今夜、死んでしまいたい。
もしあなたがそう思っているなら、最終電車が出た後の駅前にたたずんでみるといい。暗がりのなかに、赤いワイン色の古い型のオデッセイが停まっているのを見つけたら、しばらく待っていてほしい。
橋本さん親子があなたのことを気に入れば、車はあなたの前で停まるだろう。(文中抜粋)
こんな文章で始まるのは、
重松清の「流星ワゴン」だ。
主人公の
「僕」は、会社をリストラされ、妻は浮気をし、受験に失敗した息子は不登校になり、重病の父親は余命幾ばくもない。人生に疲れ果て、もう死のうかと思った夜
駅前にオデッセイが停まっていた。
吸い込まれるように乗り込むと、オデッセイは音もなく加速する。
連れて行かれた場所は、
妻の浮気現場であり、受験前の息子の部屋であり、クビになる前のオフィス。
オデッセイは
タイムマシンのように「僕」の過去、
それも
人生の節目の場面に連れて行ってくれる。
しかし・・・・残念ながら過去は変えられない。
「僕」は、墜ちていく自分を
黙って見ているしかないのだ。
現在と過去を行き来し、自分の不甲斐なさに落胆し、
どうしようもない現実 に打ちのめされる。
それでも
「まだ未来は変えられる」と、僕は奮い立つ。
重松清の物語では大抵
冴えないオヤジが主人公だ。
不条理な社会の中でボロボロになりながらも、
必死に生きている姿があぶり出されている。
そして、そんなオヤジ達に
暖かい視線を投げかけ、エールを送ってくれる。
ちなみに、この話の中のオデッセイは
「ドライブの途中で事故死してしまった」橋本さん親子の車だ。
つまり幽霊が運転しているという設定だ。
橋本さんは家族とキャンプ行くために、どうしてもオデッセイが欲しかったと言う。
「ご存じですか『オデッセイ』の意味。長い冒険旅行という意味の『オデュッセイア』が語源です。
名前だけでわくわくしちゃうでしょ」(文中抜粋)
オデッセイは
幸せな家族の象徴なのだ。
Posted at 2005/11/21 15:43:16 | |
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