車検の代車でA4のワゴンがやってきた.妻を助手席に乗せて走っていたところ,しばらくして彼女はボソッとひとこと呟いた.
「タワーマンションのようなクルマね」
たしかにそのとおりだと思った.ほかのどんな車もそうであるように,このクルマにはこのクルマにしかない良さと欠点がある.その長所と短所を簡潔に言い表すとそうなるかもしれない.そして,ほかに付け足すこともとくには無いような気すらした.
大手デベロッパーが建てた新築のプレミアムタワーマンション.時代の最先端の雰囲気を身にまとい,トレンドのスペックを押さえてある.さらに一般の戸建などでは実現できないようなゴージャスなエントランスなど,ファサードの良さも魅力だろう.結果として,ある程度以上の収入がある世帯の一部にはとても人気がある住宅だ.
まさにそんなクルマ.その後,数百キロは走ったけれど印象は特に変わっていない.
アウディは世界で一番美しい実用ワゴンを作るメーカーだと僕は思っている.同じ価格帯で比べれば,内装もピカイチと言いたくなる.エンジンもパワフルで走りも十分だ.けれど…….
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Audi A4 Avant 2.0T (MY2013) 非S-line
主要諸元
全長 4720mm
全幅 1825mm
全高 1440mm
車両重量 1590kg
総排気量 1984cc
エンジン 直列4気筒DOHCインタークーラー付ターボ
最高出力 132kW (180PS) /4,000-6,000rpm
最大トルク 320Nm (32.6kgm) /1,500-3,900rpm
ミッション CVT
駆動方式 FF
タイヤ ピレリCP7 17インチ
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走り
FFモデルのアウディの走りは,基本的に悪くない.そして,このクルマももちろん同様だ.軽快に良く走る.
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ダウンサイジングターボ
軽い4気筒ターボエンジンを収めたフロントボンネットは鼻先が軽く,上質に躾けられたフロントのマルチリンクサスペンションに支えられて,ハンドルを切ればクルマは軽やかに曲がっていく.自然吸気で言えば3Lなみのトルクを1500rpmから発生するため,コーナーの出口ではアクセルを軽く踏むだけで軽やかに加速する.最近のトレンドはしっかり押さえている.
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燃費
ダウンサイジング業界をリードするアウディVWグループのターボエンジンだけあって,がんばれば燃費も良い.60km/hで定速走行した場合,メーター読みだと20km/Lを軽く越えてくる.クルーズコントロールが付いていれば,さらに上を目指せるかもしれない(それが楽しいかどうかは別として).
ただし都内で普通に走るととたんに燃費は8km/Lくらいに落ちてしまう.このエンジンは,踏むとそれだけパワーが出るが,それ以上に燃費の悪化が激しい.踏まなくていい状況では,同程度のスペックを持つ自然吸気エンジンは相手にならないレベルの燃費をたたき出すが,踏まないといけない状況では,同等かそれ以下になってしまう.もちろん「踏まなくてはいけない状況」なんて,基本的には存在しないのだが.
時代の趨勢ではあるが,良し悪しである.
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ガソリンダウンサイジングターボの中途半端さ
そもそもハイオク指定である時点で,「燃費が」などとぼやいてもしょうがないのかもしれない.いくらダウンサイジングターボで低回転からトルクがあるといってもしょせんはガソリンであって,ディーゼルターボにはトルクでも燃費でもまったくかなわないわけなのだ.
ならばとフィーリングについて言及すれば,確かにディーゼルエンジンよりはフィーリングが良いかもしれないけれども,けっきょく多気筒の自然吸気エンジンには敵わない.軽いという利点があるのも確かだが,ひどい言い方をすればそれ以外の点に関してはガソリンのダウンサイジングターボは中途半端な面がある.
そんなことを考えると,ダウンサイジングターボってなんなの?ということになってしまう.意味あるの?と.
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4気筒ダウンサイジングターボの成功例
そうは言ってももちろん意味はある.あります.
例えばアウディでいうとA1やA3など,Cセグメント以下の比較的軽量で小型のモデルには合っている.実際にA3スポーツバック1.4T(いまや先代モデルになってしまった)に乗ってみると,クルマにマッチしていて好印象だった.エンジンだけでなくボディも軽いので中低速の加減速を繰り返しても燃費の悪化は少なかった.DSGの2ペダルMTとの相性もよく,キビキビとよく走った.
ディーゼルにも自然吸気にも負けるダウンサイジングターボは中途半端とも言えるが,もちろん言葉をうら返せば「ディーゼルよりもフィーリングが良く,自然吸気より燃費とトルクがよい」という魔法のようなエンジンとして祀り上げることも可能なのである.実際に,市場ではそういったコピーをつけて売られている.それは嘘ではないし,Cセグメント以下でのケースなど,場合により完全に自然吸気を淘汰するポテンシャルがあるのも確かだ.
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Dセグメントにふさわしいドライブトレイン
ただしDセグメントの場合,ちょっと微妙なラインだと思う.Dセグメントに求められる質実剛健さと上質さのバランスという意味で,簡単には4気筒ターボを歓迎できないところがある.クアトロモデルでは,同じ2.0Tでもさらに高性能にチューンされているし,そもそも四輪駆動なので十分にキャラが立っている.だから(?)まあ4気筒ターボで大丈夫だと思う.
けれどもFFモデルだと,他に走りの質に関しては極論すれば取り柄も無いので,エンジンフィーリングに上質さが欲しくなってくるところなのだ.けれども,非力バージョンの2.0Tだとそこが厳しい.非力バージョンでも4気筒としてはとてもよいエンジンだけれど,やはり4気筒ではある.
メルセデスのC200も4気筒が問題になる.クルマは全体的に非常に良く出来ているけれど,その完成度と比べるとエンジンのフィーリングが雑で逆に目立ってしまう.BMWの320iは,A4 2.0T(FF)やC200と比べると,やはりエンジンのフィーリングが生き生きとしている.のだけれども,同社の以前の自然吸気直列6気筒(E46 320i)や直列4気筒(E90 320i)と比べると,優等生的な薄味になったとも言いたくなる.
こう考えると,各社ともよりによってDセグメントの一番売れ筋モデルで,ダウンサイジングターボに手を焼いているように思える.アウディはAWDで,メルセデスは中庸さで,BMWは走りの強度で,それぞれ付加価値をつけて市場に打って出ているのが現状ではないだろうか.
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自然吸気多気筒エンジンはどこへゆくのか
アウディの6気筒や8気筒は,非常に上質なエンジンが多い.BMWのような骨太さやドラマティックなダイナミズムにはやや欠けるかもしれないが,滑らかに回るエンジンが多いように思う.S5のV8も素敵だったし,現行A6のV6も小気味良いし,現行RS4のエンジンは間違いなく史上最高のV8エンジンのひとつだ.
そしてアウディの多気筒エンジンは,音が綺麗なものが多い.BMWの自然吸気エンジンにはアイラ島のウイスキーのようなクセとパンチがあるのだとすれば,アウディの自然吸気エンジンはどことなく日本酒のような上品さがある.メルセデスの自然吸気エンジンについてはまともに長距離を乗ったことが無いので,黙っておく.
以前はA4にも3.2LのV型6気筒が載っていたけれども,今はすべてチューニング違いの4気筒ターボに入れ替わった.現在のアウディのラインナップでは,自然吸気のマルチシリンダーエンジンはA6にある2.8LのV6モデルを残すのみとなってしまった.これも,過不足ない性能と滑らかなフィーリングを誇るよいエンジンだ.BMWは3シリーズどころか5シリーズでも自然吸気の6気筒をやめてしまったけれど,最後の6気筒モデルの523iに搭載されている6気筒はやはり素敵だった.
ともかく,Dセグメントでまともな多気筒エンジンを載せているのはメルセデスのC350(もうすぐラインナップから消える)とか,LEXUSのIS250/350くらいしか思いつかない.
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ハンドリングとブレーキ
全体的に軽快に走るのだが,電子制御が利きすぎているハンドリングや初期制動が強すぎるブレーキなど,ところどころに違和感がある.けれども,それがそのまま他の車と比べるときに大きなディスアドバンテージになるというわけでもない.メルセデスのCクラスにしても,BMWの3シリーズにしても,そういった同世代のライバルたちも多かれ少なかれ同じ欠点を持っているからだ.そして,どれも乗ればそのうちにそれなりに慣れてしまう.
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クアトロじゃないアウディ
さて,世の中には「クアトロじゃないアウディなんて」と揶揄する人も居るようだが,僕はそうは思わない.クアトロシステムには,利点も欠点もあるのだ.
クアトロの利点は,悪天候時の走行安定性を挙げれば十分だろう.欠点はと言えば,重さや燃費のわずかな悪化もあるが,意外と指摘されていないのが走行ノイズだ.クアトロモデルは最新世代のものでも,そこそこうるさい.例えばA6 2.8 quattroでそれなりの走行した場合,安定性としては申し分ないのだが車体下面からのメカニカルノイズが結構気になる.ノイズだけでいえば,二世代古くてしかも幌車のA4カブリオレ(FF)よりもうるさいくらいだ.もちろん風切音はA6の方が静かだけれど.
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静かなクルマ
一方で,現行A4 2.0T(FF)は驚くほど静かだった.もしかしたらF世代の5シリーズより静かかもしれない.風切音も少なく,走行ノイズも少なく,ボディの遮音性もかなり高い.速度をそれなりにまで上げても走行のフィーリングが変わらないばかりか,風切音やロードノイズなどの走行時の騒音がほとんど増えない.もちろんエンジンも静かだ.100km/hで1600rpmも回らないくらいだ.そして2500rpmくらいまで回ってもやはり静かだ.このクルマはDセグメントとしては,とにかく静かだと思う.
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そういえばA6にもFFモデルが復活したけど……
最近A6にFFモデルの2.0T(FFのA4と同じエンジン)がランナップに追加された.いまさらなんでそんなものを?と思ったが,このFFのA4に乗ってみてハっとした.A6 2.0Tは非力バージョンの2Lターボエンジン+CVT+FFなので,代車のA4 2.0T Avantとまったく同じドライブトレインが乗っていることになる.そこに最新のEセグメントのシャーシの安定感と,ボディの遮音性が追加される.とすると,さらに静かで快適になるはずだ.移動手段としてはかなり極楽なんじゃないだろうか.まあ自分は欲しくないけれど,ちょっと乗って確かめてみたい気はする.
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エクステリア
十分カッコいい.
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インテリア
コストダウンは簡単に指摘できるが,それでも十分以上にモダンで上質であることを褒めるべきだ.
A6以上でしか選べなかったファイングレインアッシュのデコラティブパネルがA4でも選べるようになったのは地味に嬉しい.つや消しのウッドトリムがおしゃれだ.
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オーディオ
標準としてはそんなに悪くない.ただし自分ならB&Oを付けたい.
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結論
Dセグメントのワゴンというのは,プラグマティックに考えれば我が家にとってベストチョイスのはずだ.なので代車としてこの車がやってきたときは「きっとこれで良いはずだ」という気持ちで,確かめるように乗ってみた.けれど,どこかしっくりこない.なぜだろうと思って結構真剣に考えてみた結果がこの記事だ.
この車の良いところはいくつもある.トレンドに即した作り.美しい見た目.高速走行時での高い静粛性.定速走行時の燃費.嫌われる要素の少ない,良い車なことは間違いない.やはり,出来の良いプレミアムタワーマンションのようなクルマだ.
さて,自分はタワーマンションを買わないのだとしたら,どうしたものだろうか.