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2018年02月05日

気仙沼行 叔父の死去、葬儀

年末からほぼ毎週末、気仙沼に行っていたので今週は久しぶりに東京でゆっくり過ごそう、そんな風に考えていました。

母の面倒をみてもらっている従姉とはショートメールで日に何回か容態や病院の消耗品購入などでやりとりしていました。

1月30日の昼にショートメールが来ていました。いつもは従姉が仕事を終えた夕方に来るのでおかしいな、と思いながらも昼休みに確認すると叔父、つまり母の兄が大動脈瘤破裂で仙台の病院に救急搬送されたという事でした。

循環器系の権威が居るという病院です。

叔父は数年前から大動脈瘤があったのですが、手術はできないという事で手が施せない状態でした。
それなのに、あの大雪の日に雪かきをしていて倒れたのだそうです。

1月31日。
叔父は気仙沼の市立病院に戻される事になりました。循環器系の権威が匙を投げたという事で、意識はしっかりしていますが手の施しようがなく、もう助ける手段が無いそうです。

生憎、2月から別の部署に異動になる初日なので休みを取る訳にもいかず、週末に気仙沼に行くことにしていました。

2月2日。
そろそろ仕事を切り上げようと思っていた頃、従姉から容態が思わしくなく個室治療になったとの連絡があり、急いで帰宅して車に荷物を積み込み終わった時、「今、天国へ旅立ちました」とのメッセージが入りました。

意識はあると書いてあり、大変な時に電話するのも躊躇われたのでショートメッセージだけで連絡していたのですが、容態が急変したようでした。

通信、交通が不便な時代ならともかく、これだけ密に連絡をもらっていたのに間に合わず、申し訳ない気持ちでした。とりあえずこちらで他の親戚に連絡してから気仙沼に向かいました。


前回同様、常磐道で行こうと思っていたのですが考え事をしていていつもの東北道に乗ってしまいました。
三郷JCTの渋滞と常磐道の一車線区間を迂回したと考え直し、仙台付近で仙台東部道路に乗りかえ、三陸道で気仙沼に向かいます。

とても寒く東北道は85km/h、三陸道は90km/hでの燃費は21.2km/L。


三陸道は気仙沼の二つくらい手前の津谷ICまで開通していますのでそこから下道になります。
途中から降り始めた雨はやがてボタン雪と大雨が混じったようになり視界不良でした。


そのまま東北道で行っていたら、岩手県内陸から気仙沼に入るので大変な事になっているだろうな、と思います。
後で聞くと同じ頃、そのルートで荷物を取って来た従姉の家族はやはり大変な状況だったそうです。

深夜二時に気仙沼に到着。荷物を降ろして寝ます。

叔父の遺体は病院から市内の斎場に運ばれたそうです。

2月3日。
昨晩からの雨が残っていましたが、明け方、「パーン!バリバリ」という雷が至近距離に落ちる音で起こされました。夢かと思ったのですが、山に残響音が響いているのがまだ聞こえます。

不思議な事に雷はその一回だけで、後で集まった親類に聞いても誰も聞いていませんでした。
叔父が起こしに来たのか?不思議な雷鳴でした。

納棺が13時になったので、他の親戚とは12時頃集まるとの事でしたが、一足先に行ってみました。

震災後に亡くなった同級生の墓が近くの寺にあり、道は分かりますが斎場に入った事はありませんでした。

斎場の人に遺体安置の部屋を聞いて行ってみると叔父が寝かされているだけで、誰も居ませんでした。

線香を上げてしばらく叔父と二人で居りましたがやがて従姉がやってきました。
連絡をもらっていたのに間に合わなかった事を謝ると「急だったからね」と言ってくれました。

詳しい病状は叔父には伏せていたようですが、家族は覚悟はしていて、叔父本人もよく「順番からしたら(母より)俺の方が先だから」とか「次、倒れたら俺は終わりだから」と言っていましたので分かっていたのかもしれません。

そうですよね、ともそんな事ないですとも言いにくく毎回う~ん、となっていたのですが、それもあって、なるべく叔父の方には顔を出すようにしていました。

小さい頃、東京や神奈川で育った自分には故郷と言う物がなく、親戚の集まりや旅行があると車で気仙沼から迎えに来てくれる「気仙沼のおんちゃん」で、この人の話を聞いて東北弁を聞き取れるようになりました。

もっとも、叔父は若い頃は東京でも働いていたので若干標準語ナイズドの東北弁だったので聞き取りやすかったのかもしれません。
それより上の世代の「ズーズー弁」については一部は聞き取れませんので。

母とはいろいろあって、特に震災後は不仲になってしまいました。
もっとも双方から話を聞いている自分からしたら「どっちもどっち」の兄妹喧嘩です。

それでも叔父は自分は可愛がってくれて「気仙沼にいる間は自分の家だと思っていいからご飯を食べて泊っていけ」とよく言ってくれましたが、飽くまで別世帯なので、それは辞退していました。

今からして思うと、叔父の長男は高校を出てからは家に寄りつかず、婿に入ってしまい殆ど帰って来なかったようなので寂しかったのかもしれません。

最後に会ったのは先月の親戚回りの時で、やはり泊まっていけ、と言われましたが自炊の用意をしてきたのでと帰ってきました。

家屋の話は何度も聞いていますが昔、駅前にあった家を建て替えると言うので古い家屋を叔父が買い取り、今の場所に移築したものでした。

壁や床は直してあるけど、柱はそのままだから百年くらい経ってる、と言っていたのが印象に残っています。

やがて知らせを受けた親類縁者が駆け付けましたが遺体安置されていた部屋が6畳くらいの控室みたいな部屋で、全員が入れない所に和尚が来て読経して、棺を運び込んでくるものだから狭くて身動きも取れませんでした。
やがて最後の旅支度を親族でしてくれと言うので、足袋の紐を掛けたりしました。

身近な人の死に接したのはこれが初めてでした。
というのも親類は20代、30代に亡くなった人以外は今も70、80代で健在だから、幸か不幸かこれまでこういう事をしたことがありません。

まぁ斎場の人も慣れたもので、いろいろ教えてもらいながらなんとか棺に納めました。

誰か残る、いわゆる「寝ずの番」をするのかと思ったら皆帰ってしまいます。
親族は誰を呼ぶとか、そういう打ち合わせを斎場の人としていました。

自分は家族ではないので何かを決める立場ではないので聞き耳を立ていました。
いずれそう遠くない時に自分もこれをやらなきゃならいですから。

祭壇やら遺影やらも決まり、その日は解散となりました。やっぱり帰るんだ。

もっとも最近は線香を絶やさないように寝ずの番は施設の人任せが殆どだそうです。

昔は医療もお粗末だったので死んだと思った人が息を吹き返す事もあったので、それに備えて誰かが一晩付いている意味もあったそうですが、現代では死亡判定がほぼ決定的となっているのでその必要が無いのと、やはり遺族の負担を減らすという事で長時間かかって燃える線香もあります。

2月4日。
通夜。
地方や宗派によっても違うかと思いますが、朝8時半に集合し火葬場で荼毘に付します。

ところが今、気仙沼の火葬場は改装中で周辺の自治体で分担しています。

年寄りらには「死ぬのも並んで待つようだ」というブラックジョークになっています。

自分たちが向かったのは隣の本吉郡の火葬場。
数日前、叔父の訃報を聞き走ってきた道、そして登米市の母の施設や病院に向かう時に行く道路で向かいます。

遺体が灰になるのに1時間半くらいでしょうか。
あの箸でお骨を摘まんで骨壺に入れるのを親族としてやりましたが、なんだか実感がわきません。

頭では叔父が亡くなって、この骨がそれだと言うのは分かっているんですが。

死と言うのは動物も人間も差が無いと、つまり体が生命を維持できなくなって活動を止めるという現象は同じでも、動物と人間の死が決定的に違うのは、火葬や埋葬に許可が要るとかいうのは置いておいて、やはり残された人々の心というものでしょうか。

ここに集まっている数十人の親戚、殆どは誰だか分かりませんし、数十年ぶりに見かける人も居ますが、それぞれの中に叔父が居て、あーだったこうだったと語らい合っています。

もちろんペットなら買い主は思い出も沢山ありますがそれを共有できる人はごく僅かです。

人一人、数十年生きて来て、これだけの関係ができるという事、それが生きるということなのかもしれません。そんな事を考えながら帰りのバスに揺られます。

お骨を拾う事を最後まで拒んだ叔母は何を思うのか。

斎場に戻って来ると、叔父の通夜会場が設えられていました。
そこに遺影と骨壺を安置し、読経してもらい通夜となります。

知らせを受けた人が次々と弔問にやってきます。

自分はなぜか親類の若いのに混じって受け付け担当。
この年にしてまだ若手で通用するのか単に人手が足りないのか、そういう親戚関係のポジションなのか分かりませんが、来た人に記帳してもらい拝んでもらいました。

お返しの品が100近く出たので、けっこうな数の人が来ていたようです。

中にはいつも母の見舞いに来てくれている母の幼馴染も居ました。
叔父とは面識がなかったか特に仲が良かったという事は無かったでしょうけど、義理硬い人達で泣けてきます。

高校の時は応援団に居た事もあるので1時間くらい立ったままでも平気ですが、妙に疲れた日でした。

夜は水道が凍結していると思っていたのが、よくよく調べてみるとフィルターが目詰まりしていただけと判明したので掃除して浄水器を取り付けたり、勢いの弱いシャワーヘッドを大型のものに取り換えたりしていました。

寝る前に大叔母繋がりの人で叔父の事を知っている人に母の近況を兼ねた叔父の訃報のお知らせ
の手紙を書いて寝ます。

2月5日。
葬儀。

11時から葬儀となるので親族は10時半集合。
時間まで昨日のように受付をしていました。

やがて和尚が来て葬儀が始まり、親族から順番に焼香となります。
納棺の日からなんどもやっているので、線香の匂いが鼻についてちょっとおかしな感じです。

元防衛大臣 小野寺五典氏から弔電が来ていたのはびっくり。
勿論本人ではなく地元事務所のスタッフがやってるのですが、そりゃ選挙に勝つ訳だ。

やがて喪主の挨拶の後、孫からのお別れの言葉がありました。

一番可愛がられていた孫娘が涙をこらえ声を詰まらせながら「じいちゃん」との思い出を読み上げると、会場のあちこちから鼻をすする音が聞こえてきます。あれは反則だな。

孫娘は叔父が亡くなる当日は仕事でしたが、虫の知らせか、単に次は土日で繋げて一緒にいられるという事か、休みを取って病院に来ていました。

頼りにしていた娘、つまり従姉も居たので安心したのかそれほど苦しまずに急に息を引き取ったそうです。

それでも叔母が「じいさんもっと話すらい(しなさい)」と言うと三度ほど息を吹き返したそうです。

自分も猫の臨終に声を掛けたら二回ほど息を吹き返しましたが、それ以上は可哀想でできませんでしたので叔父の臨終は見ていませんが、なんとなく想像はつきます。

忌中払いという事で食事が出されますが、味とか覚えていません。

叔母や従姉らには挨拶して母には叔父の事は伏せておきたいと伝え、喪主の長男夫婦にお別れを告げて帰ってきました。

そこから着替えて荷物を車に積み込んで登米市の母親が入院している病院に向かいます。

これまで「比較的家が近い」という事で従姉に母の身の回りの洗濯物や消耗品の補充をお願いしていたのですが、この状況でさすがにそれはできませんので今後は自分が東京から出て来てやる事にします。

で、病院から連絡されていたタオルなんかを持っていきます。そんなのは施設に入る時に10日分もそろえてあるので幾らでもあります。

他にもいろいろ足りないとの事で、事前に分かっていればドラッグストアなんかで買って持参したのですが、今らか東京に帰ろうかという自分には時間がもったいなので病院の売店で購入して揃え持ってきました。

病院はインフルエンザ予防で面会制限という事で病室には入れませんでしたが、廊下から顔だけ見て帰ってきました。

なんでもまた熱を出したそうですが、いちおう入浴を再開したそうです。

心配している親戚の小母に電話して母の様子を伝え、後は叔父の事などを話して東京に向けて出発します。

日没から那須高原まで外気温は氷点下で途中から雪が降り始めます。


85~90km/hで高速燃費は22.4km/L。


道中MP3プレイヤーで好きな曲ばかり入れているのを聞いていますが、今回は一度も歌う事なく帰ってきました。

叔父の葬儀を見てウチは家族葬で行こうと決めました。
ブログ一覧 | 日記
Posted at 2018/02/06 01:57:44

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