GMグループ入りしたロータスの名を関したモデルも設定され、好評を博します。


この施策は、ジェミニ以外のいすゞ車にも展開され、ピアッツァや、RVのビッグホーンにもイルムシャーやハンドリング by ロータス仕様が設定されました。


乗用車におけるいすゞは、この頃がピークでしたね。


三代目のジェミニは、二代続いた欧州車風のテイストからアメリカン テイストに変わりました。



親会社のGMの意向でデザインテイストを変えたものの、日本では受け入れられず、先代の様には売れません。


美しかったピアッツァも、奇妙奇天烈なデザインのジェミニ・クーペベースに変わってしまいます。


バブル崩壊も重なり、極度の販売不振に陥ったいすゞは、1993年にRVのビッグホーンを除く乗用車生産から撤退、2002年には RVを含めた乗用車事業から完全撤退するのです。


もし、三代目ジェミニがジウジアーロがデザインした車だったら、いすゞはまだ乗用車を生産していたかもしれませんね。








他にも、日産に吸収されたプリンスや、現在はトヨタグループ内のトラック専業メーカーとなっている日野も乗用車を造っていましたが、あまりに昔で私も知らないので割愛します。
Posted at 2019/06/08 17:00:06 | コメント(0) | トラックバック(0) | 歴史 | 日記

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