
「生木地蔵」の所以
弘法大師様がこの四尾山の麓に一夜の宿泊をされました。
その夜の御事、この山に輝光を観得せられ暁に至っては、
紫雲たなびくと共に世にも目出度き楠の大木を御覧ぜられました。
また殊勝の童子示現せられ、御霊告ありて「御仏、童子の化身を
以ってわれに示し給う」とお大師様は、三拝せられて、
その夜この楠の大木に一刀三禮し御霊刀をふるわれ、
延命地蔵大菩薩の御尊像をお彫刻なされました。
そも早や暁(あかつき)、霊水を以て閼水となし開眼の秘事も済まされ、
そのままこの所をお立ち遊ばされました。
これがお大師様が、一夜の中にお彫刻なされた、
海内随一である生木のお地蔵様であります。
今も神とされる御霊木の傍に控える我がSC
昭和29年9月26日洞爺丸台風の烈風にて、楠の御霊木は
根本より倒れましたが、お大師様御自作のお地蔵様は倒れず、
昔日のお姿のまま御安泰で本堂に御座います。
とのことである。拝
廃仏瑠紗那を切り抜ける窮余の策、
大師所縁の正木仏を神格化して社に祭る。
先人の知恵で大切な文化財が守られ、
それを自然の脅威も仏の部分は壊さなかった・・・・
僕はそう感じました。
Posted at 2012/06/13 22:12:21 | |
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四国別格霊場参拝 | 日記