
長くなりましたが、病院が変わったことについて、最後となります。
市役所の障害福祉課にて、身体障害者手帳の内容より目を追加する手続きを依頼しました。
ココで行うことは、①の提出用紙をいただくこと。

提出用紙を、病院の方で記載いただき、また、市役所に出すのです。
その後も随分長くかかり、今持っている身体障害者手帳は、昨年8月に提出して、帰ってきたのは11月。
なので、今回も3ヶ月程かかるのでしょうね。
目の障害判定が変わったことは、これを見て初めて知りました。

まぁ、一番下か、それ以下になるのでしょうが、身体障害者手帳に記入されることが目的なので、構いません。
身体障害者手帳(精神障害者保健福祉手帳も)って、免許のようにプラスチックに変わるのって知ってます?
ご参考(
介護のニュースサイトJointより)
昨年4月に法が決まりまして、今は各自治体ごとに準備され自体、プラスチック版"も"できます。
(今の紙のも継続されます。)
早く出て欲しいのですが、一年経っても東京都ですら、まだなのです。
見た目は、ほとんど免許といっしょで、証明書としては、なにかと便利そうだから早く出ないかね。
っで、また大学病院へ戻りまして、

提出すると、2週間ぐらいと言われたのですが、昨日確認したら、まだでした。
時間かかるなぁ。
これで一通りなので、また挨拶に。
まずは、リハビリテーション。
今日は、この部屋で鍛えてくれた二人に会えました。
足と手を鍛えてくれた人。
ちゃんと歩くようになりましたし、手も動くようになりましたとご報告です。
最終日は、予定が変わって2人が連続で行うことになったので、思わず涙が出てしまいました。
私のことを憶えてくれていて、嬉しいのです。
次に、入院してた10階に行こうとエレベータに行ったら、また、前回会った、4階と10階の間に車椅子を押してくれた人に会ったので、一緒に10階へ。
今度は会えるよなぁっと思いながら受付で呼んでもらうと、

お二人の担当看護さんに会うことが出来ました。
まず一人目。
私が手術後、一般病棟の10階の部屋にきた、一番最初の日と一番最後の日が担当だった看護さん。
でも、手術後数日は記憶がないので、後から聞いたのです。
最終日に病院を出たのは朝7時ごろだったので、前の日からの夜勤ですね。
ただね。
こういうことに...
その看護さん「私のこと、憶えてる?」
私「うん、わからん。」
最初、わからなかった。
話しているうちに、思い出してきたのですが、こんなに話してくれる人だったっけ。
私の方が、当時はそんなに話せなかったせいなのでしょうね。
でも、名前を覚えてない。
その後、もう一人の看護さんが来てくれました。
その人も、最終日は夜勤で来てまして、その日のリーダーだった人。
この人、若いのですけど、学生の時から看護している人で、とてもしっかりしている人です。
この人はすぐにわかりました。
髪型も変わってないし。
でも、名前は憶えてない。
歩けるようになったよっと言いながら、ちと疑問に思ったことがあったので聞きました。
リハビリについて、こっちは4人、大阪では3人が担当でしたけど、担当の呼び方が違うのかなっと。
すると、作業の人が内容により2つに分かれているだけで、呼び方はまったく同じだそうです。
こっちは、理学療法、作業療法(内容で2人)、言語療法。
なので、さっきリハビリで会ったのは、理学と作業の人ですね。
やっと、すっきりした。
帰りは、また、4階まで車椅子を押してくれた人がエレベータを待っていたので、ご一緒させていただきました。
長くなりましたが、以上となります。
P.S.
その後、今度はメガネ屋に。
大阪でメガネを買ったときに、住所が決まったら更新してねと言われてまして。
なので、約束通り更新に。
入院前のときと、同じところですよ。
ついでにメガネ拭きも買っちゃいました。
ここですが、私がいない間に少し整理されてて、ちょっとだけ店の中が変わってました。
ではでは~。
Posted at 2020/04/01 21:15:01 | |
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