写真とメールが物語る 黙して語らぬ自衛隊員の姿
2011/03/27 21:05 産経新聞
写真上 : 被災者の遺体に手を合わせる隊員
写真下 : 災害派遣の準備を整えた直後に津波に襲われた車列
東日本大震災での自衛隊による被災者支援活動は「最後の砦(とりで)」である。隊員はその重みを感じながら黙々と働くが、肉体的、精神的疲労は日ごとに増す。身内に犠牲が出てもわが身を顧みず、被災地にとどまる隊員も多い。実績を声高に誇ることもなく、黙して語らぬ隊員の思いと労苦を隊員同士のメールや写真から検証した。(半沢尚久、《》はメールの文面、写真は陸上自衛隊)
■車座で痛みを共有
《海には数メートルおきにご遺体が浮いている》《幼い亡骸(なきがら)を目にすると、わが子とダブってたまらない》
地震に津波の被害が重なった大震災。遺体収容も自衛隊の重要な任務のひとつで27日までに4150体を収容した。写真は宮城県山元町で冷たい水に膝までつかりながら遺体を囲み手を合わせる隊員を写し出す。
日常的に遺体を扱う警察官と違い、慣れているわけではない。とりわけ、海に流された遺体と対面するのはつらい作業だという。
《流木にはさまれ、両手をあげていた。最後まで救助を信じていたように…》
凄惨(せいさん)な現場は、隊員の心を消耗させ、無力感さえ抱かせかねない。そのために陸上自衛隊はメンタルヘルスを重視し、夜ごと隊員を10人ほどの班に分け、車座になって一日を振り返る時間をつくった。陸自隊員は「仲間と苦しみ、痛みを共有できれば気力がわいてくる」と打ち明ける。
■被災者支援が第一
《自宅が全壊、家族も行方不明という隊員が普通に働いている。かけてあげる言葉がみつからない》
身内に被害が出た隊員も被災者支援を続ける。
《被災地に来て12日目。風呂はまだ1回しか入れていない》《毎日、乾パンや缶メシと水だけ》
炊き出しで温かい汁ものの食事を被災者に提供しても隊員が口にするのは冷たいものばかりだ。写真は岩手県山田町でわずかな休憩時間に狭いトラックの中で膝詰めになり、冷えたままの缶詰の食料を口に運ぶ隊員を写す。
22カ所で入浴支援も行っているが、汗と泥にまみれた隊員は入浴もままならない。「わが身は顧みず、何ごとも被災者第一」の方針を貫く。
兵たんや偵察といった自衛隊ならではのノウハウを生かし、役割も増している。集積所によっては滞りがちだった物資輸送の効率化に向け、自治体や運送会社を束ねるシステムを立ち上げた。孤立地域のニーズをきめ細かく把握する「御用聞き任務」も始めた。
《被災者の心細さを考えたら…。がんばる》
■米軍支援も引き出す
宮城県多賀城市の多賀城駐屯地では整然と並んだ陸自車両のタイヤが水に埋まった。車体には「災害派遣」の垂れ幕。地震発生を受け、出動しようと矢先を津波にのまれたのだ。いかに迅速に出動態勢をとるか。そんな訓練が徹底されている証しでもある。
大規模支援を買って出た米軍を鼓舞させたのも、そんな自衛隊員の姿だった。
《米軍は初めは様子見だったが、自衛隊が命をかけて任務を遂行するさまを見て本気になった》
東京電力福島第1原子力発電所では被曝(ひばく)の恐怖に臆することもない。17日からの放水活動の口火を切ったのも自衛隊だった。直後に米軍が放射能被害管理などを専門とする部隊約450人の派遣準備に入ったと表明したのは、米側が自衛隊の「本気度」を確信したからだといわれる。
ある隊員からこんなメールが届いた。
《自衛隊にしかできないなら、危険を冒してでも黙々とやる》《国民を守る最後の砦。それが、われわれの思いだ》
きょうも自衛隊員は被災者のそばにいる。
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2011/03/11 に発生した『東北地方太平洋沖地震』。東京の西部でも揺れの大きさ、継続時間に驚いた。M9.0という巨大地震。
破壊断層は南北に400キロ、東西に200キロの広範囲で、少なくとも4つの震源領域で3つの地震が連動発生した。そしてこの断層のズレにより発生した巨大津波は、いくつもの町、多くの人を呑み込んだ。
その凄惨な状況の被災地で、自衛隊だけで10万6千人もの隊員が活動している。その様子が極々一部であるが伝わってきた。
炊き出しで被災者に温かい食べ物を提供するが、自らは冷たい“
ミリ飯”。今回、その活動のほとんどが、がれきの撤去、遺体の発見・収容だろう。万単位の遺体を収容する活動は、精神的消耗も大きいことは想像に難くない。それでも「自衛隊でなければこなせない任務」を黙々と…
「
こんな失礼な、自衛隊の士気を挫くようなこと言っておきながら、災害が起きれば「当然だろ!」ってな顔して自衛隊に対して「派遣命令」出すんだろうねぇ…」って書いてから、たった4ヶ月でそれが現実になろうとは、それもこんな未曾有の大災害が起きるとは (-_-;
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Posted at 2011/03/29 08:49:24 | |
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