
私が唯一、持っている腕時計。
母が高校の入学祝いに贈ってくれた時計・・。
動かない時計。
バンドも無い時計・・。
ある日の夜、いつもの様に遅くまで残業して、
疲れ果て、家に戻った私を母が出迎えた。
寝巻き姿で夜食を用意してくれた。
会社に不満があった。
いつも、疑心で仕事をこなす事に憤りを感じていた・・。
父が酔っ払って、イビキを鳴らしながら寝ている。
すでに仕事を引退し、怠惰な生活を送っている父に怒りすら感じた。
イラつきながら夜食を食べ、私は酔っ払っている父を横目に
母に少し意地悪な質問を問いかけた。
「オヤジと結婚して・・幸せか?」
母は軽く笑いながら即答した。
「大変な事もあったけど、同じくらい良い思いもさせてもらったから、幸せよ。」
「フーン・・。」
私は、そっけない態度で聞き流した・・フリをした・・。
聞くまでも無い事を聞いた、自分が恥ずかしかった・・。
・・・あれから、すぐに母は病を患った。
10年以上、闘わなければならない難病だった。
日に日に体が動かなくなるのが解った。
言葉が喋れなくなるのも解った。
それでも、私が結婚して家を出ることを許してくれた。
・・私は親不孝者だ・・。
3年前のある日、仕事先で車上荒らしにあった。
盗まれたカバンの中には、書類とバンドが切れてしまった時計が入っていた。
私は焦り、悔やんだ。
その時、うろたえてる私の携帯電話が鳴った。
・・母が緊急入院をした。
母と別れるまでに、時間は掛からなかった。
2月12日・・・永眠。
一通り、葬儀を済ませ、家の片づけをしていると、
使っていないカバンがあった。
捨てようと中を確かめると・・。
?・・?!
盗まれたはずの時計があった・・。
私は、時計を握り締めて・・泣いた。
人間の記憶や思い出は、時が刻まれると曖昧に、そして消えてゆく。
段々と、遠い昔の母の声や顔が遠ざかりそうな時に、
私は時計を見つめる。
忘れない。
パートを抜け出して、こっそり運動会や授業参観に来てくれたあなたの姿を。
忘れない。
部活で大怪我をして、苦しむ私を見て泣いたあなたを。
忘れない。
私があなたに暴力を振るって家を飛び出した時、後悔した気持ちを。
忘れない。
私の子供を初めて見た時の、あなたの優しい眼差しを。
忘れない。
病と闘った、あなたの姿を。
・・・ワスレナイ・・。
・・2月12日・・あなたが天に召された日を。
Posted at 2008/02/12 02:41:12 | |
トラックバック(0) |
マジメ | 日記