
長文書いたのにESCで消しちまった。今日2回目。
書く気が失せた。
でも、いい思い出(?)だ、もう一度書こう。どうせ暇だし(´・ω・`)
通常車以外の日記はmixiで書いているが、こっちにも書こう。
まず昨日、AM4:30腹痛で起床。
夏の寝巻きは通常『甚平』の俺。腹でも冷やしたか?と思いながら2時間くらい痛みと格闘。そのうち痛みはひいていった。
GW明けという事もあり、忙しいということは容易に予想できる。腹痛如きで休んでは翌日からの周囲からの視線が痛いだろうと思い会社へ行く準備を。
昨日はそれのみで痛みは出ず。忙しくもなく普通に一日が過ぎていった。
帰り際のトイレで尿がいつもより少なかったこと、何か尿が濁っているような気がしたこと、2点を除いては。。。
そして本日、AM3:30腹部激痛により起床。昨日と同じ痛み。今日はタオルケットを一枚増やしすっぽりくるまっており、羽毛の布団をかぶっている。これは冷やしたわけではない、と数秒。
医学については疎い俺。二十歳の事故の時自分の経験したこと以外はど素人。すぐに思いついた事は、『これが盲腸か?』ということ。『でも盲腸にしては上過ぎない?』と一瞬考えたが、ここが俺の悪い性格。間違っていても決め付け猪突猛進。『いや、盲腸だ!』と3時間。。。
いつもより早くキッチンに行き、今日は病院へ行くことを告げる。夜中に2階の自室とトイレの往復を廊下越しとはいえ知っている親としては、またお腹を冷やしたと馬鹿にするように決めつけられるが、俺は腹痛との格闘で口喧嘩どころではないw
7:45会社への数回目の電話の末、電話がつながる。相手が誰かわからない。。。沈黙の末、隣の席の『Wサン』とわかった。思考能力低下してました、はい。幹部社員は今居ないという事を聞き、伝言を頼んだ。いかにも痛い芝居をしているような声で。。。痛いと本当に声が出ないことを痛感。。。
そこから市民病院へCopenを走らせる。途中でODOが6666キロに到達したが、写真を撮っている余裕はなかった。市民病院に着いたら『盲腸で入院するかもしれないから』いつもより遠い駐車場へ。盲腸だったら竜王いけないよなぁ、と、沢山のCopenの友達の顔が頭をよぎった。受付は8:30からとのこと。あと15分。。。どれだけこの15分が長く感じられたことかw
受付を済ませ『内科』へ。診察は9:00からとのこと。。。30分。。。俺を殺す気かと思いながら内科のおばちゃんは二十歳の事故で神経内科へ通院中のため知り合いが多いので、俺は話をするのも辛いのだが、だべりながら時間を待つことに。
血圧を尿検査をして待つこと数分。。。伊藤サン、尿に血が混じっているので泌尿器科へどうぞ、とのこと。『あれ、盲腸じゃないの?』と馬鹿なことを考えながら泌尿器科へ。
行ったらまず、車椅子に座れとの事。その時は痛さがかなりやばかったので助かった。
エコー?でお腹を見てみるも、赤ちゃんは出来ておらず(当たり前)、腎臓や、尿道が素人目にも腫れているのがわかる。腎臓なんか一部破裂して尿が漏れていた。。。痛いわけだ。。。
そして採血に行き、CTの撮影。
泌尿器科に帰ってきたら診察室の隣のベッドへ案内してくれた。
しかし寝ようにもお腹が痛くて眠れない。毛布をかけてくれたが、腕には点滴の針を刺され動けず。。。。朝あまりにも早く起こされたので寝たかったのにやはり眠れない。基本的に痛いときに痛いと言うのは男の恥だと思っているが、今回のはダメ。痛すぎた。。。とそこに先生が。痛み止めでよく聞く坐薬があるけどどうする?3時半から痛みと戦っている俺に、拒否する選択はなし。
点滴で身動きが取れなかった(右腕が使えず)ので、ナースのおばちゃんにズボンを脱がせてもらって坐薬を。。。これで痛みから解放される、と思っていたら、恥ずかしいのも気にならない。
数分後、マジで痛くなくなった。薬ってすごい。
それから2時間くらいそこで寝させてもらった。昨日、今日、と寝不足の俺としては嬉しくて仕方がなかった。
その後先生の診察。
痛みは治まったが、それは痛いところから石が動いたのであって、医師が出るまではまた痛みが出るかもしれないとのことを知り、_| ̄|○。2週間後にまた来てくれと言われた。
・我慢するのは構わないが、尿が濁っていたり少なかったりしたときはピンチ。
・午後からは時間ができたためGWにやり忘れた『ピンクと言われる紫化』の続きを( ̄▽ ̄〃)内張りは変えてないが、竜王に間に合った。
・明日の朝も激痛で目覚めるのかな(´・ω・`)
Posted at 2012/05/08 22:44:11 | |
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