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quadrifogliospaのブログ一覧

2018年03月26日 イイね!

第45回 東京モーターサイクルショー

第45回 東京モーターサイクルショーの最終日に行ってきました。


最終日だからか、それとも会場規模を縮小したからか、かなりの混雑で見て回るだけで疲れてしまいました。

連れが腰痛で休み休みだったのも影響したかも。

ヨシムラブース


MVアグスタ




YAMAHAのNIKEN。発売予定というから驚く


MOTOCORSE


KAWASAKI


(σ・∀・)σゲッツ!!


Posted at 2018/03/27 00:07:27 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2018年03月23日 イイね!

自動運転の死亡事故

アメリカの配車サービスUberの自動運転車が死亡事故を起こしたという報道がありその直前までの映像が公開されています。

自動運転による初の死亡事故となってしまいましたが、いずれこういう事が起きるのは予想されてました。

事故原因は人為的ミス、車の欠陥、歩行者側の過失といろいろ考えられますが、車と歩行者が交錯する街中であれば自動運転でも通常の運転でも事故のリスクは常に付きまといます。
(だから車道と歩道が隔てられているので)

この事故を以てただちにほら見ろ、自動運転は危険じゃないか!というのは短絡的ですが、今回の映像を見ていると、ドライバー(パッセンジャー?)が事故の瞬間までまったく回避していない事がわかります。

これは自動運転固有の問題で、運転席に座っていても自分は運転していないパッセンジャーだという感覚でとっさの回避行動が対応ができないという事を意味しています。

また、映像ではロービームで走っていて、そのライトの範囲40mくらいの暗闇から突然横断している歩行者が見えたようでしたので、これも回避を遅れされた原因の一つでしょう。

しかし、この自動運転車は事故が起きるまでまったく自律回避しないのも問題で、もしカメラ映像だけで走っているとしたら、それは危険極まりない、まさに運任せという他ありません。

前から言っていますが車のセンシング技術は人間のそれには及ばない訳ですから、カメラ映像と各種超音波センサーなどを適切に組み合わせる必要があると思います。

物事は人々の望む方向に向かい、その流れは止められませんからその途上ではいろいろ問題も起きてきます。

しかし、少なくとも技術面や法整備で防げる事故というのもあります。

事故の分析が進んで、今度同種の事故が繰り返されないことを望みます。
Posted at 2018/03/23 13:35:06 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2018年03月20日 イイね!

役人栄えて国滅ぶ

なんか安倍内閣の支持率が過去最低になったとか言っておりますね。

連日野党とマスコミが文書書き換えの責任を取れ、安倍辞めろと連呼してたら影響されてそう思っちゃう人も多いのかと思います。

権能の長としての監督責任は確かに大臣や首相にはあるのでしょうけどしかしこれは官僚の暴走であり、一内閣を打倒して済ます話ではありません。

今回の文書書き換えは役人の自己保身、つまりそのまま公開すると自分に責任追及が及ぶ事を危惧した一部の役人が勝手にやった事で、つまり官僚の世界ではこういう出鱈目が常態化しているんだという事が想像できます。

官僚、しかも省庁のトップに行くような人は勉強ができて権力闘争を勝ち残る野心家で一般庶民からしたら相当優秀なのだと思いますが、所詮は政治をやる器ではない訳で、そういう人たちが省益を優先したり公私混同して権力を乱用してしまうと、何が起きるのか。

昔から国が弱体化したり滅んだりしてしまう例は古今東西いくらでもあります。

ドイツなんかも日本以上に優秀な官僚機構を持っていましたが、それがナチスと一体化することでヨーロッパを惨禍に巻き込む戦争を引き起こしました。

飽くまで政治家は官僚を使いこなす責任があるわけで、そういう意味での現政権の責任は問われるべきですが、それが辞任だなんだっていうのは違うという違和感をぬぐえません。

野党にしたって、じゃあ安倍首相が辞任して、その後この問題をどうにかする気があるのかとかいった話は聞いたことがありませんし民主党政権下での文書書き換えでは長妻大臣は減俸だけで済ませているのですから安倍が悪い、麻生は辞めろなんてどの口が言っているのかと呆れます。

こんな事でいちいち辞任しなきゃならないんだとしたら、官僚が気に食わない政権には文書書き換えをリークして辞めさせてしまい、自分らの意のままになる政権を作ろうとするでしょう。

それが国の為、引いては我々国民の為になるかどうかというのは2ミリ秒くらい考えれば分かりそうなものです。

なお、今回の問題は近畿財務局が中心になってやらかしているようなので、関西特有の土地問題が根底にあって、それは政治家も役所もマスコミも触れられない、死人が出る(すでに出ていますが)アンタッチャブルな問題に起因するとも言われていますので完全解決は無理なのでしょうね。

国会が一日も早く正常化しないと、それこそ日本の国益の損失ですよ。
Posted at 2018/03/20 13:35:47 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記
2018年03月19日 イイね!

気仙沼行 春近し

週末、土日は気仙沼に行っていました。

一つは先週転院させた病院の書類の事。もう一つはお彼岸です。

といっても数日前まで気仙沼に居たので土曜の朝出発し南三陸の病院に直行します。

家を出て環八に乗って1分もいかない所でカモフラージュ車両と擦れ違いました。

自動車メーカーが新型試作車を実地テストする時、形状が分かりにくいように白黒のモヤモヤしたステッカーで覆う事がよくありますが、ああいうのは海外の峠道とか雪道でやってるものだと思っていました。

もちろん日本導入前に日本でやってる事もあるのですが、こんなに家の近くを走っていたとは。

ぱっと見でアウディの新型TT?のようでしたが外装を既存の車両にして偽装する事もあります。

カメラはまだ準備してなかったのとドラレコは後で管理するのが面倒そうだなと思ったので画像はありません。

春の陽気に誘われてか、下道は朝からけっこうな渋滞です。


高速に乗るまでに時間を食われて出発から一時間経っても東北道川口JCTから30キロくらいしか来られませんでした。

今回到着時刻に制限は無いので別に良いのですが。

経由地の南三陸は三陸道が延伸したので常磐道でそのまま行くのが迷いないのですが、前回飛び石を食らってフロントガラスを交換しなきゃいけなくなったので避けたいルートです。

仙台まで東北道で行ってそこから三陸道に乗り換える事にします。

高速道路ではこんな車両を多く見かけました。


ランボやフェラーリが自走ではなくナンバー無しで積載車で運ばれていますので何かのイベントがあったのかもしれません。
お買い上げなら景気の良い事。

ちなみに帰路では同じように積載されたキャンピングカーが多くいましたがこちらはイベント出展車だったようです。

仙台南部道路から仙台東部道路にスイッチしてそこらか三陸道で南三陸海岸ICで降ります。

燃費は22.5km/L。


病院で母に面会すると、うなされているのがずっと唸っています。
タンが絡んでいるのかと思ったのですが、時々顔を歪めるので具合が悪くなっているのでは?と心配になりました。

呼びかけても返事はなく、栄養や点滴をカットされていた前の病院の方が明晰でしたが、栄養が入っているのでその影響なのかもしれません。

前回保留になっていた病院の書類を提出したら30分ほどで病院を後にして気仙沼を目指します。

南三陸から気仙沼までは海岸沿いの国道を通りますが殆どが防潮堤で囲まれてしまい海はあまり見えません。


ほんの一瞬見えた入江は夕方の空が映り込み、海底の色や潮の境目によってまるでパール色のように輝いていました。


翌日曜。
お彼岸ですが、大叔母の墓参は前回済ませており、先月亡くなった伯父の初お彼岸なのですが、実際に行ってみると子供の頃の記憶と変わっていて(実際造成されていて)見つけることが出来ませんでした。

従姉が来ているので場所を教えてもらう約束をしていましたが、まず本家に行きます。
午前中から行ってしまうとお昼を食べていくように言われてしまうので昼食が済んだ頃合いに到着するように出かけます。

家人は出掛けており、叔母さんが留守番をしていました。
伯父が亡くなったので母の子供のころからを知る唯一の人になってしまいました。

そのせいか、聞かせておかなきゃいけないという思いからか昔話を聞かされます。

予定よりちょっと時間が押してしまいましたが従姉の待つ川向いの伯父の家に行きます。

お互い親を入院させた事や義伯母を置いて行けないという事で介護保険の事とか、普段ショートメールで二言三言やり取りしていますが、直接会うといろいろ話す事があって、あっという間に夕方になってしました。

今から伯父のお墓の方に行こうかなとおもったのですが、義伯母も「いいから、爺さんも分かってっから。今日はお母さんの所に行きなさい」というので墓参は次回以降という事で南三陸の病院に向かいます。

三陸道は徐々に延伸してきていますが、気仙沼から南三陸までの下道はまだまだ復興途上。


工事現場を走っているようで、時折津波で流された家の基礎が遺されている家もまだあります。
事情で工事に応じられないのか、一家で誰も生存者がいないのか、そんな事を考えさせられます。

病院の面会時間は夜八時までなので前よりは時間の余裕があります。


母の様子は昨日と同じでした。
少し手のむくみが増したようでした。

話しかけると一瞬こっちを見たり呼吸の様子が変わるので意識はあるのですが、意思疎通はありませんし相部屋なので込み入った話もできず東京に向かいます。

来た時とは逆に三陸道から仙台北部道路から東北道で東京には日付を跨いだころ到着です。

高速燃費は23.5km/L。


春とはいえ、気温は3℃、4℃といったところです。
Posted at 2018/03/19 21:02:10 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2018年03月15日 イイね!

気仙沼行 親友のチカラ

10日から14日まで気仙沼に行っていました。

母が入院していた登米市の病院の主治医から点滴を受け付けなくなっており余命一週間との連絡があり、急きょ休暇届を出して気仙沼に向かったのですが最終的な手段として首や足の太い血管から直接投薬する方法が残されているという事でそれを試してもらうようにお願いしていました。

週末までに仕事の方を片付けて土曜の午前中に気仙沼に向かいました。


東北道で病院に近い築館ICまで行きます。
北上するにつれて空は晴れますが、風が強くなってきます。


気温はもう初夏というくらいでしたが高速道路での燃費は22.5km/L。


病院に着くと相変わらずインフルエンザ予防の面会制限が続いています。

電話で聞いていたように点滴で入れた水分を体が受け付けず、手足がパンパンに腫れていました。


前に飼っていた猫も自宅で皮下輸液してましたが最期は手足が腫れてしまって、そこから長くなかったので医師が言って来たように余命一週間といった感じに見えました。

とりあえず親類などにもう長くないようですと見て来た状況を電話で報告して気仙沼に向かいます。


明けて日曜日。

この日は3月11日で東日本大震災発生から7年目という事で気仙沼も朝から防災無線で案内があったり特別な感じの一日でした。

自分も体調が今一つ回復していないので気仙沼の自宅で一日を過ごします。

夜は気仙沼湾でライトアップしているのが自宅からも見えました。


治りかけの風邪がぶり返してきたので薬局で薬を買って来ます。


翌月曜日。

この日は医師との面談があるので登米市の病院に向かいます。

説明によると病院として出来ることは全てやった。
太い血管からの投薬で一週間ほど熱は落ち着き、血液から検出された雑菌も検出されていないという事でした。

ただ、発熱を繰り返して栄養を入れられていないので相当消耗しているので、いつ亡くなってもおかしくないし、それは数か月後になるかもしれない、なんとも申し上げられないとの事でした。

とりあえず、もう長くないようなら面会して合わせたい人が居るので、その人達だけでも面会できるようにできないかお願いしたのと、熱が落ち着いているので気仙沼に近い志津川の病院に転院する話を進めてもらうようにお願いして帰って来ました。

母の方は話しかけると返事をする代わりに「はぁ~~」っと長い溜息をついて、その息の長さから「ご苦労さん」とか言いたいんだろうなと、やはり長くないと思わせる感じでした。

どうする事もできないという暗澹たる気持ちで気仙沼に帰ります。
その足で心配している親戚に回って状況を説明してきます。

自分が風邪気味なのと夕食前なので早々に退散します。


翌火曜日。
この日は、お墓の相談で寺を回ります。

事前には電話で住職に話をして気仙沼の親戚からも話をしてもらったりしたのですが、やはり性質上、直接出向いて挨拶する必要があるかと思いますので親戚と寺で待ち合せます。

普通であれば、菩提寺というのがあって、自分が亡くなった後の墓があったりするのですが、母の場合、離婚後苗字を旧姓に戻していなかったので、直接入れる墓というのがありません。

筋からすれば先月亡くなった伯父と同じ墓に入る事になるのですが、生前の叔父と母は仲違いしたままだったのと、母が倒れる前に他家ですが大叔母の墓に入りたいという希望を聞いていたのでそれが可能かどうか確認する必要がありました。

電話では大叔母の墓の寺の住職は新しく檀家を取る予定は無いので別の墓を建てることはできないが既にある墓に納骨する事は、反対者がいなければ問題ないという事でした。

自分が知る限り、反対していたのは先月亡くなった伯父だけなので、一応要件はクリアしています。

ただ納骨だけで葬儀や戒名(法名)はお断りします、という事だったので、今度はそれを受けてくれるお寺を探さなくてはなりません。

母が入会していた葬儀社の互助会があったのでそちらに問い合わせると、特に住職の斡旋などはやっていないので葬儀を引き受けてくれる住職を決めてください、という事でした。

親戚などに相談してやはり伯父の葬儀をやってくれたお寺にお願いするしかないという事で、事前に話を聞いてもらったところ、引き受けるけど、先方のお寺が埋葬許可証を受け取らないと困った事になるのでそれは確認して欲しいという事でした。

とりあえず、このお寺の住職に挨拶に伺います。

住職にこちらの状況を説明すると普通の葬儀と同じだからお引き受けしますが、お墓の事は確認してください、という事でした。

同伴の親戚と、では納骨を引き受けてくれると言っているお寺に行こうという事で、そちらの寺で待ち合せます。

寺に着くと丁度電話で話をした住職が居たので、同じ話をして、やはり電話の話のように反対者が無ければ納骨はお受けしますが葬儀はお断りします、という事でした。

面倒くさいですが、なんとか話はまとまったかな、という事で親戚と別れていよいよ葬儀社に葬儀の相談に行こうかとすると登米市の病院から電話が掛かって来て、転院の件、急きょ明日、明後日でどうでしょうか、という事でした。

母の容態が安定しているので葬儀社と打ち合わせしたら東京に戻る予定だったのですが、明日転院という事でお願いして葬儀社の方は回る時間が無いので行かない事にしました。

その前に、大叔母に報告がてらお彼岸前ですが花を供えてきました。


転院当日はバタバタしてしまうのは経験済みなので今日のうちに入院費の清算や転院時の着替えを届けに登米市に向かい、退院手続きを済ませて使わない私物を持って帰って来ました。


翌水曜日。
転院先の病院には朝10時に到着して欲しいという事で登米市の病院は9時出発になるので気仙沼は朝7時に出ないと間に合いません。

早朝に目が覚めてしまい目不足ですが寝過ごさずに出発できました。
結局、気仙沼の親戚も付き添いで来てしまいました。

登米市の病院を出発して三陸道の登米ICから南三陸の最寄りの病院ICで降ります。

病院の名称や住所がカーナビで出なかったのですが、介護保険施設の申し込みで何度か来た場所の途中の病院でした。

この病院は東日本大震災で被災したのですが、今の高台に再建されたもので高度な治療は出来ませんが地域に無くなっていた地域総合医療を期待されています。


台湾の皆さん、ありがとうございます。


病院は新しいだけあって設備も最新で、ネームプレートも紙やテープにマジック書きではなくディスプレイ画面表示になっています。

増築に増築を重ね老朽化著しい気仙沼の多くの病院とは全く違い、広いのもありますが明り取りの窓が多くあるので病院内が明るく見えます。

それに加え、スタッフも熱心な感じで親類などの評判も良く、自分もこれまで見た病院や介護保険施設の中でも最も良い印象です。

病室が決まったので、面会制限で会えなかった母の幼馴染という人達に電話すると、今さっき退院してきた登米市の病院に着いたところだとの事でした。

事前に連絡してしまうと早朝からご足労いただく事になりかねないので病室が決まったら知らせようと思っていたのですが行き違いになってしまいました。

とりあえず昨日急に転院が決まった事を詫び、こちらに来てもらう事にしました。

病院の方は入院手続きの他に家族からの聞き取りなどもありまだまだ時間が掛かります。

付き添いで来てもらっている義伯母と従姉、親戚に食べ物や飲み物を買ってきて、待ってもらっている間に食べてもらい、聞き取りに応じていると丁度担当医が居るので面談する事になりました。

前の病院で受けた説明、やる事はやって余命一週間だが治療がうまくいって容態は安定したのでいつまで生きるかわからないといった話をしました。

担当医は申し送りを見ながら不明な点を聞いてきますが、やはり文書だけだときちんと伝わっていない事も多いようでした。

ただこの医師は前の病院で胃ろうも点滴も受け付けなくなったという部分について、鼻腔から小腸に直接栄養を入れることもできるので、本当に胃ろうを受け付けないのか検査してみたい、という話でした。

本人の状態が改善する可能性があるならもちろん反対する処ではありませんのでお願いしました。

そうこうしているうちに先程連絡した母の幼馴染という人達が到着したので病室に行ってもらいました。

残った親類と待合所で病院とか震災とかそんな話をしていると、「喋ったよ!」と幼馴染が戻ってきました。

親類一同「え~!!」と仰天。

なんせ誰が話しかけてもここ数週間「はぁ~~」とため息でしか返事をしなかったのに喋ったとは?

いつもしているように「おはよう」と話しかけると「おはよう」と返したそうです。
そして「良くなって美味しい物食べに行こうね」と言うと「おいしいものってなに?」と言ったそうです。

美人さんだねというと少し笑ったようでした。

母が物心つく前からですから、自分よりもはるかに長い付き合いの人達はやはり母にとって力を与える特別な存在なのでしょう。
それだけでも前の病院から移して面会させられた甲斐があったというものです。

少し近くなったとはいえ遠路はるばる気仙沼から来てくれた母の幼馴染にお礼を言い、朝から来ていた親戚も帰ると言うので見送って、医師の作成した書類を待っていたのですが、後日になるという事なので自分も病院を後にします。

こういう事ならもっと早く転院させておくと言うか最初からこの病院に入院させればよかったという念と、ようやく面会させてやることが出来たという気持ちで三陸道から常磐道経由で東京を目指します。

東京到着予定は20時。

最後の力を振り絞って喋った可能性も無くはないですが、これで良い方向に向かうと良いな、とこれまでのような暗澹たる帰路とは違い、少し希望の光が見えたような気がして運転していると、追い越していった車から飛んできた何かが「バシ!」とフロントガラスにヒットしたのが見えました。

最初は埃が付着したのかな、と思ってよくよく見るとひびが入って割れていました。


はぁ~、一年くらい前にやはり常磐道で追い越していった車からの飛び石でフロントガラスを交換したばかりでしたが、また同じような事になってしまい、先ほどまでに少し明るかった気持ちもどんよりです。

さっきまで一車線区間での後続車との距離関係や燃費を考えて巡航速度を考えていたのとか一気にどうでもよくなってしまいました。

何かが好転しはじめると何かが足を引っ張るのは自分の人生で常について回る性です。

まぁ浮かれて調子にのるなよと車が災禍を引き受けてくれたものと気を取り直して東京を目指します。

どうでも良くなった高速燃費は24.5km/Lでした。


いつものように給油後、洗車して駐車場に戻します。
洗車してガラスが綺麗になったらヒビは少し目立たなくなりました。
Posted at 2018/03/15 19:43:26 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記

プロフィール

「車検来週以降だって。
完全に車庫証明切れるから再交付申請したとしてそこから一週間なので最短でも納車二週間後ですな。」
何シテル?   10/30 13:30
ネコとキャブを愛でるのが趣味の低年式オッサンです。
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日光サーキットに注文あり(笑) 
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